第七話:アルベリオの一日観光<昼>
エリハルディア王立学校の人々
第八話
アルベリオの一日観光・・・改め
【カフェ『ウンディーネの泉』ジェシカ】
「・・・事情は解ったわ」
三度目の溜息。
大人二人の説明と子供二人の言い合いで事情は掴めた。
店は静寂を取り戻している。少なくとも表面上は。
店員には謝罪し、損害に対する請求を私の家にするように伝えてある。
他の客は興味があるのかこちらを盗み見たが眼光で牽制した。
それだけで騒ぎは沈静化した・・・・・・まあ、ある程度は。
スカーレットが貴人である事を周囲も察し、深い追求を避けているようだったのも理由の一つだ。
またアルベリオの魔法使用についても、スカーレットの魔法使用に対する正当防衛として解決させるようにしている。が、こちらは別の形で果たされるだろう。
両方揉み消されるという形で。その程度のズレは黙殺する事にした。
公正さには欠けるが、公にされるよりはその方がアルベリオの立場が護られるはずだった。
椅子には三人が腰掛けている。
話を聞く立場の私と、話をする立場だったハンスとトマス。
子供二人は罰として立たせていた。
椅子が一つ余っているがどちらも座らせない。
こういう時に一方を優遇してはいけないのは基本的なルールだった。
私の正面でアルベリオとスカーレットは反省しつつも互いを許せずにいるようだった。
普段の穏やかな雰囲気に隠されてはいたけれど、二人共まだ幼い事を再認識させられる。
だがアルベリオのみせた子供らしさに安堵する自分もまた感じていた。
その為か、深刻な事態の割に私には余裕があった。
「さて、どうしたものかしらね」
困った様子をありありと二人に見せて溜息をつき、思案する。
アルベリオもスカーレットも春からエリハルディアに通う。
スカーレットは一般受験の主席合格者、アルベリオは奨学金対象者試験の合格者。
エリハルディアの中でも、最も輝かしい将来を嘱望された二人がいがみ合っているのだ。
この不完全燃焼の状態で別れさせては後々の禍根を残しかねない。
かと言って即座に名案も浮かばなかった私は、取り敢えずの決断を下した。
「今日は買い物をする為に外出していたのよね、スカーレット」
「そうよ。色々邪魔があって、何も買えてないけどね」
腰に手を当てて視線を逸らしながら答えるスカーレットに一つ肯く。
「・・・そう。ハンス、トマス。今日、スカーレットは私が預かります。良いですね?」
「ちょっ!?私イヤよ!?何でそんな・・・!!」
スカーレットの言葉を無視して二人の近侍ににっこりと微笑みかける。
「何を馬鹿な!旦那様の承諾も無しにそんな事が・・・」
食って掛かる若いトマスに、私は携帯電話を取り出し、短縮ダイアルを選択しながら答える。
「承諾は私が取ります。・・・ああ、ブラド様、ジェシカです。御忙しいところ恐縮ですが・・・」
私の行動に驚愕するトマスに傍らのハンスが事情を耳打ちする声が聞こえる。
トマスもそれを聞いて尻込みしたのか、それ以降は無言になる。
やがて承諾を得た私は、四人を振り返った。
「これで問題は無いわね。行くわよ、アルベリオ、スカーレット」
私は有無を言わさない笑みで一同に確認すると、悠然と席を立った。
【カフェ『ウンディーネの泉』 アルベリオ】
僕は今日、ジェシカさんの意外な一面を見たと言わざるを得ない。
怒ったジェシカさんは冷静でいて誰よりも烈しかった。
黒服の男達相手に一歩も退かず、手玉に取っていく。
その姿は怒られている身であっても、鮮やかで格好良いものだった。
立ち上がるジェシカさんに促されて歩き出すが、即座に止められる事になる。
ジェシカさんの前にさっき声を荒らげたトマスという男が立ち塞がっていたのだ。
「何かしら。まだスカーレットを連れ出す事に問題でも?」
「旦那様の許可が下りた以上、文句はありません。ですが・・・」
言って、トマスが軽く頭を振り、僕の事を顎で示す。
「あの危険な少年を随行させる事は、その範囲外です。お嬢様の近侍として承諾致しかねます」
僕の視線に気付いてトマスが冷やかに見下ろしてくる。
腹が立ったが、更なる騒動を拒んだ僕は、少しだけ力を篭めて見詰め返すだけにした。
「フフ、熱心な事ね。・・・スカーレットに貴方のような近侍がいる事を知って安心しました」
心の底から安心した様にジェシカさんが言う。それは・・・トマスさんを認めたような微笑みだった。
