第三話:試験直前の焦燥

エリハルディア王立学校の人々
第四話
特別奨学金対象者選定試験



【魔法科試験会場内待機室 アルベリオ】
僕を含めた試験対象者四人は一つの建物に通された。
ジェシカさんに聞いた事がある。
王都を含む中央七都市では、数年前から魔法の使用は犯罪として取り締まられる。
それは校内でも同様で、唯一の例外が魔法用の授業専用の建物なのだそうだ。
セセトでは郊外の森で自由に魔法を使っていたから、僕から見ると凄く不便な気もする。
・・・でも、地上や空をシップが飛び交ってるので、そうでなくても飛行魔法とかは使えないか。
待機室には、広い部屋に四人だけが決められた席に着いている。
僕はギリギリで受験資格を得たので一番右側だ。
他の試験は受験者が三人なのに、ここだけ四人なのはジェシカさんが試験枠を無理に増やしたからだ。
ここの四人は完全に競争相手なので、互いに言葉を交わす事も無い。
無論僕も同じで、緊張感だけが支配する空間で試験官を待った。
僕以外の三人は、いずれも育ちが良さそうだった。
思いっきり貧困層だった僕は、逆にそういう事に対する目端が利く。
両親が他界して生きる事さえ大変だった頃、僕は良く彼等の財布に世話になったからだ。
なんで彼等が奨学金を得たいのか、僕には解らない。
多分授業料が彼等でも払えないくらい高いという事は無いと思うのだけれど。
<ガチャ>
静寂の待合室に響く音。全員の視線が扉に集まる。
三人の試験官達が現れ、教壇脇の椅子に二人が腰掛けて一人の若い教師が教壇に立つ。
試験に対する説明が始まるのだ。
試験の説明を始める教師を聞きながら、僕は一瞬だけ、レオンとエリオットはどうしているかと思った。



【武術科試験会場内待機室 レオン】
受験者枠は各三人のはずだが、今回は魔法科だけ一枠多いらしい。
既に知っている説明を受けるなか、ふと魔法科試験会場へ向かうアルベリオの後姿を思い出した。
アイツは俺の予想に反して地方都市のセセトから来たらしい。
そんな場所から来させるくらいだから、家が余程裕福なのだろう。
本人からは金持ちが良く身に纏う、いけ好かない雰囲気が無いのでイマイチ自信がないのだが。
そんな事を考えてから、急いで思考を戻す。・・・全く、こんな時に何を考えているんだ俺は。
説明を聞く俺の視線は、教壇の上に立つ女教師に向けられた。
簡潔にジェシカ・シェリマーとだけ名乗った教師は、凛とした表情で説明をしているが精彩を欠くような気がした。
何か心配事でもあるのだろうか、とも思ったが邪推もよいところである。
説明によると、試験は教師との手合わせと面接で判定される。
多分純粋な勝負ではなく、こちらの全て能力を引き出すよう導くような形式になるだろう。
他の受験者二人を横目で見る。両方ともレグニトで聞いた名前だった。
噂に違わない力量を感じる。相手にとって不足は無いのだ。
余計な思考をしてしまった自分を諌めつつ、俺は再び試験の説明に耳を傾けた。



【錬金術科試験会場内 エリオット】
凄ぇ退屈。
俺の感想はそれに尽きた。
錬金術科の試験は他のそれに比べて長く、筆記試験・実技試験・面接試験の三段階が用意されている。
まあ錬金術は魔法の装置化である為、深い知識と技術力が必要で、その試験が長くなるのは解るのだが、その全ての説明を最初にやってくれるので長ったらしくてしょうがない。
・・・寝ちまうかなあ。
さすがにまずいか。
とまあ、俺はそんな不謹慎な態度を全開にして、下らない説明に耳を傾けたり傾けなかったりしていた。
ちなみに俺は、試験に対して不安を一切抱いていない。
はっきり言って、そこらの奴に負ける気はしなかったし、万一不合格でも良い気もする。
親父に叩きこまれたから受験はするが、俺自身が深い興味を持っているわけではない。
・・・まあレオンとアルベリオの二人が通う学校であれば、行ってもいいか。
その程度である。
試験官が筆記試験の問題用紙と回答用紙とを配り始める。
二人のやる試験は、もっと面白いんだろうな。
そんな事を思いつつ、試験開始の合図と共に俺はペンを手に取った。



