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「私の海外体験」 熊本県国際交流研究会作文コンク−ル最優秀賞作品(高校部門)
私立玉名女子高等学校 国際教養コ−ス 2年 〇〇〇〇〇
私は、日豪協会主催のシドニ−、キャンベラ、ク−マ、の三都市を三週間で体験するというホ−ムステイに参加した。南半球に位置する、日本とは逆の季節オ−ストラリアだ。 七月三十日猛暑、両親に見送られ、パンパンに荷物を詰め込んだス−ツケイスを片手に空港へ向かうバスに乗った。「日本を出る」という実感がまだなかったせいか、空港に着くまでの間、新しい友達との会話がはずんだ。空港に着くと、出発時刻まで二時間程あったので、軽い食事を取った。機内での夕食は想像していたよりもおもしろかった。飛行機が赤道を越えると初め寒さを感じた。ケアンズ空港には朝四時過ぎぐらいに到着し、シドニ−国際空港行きの飛行機に乗り換えた。初めて海外の地を踏む私にとって、不安や緊張も十分にあったが、それ以上に今から私に起こり得る全てのことへの好奇心の方が大きかった。テレビや写真でしか知らない、未知なる場所における私の目的は、日本を客観的に見ること、外国の文化を学びながら外国人とのコミニケ−ションを図ることだった。「ホストファミリ−はどんな人達だろう」「オ−ストラリアはどんな所だろう」と、全てが生まれて初めての新鮮な旅の始まりである。
私を待っていたのは、想像をはるかに越えるダイナミックな光景、ホストファミリ−や学生から優しい歓迎だった。シドニ−では、中学高校一貫教育のカリンバ高校へ通い、折り紙や書道を紹介した。先住民アボリジニ−の楽器を吹くなど、オ−ストラリアで文化を学び、過ごしていく中で、最も感心を持ったことは日本語教育の進展についてである。小学校三年生から一授業に加えられており、教室には日本各地のポスタ−が貼ってあった。そして棚には、日本の雑誌や絵本がたくさん並べてあった。また広い廊下では多くの学生が私に、一生懸命会話をする積極性に驚き、日本の学生には見られない光景を目のあたりにした。日本の学生の様に消極的で、あまり人との関わりを好まないことが当り前だと思っていた私は、驚きを隠せなかった。授業においても、発言が多く笑顔が絶えない会話中心の、のびのびとした様子が印象的だった。家族との時間を大切にし、プライベ−トとビジネスをはっきり分けることなども見習うべき点だと感じた。
ク−マでは、オ−ストラリアで一番高い町カブラ−ムッラという所へ行き雪合戦や、そりを楽しんだ。高所であり、ホ−ムステイ先で降水量が少ないため、タンクに雨水を貯め生活用水に使用していた。ロ−タリ−クラブのディナ−パ−ティでは「ふるさと」を合唱その後日本の大使館の方とお話させていただき光栄だった。また翌日には、羊の毛刈りをさせてもらい、その迫力と百パ−セントのウ−ルを手にしたときのあの感動は今でも忘れない。
主都キャンベラでは、夕日に呆然としてしまった。あのように美しい赤色は見たことがない。感動どころか、初めて目にする光景に不思議という気持ちさえ覚えた。私のホストファミリ−はとても日本への感心が高く、鋭い質問に対して戸惑う自分に情けなさを感じた程だった。同時に、自国に対しての知識の無さを恥じた。反面、ホストファミリ−はよくオ−ストラリア特有の動物や歴史について話してくれた。このことから私は自国を見つめる大切さを知った。
都市から都市へ移動する際のバス、買い物や通学手段のため地下鉄ゃ車を日常、利用する中で目にした看板、町並み、植物は目が離せないひと時だった。一日一日が勉強と驚きの繰り返しでとても刺激的な毎日だった。
この経験の中で、多くの人々から優しさや幸せをもらった。まるで自分の家族の様に温かく接してくれたホストファミリ−は私にとって貴重な財産となった。そしてそれ以上に、自分を見つめ直すことができた。自分自身を探すための三週間であったと言っても過言ではない。私の人生にとって最大の起点になるだろう。この劇的な体験を通して学び得たことを胸に、大いに役立てて行きたいと思っている。そして私の考えを理解し、背中を押してくれた両親や、今回の様に貴重な素晴らしい舞台を提供して下さった周囲の方に感謝したい。また、今後はますます国際交流を図り、たくさんのことに対してチャレンジ精神を持って挑みたい。将来的には、より広い視野を持ち、いろいろな人との多くの出会いを求め、海外を舞台に活躍したいと思う。
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