第四話:特別奨学金対象者選定試験
エリハルディア王立学校の人々
第五話
特別奨学金対象者選定試験 結果発表
【待合室 レオン】
アルベリオ以外の受験生が全て揃ってから、既に30分が経過している。
試験時間が最長の錬金術科が終わってから、更に30分だ。
つまり武術科の俺なんかは物凄く待たされているって事になる。
「・・・あー・・・腹減ったなー・・・」
机に突っ伏したままエリオットが呟く。
・・・俺だってそうだよ。
「言うな。余計腹減る」
「アルベリオ遅いなー・・・」
「そうだな。魔法科の他の受験者が帰ってきてから一時間以上経ってるしな」
とか空腹を紛らわせながら言っていると
<ガチャッ>と音を立てて扉が開いた。
【待合室 アルベリオ】
扉を開くと、全員の注目を集めた。
だれきった表情で僕の事を見ている。
余程長い間待たされたのだろう。
でも僕の所為じゃないぞ。
・・・・・・多分。
「お疲れさん」
机に突っ伏したまま、エリオットが片手を上げる。
「なんか、随分待たせちゃったみたいだね」
片手を上げて答えながら、僕は椅子に座った。
満足の行く試験の直後だったので、まだ全身の感覚が開きっぱなしだ。
それを感じてか、レオンが尋ねてきた。
「試験どうだった?」
「やれる事はやったって感じ。後は結果待ちだね」
「そうか」
「・・・でもさ、すんげえ時間かかったじゃん。何やってたの?」
今度はエリオットが聞いてくる。
僕は事情を簡単に説明する事にした。
【会議室 ジェシカ】
アルベリオの試験終了直後、試験合格者を決定する会議が開かれた。
武術・錬金術・神学・文学・工学・考古学・芸術・魔法
各種の受験者の能力を比較検討し、誰が秀でていたか、その能力は奨学金を得る資格があるかを判断する。
他の科目は大分前に試験を終了していたので、ほぼ事後報告に近い形になる。
そしてそれが終わると、最後に試験を終了した魔法科の検討に入る事になった。
「それでは、魔法科の検討を始めます」
今年の魔法科の試験は異例だった。
最終受験者・・・つまりアルベリオのみが全科目の教師の前で実技試験を行ったのだ。
当然検討自体にも、ここにいる全教師が参加する事になる。
まず他の教師に説明するため、アルベリオ以外の三名の受験者の成績が報告される。
三名とも優秀な成績である。奨学金対象者の水準枠はクリアしていた。
資料の家庭環境の欄に目を通す。三名はいずれも名門の出であり、学校に通わせるだけの財力はある。
つまり彼等はステイタス欲しさの受験者なのだ。
三名の受験者の能力を発表した後に、アルベリオの成績について検討することになる。
だが教師は全員、アルベリオの検討に入った途端、口を閉ざしてしまった。
全員が誰かが喋り出すのを待っているような静寂が続く。
それを破ったのはカイの一言だった。
「・・・・『ギフト』」
全員の視線がカイに集中する。
「・・・彼は『ギフト』の持ち主である可能性があると、私は感じました」
静かな水面に小石を投げ入れたかのように、波紋は静かに会議室に広まった。
【待合室 エリオット】
「じゃあ、何か?お前教師全員の前で実技をやらされたのか!?」
驚きながら言うと、アルベリオが声を落とすように人差し指を立てる。
だがもう手遅れで、俺達は周囲の興味を一身に浴びる事になった。
「わりぃ。・・・で、なんでまたそんな事になったんだよ」
一言詫びた後、声を落として尋ねる。アルベリオは観念したように口を開いた。
「・・・うん。魔法科だけ、今年は受験者が4人いたでしょ?」
「そうだったっけ?」
レオンを振りかえる。
「ああ、そうだった」
「・・・あれってさ、僕の所為だったんだ」
溜息混じりに言うアルベリオに俺達は動きを止めた。
【会議室 カイ】
『ギフト』とは、生まれながらの才能や資質の事を差す。
天から授かった才能(おくりもの)、という意味で『ギフト』と呼ばれるようになった。
だが、こと魔法に関して、ギフトの持ち主とは稀有な存在である。
現在この国で確認されているギフトの持ち主は僅か2名しかいなのだ。
以前はもう少しいたのだが、度重なる戦争の中で命を落としてしまっていた。
