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雲の日記、引越します。
2005年 1月 27日木曜日
私の人生の決算という思いでこのサイトを開いて1年。
特にこの日記のコーナーは、「読んでるよ」と声を掛けられることが多く、本当にありがたいなぁーと思っています。
1年続けてきて、私の中にも環境にも多くの変化があり、このサイトを維持する自分と「今」の私とにギャップができてきました。
ただいま全面リニューアルをめざして新サイトを制作中ですが、とりあえずこの日記の部分だけをブログとして独立させました。
よろしかったらまたのぞきにきてやってください(^^)
今度はコメントもいただけるようになっていますので、ご意見ご感想、不平不満、ツッコミノリツッコミなどなどいただきながら交流できるといいなぁと思っています。
お待ちしております(^^)
http://blog.goo.ne.jp/ukkikky/
やっとひといき。。。
2004年12月 7日火曜日
まーにんの事件は、状況がわかればわかるほど大変なことでした。病院へ連れて行ったりとばたばたしたあと(風邪でした)、まーにんも落ち着いて一応駅で聞いてみました。
電車を汚したことについては、「仕事ですので気になさらないでください」と駅員さんの優しい微笑みにほっ。「知らない乗客の方にかかったらしいので、もし苦情など届いていて連絡先がわかればお詫びしたいので教えてほしい」と申し出ると、まーにんたちが降りた駅に問い合わせてくれました。すると若いお嬢さんの連絡先を聞いているとのことで、詳しく聞くためにさっそくそっちの駅へ。
状況がわかるほど血の気がひく思い。。。聞けば、座っていた20代のお嬢さんの頭からかかって髪の毛からコートからブーツからバッグまで汚してしまったそうです。気を失いたくなるほど申し訳なさです。個人情報なのですぐには教えられないので、駅から相手のお嬢さんにこちらが謝りたい旨を伝えて了解をいただいてから連絡するとのこと。駅員さんの「かわいそうでした」のひとことがこたえました。でも本当にかわいそうなんてもんじゃなくて、本当に申し訳ございませんm(__)mm(__)m
晩になって連絡先を教えていただけたので、さっそく電話して平謝り。コートはファーつきだったそうでクリーニングに出したけど、ブーツとバッグは捨てたとのこと。そうでしょう、そうでしょう。他人のそんなもんかかったのなんて洗えませんよ。ほんとにごめんなさい。聞けば隣の駅を利用しているそうですが、家は近いので直接お詫びに。菓子折りとクリーニング代プラス謝罪の気持ちを持って、はじめてコメツキバッタのように謝りました。気持ちが通じて許していただけました。ありがとうございます。
さらに、和歌山市駅にもクレームが入ったとのことで、そちらにも連絡してみると、サラリーマンの方。座って寝ていたところ上から降ってきたので、何が起こったかわからなかったとのこと。ほんっとうに申し訳ございませんm(__)mm(__)mm(__)m。しかも和歌山までその状態なんて、本当に申し訳なさすぎです。スーツのクリーニング代だけ出してくれたらいいですよと言ってくださいましたが、こちらも駅員さんに聞けばワイシャツからネクタイから相当汚れていたとのこと。ご本人に直接会って謝るには、また相手さんに負担をかけるので、お詫びを駅に預けて渡してもらうことに。和歌山市駅で駅員さんが「確かに渡してお気持ち伝えておきます。なかなかここまで自分から言って出てくる方いませんよ」と言ってくださったのがちょっと嬉しかったです。
どうやらまだもうひとり、お嬢さんの隣に座っていた男性の方がいらっしゃるようですが、わからないままです。どうぞ、怒りをお鎮めになってくださいますように。今度お会いしたときに、まーにんが能天気なムカツク中学生だったらどうしようと、いろんな想像がかけめぐるのは母心でしょうか。
大人のつもりのまーにんも、まだまだ自分でどうしようもできないことがあるってことや、そんなとき親はいくらでも頭を下げる覚悟をしてるってことがわかったようです。
