第六話:アルベリオの一日観光<朝>

エリハルディア王立学校の人々
第七話
アルベリオの一日観光<昼>



【カフェ『ウンディーネの泉』 ジェシカ】
今年春からエリハルディアに通う学生として中枢機関の見学をした後、私達は中心街で休憩する事にした。
これからは一人の少年として王都を観光するのだから、これは仕切り直しを兼ねた休憩である。
ゆっくりするつもりもないが、焦る必要も無い。
カフェはアルベリオの故郷であるセセトに蒼の貴族エルセルマ家の別荘がある事から、蒼の貴族の系列店にする事にした。水を思わせる穏やかな内装が綺麗な店だった。
飲み物だけを注文して、私はバッグから携帯端末を取り出す。
これで昼食を摂る場所や希望の観光場所をアルベリオに聞くのだ。
テーブルに置かれた端末を見て、アルベリオが首を傾げる。
「・・・ジェシカさん、それは?」
「情報携帯端末。これで昼食を摂る場所や観光場所を決めましょう」
簡単に操作方法を教えた後、片目を閉じる。
「アルベリオも中央で暮らすのだから、こういう事も覚えなくてはね」
そう。本では無くことさら携帯端末を持って来たのはこういった理由があるのだ。
「・・・そうですね」
錬金術装置は苦手なのか、少し苦笑気味にアルベリオが微笑みを返す。
「大丈夫。最近のは良く出来てるから操作は簡単よ。・・・頑張って」
困った顔のアルベリオが可愛くて、微笑みながら頭を撫でると、私は化粧直しに席を立った。



【カフェ『ウンディーネの泉』 少女】
全く、今日の私はついていない。
お父様に一人で買い物をしたいとお願いし、許可を得るまでは良かった。
だが結局何も変わっちゃいない。
高級シップでの送迎、黒服のSPの随行。
・・・これの何処が一人での買い物だって言うのよ!
しかも逃げようとして試着室で魔法を使ったのは良いけど、くり貫いた床が派手に落ちてくれるし!
怪我人が出なくて良かったけど、御陰で速攻バレて急いで逃げるハメに・・・。
顔を上げ、店内を見回す。
水を思わせる滑らかな曲線と蒼系の色で統一された内装。
「しかも入ったのがこの店かぁ・・・」
ため息をつく。今日の運勢は最悪だった。
自動ドアの前で軽く呼吸を整えていた私に、店員や客から視線が向けられる。
壮絶な追いかけっこをした後なので髪も少し乱れていた。慌ててそれを直す。
・・・やばいな。取り繕わないと。
「どうかなさいましたか?お客様」
優しく問いかける店員を片手を上げて制する。
「いえ、・・・待ち合わせに遅れてしまって、少し走ってしまいました」
にこっ☆ と微笑むと、店員や周囲の客は納得して軽食や成すべき職務へ戻っていく。
ふっふっふ。チョロいもんだぜ。可愛いとこういう時特だよね〜実際。
私の天使の笑顔に見惚れた一部の客達の視線が疎ましくて、階段を上って二階へ移動する。
二階の連中は慌てて店内に入った私の姿を見ていないので落ち着けると思ったのだ。
できれば架空の待ち合わせ相手に見合う女の子でも要れば良いのだけど・・・。
と、一人で席についている子の姿が見えた。ボーイッシュな女の子で結構凛々しい。
事情を話して誤魔化してもらおう。
そう思って歩いて行くと、その相手が男の子であると気付いた。
慌てて周りを見回すが他に手頃な相手がいない。
しかも待ち合わせだと言い訳した店員が後ろから注文を取りに着いて来ている。
走った直後で少しテンションが上がっていた所為もあり、私はそのまま押し切る事にした。



【カフェ『ウンディーネの泉』 アルベリオ】
・・・やばい。さっぱり使い方が解らない。
壊れやしないか怯えながら幾つかのボタンを押した後、肩を落としてうな垂れる。
セセトにいる間の勉強は図書館の本を使っていたし、僅かに設置されていた情報端末には一切触れないでいた。
というか触れさせて貰えなかった。掃除の時でさえ壊されると困るのでと遠ざけられた程だった。
こっちでもきっとそうなのだろうが、特にセセトのような場所だと結構高価な代物らしい。
・・・そういう訳なので初めて触れる情報端末に悪戦苦闘するのは当然なんだ。
って誰に言い訳してるんだ僕は。
「お待たせ」
頬杖をついた手の人差し指で頬にリズムを刻んでいると、正面から声が聞こえてきた。
「早かったですね」
全然操作が出来ていない僕は、ばつが悪くて顔を上げずに答えた。
ジェシカさんは少し呼吸を整えながら今までとは別の席に着く。
・・・?何で息を切らせているのだろう。
そう思って顔を上げる。僕は口を開けたまま固まった。
そこには見たことも無い女の子が当然の様に座っていたからだ。



