説教のページ



2004年3月〜
「キリストの死と私たちの救い」  イザヤ書53章1−9節 ローマの信徒への手紙5章1−11節
「キリストは復活したもう  イザヤ書40章28−31節 マタイによる福音書28章1−10節 イースター
「わたしを愛するか」 申命記33章29節 ヨハネによる福音書21章15−19節
「聖霊は散らし、集める」 創世記11章1ー9節 使徒言行録2章1ー13節 ペンテコステ
「世の光キリスト 」 創世記1章1−5節 ヨハネによる福音書9章1−7節  伝道礼拝
 (6月13日)
「すべてを信じ、すべてを望む」  創世記 24章62−67節 コリントの信徒への手紙一 13章4−7節  伝道礼拝
 (11月21日)
「馬小屋の王キリスト」 ルカによる福音書 2章1−20節 クリスマスイブ礼拝
(12月24日)    
「沖に漕ぎ出そう」 イザヤ書 40章28−31節

ルカによる福音書 5章1−11節        

新年礼拝    
(2005年1月2日)

 ローマの信徒への手紙 連続講解説教 のページ
  

    

 2004年1〜2月 説教集

 2003年10月〜12月 説教集

 


     「沖に漕ぎ出そう」       
                                 イザヤ書 40章28−31節
                                 ルカによる福音書 5章1−11節        

                   (2005年1月2日 新年礼拝説教要旨)

1、主イエスは最初の弟子をガリラヤ湖の漁師からお召しになった。彼らは夜通し働いた後、舟を洗ったり破れた網をつくろっていた。その夜は不漁で一匹も獲れなかったから、漁師たちは疲れ果てていたのである。主イエスは舟の持ち主シモンに「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」と言われた。これは奇妙なことである。素人が専門家にへんな時間にへんな口出しをしたのである。

2、シモンは、「先生、私たちは夜通し苦労しましたが、何も取れませんでした」と答えている。この言葉には、深い失望の響きがある。日本の経済が不況の中で、リストラとか失業率が上がったという話を私たちは聞いてきた。長く仕事に携わってきた人たちが仕事を辞めなければならなかった。仕事に誇りを持ってきた人がいったん挫折すると、もう一度立ち直るのは難しいものである。仕事ばかりではない。健康のこと、家庭のこと、勉強のこと、人によって違いがあるが、挫折するのは危険なことである。シモンはそのような人生の危機の入り口に立っていた。少なくともそういう精神状態であった。

3、ところが、その時に彼の前に主イエスが立って、「もう一度沖に漕ぎ出して網を降ろしてみなさい」と励ましの声をかけられた。シモンはそのお言葉に従った。すると、おびただしい魚がかかり網が破れそうになった。思いがけない展開になった。このような時、人はその時だけの一時的な興奮で終わってしまいがちである。ところがシモンは違った。福音書はこう書いている。
 これを見たシモン・ペテロはイエスの足元にひれ伏して「主よ、私から離れてください。私は罪深い者なのです」と言った。
 ペテロは自分の本質に目覚めた。同時に信仰の本質、神の本質に目覚めたのである。

4、自己の魂の真相に目覚めたペテロに対して、主イエスは深いまなざしを注がれ、罪の赦しと清めとを無言のうちに告げられた。こうしてペテロは人生の危機を転機とした。彼はもう他人を見たり他人に影響を受けたりしない。人の前で後悔したり失望もしない。彼は悔い改め、神の御前に自分そのものを投げ出した。
 シモン・ペテロはおびただしい魚が取れるという物質的な驚きを経験した。しかし、彼はそれを精神的信仰的にとらえ直した。彼は不思議な人格に接したのである。神の子救い主に接した。彼は初め「先生」と呼んでいた。それが次には「主よ」と変っている。自己の本質に目覚め、神の本質に目を開かれたとき、目の前の人格に対して相応しい呼び方が口をついて出て来た。そればかりではない。この変化はペテロの生活の変化を生み出した。漁師をやめて主に従い主の弟子となっていった。



                             


      
すべてを信じ、すべてを望む」       
                                 創世記 24章62−67節
                                 コリントの信徒への手紙一 13章4−7節        

                   (2004年11月21日 伝道礼拝説教)
1,今読んだ聖書2箇所のうち、新約聖書の方のコリント一・13章は「愛の賛歌」と呼ばれてきた。愛についてこれ以上ないほどに美しく深い言葉が語られている。この章から影響を受けた芸術家や小説家が多い。また、この愛の賛歌は教会で行なわれる結婚式で読まれることも多い。今朝の説教題「すべてを信じ、すべてを望む」はこの中から取った。主語は愛。つまり、愛は「すべてを信じ、すべてを望む」と書いてあるのだが、どういうことだろう。よく愛は盲目といわれるが、そういう風に誰かを愛する人は何でも信じてしまうし、何でも希望的に見るということだろうか。それはある意味で理想的な結婚である。しかし、誰もが知っているようにどんな結婚もそのようには進まない。初めの盲目は疑いに変わり、失望が増してくる。
 この章の最後の結びは、読んでみると分かるように、「それゆえ、信仰と希望と、愛、この三つはいつまでも残る」と書いてある。「いつまでも残る」とは、最後に勝利するのはこの三つだという意味。しかも、信仰と希望と愛の三つは別々のものではなく、一つである。この三つが一つとなるほどに結びつけば、この世でかなうものがないほどに勝利する。もし反対に、私たちの信仰と希望と愛が結びつかずバラバラであれば、どれも中途半端でこの世では何の力にもならない。そればかりか、この世で最も哀れな人になってしまう。
 今私たちの社会は人間が生きるうえで一番の土台である信仰があやふやになっている。また、私たちの国では今年は台風や大きな地震があって希望など持てるだろうかという気分になりがちである。そして、自分のことに精一杯で他人のために心を尽くすことが出来ない。こういう今の世の中を考えてみると、突き詰めて言えば、自分か神かという問題にぶつかるのではないか。「自分を信じるのか、神を信じるのか」、「自分に望みを置くのか、神に希望を於くのか」、「自分を愛するのか、神を愛するのか」。古代の教会の指導者にアウグスチヌスという人がいたが、アウグスチヌスは「自分を愛する者は神を愛さない。しかし、神を愛する者は自分を愛する」と申している。信仰と希望と愛の秘訣はここにあるのではないか。三つが一つに結びつく秘訣もここにあるのではないか。