つまり現在いるギフトの持ち主二名は、いずれも若いのである。
そしてその内の一人は――・・・。
「『ギフト』と言うのですか、彼が」
マコーニック先生が咎めるように言う。
魔法科の教師を差し置いて発言してしまったのは不味かっただろうか。
「そうである可能性はあると思いました。・・・皆さんはどうですか?」
沈黙が場を支配する。マコーニック先生が答えたのは別の事だった。
「・・・現在、この国に確認されている『ギフト』は僅か二名。いずれも『彩貴族』の者達です」
彩貴族・・・王家に認められた上位貴族。
王家に次ぐの権力を持つ彼等の血統は高く、過去の『ギフト』所有者のうち約八割はその血統に属している。
「・・・彼等と同等の能力が、彼には存在すると?」
マコーニック先生は、自身が貴族である為、血統や家柄を重視する傾向がある。
彼にしてみればアリベリオのような家柄や経歴の少年が、魔法使いにとって究極の才能を意味する『ギフト』であるなど、とても認められるものではないのだろう。
「あくまで可能性の話です。事実あれ程の高位魔法をあれ程精密に放てる生徒は現在の学校にはいません」
一度言葉を切り、周囲を見渡してから、一石を投じてみる。
「・・・来年入学する、彼女を除いては」
「スカーレット・オルティシア・・・」
小さく、ジェシカ先生が呟く。
その名に周囲の教師達がざわめいた。
「スカーレット・オルティシア」
「彩貴族。炎の象徴、赤の色を許された貴族・・・」
「現在存在する『ギフト』の内の一人・・・」
「確かに彼女ならば、あれ以上の魔法すら容易く唱えられると聞く」
「彼の魔法も、言われて見れば特殊な雰囲気を帯びていたような・・・」
「僅か二年で、彼はあそこまでの成長を果たした」
「『ギフト』・・・その可能性も否めないか」
「静かに」
ざわめきに終止符を打ったのは、魔法科の主席試験官、オルド・マティアスだった。
目と口が白い眉毛と髭で覆われているものの、その威厳に衰えは無かった。
「今は奨学金試験の合格者検討をしています。彼が『ギフト』であるかは関係無い・・・違いますか?」
水を打ったように騒ぎが収まり、沈黙が場を支配する。
「・・・では、魔法科の最終的な判断を言います」
溜息混じりに老教師が言葉を紡ぐ。
その場にいる全員が、静かに耳を傾けた。
【待合室 レオン】
俺とエリオットは、一通りアルベリオから話を聞いた。
窮地を助けられた教師が、強引に推薦枠を確保する事で恩を返した。
だが学校のメンツもあり、全員が納得出来るよう、他の試験官達もいる前で試験をさせられたらしい。
「じゃあ、生半可な実力じゃあ、認めてもらえないかもしれないな」
エリオットがポツリと呟く。
アルベリオはすっきりした表情で笑みを返した。
「うん、そうかも。でも、実力以上の結果が出せたんだ。落ちても悔いは・・・やっぱりあるかも」
「「・・・なんだそりゃ」」
俺とエリオットが苦笑すると、扉が開いた。
格試験の主席試験官達と思われる教師たちが入室し、一人が教卓の前に立つ。
結果発表が始まった。
【待合室 アルベリオ】
ドクン
ドクン
ドクン
胸の鼓動が大きく聞こえる。
静寂に包まれた待合室。
全員が微動だにせず、運命を待つ。
カサカサと紙を開く音。
誰かがゴクリと咽喉を鳴らす。
教壇の上、試験官が一度咽喉を鳴らす。
「それでは、第75期生特別奨学金対象者選定試験の合格者を発表します」
緊張が場を支配していた。痛いほどの沈黙を切り裂いて発表を告げる声が響く。
「武術科 レオン・マクドガル」
レオンを見る。小さくガッツポーズを取るレオン。
「錬金術科 エリオット・イルコパー」
エリオットを見る。不敵な笑みで片目を閉じてみせるエリオット。
「神学科 アレン・ウィルフォード、考古学科 ネルス・ロウネス、・・・・・・」
次々と名前が呼ばれ、喜びに浮き立つ者、がっくりとうな垂れる者が生まれていく。
ドクン
ドクン
ドクン
周囲の音が遠いのに自分の中の音は良く聞こえる。
深く深呼吸をする。
落ち着け、落ち着け。
「魔法科 アルベリオ・サイアス
以上です」
・・・・・。
・・・。
!!
