第九話:アルベリオVSピアスとか。
エリハルディア王立学校の人々
第十話
マジシャンズエッグ
【デパート『神々の箱庭』 廊下 ファーストフード店『突撃兎』】
「へー、手で掴んで食べるの?」
「そうよ。こうやって……」
好奇心に瞳を輝かせる少女の前で、ハンバーガーを食べて見せる。
おおーっと歓声を上げそうな勢いのスカーレットに私は片目を閉じて微笑んだ。
私が選んだのはファーストフードのチェーン店だった。
アルベリオが困るようなマナーは不要で、スカーレットには目新しい。
二人の反応も上々で、私達の昼食の時間はとても平穏なものだった。
「それじゃ、たーべよっ」
パクッ☆ とハンバーガーを口に入れるスカーレット。
少し躊躇いがあるのか、ほとんどパンの部分しか食べれていない。
「もっと口を大きく開けないと」
「そうね、よーし」
私の指摘にやや緊張混じりの表情で肯き、再び口を開ける。
そんな私達のやりとりを、アルベリオは少し驚いた表情で見ていた。
「どうしたの? アルベリオ」
「まるで初めて食べるみたいだから……僕はともかく……」
「普段は高級な店ばかりだから、彼女の場合は返って珍しいのよ」
説明すると、納得したように肯く。
「ああ、なるほど……でも、それはそれで凄いですね」
「そうね」
微笑したアルベリオが手についたソースを舐める。
と、それを見ていたスカーレットが目を丸くした。
「ってあぁーっ! アンタ何舐めてるのよ」
「何って、ソース」
「そんな手についたの……汚くないの?」
平然と答えるアルベリオに、スカーレットが訝しむように尋ねる。
「別に。だって、こういうものじゃんか」
「う、そ、そうなの? うーん、物っ凄いアバウトね……」
意外な所を指摘されたせいか、アルベリオの返答には針も毒も存在しなかった。
スカーレットも新しく触れた文化に触れようと、先入観を捨てて納得しようとしている。
その結果珍しく二人の会話が平穏に行われていて、私も嬉しくなっていた。
二人は気付いていないようだが、周囲から喧騒に混じって聞こえてくる声も心地良い。
明るく元気な文句なしの美少女、穏やかで優しい中性的な顔立ちの少年。
そしてその二人の保護者をしている完璧な大人の美女。
周囲が無反応なわけがなく、男女を問わず興味や羨望の囁きをしている。
「なーに笑ってんのよ、ジェシカ」
「フフ、なんでもないわ」
早速言われたことを実践し、小さく出した舌で指を舐めているスカーレットに微笑む。
「んな、なに見てんのよッ!」
まさかそんなシーンを見て微笑まれるとは思わなかったのか、庶民の生活や文化を興味深く学んでいる彩貴族の令嬢は、珍しくボッと顔を真っ赤にして声を荒らげる。
人々の審美眼が曇っていないことを確認しながら、私は穏やかな昼食の一時を過ごした。
【デパート『神々の箱庭』 建物外の芝生 アルベリオ】
空……青いなあ……
薄い色だけど水色っていうよりは、まだ青の方がしっくり来るかな……
雲……白いなあ……
薄く延ばした綿みたいだ……あれが水だなんて信じられないな……
………………………………
僕がこうしてボーっとしているのには理由がある。
スカーレットの買い物に付き合う気がしなかったので待っているのだ。
あっちも邪魔がいない方が良かったらしくて、すんなり許可が得られた。
デパートの正面には角度の低い階段があって、その左右は芝生の斜面になっていた。
最初は色々考え事とかしてたけど、もうだいぶ待ってて考えることも底をついた状態。
昼と夕暮れの真ん中より少し昼寄り。そんな時間帯なので外も結構過ごしやすい。
僕の他にも何人かは思い思いに休息を取っていた。
日差しが強いので上着を脱ぎ、それを枕代わりに頭を預けている。
こうしていると僕の視界には空しかなく、それは故郷を連想させた。
短い春と長い冬が織り成す街、セセト。冷たい風、静かな空気、白い吐息と歩く人々。
顎を上げるように視界をずらすと、倒れ掛かるようにデパートが姿を現す。
王都ボルファノ。雑踏、喧騒、行き交うシップ、魔法の制限、溢れる錬金術。
…………違うにもほどがあると思うんだ。
なんだかんだで緊張続きだったから余り気になってなかったけど……
慣れるかなぁ……慣れるしかないよな……
…………。
うん。慣れるしかないでしょ。
反動をつけて起き上がり、枕にしてた上着の芝を払ってお腹の辺りへかける。
両手を芝に突っ張って座ってると、少し離れた場所に子供連れがいた。
乳母車卒業間近くらいの子供が、歩く練習をしている。
とてとて歩いて、転んで、よろよろ立って、バランスをとって、とててと歩いて、転ぶ。
思考停止。うあー、すげーかわいー。……はっ!