2、さて、今朝は旧約聖書の創世記24章の最後も読まれた。24章はアブラハムとサラの一人息子イサクの結婚についての長い長い物語である。その結びの場面を先程読んだ。ここは聖書の中で最も美しい情景が描かれている。若者イサクがネゲブの砂漠を夕方散歩をしている。母サラが亡くなった後のイサクの習慣であった。夜のとばりが降りる直前の明るさの中、砂漠はどこまでも広がっている。そのはるか遠くに3頭のらくだの姿が見えた。その1頭にはイサクに嫁ぐためにはるばる砂漠を旅してきたリベカが乗っている。イサクはリベカを認め、リベカもイサクを見た。そこで2人は初めて出会ったのである。イサクはリベカを先ず死んだ母の天幕に案内する。それは単に母の思い出にふけるためではない。母の生活の土台を見せた。それはイサク自身の生活の土台でもあった。こうして2人は土台を共有し、結婚し、一層深く愛するようになった。
 息子イサクの結婚、それは父親アブラハムの生涯の総決算とも言うべき事柄であった。そこで、私たちは24章の1節に戻って、出来事がどのような経過で進んできたのかをたどってみたい。
 1節「アブラハムは多くの日を重ね老人になり、主は何事においてもアブラハムに祝福をお与えになっていた」。この時、アブラハムは150才を大きく越えていた。妻のサラをすでに天に送り、アブラハムは老人となり、人生の夕べを迎えている。一方イサクは妻をめとり家庭を築き始める人生の力強い朝を迎えている。夕べを迎えた者はいつかは朝を迎えた人に静かに場所を譲り去って行くのである。アブラハムの場合もその時が到来した。
 1節の後半は、「主は何事においてもアブラハムに祝福をお与えになっていた」。私たちはここで足を止める。24章はイサクの結婚物語。したがって普通に考えれば、祝福されるのはイサクでなければならない。ところが、聖書は主なる神が祝福を与えたのはその父アブラハムであると書いている。舞台を立ち去るはずのアブラハムが息子の結婚物語でも無用の人ではない。それどころか、この時こそ年老いたアブラハムが必要とされている。アブラハムが受けている祝福がイサクの結婚のためになくてはならない。それは貯えてきた老人の知恵が必要だと云うことである。実際、24章を読んでいくとアブラハムがその僕に与えた知恵がイサクの結婚を成功に導くことになる。
 しかし、1節は更にもっと大切なことを告げていると思う。それはアブラハムの信仰のことである。アブラハムは年を重ね、老人になって、いよいよ主なる神は何事においても自分に祝福をお与えくださることを心から信じるようになった。アブラハムは若いときから信仰の人であった。忍耐し、待ち望み、神の約束を信じた。その信仰が年と共に厚みを増し深みを加えてきた。
 若いときには苦しい、悲しいとしか思えないことが沢山あった。それを無理にでも忘れようとしてきた。それが多くの日を重ねてきた今、どんな事柄にも神の深い恵みの祝福があったのだと素直に認め信じるようになった。過去も現在も将来も、全部神の祝福において一つにつながっていることがわかってきた。
 老人のアブラハムに与えられた祝福とは信仰によって人生を見るということである。神の約束と祝福によって人生を捉えることである。この信仰こそ光である。太陽は夕べにもきらりと輝く光を発する。聖書は人生の夕べにも輝く光があることを知っている。その光は決してバカに出来ない。朝の光よりもどんなにか深みのある光が夕べの光である。老人の心の中を静かに照らし落ち着きを与える光である。また、この光はこの世を本当に照らし意味を与え命を与える光でもある。
 しかし、信仰の光をすべての社会が重んじるとは限らない。しかし、このような光を不必要としたり拒む社会は神の祝福を拒んでいることになる。世代交代は何時の時代、どこの社会でも起こってきたことである。それは受け入れねばならない。けれども、老人が与える光、とりわけ信仰をもって日を重ねてきた人が輝かす夕べの光に私たちは敏感でなければならないのではないか。その静かに細く照らす光を大切にする社会は神の祝福を受ける。教会はこの社会の中で、その光の大切さをどこよりもはっきり示す役割を持つものとして立っている。

3,もう少し創世記24章に展開する結婚物語を見ていこう。アブラハムはイサクの結婚の相手はカナンの娘ではなく、一族のいる故郷から迎えねばならないと考える。アブラハムがそのように考えた本当の理由ははっきりしない。ただそう決心したのは彼の信仰に基づいているのは確かである。しかも、アブラハムは結婚相手を見つけるためにイサク自身が出かけていくことを禁じる。そのために彼は自分が最も信頼する年寄りの僕を代理として送り出す。その僕に全権を委ねる。そこを読んでみる。6節〜10節。 アブラハムは答えた。「決して、息子をあちらへ行かせてはならない。 天の神である主は、わたしを父の家、生まれ故郷から連れ出し、『あなたの子孫にこの土地を与える』と言って、わたしに誓い、約束してくださった。その方がお前の行く手に御使いを遣わして、そこから息子に嫁を連れて来ることができるようにしてくださる。もし女がお前に従ってこちらへ来たくないと言うならば、お前は、わたしに対するこの誓いを解かれる。ただわたしの息子をあちらへ行かせることだけはしてはならない。」 そこで、僕は主人アブラハムの腿の間に手を入れ、このことを彼に誓った。 僕は主人のらくだの中から十頭を選び、主人から預かった高価な贈り物を多く携え、アラム・ナハライムのナホルの町に向かって出発した。
 アブラハムは、神の約束の担い手の立場を息子が父親に続いて負っていくことを期待している。そのために心を配っている。あくまでも信仰の光だけが父と子の道を照らすと信じ切っている。まさに「すべてを信じる」姿である。
さて、遣わされた僕は主人が命じたことをどこまでも守り通そうとする。彼も信仰に生きている。主人が信仰の光だけを大切にしていることを知っていた。だから、彼は頑ななまでに主人の方法を貫く。しかし、その方法は狭い道を行くようなもので、この世界では必ずしも直ちに答えを見いだすことにならない。むしろ迷路に迷い込んだような疑問や苦しみを与えることが多い。僕は長い旅の末に疲れ果て、井戸の傍らに座り込んでしまう。しかし、そこで彼は祈る。11〜14節。
 「主人アブラハムの神、主よ。どうか、今日、わたしを顧みて、主人アブラハムに慈しみを示してください。わたしは今、御覧のように、泉の傍らに立っています。この町に住む人の娘たちが水をくみに来たとき、その一人に、『どうか、水がめを傾けて、飲ませてください』と頼んでみます。その娘が、『どうぞ、お飲みください。らくだにも飲ませてあげましょう』と答えれば、彼女こそ、あなたがあなたの僕イサクの嫁としてお決めになったものとさせてください。そのことによってわたしは、あなたが主人に慈しみを示されたのを知るでしょう。」
 大胆な祈りである。神にしるしを求めている。娘が井戸にやってきて水を飲ませ、更にはらくだにまで水を飲ませてくれるならば、その娘がイサクの嫁になると、神が決めて下さいと願う。人に親切で、動物もかわいがる女性。僕は主人が願っている嫁をそんな風に単純化する。しかも、神の決定がそこにあると決めてかかる。しかし、これは彼が疲れた頭で考えたことではない。祈りである。彼は神のかえりみと慈しみをひたすら求めている。
 その結果、僕が願ったとおりにことは進んでいく。一人の美しい娘がやってきて彼に水を飲ませ、らくだにも水を飲ませる。21節にはこう書いてある。「僕は主がこの旅の目的をかなえてくださるかどうかを知ろうとして、黙って彼女を見つめていた」。「人間は心に計る。しかしそれを実行なさるのは神である」と聖書にあるが、その言葉通りかどうか僕は心を潜めて注目する。
 その後、僕は娘の名前を聞き出す。すると、24節「私は、ナホルとその妻ミルカの子ベトエルの娘です」。ナホルとはアブラハムの弟、したがってベトエルはアブラハムの甥。これこそアブラハムが望んだイサクの縁組であった。僕は娘の言葉を聞いたとき思わずひざまずいて祈っている。26節「主を伏し拝んだ」。それはただならぬ祈りの姿。本当に恐れ、神に打たれた。彼は神を試すようなしるしを求め祈った。その事を今恐れている。27節。「主人アブラハムの神、主はたたえられますように。主の慈しみとまことはわたしの主人を離れず、主はわたしの旅路を導き、主人の一族の家にたどりつかせてくださいました」と祈った。
 この僕の祈りこそこの物語全体の中心と申して良い。

