第二話:幾つかの出会い
エリハルディア王立学校の人々
第三話
試験直前の焦燥
【待合室 エリオット】
アルベリオとレオン、二人と共に待合室に入室してから10分くらいは経過しただろうか。
退屈な待ち時間を会話で消化する事にした俺達は、お互いの事を大分知る事が出来た。
まず、俺は最初二人を見た時、二人は知り合いだと思っていたがそれは間違いだった。
レオンは王都南西にある武術都市レグニトで幼い頃から武術を学んでいたらしい。
で、その才能が各地を回っていた武術科の教師の目に止まったのだ。
出身地で言うと、レオンは俺と近い事に驚いた。
王都の南東にあるジャンクシティ、ベイラが俺の出身地であり、東に位置するレグニトとはそう離れていない。
俺の家はベイラで十指に入る名家で、長男の俺はその跡取り息子という事になる。
ガキの頃から廃棄されたシップ等の部品と接していたため、錬金術の知識が豊かになり、それを錬金術科の教師に認められた。俺はどうでも良かったが、不祥の息子に箔を付けようと、親父は喜んで俺をここへ叩き出した。
今思えば、教師に俺を見るように仕向けたのも親父だろう。
特別奨学金制度を狙ったのは、親父に借りを作りたく無いのが理由だ。
名家といっても最近は結構廃れてきているので、一流の学校に通うには結構厳しい懐事情なのだ。
アルベリオは王都北西150KMのセセトからやってきたという。
結構洗練された服装の割に、こいつは意外にも三人の中で一番田舎者だった。
王都にやって来たのも今日が生まれて初めてだという。
聞くと、今日着ている服と靴、鞄は全て見立てて貰ったものだと言うので納得した。
アルベリオは言葉を濁したが、ちょっとした事から教師と知り合いになり魔法の才能を認められたらしい。
俺を含めた三人のここへ来た由来はこんな感じだ。
受験科目はアルベリオは魔法科、レオンは武術科、俺は錬金術科。
格科目の推薦枠は一つずつなので全員が受かる可能性もあるのだが、そう楽観視出来る状況でもない。
試験に落ちた奴とは二度と合う事も無いだろうが、まぁそんな事は言わぬが華である。
【休憩所 カイ】
強引に推薦枠を取得したジェシカ先生は、案の定吊るし上げをくらうことになった。
彼女の教師としての能力が秀でていたために、今回の事は波紋を広げたのかもしれない。
権力を持つ者が謙虚に振舞う事に偽善を感じていた者は嘲笑し、信頼を寄せていた者は裏切りを罵る。
無論正面切ってそれを口にする者はいないが、無言であるだけにそれは重苦しく彼女の肩に圧し掛かる。
たった一度の行為で信頼を捨てる教師達は所詮追従者だったに過ぎないと思う私は狭量なのだろうか。
「ご苦労様です」
暗鬱な空気を内包した会議室を後にした私達は、休憩所に立ち寄っていた。
コーヒーが注がれたカップを取りだし、ジェシカ先生に手渡す。
「ありがとう」
波打つ金髪に窓越しの陽光を反射させた微笑みには僅かな翳りが見えた。
深みのあるコーヒーを一口飲んで、深い息を吐く。
余談ではあるが、ここの自販機のコーヒーは一流店に劣らない味なのだ。
「結局、何も言い返しませんでしたね」
「仕方無いわ。今回の事は、全面的に私が悪いのだから」
そう答え、苦笑する。吐息でカップから立ち昇る湯気が揺らいで消えた。
普段は一般の生徒で賑わう休憩所も、試験で一般生徒の立入りが禁じられているため二人きりだ。
広い空間に声が響くが、誰もいないので気にする必要は無い。
それでも心持ち声量を落として話を切り出した。
「・・・その少年について、聞かせてくれますか?」
ミーティングルームの悪意に満ちた会議を思い出したくなかった。思い出させたくなかった。
自分は理性的だと思っていたがどうやらそれは違ったらしい。
手に持つカップを握り締めたい衝動。それを堪えている自分に気付く。
話題を変えたかったし、何より危惧がある。
ジェシカ先生は剣術科の教師であり、魔法の知識はそれ程長けていない。
彼女が見た『才能の片鱗』が実は取るに足りないものだとしたら・・・。
その不安が、心の中で暗雲の様に立ち込めていたのだ。
【待合室 アルベリオ】
互いの自己紹介、受験科目、奨学金制度対象者に認められた経緯を交換した後、誰からとなく静かになる。
僅かな会話でかなりリラックスできた。他の二人もそうだと思う。
だがそれとは別に試験の為に集中力を高める必要がある。
他の科目は良く知らないが、僕が受ける魔法科と、レオンが受ける武術科は実技試験がある。
どちらも精神力の集中が必要なので、ただリラックスしているワケにも行かないのだ。