うーん、参った……なんだか懐かしくなってしまった。
「アルベリオ、お待たせ」
と、感傷に引きずられかけていたところに、後ろから声が響く。
肩越しに振り返ると、少し離れた場所でジェシカさんが手を上げていた。
その後ろにはスカーレットもいる。思ったより早かった。
合流するなり、スカーレットが両手に提げていた買い物袋を突き出す。
「持ちなさい」
「いやだ」
たわ言を速攻斬って捨てると、がっくりと肩を落とす。素で困ってるらしい。
「あーもうジェシカ、靴だけで良いから持ってよぉ」
「駄目よ。シップまでの我慢」
「やっぱり配達頼むんだったなぁ……」
スカーレットのぼやきを聞きながら、ジェシカさんを先頭にシップへと戻る。
気がつけばホームシックになりそうだった気持ちがすっかり消えていた。
ジェシカさんのおかげだ。だけど……うーん……
…………スカーレットのおかげという事にも……なるのかなぁ。
……うーん。
「…………少し持とうか」
なんとなく、そんな気になった。
感謝なんて明確なものじゃない。もっとこう、ふと口をついて出てしまったような……。
まぁいっか、くらいの気持ちだ。ともかく、ほいっと手を差し出す。
すると、スカーレットは物ッ凄い不快そうな顔で、見た事無い生き物を見るような目をして僕を見た。
「……うわ、何アンタ突然。はっきり言って超気持ち悪いんですけど。絶対ヤダ」
その上こんな懇切丁寧な言葉をしてくれやがりました。
固まる僕を余所にジェシカさんのすぐ後ろまで足早にさり、一陣の風が吹く。
………………………………。
…………ハハハ…………気持ち悪いっスか
……ハハハ……そりゃ、傑作ですなぁ……
………………………………。
ああそうさ! 僕が馬鹿だったさ! 気の迷いだった! どうかしてたのさ!
だけどおかげさまで再認識させて貰ったよ!
こいつは、スカーレット・オルティシアは――
――僕の敵だ!
【シップ ジェシカ】
二人を乗せ、再びシップを走らせる。
今度はスカーレットの荷物も積まれている。
私が発案した二人の仲直り作戦は成功を収めたと言って良いだろう。
――そのはずなのに。
「…………」
「…………」
「…………」
雰囲気最悪。
…………ええ。最悪。信じられないだろうけど状況は最初の頃くらい悪化していた。
さしもの私もこれにはほとほと困った。なんでこうなるかな……。
スカーレットが嫌悪感を露わにしながら耳打ちしてきた話で大体の事情は推察できた。
一人になっている間に、リラックスして一時的に心にゆとりが出来たのだろう。
そんな時だから困っているスカーレットを見て、ふと自然に善意を口にしたのだ。
そこにスカーレットがカウンターを決めた。
それもただのカウンターじゃない。
全体重を相手に預けるようなジョルトカウンター。
それにコークスクリューを加えたようなスペシャルカウンターを叩き込んだのだ。
スカーレットにしてみれば、突然相手が軟化した事を不審がるのは当然なのだろう。
だけど何もそこまで激しく叩かなくても……。そりゃリバウンドも大きくなるわよ。
窓を貫きそうな眼光で窓を睨むアルベリオ。
その不快感を肌で感じて同じように反対側の窓を見つめるスカーレット。
仲直りしたら必要ないかと思ったけど……これは当初の計画を続けるしかないわね。
こっそり取っておいた予約が無駄にならなくて済んだ事を喜ぶべきかは微妙だけど。
そう思いながら、取り敢えず場の雰囲気の改善に努めることにする。
「どうしたの、アルベリオ。そんなにピアスが大変だった?」
「……別に、そういうわけじゃないです」
膨れながらも返事をする。無視ができない辺り、本当に根の優しい子だと思う。
取り敢えず一安心。ずっと黙っていられるよりは、ずっと機嫌を直せる余地がある。
――と思った矢先にスカーレットが口を開く。
「何よ、たかがピアスくらいで。それでも男?」
「違うって言ってるッ……それにピアスなんかで男の価値を測るなよな。こんなの元々男がするものじゃないだろ」
呆れたように肩を竦めて言うスカーレットにアルベリオが反論する。
「ふっるー。流石は北の僻地の田舎者。センスも凍りついてらっしゃる」
「いちいち出身地を取り上げるなよ。それでしか優位に立てないって言ってるみたいに聞こえる」
