第五話:特別奨学金対象者選定試験 結果発表
エリハルディア王立学校の人々
第六話
アルベリオの一日観光<朝>
【ホテル『炎神の神殿』ロビー ジェシカ】
「おはよう御座います、ジェシカ様」
シップを預け、自動ドアが開くと共に壮年のホテルマンが頭を下げる。
「おはようロバート。彼の部屋へ行きたいのだけれど」
「かしこまりました。こちらへ」
にこりと微笑むと、ロバートは私をエレベーターへと導いた。
透明のガラス越しに街の様子を見下ろしながらエレベーターが上っていく。
私は景色を見渡しながら昨夜送った時の事を思い出していた。
【回想 ジェシカ】
シップの後部座席に座り、アルベリオはぼんやりと窓の外を眺めていた。
辺りが暗くなりはじめ、ネオンに夜景が美しくなってなお、その表情が変化する事はない。
受験に対する疲労か、或いは特殊な事情で試験を受けた事に対する感慨か。
突如としてアルベリオを襲った沈黙に、私が明確な予測を立てられる筈も無い。
私もまた沈黙し、ただ無言でシップを操った。
「・・・ジェシカさん」
ぽつり、アルベリオが言葉を紡ぐ。
バックミラー越しに見るとアルベリオは顔を窓の外に向けたままだった。
私も運転に集中しながら言葉を返す事にする。
「・・・何かしら、アルベリオ」
「さっきの・・・『彩貴族』の経営する店に顔が利くって・・・」
中途半端に区切られた言葉。私は続く言葉を追及せず返事を口にする。
「ああ、その事?『火食い鳥の巣』はね、赤の貴族であるオルティシア家の経営する店なの。祖父がオルティシア家の祖父と友人で、私も良くそこのお嬢さんと遊んだりしたの。だから顔が利くのよ。それだけ」
「・・・・・・そうですか」
アルベリオは一度大きく溜息を吐くと、いつもどおりの彼に戻った。
「明日は市街見学ですね。楽しみだな」
「ふふ。楽しみなのは解るけど、今日は早く休んだ方が良いわ。・・・今日は疲れたでしょう」
「そうですね。・・・本当、疲れました」
深くシートに身を預け、アルベリオが深く息を吐く。
そのまま瞼を閉じた彼を乗せ、私は静かに運転を続けた。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
【ホテル『炎神の神殿』2401 ジェシカ】
私は寝ているアルベリオを起こすまいと、静かに扉を開いた。
起きる様子の無いアルベリオに業を煮やし、ロバートに鍵を開けさせたのだ。
そこは少年一人が一泊するだけにしては広すぎる部屋だった。
折角王都に初めて来たのだからと良い場所に泊めたのは、返って彼には良くない配慮だったろうか。
今更ながらにそう思いつつ寝室に向かう。
・・・と寝室の扉に手を掛ける前に、窓の手前に布の塊が転がっている事に気がついた。
首を傾げつつ寝室の扉を開くと、案の定というべきか、アルベリオの姿が無い。
窓際にあった布の塊に近づくと、それが布を被った人である事に気がついた。
無論アルベリオである。
白い布団に包まれたアルベリオは、まるでクロワッサンのような形をしていた。
そろそろ窓から差しこむ光も強くなって来ているはずなのに、起きる気配が無い。
私は一つ溜息を吐くと、アルベリオを揺り起こす事にした。
【ホテル『炎神の神殿』2401 アルベリオ】
眠りは水に似ている。
深い眠りは深海に沈み込むように。
浅い眠りは水面付近を漂うように。
「・・・リオ・・・ア・・・リオ」
呼び声は遠く小さく、だけど何処か澄んでいて。
「・・ベ・オ・・・アルベリオ。もう10時よ。起きなさい」
少し瞼を開く。瞳に映る金色の髪をした女性。
・・・シェリルじゃない・・・・・・誰?