敵対者として前に立った相手の優しい微笑みに不意を突かれ、トマスさんが口篭もる。
ジェシカさんは困惑するトマスさんと傍らに控えるハンスを諭すように口を開いた。
「お嬢様は無事にお送り致します。我が身と剣と神の名に誓って。・・・それにアルベリオは危険な子ではありません。この子の事は私が良く知っています。・・・今は信じられないかも知れませんが、それは今日、無事にスカーレットが帰宅する事で証明されるでしょう。・・・不服ですか?」
一度僕の方に振り帰って微笑みをかけながら、ジェシカさんはトマスさんとハンス、そして多分僕の後ろにいるスカーレットに対して話しかける。
誰も気付いていないかもしれないが、僕はその言葉に感動していた。
これ程堂々と言える程、ジェシカさんは僕の事を信頼してくれている。
その事が純粋に嬉しい。誇りに思う。・・・だからこそ、僕は改めてさっきの行動を後悔した。
少しの沈黙の後、トマスさんは折れ、道を開ける。
「貴女様がそう誓うのであれば・・・疑う事は許されません」
「ありがとう」
優しく微笑んでその側を通り抜けるジェシカさん。
今までの一連のジェシカさんの様子を見て、僕は何となく大人の女性の持つ強さを感じる。
シェリルが持つ強さとも少し違うが、きっとそれは同じもののような気がした。
僕もジェシカさんの後を追い、擦れ違う前にトマスさんに軽くお辞儀をする。
言葉に出してのお礼は角が立つような気がして、僕はそうする事が出来なかった。
【シップ スカーレット】
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
なんで・・・こぉなるのよ・・・!!
走り出すシップの中で私は小さく溜息をついた。
シップの中には運転手のジェシカ、後部座席には私とアル何とかってヤツが座っている。
私の『一人で気侭に買い物計画』は完全に壊されてしまった。
不愉快だけど、ジェシカがああタンカを切った以上、逃げるわけにも行かなかった。
確かにケンカに魔法を使った事はミスだったので感謝はしていたのだ。
・・・隣りに座っているヤツを相変わらず許せないとしても。
頬杖をついて外を見詰める私。隣りのヤツも同じ事をしている。それにさえ苛立つ。
そもそもコイツは誰なんだろう。ジェシカに私と同い年の親戚がいるとは聞いていない。
まあ、取りたてて私が聞くような事でも無いから何も質問しない事にするけど。
シップの中には会話の一つも無く、その不毛な空気に耐えかねて口を開く。
「・・・で、どこ行くのよ」
「まずはアルベリオの封環を新調しなくてはいけないわ」
上機嫌に運転をするジェシカの答えに私はネクタイを燃やした事を思い出した。
確かに封環をせずに魔法使いが外出する事は認められていない。
隣りのヤツがネクタイに仕込まれた封環となる金属片を持っているのは万一の時の説明の為である。
・・・そう言えば、コイツは魔法を使うんだっけ。
「そ・・・。私の買い物も忘れないでよ?」
「ええ、勿論」
口を尖らせて言う私に、ジェシカは微笑んで肯いて見せた。
何でこの状況で笑ってられるのよ・・・・。
「・・・ま、それなら、いーんだけどさ・・・」
溜息を吐いて視線を外に向けなおす私の耳に別の声が響く。
私は黙ってそれを聞く事にした。
「・・・すいませんジェシカさん。ネクタイ、折角買って貰ったのに」
「良いのよ、気にしないで。元々買うつもりだったのよ。どのみち学校じゃ、あのネクタイは使えないもの」
「・・・そうなんですか?」
「そうよ。学校では制服で通う事になっているから。手続きもしたでしょう?」
「あ、確かに。じゃあ、買う封環って・・・まさか」
「ええ。ピアスになるわ」
「うぁ・・・」
額に手を当てて落ちこむアルベリオはかなり深刻そうだった。ま、どーでもいいけど。
「ごめんなさいね。合格しなければピアスでなくとも良かったのだけど」
「・・・いえ。合格しないでピアスしないより、合格してピアスした方がマシですから」
「心配しないで、大丈夫よ。ピアサーでやれば痛くないから」
決死の覚悟を決めたように肯くアルベリオにクスクスとジェシカが笑う。
その遣り取りで、私はようやくアルベリオがピアスを空けるのが怖いのだと気がついた。
「!アンタ、まさかピアスが怖いの!?」
思わず弾かれたようにアルベリオを見る。
そもそも魔法使いがピアスを空けていないと言う時点で信じられなかった。
「ぐ・・・」
