第八話:アルベリオの一日観光・・・改め
エリハルディア王立学校の人々
第九話
アルベリオVSピアスとか。
【??】
艶やかな短い黒髪が、光を反射して濡れたように輝く。
怯えに震える華奢な肩。不安に濡れた漆黒の瞳。
その姿は雨に濡れた子猫のように儚く、愛おしいものだった。
「怯えているの・・・?」
吐息がかかるほどに顔を近づけ、耳元で囁く。
「・・・っ」
私の声に一瞬だけ揺らいだ心が、弱い言葉を紡ごうとする。
だが言葉を成す前に淡い色の唇は閉ざされ、堅く引き結ばれた。
そのプライドが、私の心を更に熱く震わせる事も知らずに。
「初めてなのね・・・可愛いわ」
胸の高鳴りを抑え、優しい声でリードする。
こんなにも甘美なイニシアチブを手放したくはなかった。
乾いた唇をちろりと舐め、気付かれないように咽喉を鳴らす。
「恥ずかしいことじゃないわ・・・大丈夫。痛くしないから」
囁く言葉に羞恥心を刺激されたのか、顔を俯けて頬を朱に染める。
可愛い仕草。瑞々しい頬に手を添え、スゥッと撫でる。
ただそれだけの事に、まだ幼さを残した身体が小さく跳ねた。
「ね・・・?私を信じて・・・」
「・・・・・・」
少しの逡巡の後、すぅ、とスレンダーな身体が呼気に膨らんだ。
小さな手がキュッと握り締められる。
「・・・は、はい」
搾り出すような、だけどはっきりとした決意の言葉に私は微笑み――
――穢れを知らない身体を、一息に刺し貫いた。
【デパート『神々の箱庭』 貴金属店『フェアリーテイル』 アルベリオ】
パシュン、とピアサーの軽い音が身体の外側から響く。
同時にヴッと形容しがたい音を体内に響かせて、何かが身体を貫く。
左耳には微かな痺れと違和感。
そしてその奥にひっそりと息づいている鈍痛。
ギュッと目を瞑っていた僕の耳に、店員の女性の声が響いた。
「さ、終わりましたよ」
「え・・・」
恐る恐る目を開く。霞む視界の中、怜悧な瞳を細めて店員の女性が微笑した。
知的な顔立ちに微笑みを浮かべる表情が、少し熱っぽい気がするのは気のせいだろうか。
ここは店内に設けられたピアシング用のスペースで、カーテンで仕切られている。
リクライニングシートに座っているため、その向こうには照明が輝く白い天井が見えた。
終わり、ってことは・・・。
「お疲れ様です」
背もたれがゆっくりと起き上がり、椅子の形に戻っていく。
ピアシングが終わったことを理解すると、僕は忘れていた呼吸を再開した。
ぜーはーぜーはーぜーはー・・・。
うぁぁぁぁ・・・、緊張したぁぁぁっ・・・!
ちょっと涙目になっていた目尻を拭う。
汗もかいていたみたいで、シャツが張りつく感じが嫌だった。
極度の緊張状態から開放された僕は、ぐったりと俯いてそれを反芻する。
するとクスクスと少し困ったような笑い声が聞こえ、ハッとして慌てて身体を起こした。
白いシャツに黒いベストとズボンという制服を着こなした女性が、姿勢良く立って僕を見ている。
・・・やばい、思いっきり取り乱している所を見られてしまった・・・
「す、すみません」
「いえ、お疲れ様でした」
慌てて椅子から立ち上がる僕に、店員さんがショートボブのライトブロンドを揺らして微笑む。
自分で赤面しているのがわかる。とてもじゃないけど目を合わせられなかった。
「このようになりました。ご覧ください」
醜態に額を抑えていた僕は、店員の女性が持つ鏡を視線を走らせ、覗き込む。
シャツに修理の間借りている封環のネクタイを締めた僕の姿には違う場所が一つ。
左耳に金色の小さな点が一つ・・・純金で出来たピアスがあったのだ。
「うわ・・・」
嬉しいとか、ホッとした、とかじゃなくて。
真っ先に感じたのは、罪悪感めいた妙な違和感だった。
自分を傷つけようとする心の意思と、それを拒む身体の意思が衝突したような不快感。
心に澱のように存在したそれも、だけど鏡を見ているうちに次第に和らいでいった。
代わりに、開放感と達成感が少しずつ高まってくる。
「凄い・・・」
何が凄いのか良くわからないけど、とにかくそう感じた。
鏡に映る僕の左耳には、小さな金色の丸い粒がついてる。