4、この祈りの中で、僕は「主は私の旅路を導き、主人の一族の家にたどり着かせてくださいました」と申している。僕はヘブロンからの長い長い旅路を守られ、主人から委ねられた大任を果たすことが出来たことを感謝している。そればかりでなく、彼は人生の旅路を考えているのであろう。自分はもちろんのこと、主人アブラハムとその息子イサク、そして娘リベカ、すべての人を導く神が確かにおられる。この神に導かれる人生は深いところに平安が宿っているのだ。彼は確信して祈っている。まさに祈りは聞かれるのだ。イサクの結婚物語の本質はそこにある。
 アウグスチヌスは「自分を愛する者は神を愛さない。しかし、神を愛する者は自分を愛する」と言った。同じように、神を信じる者は、自分を信じる。神に望みを置く者は、自分の将来にも希望を持つ。この世のどんな力もこのような人を打ち負かすことは出来ない。
 私たちは、神を信じ、神を愛し、神に望みを置く者になるように招かれている。それは祈りの生活、礼拝の生活である。この神さまのお招きを自分のことと出来るように祈ろう。



                           

      「世の光キリスト 」
                           創世記 1章1−5節
                           ヨハネによる福音書 9章1−7節        
                   (2004年6月13日 伝道礼拝説教)
  

1、今朝は新約のヨハネ福音書9章を読んだ。9章1節には「さて、イエスは通りすがりに、生まれつき目の見えない人を見かけられた」と書いてある。主イエス・キリストが先ず生まれつき目の見えない人に目を留められたのである。これがすべての始まりである。一つの小石が水に投げられたことから波紋が次々と生じるように、主イエスの投げかけたまなざしはそれまで動きの無かったところに動きを起こし、闇に光が射し、明るいと思われたところが実は闇であることを顕わにしていく。
 主のまなざしはその人全体に注がれたのである。また、主イエスはこの人だけでなくこの人が生活している社会にも目を向けた。実はヨハネ福音書9章全体がこの目の不自由な人と主イエスの交流が深まっていく様子を書いている。この人はずっと物乞いのため毎日道ばたに座って道行く人たちの情けにすがって生きていた。また、彼は両親とは別々に、一人わびしく暮らしていた。生まれた時から目が見えないハンディキャップに加えて、社会を生きるうえで負う二重三重の苦しみをこの人は持っていた。
 ところが、なおその上に周囲の人たちの冷たい仕打ちがあった。主の弟子たちがこの時すぐ口にしたのは、「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか」という言葉であった。つまり弟子たちは生まれつき目が見えないのは罪の結果だと見て、その原因は本人か両親かと先生に冷たく尋ねたのである。彼らは主イエスに従いながらも、当時のユダヤ人社会に根深くあった因果応報の教えから離れていなかったのである。
 実は、弟子たちの考え方は今から2千年前の当時のユダヤの社会では広く行き渡っていたもので、彼らはそれを当然のごとくに口にしたのである。ユダヤ教の教師達は親の罪が子に報いるという罪の遺伝説のような教えを強調していた。これはユダヤ教が人間の罪を真面目に取り上げ罪を戒めているようでいて、いつのまにか人々を裁判官のような立場に導くことになっていた。そうなると、社会の中で弱い立場の人、ハンディを負っている人を被告席に立たせるようになり、集中的にあの罪この罪を数え上げる風潮がユダヤ社会の中に広まっていたのである。この結果、肉体の障害や病気、経済的貧しさに苦しんでいる人は、その痛みばかりでなく意地悪く罪の出所を探る人々の目にさらされ、社会的に身の置き所がない苦しみを味うことになったのである。

2、このように弟子たちの「だれが罪を犯したからですか」との問いかけが持っている後ろ向きの姿勢は、当時の社会のあり方をそのまま反映していた。しかし、こういう考え方が弱い立場の人を追いつめ、社会の交わりから葬り去る冷たい結果をもたらすことになっていたのも事実である。私たちは21世紀の社会を生きているのだが、どれだけこのような後ろ向きの考え方を克服し乗り越えているだろうか。
 ある哲学者は人間の生き方を二つに分け、「持つ人生」と「在る人生」と言っている。つまり、何かを獲得し、所有していることが意味あり価値あるとする生き方と、ただ「今あって、今存在している」そのことが深い意味があるのだとする考え方である。現代人は「持つ」ことに重点を置き、持っていることでホッとし、優越感を感じる。しかし、そこには果てしない競争心や虚栄心、嫉妬心を駆り立てる。2千年前のユダヤ人社会を支配していた考え方と根っこは一つではないだろうか。一方、「在る人生」とは主イエスが弟子たちに教え、生まれた時から目が不自由であった男に与えられた真に自由とされた生き方である。
 主イエス・キリストが弟子の問いかけに答えられた言葉を読んでみよう。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである」。先ず、主イエスは弟子たちが考えていることを明確に否定された。弟子たちの考えが「誰が罪を犯したのか」と原因を探る方向、つまり過去に向いているのを、前の方向にぐいと引っ張られたのである。前の方向とは、神に目をとめ、神の業(わざ)の現れに目を向けることである。誰が罪を犯したかを詮索するのではなく、神があらゆる時、あらゆる場所、あらゆる人間を用いて、神の御業をお示しくださることに注目させる。これが主イエスのお考えであった。
 主は「私たちはお遣わしになった方の業を、まだ日のあるうちに行わねばならない」と言われている。お遣わしになった方とは神のことである。だから、神の業を見つめるだけではなく、神の業を行うことが本当の前向きな生き方である。しかし、過去にとらわれ、後ろ向きになりやすい私たちはそのことが出来ない。ただ、主イエスお一人だけが「私は世にいる間、世の光である」と仰せになって、私たちの先頭になって前方を照らし、私たちの進む道を照らす光となっておられる。

