TDF- 鶴来屋防衛軍 -
[読み物] 柏木家の戦い
〜鬼との最初の戦闘は、いかにして起こったのか?〜
TDFでは創設以来、24時間体制で雨月山付近を監視してきた。雨月山 とは地元に伝わる伝説において鬼が退治されたと言われる場所で、もし来 襲があれば間違いなく、ここに鬼が現れると言われていた。そして、それ はやってきた。 TDF隊員の中には、この時点でまだ鬼の存在を否定している者もいた。 見たこともない伝説上の生物と戦えと言われても、にわかには信じられる ものではなかった。後の談話では対鬼戦闘部隊と偽って、別の特殊任務の 為の訓練をしていると思っていた隊員もいたようだった。そんな中に “鬼来襲”の一報が入ったから、TDF隊員たちはちょっとしたパニック になっていた。鬼の存在を肯定していながらも、実際に来襲を知らされる と蒼然とする隊員も多かった。地下基地内のTDF司令部では脅威度最高 レベルである“赤鶴”が発令され警報がけたたましく鳴り響いたていた。 そしてTDF戦闘中隊には、遂に創設以来はじめての出撃命令が出される。 TDFの行動マニュアルには鬼の来襲時の対処法が細かく決められていた。 彼らに課された任務は鬼が現れそうな場所の警備行動である。「狩り」と 呼ばれる鬼の殺戮を止めさせるのが目的だった。予定されたコースを巡回 しながら、隊員達は皆不安を抱いていた。誰も見たこともない、記録さえ ない全く未知の生物と戦うのだから当然だった。しかし、彼等にはそれを 上回る気概もあった。おそらく警察が動いても何も出来ない。鬼を倒せる のは、そのために専門の訓練をしてきた自分達しかいない。そんな意気込 みが彼等にはあった。 「誰が最初に鬼を倒すか…」 そんなことを競いあっている部隊もあった。そして、その機会は意外に早 く訪れた。鬼伝説を伝承する柏木家。鬼が来襲した場合、彼等がターゲッ トになることは、ほぼ間違いなかった。したがって、柏木邸にはパトロー ル部隊とは別に専属の守備班が配置されることになっていた。この柏木邸 の警護は「マルゴ」と呼ばれ、TDFの夜間パトロールの中でも、特に重 要な任務として捉えらえられていた。初日は屋敷の表側に月小隊Aチーム。 裏側にBチームが配置された。 「鬼なんて、昔話に出てくる架空の生物さ」 TDFの隊員の中にも、一部だがそんなことを言う者がいた。 今回、鬼の第一発見者となる沢井隊員もそんな1人だった。彼は、広大 な柏木邸の一番北側を守っていたが巨大な影が目の前を通過し常夜灯を 粉砕して跳び去ったのを目撃した。彼はすぐリーダーに報告し、守備班 は戦闘隊形をとる。とにかく予想外だったのが鬼のスピードだった。隊 員の多くが地球上の猛獣程度と思っていたそれは明らかに違っていた。 そこで、鬼を単独で撃退することは不可能と判断したAチームリーダー の山岡隊員は部下を正門に集め、密集隊形であらゆる方向からの攻撃に 備えた。しばらくして、隊員の1人が巨大な影が塀を跳び越えるのを目 撃する。山岡隊員は、2人を正門に残し2人を連れて鬼の侵入したポイ ントに向かう。そこで彼等が見たものは、正しく“鬼”であった。
3mはあろうかと言う異様な巨体。頭部から伸びる角のような突起物。 筋肉の隆起した、強靭な身体。そして、見た目以上に感じる恐怖。それ は食物連鎖の頂点に君臨する者が発する威圧感であった。鬼を追ってき た3人の隊員は、しばし茫然と見つめていたが、すぐにブラスターを構 え射撃体勢をとる。しかし、まだ射撃はしなかった。TDF隊員が攻撃 を許されるのは、相手から攻撃を受けたり一般市民が被害にあっている 場合だけで、それ以外は許可なく攻撃してはいけなかった。3人の隊員 と鬼は向かい合ったまま、どちらも動くことが出来ずにいた。それは、 おそらく数十秒だったはずだが3人には何時間にも感じられた。ここで 山岡隊員は意を決して行動に出る。彼はブラスターの銃口を下げると 「あなた方が何もしなければ、我々は危害を加えません」 そう言って右手を差しのべる。そして、鬼も右手を差しだす。 しかし、鬼の手は鋭い爪先を尖らせながら山岡の胸に突き刺さった。 山岡は突き飛ばされるような形で、仰向けに倒れる。それが合図となり 2人の隊員はブラスターの引き金を絞った。鬼は回避する暇もなく、ブ ラスターの短針を浴びる。そして数秒の間を置いて、すさまじい咆哮が 轟く。その鬼は、身体を反らし痛みに耐えているようだった。2人の隊 員は、鬼にとどめをさすべくブラスターを撃ちまくる。鬼は力を振り絞 ると、高く跳躍し夜空に消えていった。隊員達は、しばらく鬼が消えて いった空を眺めていた。予想をはるかに上回る、鬼の獰猛さ、残忍さ。 彼等は自分達がいかに困難な事態に直面しているかを痛感した。しかし 同時に安堵感もあった。鬼は恐ろしい敵だが、とりあえずブラスターで 撃退できることが確認できた。このことは、すぐにTDF司令部に報告 され早速新しい戦術の研究が始まった。山岡隊員は胸部を負傷したが、 命に別状無かった。彼の勇気と紳士的な行動は高く評価されTDFの活 動に貢献した者に与えられる「鶴来勲章」が創設以来初めて授与された。 翌日、柏木邸に侵入したと思われる鬼の死体が発見された。隊員達は 「屠鬼第一号」と言って喜んでいたが、本気で笑っているものは一人も いなかった。これによって、鬼との血で血を洗う戦いが始まってしまっ たこと。もう後に引けない泥沼に入ってしまった事を思うと、隊員達の 心は不安で満ちていたのだった。