流石に不機嫌なだけあって、アルベリオの舌鋒も鋭い。
「ハッ! 何を粋がってるのよ。何もかも私に勝てない相手に、せめて反撃の隙がある部分で攻撃してあげてるってのに。自分の責任や能力の外で見下されるなら、まだ立ち直りは効くでしょ?」
一方、スカーレットの反撃も相変わらず苛烈だ……って喧嘩されたら困るのだけど。
「粋がってるのはどっちだよ。……まぁ、貴族様ってのは威張り散らすのが仕事なのかも知れないけどね」
アルベリオがやり返し、暫く沈黙が訪れる。
ピンと張り詰めた沈黙が支配するシップの中に、対向車線のシップと擦れ違う音が響く。
息の詰まる感覚を打破したのはスカーレットだった。
「……いちいち勘に触る奴ね」
「……それはこっちのセリフだよ」
最後に小声で言い合い、同時にフン、と鼻を鳴らした。
無言で互いを嫌悪するよりも、ずっと良い喧嘩のしかただと思う。
だけどここまで徹底されると、第三者の仲裁は効果が薄そうに思えてきた。
「……そういえばどこに向かってるんですか、ジェシカさん」
ふと思い出したようにアルベリオが尋ねてくる。
私は目的地の建物を視界の奥に見ながら口を開いた。
「貴方達、このまま帰ったら消化不良でしょ? そんな状態で入学されたら困るのよね」
「何よそれ。ジェシカの都合じゃない。……で?」
「ちょっとスッキリしてもらおうと思ってね」
「要領を得ないわね。仲良くカラオケでもしろっての?」
イライラしながら噛み付いてくるスカーレット。
血統書付きの野生の猫がいれば、きっとこんな感じなのだろう。
「違うわよ。二人とも魔法使いなら、お互いの実力に興味あるんじゃない?」
「…………」
「…………」
途端に車内が沈黙に包まれる。どうやら図星だったようだ。
呆然としていた二人だが、スカーレットの方は次第に表情が好戦的になっていく。
私の言わんとしている所を了解したのだ。
「はっは〜ん。……成る程ね。たまには良い事思いつくじゃない」
言ってアルベリオを横目に見て、まだ事態を掴めていない表情を見て鼻で笑う。
「いいわ。特別にアンタに実力の違いってヤツを見せてあげる。光栄に思うことね」
身体から火が出そうな程熱くなるスカーレット。
「……で、何処に行くんですか?」
アルベリオは一人ヒートアップしているスカーレットに取り合わず、行き先を聞く。
私はシップで施設に乗り入れながらそれに答えた。
「『マジシャンズエッグ』。魔法使用が禁じられた王都で、それが許された数少ない娯楽施設の一つよ」
【魔法使い専用娯楽施設『マジシャンズエッグ』 エントランス アルベリオ】
先頭を並んで歩くジェシカさんとスカーレットの後に続いて建物に入る。
広大なエントランスを歩き、受付に辿り着く。待合用の広場も兼ねていて、結構な人の数だった。
「ジェシカ様ですね。伺っております」
分厚い透明版越しに女性が端末操作をしながら良い、スロットキーを取り出す。
薄く化粧をした綺麗な人だった。微笑と共に慣れた口調で説明を始める。
「A−3の部屋を使用してください。御利用時間は――」
「ランクA〜?SかSSの部屋は無いの?」
受付嬢の言葉を遮ったのは不満そうなスカーレットの声だった。
黙っていれば物凄く綺麗なのだが、ちっとも黙らないし大人しくも無い。
「御予約はA以上という事でしたが……何か不都合がおありですか?」
言いながら受付嬢がジェシカの方を見る。スカーレットもそれに倣った。
「ランクAでも問題ないでしょ?」
「え〜思いっきりやるんだったらAAA(トリプルエー)は欲しいんだけどな〜。この間、東にあるエッグで全力出したらAA(ダブルエー)の結界壊して怒られたんだもん。対人じゃなかったから良かったけど」
僕はさっぱり解らない話をしている二人を後ろで見ていた。
受付嬢の少し驚いた様子から予想すると、結構な事らしい。
偉そうな事を言えるだけの力はあるのだろうか。
唯一の飛び級とか、一般受験主席とか言ってたし。
「ここのAは普通のエッグのAAAと同じ強度だって聞いたわよ。違ったかしら?」
ジェシカさんが尋ねると、呆然としていた受付嬢が立ち直って答える。
「はい。その通りで御座います。……ランクはAのままで宜しいでしょうか?」