3、それにしても、主イエスと当時の社会の人々の考え方の違いはまことに大きなものがある。その違いの大きさを理由に、主イエスは攻撃され否定され遂に捕らえられて十字架の苦難と死をお受けになった。ところが、不思議なことであるが、キリストの十字架は攻撃する者たちの勝利ではなく、キリストとそのお考えの勝利を現すものとなったのである。
 神の業はあらゆる場所,あらゆる人間を用いて現れるのだが,何よりも主イエス自身、それも主の十字架と復活によって決定的に表された。最近,「パッション」という映画が金沢でも上映された。鑑賞した方もおられるだろう。この映画は主イエスの十字架の場面をこれでもかこれでもかと、主の肉体に加えられた苦難をリアルに描いていた。これまでにない描き方に様々な批評がされたのであるが、キリストが受けた苦難で大切なことは「キリストの受難は私に代わって受けている苦しみだ。神に対しても隣人に対しても私が逆らってきた私の罪を、神の子キリストが全部代わりに引き受けて苦しんでくださった」ということである。そこに罪の赦しも真実なこととして素直に受け止められる。「あなたの罪は赦されている」という声をリアルに聞くことができる。それにはやはり聖書を読むことが必要である。聖書によってキリストの十字架の意味を導かれ、深く受けとめる。すると必ず誰でも「あなたの罪は赦されている」との恵みの言葉を自分に語られたこととして聞くことが出来る。あらゆる束縛から解き放ち、自由にする神の業が自分のことと出来る。
 9章を最後まで読むと、この生まれつき目の不自由な人がシロアムの池で目が見えるようになった。ところが、このことから彼はこれまで以上にきびしい場面に立つ。主イエスに反対する人たちから彼も攻撃される。しかし、その展開の中で、彼は肉体の目が見えるようになるだけでなく、心の目が開かれていく。彼は初めはイエスという名前さえ知らないと言っていたのが、次には「あの方は預言者です」と答え、更には「神から来た人です」と言い、遂には「主よ信じます」と主イエスの前にひざまづいて礼拝を献げ告白している。このように主キリストとの深まる交わりに彼は招かれ入れられていく。このキリストとの交わりこそ神の御業が彼の上に現れ、真の光に照らされていることに他ならない。
 キリストが世の光であるとは、この世界の中に神の光を輝かされたということである。キリストがもたらした神の光は実は世界が創造されたときに神が先ずこの世界の土台、この世の基とされたのである。先ほど読まれた創世記1章の最初には、神が混沌の中で世界を創造されたとき先ず「光あれ」と言われた。すると光があったと書いてある。この光は、太陽や月が発する光ではない。太陽などの天体は4日目に造られている。すると、第一日目の光は天体や人工の光ではない。神の光、神の栄光、神の救いの光である。
 聖書は、私たち人間も含めてすべてのものは神に造られたと述べている。しかもその土台は神の救い、神の栄光である。この世界が私たちから見てどんなに暗くても、この世界の土台で、この世界を貫いているのは、神の栄光である。何とすばらしいことではないだろうか。この光が主イエス・キリストによって回復された。新たな光として、それも強力で深く清い光としてこの世の中に入ってきてこの世の中を照らしている。

4、日本の教会には目の不自由な方たちが比較的多い。それはキリスト教が江戸末期に再び入ってきた頃から、盲人への伝道が積極的に行なわれたからである。また、盲人のキリスト者が自分たちで早くから組織を作り、伝道だけでなく日本の盲人の生活向上のため地道な活動をしたからである。私が一緒に洗礼を受けた人は盲学校の生徒であったが、洗礼を受けるに当たって自分を信仰に導いた決定的な聖書の言葉はヨハネ福音書9章であると言っていた。ある神学者は9章の主イエスの言葉こそ障害者が生きていく道を示す原点であると述べている。
  このように、私たちが今読んでいるところは多くの障害ある人たちに影響を与える力ある言葉となったが、障害者の原点とは人間すべての原点ということになると思う。神は神の御業が現れるものとして人間を創造された。創世記1章27節には「神は自分のかたちに人を創造された」と記している。それは人間とはそもそも神との交わりを与えられて生きる存在であることを言い表している。言いかえれば「神の御業が現れるため」人は創造されたというのが聖書の基本信仰である。ところが、最初の人アダムは神の創造の計画を踏みにじり神の形であることを尊重しなかった。その罪は私たちすべての人に深く宿っており自分では解決できないのである。主イエス・キリストは世の光として、神の形を回復する道を私たちのために照らしておられる。
  私たちは「神の御業が現れる」と聞いても、雲をつかむような話と思うのである。ところが、主キリストとの交わりを礼拝によって深めていくことにより、私たちの弱さをさえも御業が占領し用いることに気づかされ恵みの深さに感謝することが許されるのである。




                          

