第一話:数奇な運命に導かれて

エリハルディア王立学校の人々
第二話
幾つかの出会い



【桜並木 アルベリオ】
校門を入ると、すぐ前に桜並木がある。
今はまだ蕾すら見えないが、学校が始まる頃には凄く綺麗になるだろう。
そう思うと、より一層試験に受かりたくなる。
浮き立つ心が抑えられない。何もかもが新鮮で、僕の心を刺激する。
少しでも心を抑えるように、僕はゆっくりと歩いた。
長い桜並木を抜けると中央に噴水のあるロータリーに出る。
陽光を反射してキラキラと輝く噴水と、微かに響く水流の音。
少しだけ気持ちが落ち着くのがわかる。
近づいてみると、改めて学校の大きさと敷地の広さに驚かされた。
多分学科毎に別けられているのだろう、幾つもの校舎がある。
少し変わった趣があるのは、武道や魔法専用の施設だろうか。
ジェシカさんから聞いた話では入り口も正門と裏門だけでなく複数あるらしい。
僕が学校に入っても、縁の無いまま卒業してしまう施設も数多くあるのだろう。
正門から見て真正面にある校舎内に足を踏み入れる。
ジェシカさんが言うには、外部からの人々や入学希望者等はこの校舎を窓口としていうという話だ。
「すいません」
受付の窓口に立ち、声を掛ける。
「はい」
「本日、特別奨学金の試験を受けるアルベリオ・サイアスです」
受付の女性が名簿を開き、名前を確認する。
「受験カードはありますか?」
鞄から取出したカードを渡す。彼女はそれをスリットに通してから返してきた。
「確認しました。それではサイアスさん、待合室でお待ち下さい。場所はそこに書いてありますので」
「ありがとう御座います」
僕は軽くお辞儀をして、壁に貼られた案内図に従って待合室に向かった。



【職員室 ジェシカ】
「おはよう御座います」
横開きの扉を開けて朝の挨拶。
それに応える教員達の態度は、見えない壁の存在を解り易く教えてくれた。
予想はしていたが、やはり居心地の良いものではない。
これまで一教員として職務に精励していたが、崩れるのは一瞬だった。
(無理も無い、か)
自分に向けて半ば呆れた笑いを浮かべ、席につく。
「おはよう御座います、ジェシカ先生」
筆記用具を取り出している私に普段通り挨拶して来たのは、後輩の神学科教師カイ・セラートだった。
長身で知性に長け包容力あって、女生徒に人気が高い。
特奨学生選定試験の立会人では最年少であり、彼に対する周囲の信望を窺わせた。
その彼が、声を顰めるようにして囁きかけてくる。
「それにしても、無茶をしましたね。強引に推薦枠を一つ増やすなんて・・・話を聞いて、驚きましたよ」
カイの口調に隠し切れない好奇心が見えたが、指摘する気にはならなかった。
”らしくない事をしている”と、私が一番感じているのだから。
祖父が先代の理事長をしており現在の理事長とも親かったため、私は周囲の教師達より強い立場にあった。
バックボーンの強さが教師としての格すらも左右するのは、名門校の救いきれぬ性質ともいうべきかもしれない。
今までは一教員としての立場を貫いていたのだが、今回の事で全て水泡に帰したと言って過言ではないだろう。
特別奨学金の推薦枠を一つ増やす事は、それほど異例の事なのだ。
「正直に言いますけど、分の悪い賭けですよ」
「・・・ええ。自分でも解っているわ」
遠慮の無いカイの言葉に自然と笑みが零れる。
特別奨学金制度の推薦は、一部の選ばれた教師にのみ許されており、彼等は普段から各地の情報を仕入れ優秀な学生を獲得する準備に余念が無い。
魔法に長けているとはいえ、アルベリオが受かる可能性は、やはり低いのだ。
特権を利用して受験資格を与えた彼の失格は、イコール私へのマイナス評価になる。
それどころか、学校から排斥される可能性すらあるのだ。
「でも、後悔はしていないわ。これで良いと思ってる」
アルベリオの見せた魔法と彼の持つ純粋なひたむきさを、私は気に入っていたのだから。
私のこの特権は、彼にチャンスを与えるために存在しているのだと錯覚する程に。
きっぱりと言い切った私に、カイは呆れた様な表情の後、安心した様に微笑んだ。
「そうですか。健闘を祈ってますよ」
「ありがとう」
筆記用具を揃え、席を立つ。
試験開始前の教師同士のミーティングがあるのだ。
針のムシロを予感して、肩をコキコキと鳴らす。
それを見て苦笑するカイの後頭部を、私は取り敢えずノートで叩いておいた。