ガバッと顔を上げ、慌ててレオンとエリオットを交互に見る。
二人が肯くと、僕はやっとそれが現実であるという確信を持てた。
「・・・やった・・・!!」
小さく呟く。左右から頭に手を乗せられて掻き回される。
僕はただもう嬉しくて、ずっと笑顔を浮かべていた。
【廊下 ジェシカ】
扉が開かれ、不合格者達が肩を落としながら帰路につく。
武術科を受験した生徒は私に会釈し、私はただ労わりを含んだ笑顔で頷いて返した。
それでもこの中の半数近くは前もって受けた一般の試験で既に合格し、奨学金は無いものの、春からは一般の生徒としてこの学校に通う事になる。
多くの者達にとって、奨学金制度は称号を得るためだけの試験なのだ。
そんな中、本当に奨学金を必要としているアルベリオが合格した事が私には嬉しかった。
だから私は無人の廊下で待っていた。
説明会が終わり、アルベリオが出てくる瞬間を待って。
【待合室 アルベリオ】
「・・・以上で説明会を終わります。お疲れ様でした。・・・今度は入学式に合いましょう。解散」
試験官の教師が退出すると、一気に喚声が起きた。
「やったーっ!!」
というか、僕も喚声を起こしていた。
「三人揃って合格なんて、夢みたいだ!!」
「ハハハッ、やったな!」
「まーざっとこんなモンよ」
ひとしきりお互いの合格と自分の合格を祝い合い、待合室を後にする。
と、廊下に一人の女性が立っていた。
「アルベリオっ!」
呼びかけられ、相手が誰かを認識する。
どれだけ感謝をしても足りない、僕にチャンスをくれた恩人だった。
「ジェシカさんっ!!」
駆けだし、目の前で止まろうとした僕を、ジェシカさんは強引に引っ張って抱き締めた。
「・・・!!」
ちょ、な、ええっ!?
「おめでとうアルベリオ!一時はどうなるかと思ったけど・・・!」
「・・・・・・!!」
わ、わ、わああっ!
「直前であんな魔法覚えてくるなんて、やっぱり私の目に狂いは無かったわ!」
「・・・・・・・・・・・!!」
く、くるしい・・・
「・・・あの、アルベリオ窒息しますよ」
レオンの言葉にジェシカさんが我に返り、慌てて僕を解放する。
僕は取り敢えず、空気を大きく吸い込んだ。
「ご、ごめんなさいアルベリオ。・・・大丈夫?」
おろおろとするジェシカさんを僕は始めて見た。悪いけど、可愛いとか思ってしまう。
僕は無言でコクコクと肯いてから、顔を上げて笑う。
「・・・はい!ジェシカさんの御陰です」
「・・・いいえ、貴方の実力よ。本当におめでとう、アル」
ジェシカさんは首を振ってそう答え、微笑む。
僕は後ろに立つ二人を紹介する事にした。
「この人が僕の推薦者になってくれたジェシカ先生。・・・先生、こっちは今日知り合った・・・」
言葉を継いで、エリオットが自己紹介する。
「エリオット・イルコパーです。錬金術科に合格しました」
「レオン・マクドガルです。武術科に合格しました。試験ではお世話になりました。」
初めて二人の敬語を聞いたような気がする。
心持ち姿勢を正してジェシカさんが答える。
「おめでとう、二人とも。私はジェシカ・シェリマー。武術科の教師で、アルベリオの推薦者よ」
そう言って微笑む姿は、完全に教師のものだった。
と思った次の瞬間、再び表情を崩す。結構掴みどころの無い人だ。
「ところで三人とも、食事はもう済ませたの?」
「え、まだですけど」
「そう。じゃあ食事を奢るわ。合格祝いってところね。二人も、良いかしら」
そういって微笑むジェシカさんに、二人が答える。
「勿論ですよ。帰りのシップまで中途半端に時間が余って困ってたんです」
「俺も構いません。・・・ですが俺、結構食べる方ですよ」
「ふふ、遠慮しなくて良いわ。さあ、行きましょうか」
そんな感じで、僕達は一緒に食事をする事になった。
【レストラン『火食い鳥の巣』 ジェシカ】
三人の欠食児童を連れて、私はレストランに脚を踏み入れた。