・・・ああ、夢だ。だからもう少し・・・。
「・・・って、寝ないのっ!!起きようね、アルベリオ」
「はいたた・・・っ」
再び瞼を閉じた僕の頬をつねりながら、ジェシカさんがにっこりと笑っている。
「・・・は・・・へひははん」
名前を呟くが、頬をつねられたままなので変な発音になってしまった。
「ふふ、おはようアルベリオ」
手を離し、ジェシカさんがくすくすと笑って挨拶をする。
僕はその姿を見て、自分が今何処にいるのかを思い出した。
僕は王都ボルファノに試験を受けに来て・・・。
そして、合格した。試験会場で知り合ったレオンとエリオットと共に。
今日は帰る前に一日、市街観光をする予定なのだ。
「すいません。寝過ごしてしまって」
白い布団にくるまったまま身を起こし、頭を下げる。
「初めての王都で、試験を受けたんだもの。疲れて当然よ。・・・少し軽めに朝食を摂りましょう」
ジェシカさんがそう言った時、ノックの音が響いた。
【ホテル『炎神の神殿』2401ダイニング アルベリオ】
ノックの主は朝食を運んできたルームサービスのものだった。
どうやら予めジェシカさんが手配していたらしい。
ロールパンとバター、クロワッサン、紅茶。
少ない食事なのだろう。テーブルと釣り合いの取れない様子に直感する。
当然の様に用意された朝食。けれど違和感を禁じえない。
昨日の夕食もそうだった。
当然のような食事に、僕は馴染めなかった。
そういう実感が思い出させる。
今までの生活と、今のギャップを。
僕が食事を摂る間、ジェシカさんはTVを見ていた。
これはまだ限定地域でしか扱われていないシステムで、現在はボルファノとベイラでのみ受像できる。
内容もボルファノとベイラで別々に発信しているので、完全に都市レベルで独立したシステムらしい。
当然セセトにあるはずがなく、実は僕も今初めて受像した状態のそれを見た。
昨日は疲れていたし、操作方法を調べてまで見る気にはならなかったのだ。
画面では二人の男女がテーブルに付き、こちらに向かって話している。
映し出される映像、会話の内容から、世界の情勢を伝えているようだ。
『・・・休戦の5年間でエイルセグマ、シャドキア両国との親睦を深めた我が国は、休戦期間の延長を三国首脳会議で決定し、これにより西南部の三国はより良い関係を未来に向けて築き始めました』
足を組み、それを眺めるジェシカさんは、普段よりずっと大人っぽく見えた。
・・・とか言ったら、失礼かもしれないけど。
食事を終え歯を磨き、顔を洗って服を着替える事にする。
使わなかった寝室でシャツとズボンを着てから、ネクタイと上着を持って戻る。
「別の場所で着替えなくても、私は気にしないのに」
「僕が気にしますっ!」
からかい口調のジェシカさんに僕はピシャリと言った。
そのままネクタイを結ぼうとする。
だがそれが一向に上手く行かず、僕は首を傾げながら何度もネクタイを結びなおした。
やがてそれに気付き、ジェシカさんがクスクスと笑って立ち上がった。
「・・・ああ、もう。アルベリオ!言ってくれれば、すぐ結んだのに」
そのまま僕の前まであるいて肩膝をつく。
「あう・・・すいません」
「ほらじっとして」
まるで子供な状況に視線を泳がせる僕の目に、TVの画面が映る。
そこに写された一人の青年の姿が、僕の記憶を貫くように呼び醒ました。
蒼い光。
始めてみた魔法の光。
壁に叩きつけられた背中の強烈な痛み。
『――二度と近づくな。今度目の前に現れたら――』
強い意思を宿した瞳。炎を内包した氷の視線。
『――貴様を殺す』
罪悪感と痛みと、そして恐怖に震えた――
鮮烈な痛みの記憶・・・
呆然と見つめる中、TVの中で会話は進む。
『先程お伝えした休戦期間の延長に伴い、新たに判明したニュースをお届けします。かつてから計画されていた交換研修生の中に蒼の貴族エルセルマ家の長男である、ブルー・エルセルマ氏が加わるそうです』
『ブルー氏は超越的な魔法の才能、通称「ギフト」を持つ若干17歳の少年で、新たな魔法形態の構築を研究する為にシャドキアに赴く予定です。彼は既に個人での医療錬金魔法の研究のみならず、父親の研究でも右腕として活躍しており、英断とも言うべき行動に関係者達から激励の声が上がっています・・・・・・』