 
      「聖霊は散らし、集める」
                         
                           創世記 11章1ー9節
                           使徒言行録 2章1ー13節      

                   (2004年5月30日 聖霊降臨日礼拝説教)
1、今日はペンテコステ礼拝を私たちは全世界の教会と共に守っている。ペンテコステとは、ギリシャ語で50を意味する。主キリストが十字架で死に復活された日から数えて50日目で、この日主がかねて約束していた聖霊がくだり、弟子達を豊かな賜物で満たしたのである。 そのため、この日は聖霊降臨日と呼ばれることになった。弟子たちに降った聖霊は、彼らが人々の前で神の救いのすばらしさを語らせる原動力となったのである。人々は弟子達の語るキリストの十字架と復活の福音を聞くと、50日前に主イエスを十字架で苦しめたことを思い起こし、「私たちはどうしたらよいのですか」と弟子たちに尋ねた。これに対して、「悔い改めなさい。めいめい、イエス・キリストの名によって洗礼を受け、罪を赦していただきなさい」と弟子たちは勧めた。こうしてその日大勢の人が洗礼を受けて仲間に加わり、教えと祈りに熱心な教会が誕生した。
 教会には一年間に特に大切な信仰の節目とも呼べる3つの礼拝がある。一つはクリスマスである。もう一つは受難節を通って迎えるイースター復活祭。そして第三はペンテコステ、聖霊降臨日である。カトリック教会もプロテスタント教会も、全世界の教会はこれを教会の3大祝祭日として大切にしている。
 クリスマスは父なる神が御子を遣わし,私たちを救うために同じ人間となって誕生された日である。イースターは、救い主キリストが私たちを罪から救うために犠牲となって贖いの十字架で死なれ、その死から生き返って私たちに永遠の命を約束してくださった。すると、イエス・キリストの救いはクリスマスと受難節、イースターによって完全に明らかにされたのだから、特にペンテコステを祝う必要がないと思われるかもしれない。
 けれども、そのキリストの救いを確かに私たちが信じ、私たちの救いと受けとめ、それを他の人にも伝えていくことが出来るためには、聖霊に導かれなければならないのである。キリストの救いを単に過去のものでなく現在の救いとするのは聖霊として働かれる神である。こうして、クリスマスとイースターとペンテコステを祝う教会は、父、子、聖霊の三位一体の神が今も後もこの世界を真に守り支え、保ってくださることを心から讃美し礼拝をささげることができる。
2、さて、ペンテコステの出来事を伝えている使徒言行録2章は、「突然,激しい風が吹いてくるような音が天から聞こえてきて、彼らが座っていた家中に響いた」と書いている。これが聖霊の訪れた様子であるが、聖霊の働きを大変意味深く表していると思う。聖霊によってその家全体が楽器のように鳴り出し、響きだしたのである。楽器にもいろいろあるが、例えば太鼓は空洞の胴体に張られた皮を外側から叩くと音が鳴り出す。専門の歌手も歌い始めると自分の体が空洞のようになって音を内側から響かせると聞いたことがある。
 丁度そんな風に弟子達のいた家が鳴り出し響きだしたのである。弟子たち自体がからっぽの胴体のようになっていたのである。そこに外側から聖霊がたたくことによって、神の言葉を語り始め響かせることが出来た。弟子達が空っぽとはどういうことか。使徒言行録1章には、聖霊降臨日を待つ弟子たちは120人くらい集まってひたすら心を合わせて祈っていたと書いてある。また、キリストの福音を語るにふさわしい態勢として12人の使徒を整えてもいた。それ以外のことは何もしなかった。自分から動き出すような余計なことは何一つしていなかった。「心を合わせて熱心に祈っていた」(1章14節)。これが教会が空っぽ、しかし、真に意味ある空洞ということである。
 その時、エルサレムにはいろいろな国から巡礼のため戻ってきていた人たちがいた。15くらいの国、もっと多かったろう。その人たちが弟子達が語る言葉を聞いて、自分の故郷の言葉で神の偉大な業が語られてるのを聞き、大変驚いたのである。つまり、弟子達一同は聖霊に満たされ、霊が語らせるままに、他の国々の言葉で話し出したのである。一つの言葉、たとえば聖なる言語といわれるヘブライ語で弟子達が重々しく、僧侶の集団が一糸乱れぬ読経をするように語り出したのではない。だから、弟子達がいっせいに語る言葉は聞く者には不協和音のように聞こえたのではないだろうか。しかしそれでいて、世界のどんな国の人にもはっきりと分かる言葉として福音が伝えられたのである。こうして聖霊は、この世界の国や民族の間の様々の違いは違いとしてそのまま残しながら、その違いを超えて、キリストの永遠に変わらない福音を世界の隅々まで伝える決意をペンテコステの日明らかにしたのである。実に聖霊の偉大な決意である。
キリストの福音がエルサレムから始まり、地中海の周辺の国々からアジアへ、そしてローマからヨーロッパ、また、ギリシャから東欧ロシアへ、アフリカへ、さらに新大陸発見により南北アメリカ、そして遂に16世紀中ごろには日本にまで伝えられた。プロテスタントキリスト教の来日は19世紀中ごろであった。
3、さて、このようなペンテコステの出来事は昔から創世記11章のバベルの塔の物語と関連させてもきた。バベルの塔の物語は、先ほど読んだように、神が高い塔を作ろうとした人たちの町を破壊し、この世界の言葉を混乱させ、人々を散らし、互いの言葉が聞き分けられないようにさせた。つまり神はおごり高ぶった人間への裁きとして、言葉の混乱を与えたのである。それが創世記によれば世界に多くの言語があり、言語の違いのために交流を難しくしている理由だということになる。このような神の裁きのもとにあった世界が、ペンテコステの出来事によってようやく回復し、真の一致へと神によって導かれることになった。
 確かに、言語の違いがもたらす不自由や隔ては大きいものがある。日本の英語教育もこれからは完全に異なって、私たちの世代が味わってきた不自由が吹払われる時代が来るのは素晴らしいと思う。
 しかし、外国語が何不自由なく使えれば便利ではあるが,それで世界の人たちと心の交流ができるかといえばそうでもないだろう。今改めて人々が気がついていることは、違いを理解しあう心を育てるということである。多様性の中の一致、一致の中の多様性である。実はバベルの塔の物語が語っているのも、このことである。ただ、神の裁き、神の怒りによって人が異なる言語をもち、全地に散らされたのではない。反対に、神は終始「人は産めよ、増えよ、地に満ちよ」と言われている。「地に満ちよ」とは地に散っていくことを神が奨励しているのである。
 バベルの人々は町を快適に作った。そのために彼らは次々と新しい技術や新しい建築材料を開発し発明した。そうして見事な町を建設したのである。その時、彼らは塔を立てると共に、全地に散らされることがないようにしようと、言い合った。実はこれがバベルの本当の問題である。彼らは町の一致、住む者たちの統一を考えたのである。その象徴として高い塔を建てた。彼らは散らばらないように内側の結束を強化し、よそ者は入れないようにした。周囲から隔絶した自己閉鎖的、自己保全的、自己完結的な生活を始めた。いわば,鎖国である。
 神は、このバベルの町のあり方を断固としてお許しにならなかった。そこに住む人たちの心のあり方を厳しく問題にされた。つまりそのようなあり方は神が創造された本来の人間からは遠いものであることを身をもって示されたのである。だから、神が言葉を混乱させ、人々を散らされたのは神の深い愛から出たのである。バベルのようなあり方では人間は本来のところから離れて行き、行き詰まり、遂には滅びるしかないとご覧になったのである。自己閉鎖的、自己完結的一体性は、必ず破綻する。「人は産めよ,増えよ,地に満ちよ」
4、ペンテコステに聖霊が起こしたのは、バベルの町の回復ではない。自己閉鎖的な一体性を持つ集団を造ろうとしたのではない。それは古い集団である。パウロは「福音のためには私は何でもする。福音のためなら,異邦人には異邦人のようになる。ユダヤ人にはユダヤ人のようになる」。パウロは自分を捨てたのである。ちっぽけな自己保全には関心がなかった。すべてを新しくする福音だけがよりどころであった。
 聖霊が自由に集め、自由に散らされる働きかけに従い、それにふさわしく自己形成するのが教会である。それによって教会は世界が滅びることがないようにとりなしの働きをすることができる。そのためには、教会は先ず聖霊が語らせる言葉、すなわち福音に本気で聞かねばならない。 聖霊降臨日は教会をこの本来的な一点に堅く立たせるのである。それこそ教会固有の自由である。



                         
   
       「わたしを愛するか」 
                         
                           申命記 33章29節 
                           ヨハネによる福音書 21章15−19節

                          (2004年4月25日 主日礼拝説教要旨)

 1、復活の主イエスはペトロひとりに対して「あなたはわたしを愛するか」と質問されました。ペトロは漁師の仕事を捨てて主にひたすら従った人で、以前あなた達は私を誰と言うかと問われたとき、「あなたこそ神の子キリストです」と答えています。弟子の中でも兄貴格、時には弟子を代表するまとめ役でした。
 ところが、そのペトロが逮捕された主イエスにこっそりついて行った大祭司の庭でとがめられたとき、私はその人を知らないと3度も主イエスを否定し、裏切ってしまいました。これはそれまでの忠実のすべてがひっくり返るような実に残念な出来事でした。ペトロは自分が主を知らないと言ってしまったことを悔やんでも悔やみきれない思いでその後の時を過ごしていたのです。
2、一方、復活された主イエスもペトロの裏切りを覚えておられました。ペトロが悩み苦しんでいることも見て取られたに違いありません。その主イエスがペトロ一人にお尋ねになったのです。ペトロは最初そのお尋ねを聞いたときそれまでの胸のつかえがおりたような思いをしたに違いありません。彼は勢いよく「はい、主よ、私があなたを愛していることはあなたがご存知です」と答えました。
ところが、主のお尋ねは1度、2度ではなく3度もありました。そのとき、ペトロは自分が3度主を知らないと言ったことをまざまざと思い出したに違いありません。そのとたん彼は悲しくなり、自分の深い傷口を見たのです。心重く「主よ、あなたは何もかもご存知です。私があなたを愛していることをあなたはよく知っておられます」と答えました。私は心からあなたを今も愛していると申し上げたいのです。けれども、あなたは私の裏切りを何もかもご存知です。そのあなたの前で私があなたを愛しているとどんなに力説しても、それは何の説得力もないでしょう。けれども、主よわかってください。それでも私はあなたが甦られたことが本当に嬉しいのです。あなたのために少しでもお役に立ちたいのです。こんな私ですが、どうか私の過ちと罪を赦し、あなたの御用に使ってください。
3、こうして、ペトロは主の前に心からの悔い改めをもって告白する者となり新しい出発をしました。しかし、ペトロの伝道者の生涯は決して容易なものではなく苦難の伴うものでした。ペトロはくずおれたような時にも主イエスから手を差し伸べられ、泥沼の中から引き上げられました。こうして、主イエスに愛され、育てられ、神の栄光を現すためにひたすら走ったのがペトロでした。