【廊下 アルベリオ】
受付で受験票の確認をしてもらった僕は、早鐘を打つ胸を抑えながら、案内図に従って扉の前に立った。

『第75期生特別奨学金対象者選定試験受験者待合室』

扉の側に置いてある看板に表示されている文字を一度見て、深呼吸。
僕は誰より、このチャンスが貴重な物であるかを知っていた。
逃せば二度と来ない、一度切りのチャンスである事を。
今日決まる。僕の運命を決める道が。

何となく、自分の身なりを確認する。
真新しい服と靴と鞄、結び慣れていないネクタイの形を確認する。
僕が今着ている服は、靴も含めてジェシカさんが買ってくれた物だ。
助けてくれたお礼と言っていたが、本当にジェシカさんには頭が上がらない。
少し魔法が使えるだけの僕に、こんなに懇意にしてくれるなんて。
・・・はっきり言って、少し怖いくらいだ。
ジェシカさんの期待に応えたい。そして勉強しながらアルバイトをして服代を返したい。
閉じていた瞼をゆっくり開き、扉に手をかける。
いや、かけるはずだった。



【待合室 レオン】
待合室に入ってたっぷりと20分は経ったと思う。
俺は、はっきり言って物凄く暇だった。
今日行われる特別奨学金対象者選定試験。
その受験者が試験開始までの間、この待合室に集まって時間を過ごすのだ。
そんな場所が和やかになる訳がなく、息苦しい沈黙が部屋を支配していた。
才能に恵まれつつも、金銭的な理由で質の高い教育を受けられない者達を助けるための制度。
それが特別奨学金なのだが、こうして候補者を見てみるとその趣旨は時間と共に形を変えたように思える。
この場にいる約半数ほどは、見るからに育ちの良い人間ばかりなのだ。
周囲を見下した目、居丈高な態度。自らの家柄と能力を鼻にかけている事が見て取れる。
奴等は多分、自分の能力を試す場としてこの試験に臨んでいる。
優れた教育を受けるだけの素養がありながら生まれの所為でそれが叶わない。
そんな俺達の事など、まるで気にかけていないのだ。
自分のステイタスとして、特別な称号が欲しいだけ。
その所為で本当に奨学金を望む者が落ちたとしても顧みないのだろう。

――虫酸が走る。
・・・嫌な空気の所為で、思考が悪い方へ流れてしまう。
俺は少し気分を落ち着けるため、一度廊下に出る事にした。
簡素な椅子からおもむろに立ち上がり、泰然とした態度で俺は待合室を扉に向かって歩いていく。
周囲からの視線が刺さったが、俺はそれを無視して、扉を強く開けた。
<ガチャゴン!!>
凄い音がした。続いてドサッという音。
「・・・・・・?」
扉は俺が開こうとした半分ぐらいだけ開いて止まっている。
その半開きの扉の隙間から、廊下に倒れている人間の足が見えた。
サーっと血の気が引いていくのが解る。
俺は慌てて扉を開き、廊下に尻餅をついて額を抑えている人物を見た。
恐らく今日の受験者だろう。試験官で無い事と相手が男だった事に内心ホッとする。
「お、おい。大丈夫か?」
「・・・・・・・・・!!」
返答すら出来ないようだ。とても大丈夫そうには見えない。
「スマン、その、悪かった。・・・立てるか?」
俺がそう言って手を差し伸べると、そいつはガバッと立ち上がって俺の頭を掴んだ。
そして思いっきり頭突きをかましてくる。
<ゴスッ!!>
「くぁ・・っ」
鈍い音と共に視界に星が散る。
それが治った頃再び前を見ると、そいつは再び額を抑えて悶えていた。
・・・扉で打った場所でしたんだな・・・頭突き。
こいつはバカかも知れない。
そんな事を思いながら、俺は後ろ手に扉を閉め、廊下に立ってそいつの回復を待った。
「あいったたた・・・」
小さく言いながら額を抑えている奴の姿を改めて見る。
黒い髪と黒い瞳のそいつは、華奢な体をしていて、パッと見て女と間違えそうな顔立ちをしていた。
勿論それは一瞬の事で、すぐ男だと解るのだが。
服の事は良く解らないが、真新しい服は良く似合っている。
行動に疑問はあるものの、こいつも良家のおぼっちゃんだろう。
「大丈夫か?」
痛みが落ち着いてきた様なので改めて尋ねる。
「あ、ああ、なんとか」
額を摩りながら笑って応える。
「悪かったな」
「いや、僕も考えごとしてて・・・不注意だったし」
そう言って笑いを浮かべる。
まあ、悪い奴じゃあなさそうだ。
少なくとも、待合室にいるような気位の高い連中に比べれば100倍はマシだと思う。
「僕の名前はアルベリオ。アルベリオ・サイアス。特別奨学金試験の受験者。君は?」
「レオン。レオン・マクドガル。俺も試験受験者だ。・・・額、大丈夫か?」
「・・・・・・二回目の頭突きが失敗だったかな」
真っ赤になった額を摩りながらばつの悪い笑いを浮かべる。
アルベリオと名乗った奴が楽しそうに笑うので、俺も表情を崩した。
「扉に打った場所だったろ」
「うん。目茶苦茶痛かった。・・・頭、固い?」
苦笑しながらの俺の問いに肯き、俺をピッと指差しながらアルベリオが問い掛けてくる。
「割と」
胸を張って少し偉そうな口調で応えてやる。
アルベリオが一瞬呆けたような表情になり、そして二人一緒に吹き出す。
「あはははははっ」
「はははっ」
笑い声が廊下に響いてしまったので、顔を見合わせて声を抑える。
何とか笑いを堪え、俺は再び口を開いた。
「さっきは悪かったな」
「もう良いって。僕も頭突きしたし、おあいこだよ」
「お前の方が思いっきりダメージでかそうだけど」
「あはははは」
アルベリオが軽い笑い声をあげる。
本当に楽しそうに笑う奴だ。
「・・・あのさ」
突然かけられた声に、俺とアルベリオが振り返る。
「いい加減、入りたいんだけど」
そこには、やたら人懐っこい笑みを浮かべた男が立っていた。