恥ずかしいのか怒っているのか・・・いや、多分両方だけど呻きを漏らす。
その様子を見て気を良くした私は笑い声を上げる。嘲りというよりは単純に可笑しかった。
「アハハッ!男のくせにピアス一つで何言ってるのよ!」
キッと私を睨んでくるアルベリオに、軽く髪をかき上げる。
露わになった耳に光るピアスを見て、アルベリオは驚いた表情をした。
「イマドキ、常識でしょ?」
「そんな事知らないよ。・・・あ、でもそれ封環じゃないじゃないか。着けないと」
私の言葉に肩を竦めた後、気付いたようにアルベリオが問いかけてくる。
「ああ、それは・・・」
「それは私から説明するわ」
説明しようと思案する私を制するようにジェシカが口を開く。
「お互いに、相手が誰だか知りたいでしょう?」
続く言葉に私達は沈黙で答えるが、見透かしたようにジェシカがクスクスと笑う。
そしてジェシカによる紹介が始まった。
【シップ ジェシカ】
二人の視線が私に集中する。それをバックミラー越しに確認して私は小さく笑った。
いがみ合っていた二人が、そんな事を忘れたように私を興味を持って私を見ている。
その子供らしい二人の仕草が可愛らしくて仕方なかったのだ。
「なーに笑ってんのよ」
「ふふ、ごめんなさい」
口を尖らせるスカーレットに吹き出すのを堪えて謝る。
「そうね。まずアルベリオの紹介をしましょうか」
そして私は紹介を始めた。
「スカーレット。彼はアルベリオ・サイアス。以前彼の故郷セセトで、私がお世話になった子よ」
「セセト〜?そりゃまた遠い場所ね。どーりで・・・」
ちら、とアルベリオを見る。アルはそれに気付いてキッと見詰め返す。
「何だよ」
「田舎臭いよね。端末の使い方も知らなかったし」
クス、と笑うスカーレット。私は二人を制しながら言葉を続けた。
「まあまあ。兎も角私はその時、アルベリオに魔法の才能がある事を知ったの」
「ふーん。才能・・・ねえ」
歯牙にもかけず肩を竦めてあざけるスカーレット。
アルベリオはさっきから窓の外を仏頂面で眺めている。怒るのを我慢しているのだろう。
「ええ。それでエリハルディアの奨学金対象者試験に受験させたの。魔法科でね」
「え・・・?エリハルディアに!?」
始めて驚きを見せるスカーレットが、それに気付いて肩を竦める。
「・・・ああ、で、落ちたんでしょ?残念だったわねー」
「・・・受かったよ」
溜息混じりに憐れむスカーレットにアルベリオが苛立たしげにぼそっと呟く。
「・・・は?」
「本当よスカーレット。彼は合格したわ。春からは貴女と同じ新入生ってわけ」
「・・・同じ?」
私がアルベリオの紹介をそう結ぶと、今度はアルベリオが興味を覚え、聞いてくる。
私は一つ頷いてスカーレットの紹介を始めた。
「そうよ、アル。彼女はスカーレット・オルティシア。今年一般受験でエリハルディアに合格したの。それもトップでね。貴方と同じ14歳の合格者。・・・勿論、魔法科よ」
「え?コイツも!?」
私の言葉に過剰に反応したのはスカーレットだった。
「ええ。あなた達二人は、新入生の中でたった二人の飛び級合格者ってわけ」
この言葉で強い反応を見せたのはスカーレットだった。
邪魔な存在、不快な存在を見るようにアルベリオを見て押し黙る。
無理も無い。唯一絶対の特別な存在だった自分に並ばれたような気がして気に入らないのだろう。
私はそれがスカーレットにとって良い刺激となるように願っていた。
アルベリオは今までとは異質の圧迫感を感じているのだろうが動揺した素振りを見せずに聞いてくる。
「あの。・・・封環を付けてない理由を聞いてないんですけど」
アルベリオの問いに私は一拍の間を置いて苦笑する。
まさか気付かなかったとは思わなかったのだ。
「いいえ、説明したわよ。彼女の名前はスカーレット・オルティシア、とね」
「だからそれが・・・『オルティシア』!?」
茶化されたと思い語気を強めたアルベリオがスカーレットのファミリーネームを復唱する。
「そうよ。彼女は王族の他に唯一封環の非着用を許可されている『彩貴族』・・・その内の、『赤の名』を許されたオルティシア家の長女よ」
私の説明にアルベリオは絶句し、スカーレットは不快そうに小さく鼻を鳴らす。
そんな中シップは目的地である、各種ブランドの店舗を内包しているデパートに到着した。
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