                           

       「キリストは復活したもう」 
                         
                           イザヤ書40章28−31節 
                           マタイによる福音書28章1−10節

                            (2004年4月11日 イースター礼拝)
1、週の初めの日の明け方、二人の女性が墓に急いで行った。主イエスの遺体に香油を塗るためであった。ところが、墓に着いてみると墓の入り口を塞いでいた石が取りのけられ、中には主イエスの体は見当たらなかった。それどころか、天使が石の上に座っていて、「恐れることはない。十字架につけられたイエスを捜しているのだろうが、あの方は、ここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ。さあ、遺体の置いてあった場所を見なさい」と二人に声をかけたのである。彼女たちは恐れながらも、天使の言葉に喜びを感じて、急いで弟子たちのところに知らせようと戻って行く途中、主イエスが行く手に立っていて「おはよう」と言われたのである。
 この「おはよう」という主イエスの挨拶は、「平安あれ」(口語訳)という言葉である。そして、この言葉の元は「喜ぶ」という字である。主イエスは復活して最初にお会いになった二人の婦人に「喜びなさい」と呼びかけた。私たちは生きることと喜ぶ事が密接に結びついている事を知っている。喜びが一つもなく生きるのは、生ける屍である。喜びのない生活はどんな人間も耐えられない。命を生きるとは喜びを持つことであり、喜んで生きるところには命がある。死から生き返った主イエスは最初に出会った人に、復活された者として一番語り掛けたいことを語りかけたのだと思う。それが「喜びなさい」であった。つまり、心を込めて本当に「生きなさい」と呼びかけられた。私たちはイースターの今朝、このことを心に留め、考えてみたい。
 死人からの復活と聞いてほとんどの人は信じられないと言う。医学者とか科学者でない人でも、そんな事は信じられない、あるはずがないと言う。また、聖書を読んでみても、最初はあまりにも話がうますぎる、おとぎ話みたいだという人もいるであろう。しかし、そのような人たちが、他方で復活ということが本当に信じられたらこんな素晴らしいことはないと思っているのも確かである。他のことは信じられなくても、この一つの事が信じられたらどんなにか幸せだろうと思っている。もし死んだ人が生き返るという話があるのなら、自分は何を捨ててでもそれを得たいと思うに違いないのである。
 しかし、実際は復活について、うますぎる話は信じがたいと思っている人が多い。どうしてこんな風に考えるのだろうか。それは死というものに対する考え方が私たちの中に固まってあるからである。死は終わりである。死んだらおしまいと、私たちは堅く信じている。死は私たちの行く手に大きくそびえる鉄の門である。死の門を一度くぐれば押してもひっぱても、もう戻ってくる事はできないと、多くの人が信じている。死んでいく人を見たり、自分の肉体が年とともに衰えていく様を考えると、死んだらお終いだなと誰もが自然に考える。
2、私たちは何歳ころからそんな風に思ってきたのだろうか。作家の三浦綾子さんがあるエッセイの中に書いている話がある。おじいちゃんが死んで火葬場からの帰りのバスの中で、三浦綾子さんの姪の5才になる娘が泣きじゃくって「おじいちゃんはどこに行ったの」と聞きつづけた。お母さんの姪は困ってしまって「おじいちゃんは死んだんでしょ」と繰り返すだけであった。三浦さんは5才の娘が泣きつづけるのを見て、ああこんな5歳ばかりの幼子も「人間はどこから来てどこに行くのか」という根本的な問いを持っているのだと考える。そして、姪のようにただ当惑して「死んだのよ」と言うだけでは、この幼子は満足できない。むしろ死というものに恐れや不安を持つだけではないかと考える。死についてももっと根本的なこと、人間の根源、いのちの造り主である神に思いを向けるように幼子を育てることが大切だと、三浦綾子さんは書いていた。
 今朝読んだところに墓の入り口を塞いでいた大きな石のことが出ている。他の福音書の同じ個所を読むと、墓に急ぎながら女達は「誰が石を取り除けてくれるだろう」と心配して話し合ったと書いてある。この墓を塞いでいる石は、主イエスの死のどうしようもない事実を女たちに考えさせる証拠のようなものであった。石のことを思って見ると、ますます彼らの心も死の事実に重く塞がれていった。同じように死は私たち誰にとっても大きな重石のようなものである。その事実の前には無力を感じるだけである。
 ところが、それほど重く心を塞ぐ死でありながら、私たちは日頃は案外平気な顔をして生きている。自分も死ぬのだということは誰に言われなくても分かっている。それでいて、自分はちっとも死なないような顔をして生きている。パスカルという人は、それは死を思い出したり考えるのも嫌だから人間は顔をそむけ気晴らしをするのだと言っている。確かに日頃は自分には関係ないという顔をしている人でも、自分自身に死が迫ってくると必死で追い払おうとする。他人事ではなくなり、もうお終いだとがっくりする人もいる。いや多くの人がそうなる。こうして死は私たちの前に大きく立ちふさがる鉄の門であって、人はその突破口を何とかして見付けたいと心の深いところで思っている。しかし、突破口が見つからないと、刹那的に生きたり、希望を失って自分のしたい放題をする事しか考えなくなる。また、周囲に当り散らすということになる人が多い。
 そこで、死から生き返られた主イエスが先ず「喜びなさい」と言われたことが私たちの心に響いてくる。これはユダヤの人ならば毎日何度もする当たり前の挨拶の言葉である。しかし、この「喜びなさい」という言葉を、死を通って生き返られた方が一番最初の呼びかける言葉とされたと聞くと、私たちにとってこれほど嬉しく喜ばしいことはないのではないか。
 最近この世界から聞こえてくるのは、数日前にあったイラクの日本人3人の人質事件犯人からの「三日後には殺す」というような自己の主張のためにはなりふり構わぬ無常な声明であったり、生んだ我が子を虐待し殺す親のニュースである。喜びとははるかに離れた世界の状態が不安を駆り立てる。ところが、この世界に暮らす私たちに、復活の根拠に立って「喜びなさい」「本当に生きていきなさい」と主キリストは呼びかけておられる。私たちは人間の死というものの厳粛さ、恐ろしさから目を背けてはならないことも大切な事である。その上で、死んで三日目に墓から出てきて「喜びなさい」と仰せになった主のお言葉に耳を傾け、人生は決して虚ろなものではないと知る幸せを大切にしたい。
3、さて、主イエスの墓に急いだ二人の女達のうち、マグダラのマリアという人について次に考えてみると、この人は以前七つの悪霊にとりつかれていたのが主によって救われたのである。七つの悪霊というのは沢山の悪霊のことである。彼女はこの世的には問題多い生活をしていた。このためにマリアは罪人と見られ、誰からも相手にされなかった。そのマリアを主イエスは救い出された。その後マリアはずっと主イエスに従ってきた。弟子達が十字架の主を見捨ててしまった時にも、マリアは離れなかった。十字架の近くに立っていた。そして主の埋葬にも立ち会った数少ない人の一人であった。
 こういう風にマリアは主から救われた事、罪赦されたことを誰よりも重く受け止め、深い感謝の心を持っていた。その人に復活の主は先ず「喜びなさい」と呼びかけられた。つまり自分を罪人であると分かっている人に主イエスは墓から出てお会いになったのである。これは主イエスの復活が十字架の死からの復活であることを私たちに強く思い出させている。二人の婦人に天使は「恐れることはない。十字架に付けられたイエスを捜しているのだろうが、あの方はここにはおられない。かねて言われていた通り、復活なさったのだ」と告げている。やはり、天使もあなたたちが探している主イエスは、十字架の死から復活されたのだと強く述べている。
 私たちも自分の罪を知る時に、主の復活を自分のことと出来るのである。自分は罪のために裁かれねばならない者だ。いや、自分こそ十字架につかなければならない者だ。その罪があるから死が恐ろしい。このことに苦しむ時、キリストの復活は他人事ではなくなる。主はこんな私のために十字架についてくださり、私のために復活し「喜びなさい」と呼びかけておられるのだと分かる。
 したがって、キリストの復活によって与えられる喜びは、すでにこの地上においてその幾分かを味わい知り、地上で与えられている信仰生活によって信じることができる喜びである。そのような性格のものである。地上の生活が神の前に真実でないことを悲しみ、そのために自分の罪と自分の信仰の関係を知って、ただキリストの救いにあずかろうとする者のためにキリストは復活されたのである。
 「私は蘇りであり、命である。私を信じる者はたとい死んでも生きる」と主イエスは言われた。それはキリストの復活が死後の事だけではない。今この時のことである。自分の罪を認めてキリストを信じることが復活にかならず結びつく。パウロは「もし、イエスを死人の中から甦らせた方の聖霊があなた方の内に宿っているなら、キリスト・イエスを死人の中から甦らせた方は、あなた方の内に宿っている聖霊によって、あなた方の死ぬべき身体をも生かしてくださるであろう」(ロマ8章)と述べている。キリストを甦らせた方、つまり神の聖霊があなた方の内に宿っているならば、それならばその聖霊があなた方の死ぬべき身体をも生かす。聖霊がどのように私たちのうちに宿るかと言えば、それは聖書全体が語っているように、キリストの十字架によってだけ私たちの罪が赦され、私たちが救われるという道において、聖霊は私たちのうちに宿るのである。
 このように、私たちが今いろんな混乱のある社会で生きており、そのため自分の生活も安定しないけれども、その中で救われた生活をできること自体がもう甦りの命を生きていることになる。いつ来るか分からないことに望みをおいて疲れ果てるのではなく、救われた生活をさらに一歩深める事が復活の主から「喜びなさい」と確実に呼びかけられることにほかならない。
 今朝の礼拝では、中浜弘貴さんの幼児洗礼が行われた。まだ小さな幼子の魂深くに「どこから来てどこに行くのか」という問いへの確かな道しるべがきざまれたことを、ご両親、ご家族と共に喜び合いたい。この洗礼によって、ここに集うすべての人に復活の主が与える喜びと命を目に見えるように分かち与えられたのである。こんな幸せはないのである。
 最後にイザヤ書40章28節以下をもう一度読んで復活の主キリストが与えてくださっているいのちの力を覚えたい。
   「あなたは知らないのか、聞いたことはないのか。
   主は、とこしえにいます神
   地の果てに及ぶすべてのものの造り主。
   倦むことなく、疲れることなく
   その英知は究めがたい。
   疲れた者に力を与え
   勢いを失っている者に大きな力を与えられる。
   若者も倦み、疲れ、勇士もつまずき倒れようが
   主に望みをおく人は新たな力を得
   鷲のように翼を張って上る。
   走っても弱ることなく、歩いても疲れない。」