【廊下 エリオット】
階下の受付まで響く、少し高めの笑い声。
受付の美人が柳眉を顰めるのを見ながら、俺は内心笑っていた。
なんだ、楽しそうな奴がいそうじゃないか。そう思いながら階段を上っていく。
階段を上ると、待合室と思しき扉の前に二人の男が立っていた。
一方は金髪をたてがみの様に生やした精悍な奴。
もう一方は、そいつと比べると華奢な黒髪の奴だった。
先程の笑い声が響いたのを自覚したのか、声を抑えながら話し合い楽しそうにしている。
だから俺は殆ど現れたばかりなのに軽口を叩いて見せたのだ。

「いい加減、入りたいんだけど」
そう言った俺の言葉に、金髪は無言で、黒髪が一言謝りながら道を開ける。
「サンキュ・・・お前等も受験生なんだろ?中に入った方が良いんじゃない?」
そう言ってから歩き出し、すれ違いざまに声を落として耳打ちする。
「・・・・さっきの声、受付にまで響いてきたぜ」
悪戯っぽく微笑しそのまま二人の脇を抜けて扉を開けると、二人は顔を見合わせた後でついてきた。
古い友人同士なのだろうか。
試験直前に雑談とは、甘く見ているのか自信があるのか。
そんな事を考えつつも、俺はこの二人と仲良くなる事を自分勝手に決めていた。
理由は簡単。
楽しそうだからだ。



【待合室 アルベリオ】
僕は自分がとても緊張していた事を自覚した。
気軽に話せる相手が出来た事に気分が高揚している自分に気がついたから。
扉越しに待合室にまで声が響いたのだろう。他の受験生の冷たい視線を受けながら、僕達は席についた。
最後列に座っていたレオンの両脇は、彼の強そうな印象がそうさせるのか空席になっていたのだ。
声を少し落として、自己紹介をする。
「さっきは入り口塞いでゴメン。僕はアルベリオ・サイアス」
「気にしなくていい。俺はエリオット・イルコパー。そっちは?」
エリオットが気さくに応えてきて、レオンに話を振る。
「レオンだ。レオン・マクドガル」
これから始まる試験の事を忘れたわけじゃない。
自分の運命を左右する試験を軽視しているわけじゃない。
仲良くなったとしても、結果如何ではすぐに別れなければならない事も解っている。
それでも僕は、胸を締め付ける緊張感と微かな高揚感の中で彼等と会話した。
何処か張り詰めた部分を残しながらでも、それは僕の肩の力を抜いてくれたのだ。

第三話:試験直前の焦燥

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