「ま、良いわ。それでお願い」
スカーレットが少し不服そうに答える。
どこまでも偉そうなヤツ。
「かしこまりました。では説明を継続します。御利用時間は一時間です。延長は可能ですが、現在混み合っておりますので三十分を上限とさせて頂いております、御了承下さい。詳しい御利用方法はパンフレットか、備え付けの端末でヘルプを参照してください。御利用後はスロットキーをフロントまで御返却下さい。それでは、お楽しみを」
受付嬢は御辞儀するまでを完璧に一動作としてこなし、すぐに次の客に取り次いでいく。
何だかプロフェッショナルという感じがして、ちょっと見惚れてしまった。
「それじゃあ行くわよ、アル。」
ジェシカさんはそう言って僕の注意を促すと、僕に『エッグ』の説明をしながら歩き出した。
魔法能力を持つ者の数は少ないといっても、人口の2〜3割はいる。
魔法使用の禁止という王都及び周辺六都市に対する特別法案は、彼等にとって苦痛とはいかないまでも、フラストレーションを溜めてしまう一因となってしまっているらしい。
それを解消する為に設けられた施設が『マジシャンズエッグ』なのだそうだ。
立てた卵のような形をした、魔法使用能力者限定の建物。
安易なネーミングだけど、連想しやすくて良いと思う。
卵の中には強固な結界を張られたスペースが幾つも存在して、その中では自由に魔法を行使することが許される。ストレス解消の為に持ち込んだ物や施設側が専用に用意した物を破壊するもよし、魔法による力比べをするもよし。自由度の高いフリースペースとして、魔法使用能力者には絶大な人気を誇っているそうだ。
そしてここは王都でも最新最高の設備を持つ通称『ロード・オブ・エッグ』と呼ばれるもので、中でも最も力を入れて作られたスペースは世界最高の魔法使いが暴れてもビクともしない構造になっているという触れ込みらしい。
延々と説明しながら歩くジェシカさんに相槌を打ちながらスカーレットを見る。
先頭を歩くスカーレットは闘争心に燃え上がっていた。
暴れたくてウズウズしているようなのが容易く見て取れる。
『マジシャンズエッグ』。ストレス解消の空間。
……僕でストレスを解消しようというわけだ。
結構ムカついて来たぞ。
そっちがその気なら、こっちだって手加減はしない。
こっちだって、ストレスだったら溜まってるんだ。
【魔法使い専用娯楽施設『マジシャンズエッグ』 A−3 スカーレット】
くっくっく、やっぱそうこなくっちゃねー♪
メラメラと心が燃え上がってくるのが解る。
全身の血が沸き立つ感覚は気高い炎の血脈の証のようだった。
この生意気なヤツに教えてやらなければならない。
本物の魔法使いってモノがどんなレベルのものを言うのかを。
虹色に明滅する『導く光の精』の後に続き、レベルAのフロアに辿り着く。
軽い空気音と共に横滑りした扉の奥にはフロア共通の待機室があった。見学席を兼ねている為それなりの広さがある。奥側の壁際には利用用途の設定端末が8台設置され、天井にはフロアの各スペースの状況を映し出した大型のディスプレイが設置されていた。
広い待機室に観客はまばらで、窮屈な印象は無いが少々閑散としている。
フロア用の受付に辿り着くと、『導く光の精』を介して受付嬢が了解し、左から三番目の利用設定端末を示す。ジェシカが何も映していない利用設定端末のスリットにスロットキーを通すと、画面が表示された。
道中といい、今といい、アルベリオはジェシカの長々しい説明に付き合っている。
田舎者には珍しいとしても、その良い子ちゃんヅラが生理的に気に食わない。
「説明はいいからさっさと始めましょうよ」
無駄もいいところだ。どうせどんなに説明聞いたって――勝敗は明らかなんだから。
「全部説明してたら日が暮れるわ。取り敢えず設定しちゃって、あとは実践しながら覚えれば良いじゃない。アンタもそれで良いでしょ? それとも、馬鹿みたいに1から10まで説明聞かなきゃ怖くて出来ない?」
フン、と鼻で笑ってやると、案の定乗ってくる。
「見くびるなよ! ジェシカさん、やらせてください!」
ギッと私を睨みつけてくる。
そうそう。そうでなくっちゃあ――
――叩き潰し甲斐が無いってもんよ!!