【カフェ『ウンディーネの泉』 少女】
作戦失敗か・・・!?
私は、私の顔を見て「ぽかぁん」と馬鹿みたいな顔をした男を見てそう思った。
見たところ同じ位の年齢だと思うその男は呆然と固まっていた。
しかも連れがいるらしく、向かいの席にはグラスが置いてあって、横に座らざるを得なくなる。
・・・それにしても連れが男で二人がかりでナンパとかされたら厄介だな・・・。
「ご注文は何にしますか?」
「アッサムティーをアイスで」
走った所為で咽喉が乾いていたので、取り敢えず注文はしっかりしておく。
ウェイトレスが注文を書きとめている間、私は隣りに座る男にバシバシと片目を閉じて合図を送った。
・・・ちなみに円卓なので隣りと言うと語弊がある。向かい合う二人の横、というべきだろうか。
辛うじて階下の出入り口が見えるその席は私にとって絶好のポジションである。
兎も角何か言葉を交さない事には疑われる可能性がある。
合図の意味を悟ったかは知らないが、適当に言葉を交す事にした。
「遅れてゴメンなさい。待ったでしょう?」
頼むから合わせてね見知らぬ人っ!



【カフェ『ウンディーネの泉』 アルベリオ】
ウェイトレスが注文を書きとめている間、僕は隣りに座る女の子にバシバシと片目を閉じられる。
ウィンクにしては眼光が真剣過ぎる上に含みがありすぎる。
僕はそれが合図だと悟った。どうやら何か困っているらしい。
「遅れてゴメンなさい。待ったでしょう?」
揉め事は嫌だったが、まあ大した事じゃあないだろう。
それに端末操作が出来なかった理由になるかもしれない。
殆ど一瞬で打算をすませると、僕はにっこり笑って答えた。
「全然。そんなに慌てなくても良かったのに」
はっきり言って、僕はウソとかフリが大得意。
人畜無害な顔をして、可哀想なウソをつけば、結構市場の人達が恵んでくれる事もあったのだ。
ここ数年は封印していた技だけど、まあ罪の無いウソなら構わないだろう。
「・・・でも、飲み物が減っているわ。結構待ったんでしょ?」
女の子がほっとして言葉を返して来る。落ちついてみると凄く綺麗な子だった。
金色の髪、白い肌、蒼い瞳。淡いオレンジの服を纏った姿は太陽の欠片のように輝いて見える。
都会の女の子ってみんなこんな風に華やかなのだろうか。
「ん・・・でも、これ見て今後の予定を考えていたからね」
この子に操作方法を聞くのもありだよな。
僕はそう思いながら、女の子にも見えるように端末の位置を変えて話を振る。
「そうだったんだ」
女の子はにっこり笑って携帯端末を覗きこむ。うん、良い感じ。
ウェイトレスはすっかり友人同士と思ったらしく、微笑みながらレモン水をテーブルに置いた。
僕もまだまだ現役だな。・・・ウソつきの現役というのも可笑しいか。
「・・・アッサムティーをアイスで、ですね。少々お待ち下さい」
ウェイトレスが階下に下りると、女の子は盛大に溜息をついた。
・・・というか、誰なんだこの子は。



【カフェ『ウンディーネの泉』 少女】
取り敢えず一難クリア。
ウェイトレスが階下に下りると、私は盛大に溜息をついた。
レモン水に口をつけて一息つき、再び気合いを入れなおす。
私にとってのもう一難は隣りに座っていた。
はっきり言ってこいつは胡散臭い。私は隣りに座る男にそう直感した。
咄嗟に上手くウソをつける事が何より怪しい。
私にとって最も信用できないタイプだった。
だがまあ、救われたのも確かだし、礼の一つも言うべきだろう。
「ありがとう。御陰で助かったわ」
「気にしなくて良いよ。僕も丁度助けて欲しいところだったんだ」
微笑みながら、早速雲行きの怪しい返事を返してくれる。
思いっきり見返りを期待している言葉だった。
「どういう事?」
表情を変えないまま警戒心を強める。
「警戒しなくて良いよ。・・・ただ、この使い方教えてくれないかな」
私のポーカーフェイスはあっさり見抜かれていた。
「こういうの苦手でさ。・・・ああ、時間無ければ良いけど。何か忙しそうだし」
さらりと流す言葉に、何故か凄いムカついた。
ので軽くお返しをする事にした。
「構わないけど・・・本当にこれ使えないの?イマドキ、常識じゃない」
思いっきり呆れたように肩を竦めて見せると、案の定男もムッとした表情になった。
満足する私の視界の隅で、出入り口の扉が開いて複数の黒服が現われる。
そうだった。こんな事してる場合じゃなかったんだ。
「ああ、こんな事をしている場合じゃ無いわ。・・・ね、私はいないって事でよろしくね」
挨拶もそこそこにテーブルクロスの下に隠れる。
口の上手いヤツのようなので適当にやり過ごしてくれるだろう。
・・・そうしたら、まあ、ここの代金くらいは持っても良いかもね。