私も、成長した息子との関係において、もう一度腹をくくりなおすきっかけになったように思います。
勉強になりました。
息子たちがお騒がせしていますm(__)m
2004年12月 4日土曜日
息子二人を育ててきて、今週ほど「詰まった」ことは記憶にないように思います。それは突然始まりました。。。
ひろきちの担任の先生からの電話。「ひろきちくんが授業中にいなくなってしまいました!」。。。はへ?咄嗟に意味がわかりません。。。なにがどうしてどうなって?マジで?ひろきちが?ヤツはそういうタイプだったっけ?と頭がパニックになりながらも、ああいうときってなんか不思議ですよねー。頭の半分では、パニクってる先生より冷静なんですよね。どうやら、先生が自分を信用してくれなかったことに腹をたてた?らしく、先生の「もう帰ってくるな」の言葉に「わかった」と答えて、本当に帰らなかったらしいのです。結局、体育館でふてくされてた?ところを発見されました。奈良の事件やら物騒な連れ去り未遂もおこってるので先生はパニック、他の先生も出て大捜索だったことを知って本人も反省したらしいのですが、結局先生の言い分とひろきちに言い分に食い違いがあるので、真相はわかりません。いや、その行き違いこそが真相なのでしょうね。とりあえず、本人も先生も後腐れなく、日常に戻ったので一件落着でした。しかし、発見された電話に対して、私の「直接話を聞かせていただきたいので、学校に伺います」は、ちょっと先生をびびらせてしまったかも。。。あとから考えると、乗り込むこともなかったのかなぁと思ったり。
次の騒動の主役はまーにん。これも一本の電話から。
「おかーさん、まーにやけど。今T君の家に寄らせてもらってるねん。電車の中で吐いてY君の制服やらみんなにいっぱいかかっちゃって迷惑かけてん」
えぇーっ。状況詳しくわからないけど、そこだけ聞いただけでも恐ろしく大変!さっそく一駅前のT君のところに行くと、とりあえず汚れた制服を脱がせてもらっているY君とまーにん。聞けば、見知らぬ一般のお兄さんのジーンズにも、なんばパークスあたりで買い物した帰りふうの(Y君談)お姉さんの紙袋にも、その放出物はかかったらしい。。。「すみません」とT君とY君が一緒に謝ってくれて、トイレに一緒に来てくれて、見知らぬ人がお水を買ってくださったのでお礼も言ってくれたそうです。
みなさん、本当にご迷惑をおかけしました。結局、風邪らしくて今日は点滴を打ってもらいました。
見知らぬお兄さんにどうお詫びしたらよいものか。。。明日はとりあえず南海電鉄に電話してみます。
はぁ。さすがに、そう簡単に子離れさせてもらえませんなー。線香花火の最後のパシャパシャみたいなもんでしょうか。久し振りに「母」モード入れっぱなしの一週間でした。
おのぼりさん
2004年11月28日日曜日
短大のゼミの同窓会へ。私の人生を変えた出会いだったので、数年前から大阪-東京もなんのそので出席してます。いつも会場は品川なので、今年は品川発着の新幹線を利用。便利ー、助かるー(^^)と、鼻歌まじりで品川に着いて改札を出た私の目の前に広がるのは、見たことのない大きなターミナル。うぬ?どっちがどっち?だいたい私には、もともと体内方位磁石が組み込まれていないので、極端な方向音痴なのよ。結局、駅員さんに「あのー、品川プリンスにはどう行けば?」(*^^*)
ああー、私すごい田舎から出てきた人に思われてるんだろうなー。「品川プリンスは、右手まっすぐ階段を降りたら目の前ですよ(^^)」あぁー、そんなに親切にしないで。たぶん外に出ればわかるのよ、たぶん。これでも昔は関東人(当時も方向音痴だったけど(^^;)。
久々に会った友達は、不思議ですねー。何十年ブランクがあっても、すぐ昔に戻っちゃうのねー。でも、みんなそれぞれ頑張ってるんだなぁって思って元気をもらって、パワー充電、気持ちよく帰ってきました。
そして家に帰った私を待っていたものは、「○○ラップ」のCMを真似た、捨てられないゴミ箱、盛り付けられない皿、お茶を入れられないグラス、etc・・・。
ちなみに我が家の息子たちは、中3と小6です。 まさか、そんないたずらで喜ぼうとは。。。(T_T)
なんか、急に東京日帰りの旅の疲れが出たわ。。。
あるじゃん!