                          
  
       「キリストの死と私たちの救い」   

                              イザヤ書 53章1―9節
                             ローマの信徒への手紙 5章1−11節

                           (2004年3月14日 主日礼拝説教) 

 1、イザヤ書53章は「主の苦難の僕の歌」と呼ばれている。旧約聖書の中でも特別に真剣な言葉として教会の中で今日まで読まれ、聞かれてきた。とりわけ今私たちが歩んでいるレント・受難節のように主イエス・キリストの十字架の死について思いを巡らすときには、どうしても読まねばならない箇所である。人間はどうして苦難に遭わねばならないのか、苦難にも意味があるのか、聖書は問い続けている。ヨブ記或いはエレミヤ書は、正しい人義人が何故苦しむのかを深く追求したことで知られている。このテーマを追求した旧約聖書の最も高い頂であるイザヤ書53章は、他の人の救いのために苦しむこと、犠牲としての苦難という新しい苦難の意義を告げ知らせた。

   53.4  彼が担ったのはわたしたちの病
         彼が負ったのはわたしたちの痛みであったのに
         わたしたちは思っていた
        神の手にかかり、打たれたから
        彼は苦しんでいるのだ、と。
      5  彼が刺し貫かれたのは
        わたしたちの背きのためであり
        彼が打ち砕かれたのは
        わたしたちの咎のためであった。
        彼の受けた懲らしめによって
           わたしたちに平和が与えられ
        彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた。