【魔法科試験会場内待機室 アルベリオ】
試験には三人の試験官の他に、推薦者が立ち会う事になっているそうだ。
どうやら推薦者は試験官とは別の教師らしい。
・・・という事は、僕の試験の時はどうなるんだろう。
ジェシカ先生は武術科の試験官で、同時に僕の推薦者なのだ。
「何か、質問は?」
「あ、はい」
事務的な口調で促す教師に、発言をする。
自己紹介では、確かエドガー・マコーニックと名乗っていた気がする。
「・・・発言は挙手をして行うように」
教師は咳払いをした後、不快そうに眉を顰めて注意した。
他の受験生が呆れた様に、或いは冷笑をしながら僕に視線を向けてくる。
・・・いけ好かない。
言葉に従って挙手をし、指名されてから改めて質問する。
正直に言って、僕は教師の態度にもちょっとムッとしていた。
「僕の・・・私の推薦者は武術科の試験官をしているのですが」
「・・・シェリマー先生は武術科の試験終了後にこちらに来ます。つまり君の試験は彼女が到着し次第始める事になりますね。・・・他には?」
他に質問が無い事を確認して、教師は一度頷いた。
「では試験を始めます。試験は一人ずつ行います。その間、他の受験者や試験を終了した生徒はここで待機していて下さい。試験は魔法実技と面接で行います。面接はその場で2〜3質問する程度のものなので緊張する必要はありません。偽り無く質問に答えるように。・・・・・・では受験番号1番の者は私の後についてきてください」
「はい」
一番左に座っていた生徒が立ち上がり、僕を含めた他の受験生を一瞥してからマコーニック試験官の後ろをついていく。他の二名の試験官達もそれに続き、扉が閉ざされた。
ついに試験が始まったのだ。



【魔法科試験会場内待機室 アルベリオ】
結局、僕の試験は三人目の受験者の試験終了から一時間も待たされた後だった。
試験が終わった三名は、僕の試験開始が余りに遅いため、既に最初の待合室に帰されている。
たぶんエリオットやレオンも試験を終えてそこにいるのだろう。
・・・でも、ジェシカ先生が来ていないのだから、武術科の試験はまだ終わってないのか。
武術科の試験はそんなに長いものなのかな。
長い長い長い待ち時間の果てで、ようやく扉が開かれた。
「アルベリオ・サイアス、試験を始めるのでついて来なさい」
マコーニック試験官が僕を呼ぶ。
長い間待機させられるのは物凄く精神を擦り減らしていた。
精神的な疲労っていうものに慣れていないので、はっきり言って辛い。
もう少しで力尽きて眠ってしまいそうだったのだ。
僕は何とかして疲れ果てた自分のテンションを高めようと、思いきり伸びをしてから待機室を後にした。



【魔法科試験会場内へ続く廊下 アルベリオ】
コッ・・・コッ・・・コッ・・・
リノリウムの床を鳴らす革靴の音が響く。
集中力を高めようと自分の頬をバシバシと叩く僕と、誘導する試験官と目が合った。
「あの、何か?」
「・・・いや。シェリマー女史が是非にと推薦した相手だから、気になってね」
マコーニック試験官は少し気まずそうに眉を寄せた後、顔を正面に戻して見下すような口調で返事をする。
「・・・ジェシカ先生は、この事で立場が悪くなったりするんですか?」
「・・・今は試験の事に集中すべきだろう。他の受験生達は優秀だったよ」
冷たく突き放す言葉。まるで僕と話す事自体を嫌悪するような響き。
少なくともこの人には、好感は抱かれていない事が解った。
今はそれで充分だった。威圧しているのかもしれないけれど、やってやるって気になれる。
やがてカードキーをスロットに通してから鉄の門扉が開かれ、試験会場が僕の視界に姿を現す。
――そこは巨大なすり鉢状の空間だった。