光の反射が球体だと教えるそれを見つめているうち、何だか嬉しくなってくる。
身体の一部を貫通して存在する、金属の欠片。
自分の意思で自分を傷つけた(実行したのは僕じゃないけど)ことの証。
少しだけ背徳的だけど、だからこそテンションが上がってしまう。
自分の中の何かが変わったような、そんな錯覚を抱かせる爽快感があった。
ある意味グロいともいえる自分の左耳を、ちょっと引きつった笑いを口元に浮かべながら観察する。
うわ、凄い、本当に刺さってるよ・・・。結構長い。前後にスペースあるんだ。
後ろが尖ってるってことは、あれで刺したんだよな・・・うわー。でも出血しなかったな・・・
じぃーっと鏡を見ていた僕は、実際に触って確かめたいと思って手を耳に伸ばす。
けれどその手は店員さんによって遮られた。
少しひんやりとした柔らかな手が、僕の手を包み込んで降ろさせる。
「ばい菌が入るといけませんから、触らない方が良いですよ」
「・・・あ、はい。すみません」
衝動的で軽率な自分の行動に気付き、赤面した僕は決まりの悪い苦笑を返した。
だから何で僕はこう・・・っ!ああもうっ!
「詳しい説明などは、戻ってから致しますね」
言いながら店員の女性がカーテンに手をかける。
「あ、ちょっと待ってください」
僕は咄嗟にそれを引き止めた。
小首を傾げる店員さんの前で、深呼吸を繰り返す。
すーはーすーはー・・・よし。
軽く肯いて促すと、僕は開かれたカーテンから外に出た。
【デパート『神々の箱庭』 貴金属店『フェアリーテイル』 ジェシカ】
アルベリオが血の気の引いた顔でピアシングスペースに入って数分が経過した。
スカーレットは最初冷やかそうとしていたが、きつく釘を刺したので店内を回っている。
オルティシア家程になると、貴族専用の店がオートクチュールしたものを身に着ける。
だから庶民の高級品という位置付けの貴金属類は、逆に新鮮に感じられたらしい。
落ち着き無くディスプレイされた既製品の数々を見ては、好奇心に瞳を輝かせている。
そんな所はやっぱり子供らしく、妙にアルベリオを連想させた。
飛び級の新入生同士、仲良くなってくれれば良いのだけれど。
<シャアッ>
音高くカーテンが開き、長く感じた待ち時間が終了する。
手を後ろに組んでショーケースを覗き込んでいたスカーレットも振り返った。
カーテンを開いた店員が恭しくお辞儀をする横を、アルベリオが姿を現した。
その左耳には金色のピアスが輝いている。
ピアシングが無事に終了したのだ。
「お疲れ様。似合ってるわよ」
「・・・あ、ありがとう御座います」
ストレートな褒め言葉に、アルベリオは少し気恥ずかしそうに頬を掻く。
でもその表情は晴れやかで、それを見た私は安堵の息を漏らした。
「怖くなって店員に泣きついたんじゃないの〜?」
横からひょいっと顔を出して、スカーレットがニヤニヤと笑う。
「全然。ちっとも痛くなくて、逆に拍子抜けしたくらいさ」
落ち着きを取り戻したアルベリオは、冷淡にそれを切り返す。
こういった姿は彼女との接触で初めて見せたもので、私はそれを新鮮に感じていた。
暴力的な荒々しい怒りではなく、鋭い舌鋒には知性とプライドが多分に含まれている。
やりあうスカーレットとしては面白くないだろうが、私は不快に思うよりも安心していた。
逆境の中で培ったものなのだろうけれど、こういったある種のしたたかさが必要な場合もあるのだ。
寮生活や学校生活という、閉塞的な環境で上手くやっていくためには特に。
「ふん・・・? 出てくるなり元気良いじゃない。入る時は死にそうな顔してたのにさ」
「・・・ッ! さあ覚えてないな。余計な脅しを入れてくれた性悪女がいたことくらいしか」
絵画にすれば喜ばれそうな、ニコニコと微笑みあう幼さを残した少年少女の姿。
けれど二人の間を漂う空気は、魔界のそれを思わせるほど澱んでいた。
この辺には少し事情がある。
実はピアシングをする前に、少しの遣り取りがあった。
そこでスカーレットは
『ピアスを失敗した人が失明した』
『ピアス穴から出た白いひもを引っ張って、目が裏返った』
などと、都市伝説のようなデタラメを吹き込んでいたのだ。