「よし。出来たわよ、アルベリオ。・・・アル?」
ポン、と肩に手を置かれ、僕はビクリと肩を震わせた。
「・・・わ、本当に結ばれてる!いつの間に・・・っ?」
「・・・何言ってるんだか」
何時の間にか結ばれているネクタイに驚く僕に肩を竦め、ジェシカさんがTVを消す。
「髪、セットして。寝癖がないからすぐ終わるわよね」
洗面台に急かされながら時計を見ると、11時に近づいていた。
慌てて髪を整え、上着を肩にかけてバッグを持つ。
「さ、準備も出来たし行きましょう。シップは最終便を取ってあるけど、いつまでもここにいても退屈なだけだから」
「はい。行きましょう、ジェシカさん」
僕は気持ちを切り替えて返事をし、ジェシカさんに続いて部屋を出た。
【車中 ジェシカ】
アルベリオを乗せ、シップを走らせる。
後ろに座ったアルベリオに、私は簡単に説明をする事にした。
「アルベリオ、始めは王都にある各種機関の中枢部を見るわ」
「はい」
「これらの場所はエリハルディアの卒業生が就職するケースも多いから、見学しておいて損は無いわ」
「王都の中枢に就職・・・、何か、全然想像もつきませんね」
「まあ、それはそうでしょうね。今日はただ外を回るだけだから、建物だけしか見れないわよ」
首を傾げるアルベリオに言うと、彼は何処か安心した様に頷いた。
「・・・そう言えば、今朝どうしてあんな場所で寝ていたの?ちゃんと寝室で寝れば良いのに」
アルベリオが寝室でなく、窓に面したリビングの床の上で寝ていた事を思い出し、尋ねてみる。
「え、・・・ああ、それは」
頬を掻き、バツの悪い顔をした後、アルベリオは窓の外を見ながら口を開いた。
「・・・ベッド、慣れなくて。床とか固い場所の方が眠りやすいんです」
「・・・・・そう・・・」
――不味い事を聞いてしまった。
空気が凝る事を自覚する。
多分アルベリオは私が思うほど気にしていないし、私がそれを気にする事を嫌うだろう。
だがそれでも私は一瞬言葉を詰まらせてしまった。
「それにあっちの方が窓が広かったから。昨日は月が綺麗でしたよ」
フォローまで彼にさせてしまい、自分の大人としての未熟さを思い知る。
「そう。それは良かったわ」
私は笑ってそれに応じ、シップを右折させて王都ボルファノの中心部に足を踏み入れた。
ここまでくると全ての建物は超高層になる。
警察、軍部、医療、政治、錬金術、魔法・・・全ての分野の最高のメンバーがここで研鑚を重ねている。
シップを停車させ、アルベリオに格建物の説明をしながら閑散とした道を歩いた。
【王都ボルファノ中心部 アルベリオ】
いくつかの建物を回り、ある一つの建物の前で立ち止まる。
「ここが錬金術と魔法の最高機関エルグラント。貴方に最も関連する分野の最高機関ね」
ジェシカさんが微笑み、言葉を続ける。
「今朝TVに映っていたブルー君も、ここの研究員なのよ」
不意にそう言われ、ついジェシカさんを振りかえる。
「セセトには、エルセルマの別荘があるものね。気になるのも解るわ」
僕はそう言うジェシカさんに適当に合わせる事が出来ず、少し沈黙した。
後、辛うじて口を開く。
「・・・僕も、僕もあの人みたいに立派になれますか・・・?」
背後に立ったジェシカさんが僕の両肩に優しく手を置く。
金色の髪が肩口から零れ、言い香りが鼻孔をくすぐる。
「・・・それは貴方次第よ、アルベリオ。一日一日を大切に、有意義な学校生活を送りなさい」
優しい声。何だかとても落ちつく、肩に感じる掌の熱。
僕は自然と返事の言葉を紡いでいた。
「・・・・・・はい」
そうだ。僕は扉を開いた。
だからこれから歩いていこう。
ジェシカさんの期待に応える為に、自らに誓った約束を果たす為に。
何より、僕自身がそれを強く望んでいるのだから。
「さ、行きましょう、アル」
ジェシカさんの言葉に僕は頷き、一度その建物を見上げてから、その後を追うために踵を返した。
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