2004年11月27日土曜日
ありました。まーにんの通学用セーター。どこにあったと思います?普通に、まーにんの普段使いの、引き出しの中です。
は?なんで?なんか私はまったく悪くもだらしなくもない気がしてきましたよ。あちこち探す前にヤツらの普段使ってるとこから探せばよかった。まさか、そんなにみつけられないなんて思いもよらないからさー。そことばして探してましたよ。
今度から、アイツらの目にはいるとこから探そうっと(~_~;) 
「どこにもない」にだまされるなぁっ。。。と、言いつつすごーくほっとしてる自分(^^;
探し物
2004年11月26日金曜日
実は、自他共に認める「片付け下手」でだらしない私。おつきあいのまだ浅い方には「えー!意外ー!」なんてよく言われるのですが、これがもうまるで才能がないのです(+_+)
季節の変わり目にいちばん困るのが、あるはずのものがないこと(T_T)
いつも何か探しています。先日は夫の薄手のジャケットがないと言われ、(ないと言われても〜)と思いながらあちこち探していたところ、一週間ほどして発見。夫が毎日のように見ているワイシャツのかかっているクローゼットの端っこにありました。
でもね、これって私が悪いんでしょうか(^^; 毎日見てるのに? しかも私以外の人は必ず「どこにもない」って訴えてくるんです。「どこにも」って、じゃ、どこよ。それ以上どこ探せっていうの。
基本的に自分以外の人の手持ちアイテム、そんなに覚えてないんですよね。というか、覚えられない(^^;;;; 夫のスーツなんかに至っては、「ちょっとグレー」とか「うっすらストライプの織がはいってるグレー」とか、「冬用のグレー」とか「あいもののグレー」とか、あーもうお手上げです(@_@;)
世の奥様がたはダーリンのスーツ、きちんと把握できてるんでしょうか。尊敬ー。
そんなわけでいつも何か探している我が家です。現在のターゲットは、まーにんの通学用セーター。早く探し当てないと、寒くなるのよねー。でも、見当たらないのよねー(^^; 「どこにも」ないわけはないのよねー。どこかなぁ。。。
高い。。。(~_~;)
2004年11月22日月曜日
一週間ぶりに耳鼻科に行きました。自覚症状としてはそう変わらないけど、若干耳の中のくちゅくちゅ感が減ったかなぁ。東京に行ってる間も鼻水が出ないように気をつけてあたたかくしてました。鼓膜の色も大分よくなっているようで、今日は通気もOK、通りました。ほっとします。
先生「おうちでも通気できる器具お渡ししてました?」
へぇ、そんなんあるんやー。昔まーにんが中耳炎と副鼻腔炎に「とりつかれていた」頃、鼻を洗うチューブみたいなのはもらったことあったけど、あれじゃないよなぁ。空気通すやつだもんね。
でも、家で通気できたらいいよねぇ。別料金?オッケーオッケー。期待する私のところにやってきた看護士さんの手にあるものを見て、私は目が点になりましたよ。あぁなったとも、なったとも(あまんきみこ風)
ネブライザーの先につけるようなプラスティックの、鼻に入れる部分(説明が難しい(^^;)にくっつけてある普通の風船。しかもおさえは輪ゴム(+_+)
「片方にこれを入れて、もう片方の鼻を押さえて、ふんって風船をふくらませてくださいね」という説明を聞きながら、はぁなるほど。器具っていうからどんなんかと思ったけど、いかにもハンドメイドというか、あるものを活用して治療に使ってるのか、さすが好意的だなぁ。
赤い風船を鼻でふんっと膨らませてる自分の姿は想像したくないけど、まぁいいか。
「お会計1300円になります。風船代500円いただいてます」会計で私はまたまたびっくり。ご・ひゃく・えん〜?!