【カフェ『ウンディーネの泉』 アルベリオ】
結構失礼な事を言ってくれた女の子は階下の入り口の方を見てテーブルクロスの中に隠れる。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
ちょっと待ってくれ。
かなり嫌だぞこれは。
そう思って身じろきすると、今度は僕の両足首を持って両足を整えさせられる。
どうやら自分の姿を隠す為に僕の脚を使おうとしているらしい。
迷惑極まる状況だった。
次第にふつふつと苛立ちがせり上がってくる。
なんなんだこいつは。
いきなり椅子に座って人にウソをつかせるわ、お礼もそこそこに失礼な言葉を言ってくれるわ・・・。
それよりなにより、机の下に人がいるという感覚が嫌過ぎた。
足元からぞわぞわと鳥肌がたってくる。
もう限界だった。
二人の黒服の男達が現われ、あの子が頼んだ紅茶を持ってくるウェイトレスに連れられて僕の方に来る。
青年と壮年の男達は見た目は屈強そうなのに、はっきり言ってかなりやつれて見えた。
息を切らしているし、呆れているようにも見えた。まるで理不尽な労働を強いられたように。
じっと見つめていると、視線に気付いた黒服の青年が声をかけてきた。
その態度は、足元に隠れた失礼な女よりよっぽど好感が持てる。
「君、この辺に女の子がこなかったかい?オレンジ色のワンピースの子なんだけど・・・」
額の汗をハンカチで拭いながら紳士的に尋ねてくる黒服の人。
僕の返答は決まっていた。
人差し指でテーブルクロスを指差して、にっこりと微笑む。
「はい。テーブルの下に隠れてます」
『ぶぅっ!!』
<ガスッ!!>
下からの衝撃にテーブルが浮きそうな勢いで揺れる。
・・・・・・かなり痛そうだった。



【カフェ『ウンディーネの泉』少女】
ぐああああああ・・・ッ!!
いっっっっっっったーーーーーーーーーーーーいッ!!
目の前に火花が散ったような衝撃!!
ガンガンと痛む頭を両手で抑えて蹲る。
するとクロスをめくってハンスとトマスが覗きこんできた。
「・・・・・・お嬢様・・・」
そして二人同時に視線を外しながら溜息をつく。
「う・・・・・・」
私は頭をさすりながらテーブルの外に出る。
その直前にキッと側にあった脚を睨んだ。
・・・・・・・・・・・・この男、ぶっ殺す。
ワンピースの裾を払ってバッと立ち上がる。
「・・・ああ、お嬢様は保護した。『ウンディーネの泉』にいる。店の外にシップを」
トマスが他の連中に連絡する前でハンスが苦言を漏らそうとする。
私は片手でそれを制すると椅子に座ってのんびりお茶を飲んでいる男の前に立った。
「・・・頭、大丈夫だった?」
そしてカップから少し口を離して何事も無かったように微笑む。
・・・・・・!!
一旦最高潮に達すると、怒りは急速に冷たい感情に変わっていく。
・・・・・・はー・・・・・・。・・・もう完全に怒った。
「・・・死んで。《炎の精よ我が手に宿れ・・・フレイムハンド》」
<ボアッ>
軽く手を震わせ、左の二の腕の半ばから指先にかけて炎を纏わせる。
痛い目を見せない事には怒りが収まりそうになかった。
「「お嬢様ッ!!」」
ハンスとトマスが静止を呼びかけるが最早遅い。
勿論実際に殺すわけではないが、火傷の一つとアフロ位は当然の報いだろう。
炎を纏った手で男の胸座を掴もうとした刹那。
「ッ!」
飛び退くように男が立ち上がり、ネクタイに手をかける。
ティーカップが床に砕け散り、ざわめきが起こった。
「ねえ、あれ・・・ッ!」
「やべえよ、魔法使いの喧嘩かっ・・・!?」
紅茶は私の腕に掛かり、ジャスミンの強い香りを残して蒸発する。
投げ付けられたネクタイが煙と不快な匂いを吐いてケシズミに変わる。
男の腰から下が吹き抜けの透過壁にぶつかって止まる。そして私の手が触れる直前――
「く・・・《氷雪の精よ我が手に宿れッ!アイシクルハンド!》」
<ピキッ・・・パシッ>
「!!」
私の炎熱の左手は男の凍てついた左手に掴まれていた。
<シュゥゥゥゥ・・・>
魔法によって生成された炎と冷気が絶えず相殺し合って蒸気を放つ。
――魔法使い!
床に落ちたネクタイに視線を落す。黒い文字の刻まれた金のプレートが光る。制御装置だ。
腕を掴まれたまま膠着状態になる。魔力を抜いた方が被害を受けるからだ。
それなりの魔力を帯びた男の手は、魔力を抜けば私の手を瞬時に凍傷にするだろう。
手首を掴まれている為、体勢的には私の方が若干不利になっている。
そのためか、ハンスとトマスが私の両脇に一歩踏み出して懐に手を伸ばす。
それを止めようとするが、それよりも早く別の女性の声が響いた。
「止めなさいッ!!アルベリオ!スカーレット!!」
私達は同時に全身を震わせた。圧倒的なまでの気迫が篭った声。
それは私達やトマス、ハンスだけでなく店内の全ての人々の行動を止めた。
聞き覚えのある声に視線を向けると、そこには知った顔があった。