ジェシカは睨み合う私達に溜息をついてパネル操作をする。
「で、希望はある?」
尋ねるジェシカに私は即答した。
「当然1対1の勝負よ! 判定用結界は七重、勝利条件は全判定用結界の破壊の一本勝負。補助装置は『ウィングブーツ』だけ。――と。でも、最初は判定用結界を三重にして1回やるわ。コイツに説明しないとだし、少しは慣れて貰わないと後で言い訳がうるさそうだから」
「解ったわ。ああ、スカーレット」
不意に気付いたような言葉に、ジェシカの方を見る。
「着替えの場所も案内してあげて」
「ったく仕方ないわね、行くわよ」
「ああ」
見下すような私の目に、真っ向から睨み返してくる。生意気だけど、今は悪くない気分だった。
なぜならこれからコイツを思う存分叩きのめして、現実を教えることが出来るのだから。
不敵な嘲笑を返し、私はアルベリオを連れてロッカールームへ向かった。
【魔法使い専用娯楽施設『マジシャンズエッグ』 レベルAフロア男子更衣室 アルベリオ】
スカーレットに押し込まれるようにして更衣室に入る。
ムカつくので手を払ったら背中を蹴られた。なんてヤツだ。
助かった事に更衣室は無人で、適当なロッカーの前でジャケットを脱いでネクタイに手を伸ばす。
その動作が朝の一件を思い出させた。
アイツの突然の魔法攻撃。それを防ぐために僕は法律違反の封環解除を余儀なくされた。
それにその時、ジェシカさんに買って貰ったネクタイを燃やされたんだ。
「…………」
イラつきながら服を脱ぎ、専用の錬金術処理がされている服をレンタルする。
普通の服というよりは、分厚くて質感がラバーのようになっていた。
ズボンは胸まで覆う防護パット(とでも言うのかな)がついていて少し窮屈だ。
その上から上着を着るのだけど、それもロングコートくらいの丈がある。
ウエスト辺りまでしか閉じなくて良いので、それほど邪魔じゃないけど少し重い。
首まですっかり覆われているのが、少し息苦しい感じもするけど、慣れるしかない。
色は黒を選択した。元々着てたジャケットの色だし、嫌いじゃない色だから。
着終わって鏡を見る。なんだか仰々しい姿で、何だか笑ってしまう。
このまま子供向けの舞台に立てば、勧善懲悪ものの悪役を演じられそうな格好だった。
苦笑した後、ふとため息をつき、鏡を見つめながら思う。
今日はアイツ――スカーレットに振り回されてばかりいると。
元々は観光の予定だった。
ジェシカさんと首都を観光して、土産話をいっぱい抱えて帰る。
ずっと前から楽しみにしていた一日だった。
それをあのお嬢様との喧嘩と我侭な買い物で潰された。
もしかしたらこの戦いの為の衣装、悪役風の衣装がさせたのかもしれない。
――許せない。僕は強くそう思った。
男とか女とか関係無い。僕はスカーレットを倒す!!
【魔法使い専用娯楽施設『マジシャンズエッグ』 レベルAフロア女子更衣室 スカーレット】
「あったあった。やっぱり私の色は、情熱の真紅よねっ」
様々な色のレンタルスーツの中から、真紅の物を選んで袖を通す。
上着に袖を通した後、髪を外に出してから前を閉じ合わせる。
ロッカーの扉の裏についた鏡に映った自分と見詰め合った。
アルベリオ。気に入らないヤツ。
アイツのせいでテーブルに頭をぶつけた。
アイツのせいで衆人環視の中でジェシカに説教を食らった。
田舎者のくせに、良い格好を見せようとして、クールぶってる生意気なヤツ。
そのくせ私と同じ飛び級でエリハルディアの魔法科に合格ですって!?
アルベリオ、気に入らないヤツ。
いいこと?スカーレット・オルティシア。
今日、この場で、格の違いを見せ付けてやるのよ。
バタン!!
大きな音を立ててロッカーの扉を閉じる。
生意気な口がきけないように、完膚なきまでに叩きのめしてやる。
――紅の色を許された、オルティシアの名にかけて!!
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