家に帰って話を聞いたひろきちも、その「器具」を見たとたん「高っ!」だよねぇ。輪ゴムと風船と鼻にいれる先っちょだけだよー。輪ゴムって一本いくらだ?風船って一個いくらだ?多く見積もっても、25円としてあのプラスティックの先っちょが475円でしょー?激しく高すぎる。。。
「からだは心を守ってくれてるよね」
2004年11月21日日曜日
エンカウンターグループしかり、セミナーしかり、素晴らしい出会いと深い気付きを共有する仲間に出会ったときは、別れるのがつらい。日常という現実に戻るのが惜しい。少しずつ気持ちを静めながら「シャバ」に戻る準備をする。私はよく、同じカウンセリングを学ぶ仲間に報告のメールを送る。いつも会っている人とのやりとりから少しずつ現実世界に戻って行く感じがする。
そんなやりとりをしながら、家にたどりついて目にしたのは、想像通りの現実。義母が洗濯などはしてくれているので汚いまま残っているわけではないので、いつも感謝感謝だが、とりこんだ洗濯物の山をくずして着替えを引っ張り出したと思われる裾野の広さ。。。人が通るところにけもの道ができてるような散らかった我が家。。。あぁ。これぞ現実。
と、思った途端鼻血がつつつー(^^; これって、からだが拒否してるのかしら?
友人からのメールに思わずそう書いたとき返ってきたのが、「大丈夫?シャバのテンションにあうようにからだが調整してくれてるのかな。からだは心を守ってくれてるよね。ゆっくり寝よう」
あー、そうだな、今日は確かにからだも心も疲れてるし、この山は無理せず明日片付けよう。看護士である彼女が発するこの言葉のあたたかさといったら。今日はこの言葉をしみじみ味わいながらこころおだやかに眠りにつきましょう。
驚異のおいしいとこどり
2004年11月20日土曜日
朝からのセミナーで、いい出会いがあり学びがあり気付きがあり、初日にして満足度&達成度98%。帰り道渋谷から実家に帰るコール(これって死語?(^^;)すると、2歳半の姪が電話口でハイテンション。「おばちゃま!◎#○△◇※〜&%$!(よくわからんかった(^^;)待ってるよ!」という可愛いセリフを聞いて私のテンションもつられてハイに。
急ぐ私を呼び止めたひとりの青年。サラリーマンふう。こざっぱりしてきれいなお肌(最近きれいなお肌の若い男の子多いねぇ)。身長165センチくらいが「あの、ちょっといいですか・・・」
私「はいっ、なんでしょう?(道聞かないでよー。今渋谷聞かれてもわかんないわよ)」
青年「いま、すっごくいいお顔の相をしてらっしゃいますね」
なんじゃそりゃ(^^;なんとかセールスかはたまた宗教か。。。そう思うとなんだかこの青年、ちょっと生気がないわよ。。。なんて心で思っていたのに、ハイな私がそのときすでに答えていた。
「ありがとうっ!今ね、すっごく充実して楽しいのよっ!そう言ってもらってうれしいわ!じゃ!」
結局私は彼のプラスのストロークだけをいただいて、気持ちよく姪の待つ実家に急いだのでした。
義妹たちがつくってくれたおいしいケーキを食べながら、ふとそのことを思い出したらあまりにも自分が良いとこどりでおかしくなってしまいました(^^)
息子たちに感謝
2004年11月19日金曜日
東京での土日のセミナーを受講するにあたり、実家に泊まらせてもらうことに。「金曜の晩から出るよ」と言ってあったのに、自分は木曜から出張を入れてしまう夫。。。
義父や義母が別棟にいるとはいえ、子供たちだけの夜を思って一瞬ひるむ母心を「大丈夫やで」とフォローしてくれるのは、成長した息子たち。ありがたいことです。やはり私が誰よりも理解を得たいのは息子たちであるし、思春期ながら荒れることも激しく反抗することもなく、むしろ保護的な態度で「忘れ物はないか」とか「ミノリにおみやげは持ったか」とか聞いてくれます。出産、育児を「キャリアの中断」だと思っていた私が、さてそろそろと思ったときそれが「キャリアの断絶」だったことに気付き愕然としました。ましてこの土地に私がつなげあわそうとするキャリアのひと端もないのです。