【魔法科試験会場 アルベリオ】
驚いたのは天井が開いている事だった。
空が見える。天井に映像処理が施されているわけではなく、天井が無かった。
すり鉢状の会場は底面を残して観客席が埋め尽くしている。
その観客席には、二人の試験官の他にシェリマー先生や、他にも多数の教師達がいた。
・・・?おかしい。試験は試験官の他には、推薦者しか立ち会わないのでは無かっただろうか。
僕は誘導されて、試験官達がいる観客席の手前に立つ事になった。
マコーニック試験官も観客席に移り、僕だけが地面に立つ事になる。
その際、一瞬青白い光の膜が揺らめくのが見えた。
どうやら観客席とこちらの間には魔法障壁があるらしい。
この建物が魔法が使える所以なのだろう。
観客席に試験官が揃った時点で、今まで声を聞いたことのない、三人の試験官の内で最も老年の人が口を開いた。白い髪、白い眉毛、白い髭。目と口がそれぞれ眉毛と髭で隠れていて見えなかったので、いきなり声だけが聞こえてきて驚いてしまう。
「それでは、アルベリオ・サイアス君、君の試験を始めるとしようか」
穏やかな口調はなんだかとても好感が持てる。
「・・・・・・だがその前に、君には質問したい事があるのではないかね?」
ゆっくりと穏やかに促される。
「・・・はい。試験に立ち会うのは、試験官の方々三名と推薦者のみだと伺っていたのですが」
「・・・・・・」
その質問を促した筈なのに老教師は沈黙し、やがて僕が再び口を開こうとした時唐突に喋り出した。
「君は、どのような経緯で推薦枠を得られたか知っていますか?」
ジェシカ先生が柳眉を顰めて俯いているのが見えた。
「・・・詳しくは。ですが、かなり異例な方法で・・という事は知っています」
「それだけ知っていれば結構。君は他の生徒とは違う形で特別に推薦枠を得ました。そうまでしてシェリマー女史が受験させたかった生徒に、他の教師達が興味を持っているのです」
一度言葉を切り、再び続ける。
「そして君は、ただ受かるだけでなく、他の先生達を納得させなければなりません。その為に集まって頂きました」
・・・道理で全員重苦しい面立ちをしている。
事情は理解できた。
僕は大きく深呼吸をした後で、正面を向いて答えた。
「解りました。試験を始めてください」
「よろしい。試験は、こちらが指定する三つの魔法を唱えてもらい、その後で現在自分が扱える最も優れた魔法を見せてもらう事で行います。よろしいですね?」
一瞬、観客席に佇むジェシカ先生と目が合う。
何かを言いたそうなジェシカ先生に、僕はただ微笑んで見せた。


大丈夫だよ、先生。


封環の付いたネクタイを外しながら試験官に答える。
「はい」
「では、最初の魔法は――」
そして試験が始まった。
唱えさせられた三つの魔法は、どれも基礎的な物だった。
空中にただ浮遊するだけの魔法。
何も無い状態から小さな火を起こす魔法。
小さな火を任意の離れた場所に発生させる魔法。
この三つだ。
しかも二つ目と三つ目は、同じ魔法を手元と指定場所の二箇所で発生させているだけだ。
特に問題無く、課題をこなしていく。
ジェシカ先生と、隣りに立つ男の先生が安堵の息を漏らす。
他の先生達は感心したように頷いたり、態度を保留していたりと色々である。
「結構です。それでは現在貴方が使用できる最高の魔法を見せてください。唱える前に、魔法の名前を言い、必要であれば対象物を用意するので言うように。・・・君は寒冷地の出身だね。冷気を操る魔法を使うのかな?」
僕の情報が載っているだろう紙を見ながら老教師が尋ねる。
・・・ジェシカ先生が急に心配そうな表情になった気がするけど、何故だろう。
「はい、ですが今日の試験は違う魔法を使います」
「そうですか。魔法の名前と対象物の要不要を聞きましょう」
「魔法の名前は『シーカレイズ』。対象物は的を20個用意して下さい。前方であれば位置は問いません」
待合室で見ていたメモに乗っている魔法がこれだった。
こっちは暖かいから氷の魔法は大変だと思い、環境に左右されなそうな光の魔法を急遽覚える事にした。
一週間でマスターするのは大変だったけれど、何とか間に合ったのだ。
僕の言葉に観客席にどよめきが走る。
何か不味い事を言ったのだろうか。
「・・・解りました。マコーニック君、用意を」
「・・・あ、は、はい」
呆けていた試験官が何か操作すると、幾つかの的が現れる。
どれも浮遊魔法がかけられているらしく、遠く近く高く低くと的が散って浮いている。
「準備が整いました。では、始めてください」
「・・・はい」
魔法のための集中を行っている間、幾つかの過去の思い出が脳裏に去来していた。