『火食い鳥の巣』は王都でも中堅クラスのレストランだが、味の割りに値段が安い事でも有名だ。
大皿料理が大半で量も多く、彼等が多少無茶をした所でそれほど懐も痛まない。
ちょっと打算はあるが、店選びに手を抜いてはいなかった。
手頃なものを見繕い注文する。
アルベリオはこういった場所で食事をする機会が無かった為、私が代わりに注文した。
食事をしつつ会話を楽しむ。
といっても、大抵話しているのは三人で、私はそれに耳を傾けているのだが。
こうして三人を見ていると、全く違う取り合わせだというのが良く解る。
根っからの格闘家であるレオンは責任感の強そうなタイプだ。
飄々としたエリオットは何事も自分のペースで楽しむようなタイプ。
そしてアルベリオはそのどちらでもなく、純朴でひたむきな少年だった。
「そういやアルベリオって、何か外見子供っぽいよな」
エリオットが気付いたように言い、アルベリオが眉を顰める。
「なんだよ、それ」
「いや、悪気があるワケじゃなくてさ・・・なあ、レオンはどうよ」
「・・・そうだな。確かに16歳にしては小柄だが・・・成長期は個人差がある。気にするな」
フォローするように言うレオンの言葉に、私はある事に気がついた。
「・・・ねえ、アル。二人に自分の歳を言ったの?」
言われて首を傾げていたアルベリオが<ポン>と手を打つ。
「・・・!そっか。二人共ゴメン。僕まだ14歳なんだ」
一瞬食卓が静寂に包まれる。
紅茶を一口飲んでカップを置いた時、エリオットがまず喋った。
「・・・何、お前2コ下なのか?」
「うん、そう」
「飛び級で特待生か・・・凄いな」
普通シニアの学校に通うのは16歳からである。
それまでは下位の学校、地域毎に敷設されたジュニアに通うのが通例である。
能力的に恵まれた者は時折、飛び級をしてジュニアを卒業してシニアに通うのだ。
アルベリオの場合はジュニアに通っていない為、その例とは異なるが、驚きの対象である事に違いはない。
「・・・?」
驚いた表情をする二人に軽く肩を竦め、アルベリオはせっせと食事を続ける。
それを見ると、私を含め三人は視線を交し合って苦笑した。
自分がどれだけの事をしたか気付いていない少年に、私達は言葉を持っていなかったから。
【レストラン『火食い鳥の巣』店外 アルベリオ】
「「「ご馳走様でした」」」
三人で頭を下げると、ジェシカ先生は軽く肩を竦めた。
「良いのよ気にしないで。・・・このお店には少しコネがあってね。安く食べられるのよ」
その言葉に反応を示したのはエリオットだった。
「へえ、そうなんですか?『火食い鳥の巣』・・・って確か彩貴族が経営している店ですよね」
・・・・・・え?
「ふふ、まあね。それより二人共、シップの時間は大丈夫?」
「これから飛行場に向かえば丁度良いですね」
「俺もです。・・今日は本当にありがとうございました」
深々と頭を下げたレオンが僕の肩を叩く。
「わぁ!?」
呆然としていた僕は、素っ頓狂な声を上げてしまった。
「・・・どうした?」
「いや、なんでも」
パタパタと手を振る僕に、首を傾げた後、レオンとエリオットが別れを告げてきた。
「出来れば一日延期して、明日の市街観光に付き合いたかったが、残念だ」
「次ぎに逢うのは入学式か・・・教科が違うから、或いはもっと先かもな」
僕は一日ボルファノに滞在してから帰ることになっている。
二人はそれぞれの言葉で挨拶をすると踵を返して去っていった。
それを見送った後、僕達もその場を後にした。
エリオットの言葉が頭の中で甦る。
次に合うのは入学式か――・・・。そうだ。僕は合格したんだ。
改めてそれを実感し、拳を握り締める。
突然表情を綻ばせる僕に、ジェシカさんは微笑み混じりに軽く肩を竦めてシップへ招く。
明日一日、ボルファノを見学して、僕はセセトに帰るのだ。
長い試験の一日が終わる――
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