そんな私にもういちどトライするチャンスをくれ、支えてくれているのは息子たちです。そう思えたとき、私の仕事のキャリアは断絶したけど、母として生きた時間は私のライフキャリアとして確実につながっていると自信が持てます。その自信が、新しい私のキャリアをつくっていく勇気が生まれます。感謝、感謝です。
心に残った言葉
2004年11月18日木曜日
「不登校を考える会」のパネルディスカッションに参加させていただきました。お子さんの不登校から学びを得て立ち直られたお母さんのお話、今まさにその渦中にあるお母さんのお話、共にいて支えたり一緒に泣いたりした先生のお話、どのお話も学ぶものがたくさんありました。
コメンテーターの山本昌輝先生の言葉が印象的でした。
「子供は近くに理解者がいれば、耐えることができる。子供の発達段階において、子供が壁にぶちあたったとき、親はどうすれば子供がこうなるだろうかとか、どう言えば思うようになるだろうと悩むよりも、親であっても何もできない無力感で悩むほうが、子供の気持ちの近くにいることができるのです。そうして自分で解決する力を育てていくのです」
まーにんが他校区のサッカーチームに入っていたときのことを思い出しました。いじめられてもからかわれても休まずに練習に行き続けたまーにん。サッカーで見返せるならともかく、試合でもベンチをあたためるばかり。なにひとついじめっ子たちに勝つ要素がなかったまーにんに、最後の最後いじめっ子やそれも黙認していたお母さんたちに「かなわない」と言わしめたのは、それでも彼が「5年間行き続けた」ということでした。
私はというと、淡々と練習に行く支度をするまーにんに「行くのをやめなさい」と言う勇気がありませんでした。必死で戦っているまーにんのリングにタオルを投げ込むような感じであり、それは彼の本意であるかどうか私にはわからなかったし、私にはそのとき何かをするという強い意志が持てなかったからです。、ただ今日も無事で帰ってきてくれますようにと祈ることしかできませんでした。
山本先生がおっしゃったことを私に学ばせてくれたのはまーにんでした。そして今、この経験が確実にまーにんの持ち味である粘り強さ、打たれ強さになって活かされていると思える場面が多くあります。「この子は大丈夫」と私が思えるのは、私が教えたことによるのではなく、まーにんに教わったことによるものです。
親の懐から外を見始めて、子供の世界が広がっていくとき、やがて羽ばたく準備をしているとき、そして羽ばたける年頃になったとき、親は無力です。もう何もできることはありません。
もうひとつ、不登校を親子で乗り越えたお母さんの言葉です。
「最初は不登校は子供の問題だと思っていた。でも子供は私で、私は子供だった」それまでの親子関係を顧みてどこが悪かったとかいうのではなく、親にとっても子供にとっても乗り越えるべき試練だったということだと思います。またあるお母さんは「子供が不登校になってくれたおかげで」とおっしゃいました。そんなふうに考えられるようになったことが、もつれた関係をほどいてくれたのかなぁとも思いました。
気合だぁー。
2004年11月16日火曜日
ついにホットカーペットのスイッチを入れました。ぬくいわ〜。いよいよ冬だわ。この季節が終わる頃には、ひろきちの受験も終わり、春には中学生と高校生が誕生するのね〜。そう思うとなんだかこの冬の始まりはすごく気分が引き締まる感じがします。
ちょっと胃の辺りが重い感じもします(^^;