  主イエス・キリストの十字架の死は義人の死である。それどころか神の子の死である。清く正しく、罪を知らない神の子がどうして苦しみを受け、死ななければならなかったのか。教会はイザヤ書53章との対話からキリストの死の意味をそれぞれの時代の中で確かめつつ二千年の歴史を歩んできた。私が若い頃通っていた教会の牧師がよくイザヤ書53章を読み、語って聞かせてくれた話がある。この先生の家は大変熱心な仏教の信仰を持っていて、小さな頃からお経を習い寺にも連れて行かれた。先生は多感な10代の後半に母親を亡くし大きな苦しみを味わった。その頃、キリスト教に触れる機会があった。イエス・キリストは私たちの代わりになって十字架にかかり死んでくださったということが強く心にしみ込んできた。小さな頃から親しんできた仏教では、苦しみの原因を問う因果応報ということは聞かされていても、神が人を救うために苦しむとか、救い主が犠牲になって死ぬ、苦難に表される神の愛ということは聞いていなかった。そこから、この先生は信仰的に大きな飛躍を遂げたのである。
 私たちも与えられた聖書と対話しつつ「キリストの死と私たちの救い」について今日は導きを受けたい。
 、ロマ書5章の今読んだところについて、或る専門の学者はパウロにしては上出来な文章とは言えないと述べている。原文はギリシャ語である。力強いけれども秩序ある書き方をしていない。確かに非常に訳しにくい箇所だと思う。たとえば、「そればかりでなく」とか「なおさら」とか「それだけでなく」という言葉があるが、こういう言葉の使い方は非常にぎくしゃくした文章である。しかし、その学者はそうではあるけれどもここほどパウロの息吹が生き生きと聞こえてくる文章は少ないとも言う。そして、パウロがそのような書き方をした原因は5節の「神の愛」という言葉にあるのではないかと言っている。神の愛に向き合い、神の愛が確かな事実として心の隅々にまで満たされていったとき、パウロはうれしさのあまりその事実を表す適切な言葉をうまく使えなかった。
 キリストの死について語るとは、神の愛を語ることである。十字架のキリストがこの私のために死んでくださったということに尽きる。つまり2節「このキリストのお陰で、今の恵みに信仰によって導き入れられた」ということである。パウロはキリストの死をただ形式を整えて説明することは出来なかった。キリストの死を思うと心の奥底から激しくほとばしるものがあった。それが特にロマ書5章の初めに現れている。
 では、キリストの死によって神の愛はどのように表されたのか。6節は、「私たちがまだ弱かった頃」と述べている。私たちが罪と戦ってそれに打ち勝つ力が弱かったとき、不信心で神の愛を受ける資格も条件も何もなかった時、キリストは私たちのために死んで下さったのである。それは「定められた時に」とあるように、キリストの死は神が定められた時のことである。つまり神の意志、神のお心によってキリストは死なれた。イエス・キリストは神のひとり子であって、神が愛し、神との間に他の何物も介在できないほどの聖く永遠の交わりを持ち給う、本質は神と等しい方である。そのキリストが何の価値もないどころか、神に逆らってばかりいる私たち罪人のために進んで十字架の犠牲となられた。これこそ8節が述べているように神が私たちに対して示された愛にほかならない。
 、ところで、パウロはキリストの死が与える救いのあまりにも思いがけないことを言い表すために、面白い事を7節で述べている。正しい人というのは他の人とちょっと離れて、正しいけれども口うるさい人。こういう人は敬遠されるから、この人のために命を投げ出す人はいない。ところが善人のためには命を投げ出す者もいる。善人は自分を無にして他人のために尽くす人。あの人には頭が上がらないとか、あの人から云われたら断れない。そういう人のためには命を尽くして応援することもある。パウロという人は人間の世界ををよく見ているのである。
 しかし、これらは人間と人間の関係の中で起こることで、パウロが真剣に考えているのは神との関係である。人間関係ではああしたりこうしたりと出来るが、神との関係で弁解の余地なく過ちを犯している自分はどうなるのか。救われる道が見つからない。ところが、実に思いがけなくキリストはこのようなつまらない、正しくも善人でもない自分のために代わりに死んで下さり、神はその愛をお示しになられた。パウロはこのことがどんなに大きなことかと思ったのである。
  キリストの死が罪の赦しをもたらした神の愛であるというのは、神が私たちの罪をあいまいにしてしまわれたのではない。そうではなく、神の子が十字架で受けた罰は、私たち人類すべての者を罪なしと神が宣告するのに見合ったのである。それほどに私たちの罪は重く深いのである。キリストは私たちが受けるべき神の罰と怒りを十字架においてただひとりで全部引き受け、それによって私たちはもう神の罰を受けずにすみ、神はもう私たちに怒りをぶつけることをなさらないのである。神の子キリストの死はそれほどのことである。
 十字架で流されたキリストの血はキリストの命そのものである。キリストは私たちのためにご自分の命を注ぎだし投げ出してくださった。それによって私たちはキリストの命を自分の命とすることが出来るようになった。今や、生きているのは自分ではなくキリストであるということが、キリストの方から起こされたのである。このキリストの十字架の死が与えた罪の赦しこそ私たちの根本的救いである。そこに神の愛は本当に現実となった。それはまさに敵であった者を味方と呼んでいただいたのである。言い換えれば、ここでパウロが何度も語っている「和解」が神からもたらされたのである。
 和解という字は、元々お金の交換に使われていた。そこから変化するという意味、それも徹底した180度の変化、転換を意味するようになった。神が私たちに対する見方を変えたのである。神は私たちを罪に対して弱い者、不信心な者、神の敵と見ておられた。それが今ではそうは見なくなった。何故なら、神はキリストそれも十字架で死なれたキリストをご覧になっているから。11節に書いてあるように、キリストを通して私たちを見て下さるようになったのである。「今やこのキリストを通して和解させていただいたからです」。

 、キリストの十字架の救いが私たちの生活に植えつけたものがある。それは、1節「私たちの主イエス・キリストによって神との間に平和を得ている」と書いてあるように平和である。
この平和は神との間の平和である。
 信仰によって平和が与えられることは誰もが予想し期待することである。その願う平和はいわゆる心の平和である。心が和やかになり波風が立たない心になる。澄み切った心になる。そういうことを宗教に求める人は多い。しかし、それでは信仰は心のための手段のようなものであって、もし心が平和になるのだったら他のものでも良いと言うことになるのではないか。たとえば忙しい仕事を離れるとか、温泉でのんびりすることとそれほど変わらないことになってしまう。
  しかし、信仰による平和というのは神との間の平和である。信仰を持つとは、神と自分との関係をどうなっているかを知ることである。私たちが神に背いているとか、罪人であるというのは、神と自分との関係がどうなっているかを問題にしているのである。また、神によって義とされるとか、救われることも、同じように神との関係がどうなっているかを言い表している。だから、大切なのは神との間がどうなのかということである。心が平和であるというのも、実は神との間が平和であることが根本である。神に対して何も心配することはない、神が私に対して敵意を持っておられない、神の私に対するお気持ちは愛に満ちていて私は何も恐れることはない、ということである。神との間に不満や不足はないということである。これが信仰の平和であり、すべての平和の土台である。このことをパウロは「神によって義とされた」とも述べている。
  神によって義とされたという言葉を、ある聖書では「神にすっかり任せきっている」と訳している。神が神に敵対している罪人であるこの私を赦し救って下さったのであるから、神に一切をゆだね安心していると言うことである。私たちは神に背いていることを平気でいることは出来ない。そのことを知れば神に対して申し訳ないとしか言いようがない。けれどもその神が私を赦して下さり、もう罪を思わず正しいものとして扱って下さる。それを信じ切るのが信仰である。そこから出てくるのが信仰による平和である。
 だから、信仰による平和とは穏やかな心、澄みきった心というのではなく、何があっても神にまかせて神を信じ安心していることが出来ることである。信仰があっても心に動揺があるし、悲しみや苦しみに痛めつけられることもある。それでも神が愛して下さることは間違いないのだから、神にお任せする。これが救われて神との間に平和を得ている人である。