父さんの訃報が届いた日の事。母さんが死んだ日の事。
盗みを重ねた日々と、第二の家族との出会い。
嵐の夜の出来事。
職について綺麗な金を手に入れた事。
努力を積み重ねた日々。
ジェシカさんとの出会い。

それらが僕の胸の中に去来し、その所為か普段よりも遥かに魔力が満ちてくる事を自覚した。
閉じていた目を開く。高まった精神力と魔力を融合させ、呪文を紡ぎ出す。
「《光の精よ輝きに満ちよ!我の意思は汝が意思!我が敵は汝が敵!我は絶対の射手汝は自在の矢!我が意のままに風を切り裂き駆け抜けよ!!》」
正確に20の光の球体が僕の前に出現する。
全てが僕の意思に直結していて、その位置も状態も完全に把握できる。
的に視線を走らせる。一瞬で全ての的の位置を把握できた。行ける!
・・・僕は必ず受かって見せる。そして、もっと先に進むんだ!!
「《シーカレイズ!!》」
<ヒャウゥゥ・・・タタタターン>
三重の黒丸が描かれた全ての的の中心を光弾が突き抜いて消えていった。
実は練習では17個までしか成功していなかったので、初めて完璧にできたのだ。
自分の魔法の成果に心から満足して、試験官達の方を振り向いて一礼する。
「・・・・・・・・・」
試験官を含め、教師達は誰も喋らなかった。
「・・・?あの、以上です」
おずおずと僕がそう口にすると、試験官の老教師が口を開く。
「・・・では、このまま面接試験に入ります。2〜3質問するので答えてください」
「はい」
「偽りは失格、沈黙も場合によっては失格対象になるので注意してください」
「はい」
僕が肯くのを確認して、質問を始める。
「まず、この魔法はどうやって知りましたか?」
「セセト新市街にある図書館の蔵書を見て知りました。私は図書館で雑用の仕事をしていて、空き時間には自由に本を見て構わないと言われていました」
「魔法の勉強を始めたのはいつからですか?」
「えっと・・10歳の後半からですから、三年半位前です。約一年半は魔術文字を覚えるのに費やしましたから、魔術書を読めるようになってからは二年です」
「今日の魔法はいつ頃覚えましたか?」
「ジェシカ先生に試験の話を聞いた時からなので、一週間です。冷気の魔法は暖かいこちらでは上手く行かない可能性がありましたから、何処でも安定して使える光の魔法が良いと思いました」
「・・・そうですか。最後の質問です。将来は、何になるつもりですか?」
「・・・・・・・」
「どうしました?」
「・・・わかりません。誰に対しても胸を張れる、素晴らしい仕事につきたいと思っています。ですが自分が何になりたいのか、どんな適正があるのか解らないんです。それをここで勉強しながら探して行ければと思っています・・・」
しどろもどろになりながら、それだけを何とか言いきる。具体性のない願い。偽りの無い本心を。
「解りました。荷物を持って元の待合室に戻りなさい。30分後、午後2:20に合格者の発表をしますから、その旨を他の受験生達に知らせておいてください」
「・・・はい。ありがとう御座いました」
深くお辞儀をして、チラッとジェシカさんの方を見る。
視線が合うのを確認してから微笑んで、僕は会場を後にした。
やるだけの事はやった。
実力以上の成果がだせた。
後は発表を待つだけと思うと、待合室に向かう僕の足取りは自然と軽くなっていった。

第五話:特別奨学金対象者選定試験 結果発表

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