中耳炎にも飽きてきました(^^; 相当しぶとい(><)
19日の東京行きを飛行機にしたんだけど、耳痛くなりそうだなぁと不安でもあり(^^;
えぇい!こんなときこそ盛り上げていきましょー!おいしいもん食べて、ガハガハ笑って、ぐっすり寝ましょー。そして雲でもゆっくりながめましょー。
いっきにハイ
2004年11月15日月曜日
夕方帰宅すると私のアドレスにまーにん宛の、Vickiからのメールが届いていました。まーにんの嬉しそうなほっとしたような、緩んだ表情を見て私も安堵しました。
まーにんは、これまたわかりやすくテンションハイ(^^; 「おかーさん、何か手伝おうかー」「あー、ぼくめっちゃテンション高ーなってきたわー」と言って、またアメリカ行きの飛行機の格安の値段を調べています。はぁ、私もほっとしました。
だけどこれからはこんなふうに、目の前で息子が苦しんでいても、口や手を出さずにただじっと本人が乗り越えていくのを見守ることしかできないことが多くなるような予感がしました。
そうしないと彼らはいつまでも親の懐から飛び出せないし、打たれて傷ついたぶん耐性がついて強く大きくなると思うからです。親にとってもつらい修行ですね。手や口を出す方がよっぽど楽ですもん。
でも。だてにおばちゃんになったわけじゃなし、性根いれて腹すえて見てみぬ振りしてやろうじゃないの。がんばれまーにん。がんばれひろきち。母はいつも応援してるよ。
せつない
2004年11月14日日曜日
まーにんがアメリカに行くまで、行ってる間、密に交わしていたVickiとのメール。まーにんがステイ先を出たときにメールをいただいたときの返信、帰国してからのあらためてのお礼のメール、私から2度送っているが返事はこない。まーにんも帰国してからすぐにメールを送ったが返事はこない。「違う価値観を持つ違う国の人」という間隔がそれまでなかっただけに、「なんで?」と思ってしまう。
特にまーにんが気にしているのがありありとわかる。なにしろ旅行の後半、友達と合流してからも寂しさが募るほどの気持ちの添りようだったのだ。Vickiのメールの中に「彼(まーにん)は、アメリカに家族を持った」と言ってくれた言葉があった。まーにんも「あの家の誰とかじゃなくて、あの家庭がよかった」と言っていた。だからこそ、珍しくやる気満々で自発的に行動し、貯金箱を買い、すでに一万円近いへそくりを投入したらしい。
そんな姿を見ているので、毎日メールチェックをして落胆している(そんなふうにわかりやすくはしてないけどまーにんを見ているとこちらまでせつない気分になってくる。
まるで、息子の失恋を見たような。Vickiに、まーにんにメールを書いてやってくれっていうのもおかしいし、まーにんを励ましたりなぐさめたりしてやりたいけど、母親に支えられて立ち上がるようではだめだと思う。私は同じようにせつない胸のうちをおさえながら「ほんまにこーへんなー」くらいのリアクションにおさえていた。
まーにんが出したエアメールが着いたときには、きっと何かの返事がくるだろうと祈りつつ、私もせつない日々が続いています。
同窓会(親バージョン)
2004年11月12日金曜日
まーにんの小学校時代の「親の」同窓会がありました。1年生から6年生までずっと1クラスだったということもあって、母親同士の結束は固く卒業以来きっちり年2回開催していて、今日が6回目の同窓会ですが、ほとんどの人が出席しています。
中学に入った頃は、地元の中学はとても荒れていたので、公立の中学に進んだ人たちの不安感はとても大きく、なんとか情報を得ようとみんな必死でした。そんなときは子どもが私学に進んだ私はなんともいえない孤独感を感じたものでした。