右の席のレオンは黙想し、時が来るのを待っている。
左に座るエリオットは、周囲の生徒を見回して不敵な笑みを浮かべていた。
自信があるのか、或いは本気で取り組むつもりが無いのか、判別することはできなかった。
鞄から取り出したメモ帳を取り出し、目を通す。
何度も読み返した、既に完全に頭に入っている文字達。
意味など無くて良かった。自分のしてきた事を確認するためだった。
確信など無いけれど、積んだ努力が僕に自信をくれる。
普段の状態を維持すれば良い。試験が始まるその時までは。
その時に全てを解放する。今までの成果を。
「・・・何読んでるんだ、アルベリオ」
僕とレオンが黙った所為か、退屈そうにエリオットが尋ねてくる。
一瞬エリオットに視線を向け、すぐにメモ帳に戻す。
「魔法のメモだよ」
「ああ、実技試験の?」
「うん。この呪文にしようと思ってるんだ」
【休憩所 ジェシカ】
「凄いですね。まさか14歳でそれ程の魔法を使えるとは・・・」
話し終えた後、内容を吟味したように数秒開けてからそう呟く。
「ええ。何者かに悪用される可能性もあったし、私が彼を見つけたのは幸運かも知れないわ」
魔法による犯罪は時として甚大な被害を出す事がある。
犯罪組織に魔法使いが一人いるだけで、軍隊並みの強さを発揮する場合もあるのだ。
錬金術の発達によって魔法が装置化したからこそ、純粋な魔法使いの存在は闇に隠れてしまうのだ。
「そうですね。それともう一つ、今が休戦中で良かったですね。それだけの力があるなら、強引に徴用されて軍役に就かされる可能性もありましたから」
カイの言葉に深く肯く。全くその通りだった。
既にその発端すら忘れてしまうほどの対立の歴史。
その間に幾度と無く訪れた休戦協定の、今はまさに只中なのだ。
何時の間にか冷めていたコーヒーを流し込み、唇の端を指先で拭った。
「さあ、行きましょう。そろそろ集合時間よ」
「・・・はい。あの、あと一つ宜しいですか?」
何時に無く緩慢な動作で立ちあがったカイが、言葉を濁しながら尋ねてくる。
「何かしら」
「・・・その、彼の魔法の事です。彼の魔法の才が普通では考えられないほど秀でているのは解ります。もしその魔法を見せる事が出来れば全ての受験生、全ての教師を納得できるでしょう。ですが・・・」
一度言葉を区切る。私は無言で先を促した。
「魔法は生活環境に著しく左右されがちです。彼が氷雪魔法にだけ特化した魔法使いであれば、今日の実技試験は酷く不利になりますよ。冷たい空気を凍て付かせるのと同程度の魔法では、暖かい空気を冷たくする事しか出来ませんから」
「・・・っ!」
思わす言葉を詰まらせてしまう。動揺を隠す事は出来なかった。
完全な失敗を悟る。今更ながらに自分の魔法知識の欠落が歯痒くなった。
目の前が暗くなった錯覚。
私は自分のミスがどれほど致命的な事なのか気付かない程愚かではなかった。
眉を顰め、無言で踵を返す。
「行きましょう。集合時間に遅れるわ」
私にかける言葉を探す、カイの視線が痛かった。
【待合室 エリオット】
待合室の扉の上にある時計は、午前10時を示した。
その横にあるスピーカーが事務的な声を上げる。
『試験の準備が整いました。待合室にいる受験者は、案内に従って移動して下さい。』
ある者は落雷を受けた様に驚き、ある者は戦いに臨む様に緊張しながらそれを聴く。
樫の樹で出来た扉の前に小さな光が灯り、直後に扉が独りでに開いた。
「『導く光の精』だ・・・」
生徒の一人がポツリと呟く。
大して珍しくも無い案内用の精霊魔法だが、それを呟くのは緊張のせいか、或いは
「わ、始めて見たよ僕」
・・・アルベリオの様に地方から来たか、だな。
ぞろぞろと光の精の導きに従う生徒達の一番後ろを俺達は歩いている。
これは単に俺達が教室の一番後ろの席に座っていたから自然とそうなったのだ。
アルベリオは放っておくと先頭へダッシュして案内役の精霊を地方出身者丸出しで覗き兼ねない。
だから俺は気付かれないようにアルベリオの襟首を掴んでいたのだが・・・。
「ぐえっ」
案の定急ぎ足になって情けない声を上げる。
「離せよ、エリオット」
苛立たしげなアルベリオの声に俺は苦笑して手を離した。
そして、乱れた髪をかきあげるアルベリオの耳を見て一つの事に気がついた。
【廊下 アルベリオ】
戒めが解かれるのを待って僕はエリオットに食ってかかった。
「何でいきなり襟首掴むんだよっ!殺す気かっ!」
「いや、悪い悪い。放っておくと地方出身者丸出しの恥ずかしい姿を晒しかねないと思ってな」