脅えている所をさらに追い詰める行為に、アルベリオが怒るのも無理は無い。
「なに熱くなってんだか。あんな子供だまし、真に受けるのは馬鹿くらいのものよ?」
スカーレットが可愛らしい微笑みを浮かべる。
「別に信じたわけじゃないさ。それでも無神経さが癇に障ることだってあるだろ?」
アルベリオがあどけない微笑みを浮かべる。
まさに一触即発。俄然険悪になってきたムードに、私は仲裁に入ることにした。
【デパート『神々の箱庭』 貴金属店『フェアリーテイル』 スカーレット】
あーもー、まったく、胸クソ悪いったらないっつーの。
中途半端な状態でジェシカに仲裁に入られ、口論は中断を余儀なくされる。
不完全燃焼なんて、カッコ悪い。盛り上がらない。燃えない。つまらない。
そりゃまぁ確かに、そうバシバシ魔法使うワケにも行かないけどさぁ・・・。
ジェシカと他一名は消毒方法とかの説明を受けている。
でも私には関係ないので、整然と並べられた指輪やピアスを眺めていた。
全体的にシンプルなデザインが多く、安っぽい感じはするけど、それほど悪くない。
うーん。そのうち幾つか買おうかな。
一人で街中を出歩く時なんかは、これくらいの装飾品の方が合うし。
値段も安いから、使い捨ての玩具くらいの気持ちで持つのも悪くないと思う。
・・・いっそ服も合わせて上から下まで揃えてみようかしら。庶民変装キット、みたいな感じで。
むう。案外良いかも。となると、今日の買い物で揃えておいた方がいいわね。
ハンスとかが一緒だと庶民っぽい服は買わせてくれないし、伏せカードは多い方が良い。
そんな事を考えているうちに説明が終わったみたいで、カウンターで支払いを行っていた。
【デパート『神々の箱庭』 貴金属店『フェアリーテイル』 アルベリオ】
「ありがとう御座いますジェシカさん。必ずお返ししますから」
「いいのよ。合格祝いと思って。これくらい何でもないわ」
頭を下げて感謝を口にすると、ジェシカさんは子供を諭すように言う。
困ったな。甘やかされるとか、面倒を見てもらうとか、こういった状況に慣れるのが怖い。
これは感謝とは別の部分の感情だ。・・・でも、貸しというか、負債というか、恩というか。
ジェシカさんに対して、そういったものが凄い勢いで蓄積されていく。
まいったなぁ・・・。
それはさておき、僕が受けた説明はざっとこんな感じだった。
・化膿する危険を避けるため、むやみにピアスに触ってはいけない
・最低でも十日間はピアスを就寝時も外さずつけ続け、入浴後などに消毒を行う
・またその期間中は、耳を影響範囲に含む回復魔法を受けてはいけない
・ピアスホール完成後外したファーストピアスは、洗浄して店に返却する
本当ならピアスホールが完成するまで、この倍以上の時間を要するらしい。
それが短期間で完成するのは、ピアスに物凄く弱い威力の回復魔法がかけられているから。
更に同じように物凄く弱い威力の、傷口の化膿を抑える魔法もかけられているとのこと。
だから炎症や化膿が起こることは殆どないらしい。きっと高いピアサーなんだと思う。
ちなみにピアサー側が錬金術装置なのでピアスの価値は錬金術の視点からは無価値同然。
その代わり魔法の伝達や持続に優れた純金を使用しているため返却義務が発生するのだとか。
そのまま再使用することはせず、一度溶かして別の形で再利用するのだそうだ。
錬金術関係は全くもって疎いので、なんだかちょっとカルチャーショックを受けたりした。
「ありがとう御座います」
「はい。あ、お客様」
消毒薬を入れた包み紙を受け取った僕が踵を返そうとすると、不意に呼び止められる。
終始応対してくれた店員さんは小さなケースを取り出すと、中から何かを取り出して僕に手渡した。
渡された紙を見て、それが名刺であることに気付く。
「何か問題や心配なことがありましたら、遠慮せずに相談してください」
膝を軽く折り、少しだけかがみ込んで視線を合わせ、手で包み込むように渡す。
その時何かが視界をよぎり、見ると少し開いた胸元の奥に銀のネックレスが揺れていた。
返事が遅れて顔を見上げると、何だか少し嬉しそうな表情をしている。・・・?