【カフェ『ウンディーネの泉』 ジェシカ】
化粧室が店の奥側一階にあったせいでかなり時間を取られてしまった。
だが僅か10分にも満たない時間でこんな事態になっているとは誰が想像出来るだろう。
今日初めて都会を歩くアルベリオが、私の知人の中でも最も出会う可能性が低い相手と喧嘩をしている。
・・・それも一般には使用が禁止されている魔法を使って。最悪の展開に血の気が引いた。
私の喝で全員が動きを止める。まず私はスカーレットの近衛に鋭い眼光を向けた。
観念したようにトマスとハンスが手を懐から戻す。
到着があと5秒遅れていたらアルベリオは死んでいたかもしれない。
コッ・・・・・・コッ・・・・・・
ゆっくりと歩き、若い魔法使い二人の前に立つ。
魔法はもう消えていた。アルベリオが掴んでいた手を慌てて離す。
「・・・・・・・・・」
「「・・・・・・だってコイツがっ・・・!」」
黙って二人を見据えると同時に言い訳をし、目を見合わせた後、眉を顰めて視線を外す。
私は黙って二人の頭を等しい強さで叩いた。鈍い音が二度、沈黙の店内を震わせる。
「バカッ!!何考えてるの!!」
手は微かに震えた。頭を叩いた衝撃ではなく、私自身の心によって。
今の私の怒りと困惑と恐怖とを、誰が理解できたであろう。
「アルベリオ!」
私の声を受けてアルベリオがビクッと身体を震わせる。
私が声を荒らげている事にアルベリオが羞恥を感じたのか周囲に視線を走らせる。
だが今はそれどころではないのだ。それが解っていない事が何より怖かった。華奢な両肩を強く掴む。
「貴方は!貴方は何の為にここまで来たの!犯罪を犯す為!?教えたはずよ!王都とその周辺六都市で魔法を使用する事は犯罪だと!」
「・・・ッ。でも・・・、でもコイツが先に・・・ッ」
激昂する私に驚きながらも、アルベリオは視線を外して苦渋の表情を刻んだ後、スカーレットを睨む。
スカーレットはその視線を受けるとフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
否定をしない所を見ると事実なのだろう。
「スカーレット・・・」
私が声をかけるとスカーレットがキッと振り向く。
「何よ!私が悪いっての!?コイツが生意気だから懲らしめただけじゃない!!魔法だって私は・・・」
そこまで言って、スカーレットは私の表情に気付いて言葉を飲みこむ。
「聡い貴女は解っているはずよスカーレット。人より多くの事を許されているからこそ、貴女はより強く自身を律さねばならない事を」
「・・・!じゃあ、じゃあやられっぱなしになれば良いっての?嫌よ!そんなのは絶対に嫌!ナメられたまま引き下がるなんて許せない。・・・私の中に流れる気高い炎の血が許さないのよ!!」
苛烈な眼光でスカーレットがアルベリオを睨む。
アルベリオは一瞬の空白の後に臆する事無くスカーレットを睨み返す。
二人共熱くなり過ぎていて取りつく島も無かった。
私は溜息をつき、子供達の後ろに立つ黒服の男達に視線を向ける。
黒服の一方とは顔見知りだったが、警護すべき令嬢に手を上げられ面白く無い顔をしている。
無理からぬ事ではあったが一切譲る気は無かった。
「何故、彼女がここに?」
私の質問に相手の態度が崩れる。痛い所を突いたらしい。
スカーレットもまた、ばつの悪そうな顔をしている。
私は再び溜息を吐くと少し態度を落着け、二人の話を聞く事にした。

第八話:アルベリオの一日観光・・・改め

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