まあまあ、と手を胸の前で宥めるように動かしながらズバリと核心を突いてくれる。
「ぐっ・・・」
余りに図星であった為、二の句が告げなくなってしまう。
「いや、案の定駆け出してくれたねえ。はっはっは。・・・『ぐえっ』」
嫌に明るく笑い声を上げてから、御丁寧に声真似までしてくれる。似ているだけに腹がたった。
「・・・この・・・っ」
流石にキレかけた時、後頭部に衝撃が走る。
それはエリオットも同じ様で、僕達は二人揃って後頭部を抱えながら後ろを振り向いた。
【廊下 レオン】
結構強く殴ったので二人とも涙目になって俺の方を振り向いた。
「いい加減にしろ。お前等遊びでここに来てるのか?」
試験直前に馬鹿な喧嘩をしそうになった二人に吐き捨てるように言ってやる。
内心の苛立ちを隠すつもりは全く無かった。
感情を切り替える為か一度溜め息を吐いた後で、アルベリオが先に謝ってきた。
「・・・ごめん」
短い答えだが、本心から言っていると確信できる苦渋に満ちた声だった。
会ってから初めて見る真剣な表情だった。
「・・・何だレオン、緊張してんのか?」
エリオットの方は案の定と言うべきか、憎まれ口を返してきたがその内容は精彩を欠いていた。
やがて頭を乱暴に掻いた後で呟くように言葉を発する。
「・・・いや、その、・・・悪かったよ。すまない、アルベリオ」
「・・・僕も少し浮ついてたみたいだ。気付けて良かったよ。ありがとう、レオン、エリオット」
正直言って素直に謝られても妙な気分になるのだが。
「まあ、良いさ」
だから俺は肩を竦めてそう言ったのだ。
【廊下 エリオット】
騒いだ手前遠慮すべきだったかも知れないが、好奇心というのは時として理性を圧倒する。
まあ端的に言うと我慢できなくなったので、俺はアルベリオに尋ねた。
「お前さ、封環してるのか?」
「・・・ふうかん?」
単語の意味を理解していないような見事な棒読みだった。
流石に血の気が引く。
「馬鹿っ!『第十二条七項、魔法使いは王都及びその周囲六都市において外出時の魔術制御装置の着用を義務付ける』封環ってのは魔術制御装置の総称だっ!未着用の魔法使いは厳重注意、最悪で中央七都市からの永久追放って場合もあるんだぞ!要するに犯罪!試験なんざ一発でアウトだっ!!ピアスもサークレットもネックレスもしてないと思ったら・・・!」
試験失格のくだりでやっと俺の言葉の重大さに気付いたアルベリオが動揺する。
「え?ウソッ!!ちょっ、あっ、ええっ!?」
これ以上無い程パニくってる。
俺だって顔面蒼白になっていた。
慌てふためく俺達に、レオンが助け船を出した。
「お前、ボルファノにどうやって来た?」
「え・・・?あ、ああ。シップだけど。旅客用の大型の」
その一言でやっと俺は精神的再建を立てなおした。
「・・・あーって事はチェックは通ってるから、封環を付けてるか・・・待て、ちょっと調べる」
懐から出した自作魔具調査器『松風』を取りだしてアルベリオに向ける。
すぐに反応が出た。ネクタイから反応があり、調べて見ると封環の存在を確認した。
純金の板に彫られた漆黒の魔術文字を間違えるはずが無い。
そういえば、最新モデルの服で封環を内部に取り入れる仕組みを行っていると聞いた事があった。
「・・・驚かすなよ。アルベリオ、良く聞け。そのネクタイは実技試験以外で外しちゃ駄目だからな。」
「外したら?」
「受験は失格確定だ」
「絶対守る」
まったくひやひやされれくれる・・・。
思わず、溜息を吐くのだった。
【分岐路 レオン】
やがて外に出て各科目毎に別れる所まで来た。
導く光の精が幾つにも分裂し、各科目毎の人間を集め始める。
受験用のカードに分裂した特定の光が認識する為の処理がされているようだ。
錬金術は疎いのでエリオットに聞かなければ確かな事は解らないが。
別れる直前、俺達三人は無言で目配せしあって健闘を祈った。
俺とエリオットは不敵な笑みで、アルベリオは決然とした表情で。
別れた道を歩きながら思う。
エリオットは気付いただろうか。アルベリオの決然とした表情に。
あの、強い意志が宿った瞳に。
あいつは・・・意外とやるかもしれない。
漠然と畏怖めいた物を感じたが、俺とて受かりたい気持ちでは負けてはいないはずだ。
<バシッ!>音を立てて右拳を左手の平に打ち付け丹田に力を篭める。
これからの人生を左右するであろう試験が、これから始まるのだ。
他二名の候補者達と共に、俺は試験会場へ向かう道を歩き出した。
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