「あ、はい。是非そうさせて貰います。ありがとう御座います・・・ええと、サラさん」
「はい。お待ちしておりますわ」
瞳を細めて優しい微笑み。親切に感謝して僕も笑顔を返した。
それにしても、小さな子供にするみたいな丁寧すぎる態度をする店員さんだと思う。
僕ってそんなに子供っぽいのかと、なんだか内心ちょっとへこんでしまった。
今度こそ振り返ると、ジェシカさんが少し訝しげな表情をしている。・・・?
「・・・さ、さあ、アルベリオ。行きましょう」
「あ、はい」
店員さんから引き離すように手を引かれた僕は、首を傾げながらついていく。
「ん? 終わったんだ・・・ってちょっと待ちなさいよっ」
スタスタと歩くジェシカさんにスカーレットも驚いたのか、小走りに駆けてきた。
わけの解らないまま、後にした店を振り返る。
「ありがとう御座いました。またのお越しをお待ちしております」
深々とお辞儀をする店員さんの姿は、どんどん小さくなっていった。
【デパート『神々の箱庭』 廊下 ジェシカ】
いや・・・まさか・・・。
多分杞憂だと思う。杞憂だと思うのだけれど・・・。
あのサラという店員、接客態度は申し分なかったけど、なんだか・・・。
私も何度か通って話をしたけど、あんな表情を見たことは一度もなかった。
いつもはクールでプロフェッショナルな雰囲気が、今日はちょっと違ったような・・・。
いや・・・気のせいよ・・・気のせいよね・・・。
「ジェシカッ! なにズカズカ歩いてるのよッ!」
思考の海で溺れかけていた私は、バシッと背中を叩かれて我に返る。
どうやら『フェアリーテール』が見えなくなるまで歩き続けていたようだ。
「どうしたんですか?」
手を引かれたままのアルベリオが小首を傾げて聞いてくる。
まさか店員がショタ心を抱いている気がしたとは言えず、曖昧に笑って手を離した。
「ごめんなさい、なんでもないわ」
「その割には、血相変えてたっていうか、ちょっと青ざめていたって感じだったけど」
スカーレットの的確な追求も適当に誤魔化す。そういう特殊な世界を教えられるわけがない。
「それで、これからどうしますか?」
少し困っているのを察してか、アルベリオが話題を変えてくる。ナイスフォローに感謝。
「そうね。食事の後に修理したネクタイを回収して、それからスカーレットの買い物かしら」
実はアルベリオが付けているピアスは封環ではない。
ピアスホールが完成するまで外せないので、セセトでは不便になると思ったからだ。
封環は修理中の間に合わせとして渡されたネクタイに仕込まれている。
余計に封環を買って出費をさせるよりは、その方が良いと判断したのだ。
実家に届く制服に学校指定の封環も同梱されるので、今度来る時にはそれをつけて貰うことになる。
ちなみに学校指定の封環がピアスのため、結局アルベリオのピアシングは避けられなかった。
もっとも、封環を着脱可能にしているのは、他にも理由があるのだけれど。
「ふっふーん、やぁっと買い物かぁ」
「・・・ま、仕方ないですよね」
時間の浪費を予感するアルベリオに、上機嫌だったスカーレットが噛み付く。
「いけ好かない言い方ね。こっちだって良い迷惑だったんからね」
「解ってるよ」
「どーだか」
「はいはい。とにかく移動しましょ?」
本当に言い争いが絶えない二人に割って入り、休戦を促して歩き出す。
一瞬アルベリオがこっちを見るので、片目を閉じてみせた。
――大丈夫、宿敵の前で恥をかかないで済むように、店を選んであげるから――
空腹が満たされて少しは争いが穏やかになることを願いつつ、二人と共にレストランフロアへ向かった。
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