三世代同居の家も多く、この3年間の間にはそれぞれの家庭でいろいろな変化があり、それを心配しあったりいたわりあったりしてきました。
今日の大きな話題は、子どもに手がかからなくなって第二に人生をどう踏み出すか、という話でした。新しい仕事についた人、まだもう少し「時」が来るのを待っている人。でもこの仲間が素晴らしいと思うのは、みんな自分の今の状況に納得していることです。不平不満を抱えながらままならない自分の人生を嘆いている人はひとりもいないのです。
そんな仲間たちに負けないように、すでに新しい人生を歩き始めている私も、また明日から頑張っていこうと思いました。
とっても前向きなあきらめ
2004年11月11日 木曜日
やりたい、やりたいと思っていてもなかなか動けなかったことが、少しずつ動き始めているように思います。そういう星回りなのでしょうか。友人が占ってくれたタロットカードでは「教皇」と「戦車」が出て、「きちんとプロセスをふめばとんどん進め」という解説をいただきました。今話題の鏡リュウジさんの解説本とタロットカードがセットになっているあれ、いいなぁ、欲しいなぁ(*^^*)
ところが、やりたいことでやらなきゃいけないことが目の前にどわぁっとあると、必然的に家のことがしわ寄せをくう。だって一日は24時間しかないんだもん。今の私にとってひろきちの塾弁と駅までの送り迎えがいちばん神経を使う最重要業務なので、結局しわ寄せをくう具体的な用事は「掃除」とか「塾弁以外のごはん」とかになってきます。
以前はそれでも頑張ってやってたように思うのですが、40の大台も超えるとまるで無理はききません。先週の土曜日は昼ごはんを作りながら晩にひろきちが食べる塾弁を同時進行で作っていたら、結局昼ごはんに食べようと思っていたぎょうざを真っ黒こげにしてしまいました。
一事が万事そんな感じです。おっと危ない!危機一髪!なーんて回避できてたものが、全然回避できません。「あ、焦げた」「あ、切った」「あ、割れた」「あ、忘れてた」ばっかり。
もこれはもう、その現実を受け止めましょう。できないことはできません。
これはある意味中耳炎から学んだことでもあります。やたらと聞こえていた以前は「…(もにょもにょ)」と聞こえたら「なんて?」って飛んでいってたけど、聞こえないから行かないし、「話がある人はこっちへ来ーい」みたいな感じ。聞こえないものは聞こえません。ありのまま。すごく楽チン(^^)
できないことはできないと自分を認めるというのは、自分を知らないとできないことだし、自分を守るために必要なことなので、これはすごい進歩だ、大人になった、と自分では思っています。
熱い思い
2004年11月10日 水曜日
まーにん、アメリカ行きのための貯金を始めました。どちらかというと執着のないサッパリ系の性格のまーにんが、何か目標をたてて自ら行動するのを見るのは久し振りです。「貯金するから貯金箱を買いに行く」と言ったときには、それって貯金のなんたるかをわかってないんとちゃうん?なんでもいーやん。と思いましたが、食卓テーブルの真ん中に「カンパ大歓迎」と言わんばかりに置いてある30万円たまる貯金箱見ると、つい小銭を入れてしまいます。。。やるなぁ、アイツ結構知能犯?しかし、ネットで調べた割安チケットの最安値6万ナンボだけためればなんとかなるって思ったりしてないかなぁ。可愛い子には旅をさせよっていうけど、こんな世の中。バックパックでイラクに入ってしまった青年を思ったりすると、そういうリアルな緊張感とか危険予測とか、ゲームしながら育った子たちにちゃんと機能してるのかなと心配になります。
ま、どんな貧乏旅行するにしても、その貯金箱が重くなるまでにはだいぶかかるよって話してるそばから、昼の学食用に渡した500円のうちの200円、もう入れちゃった。。。って、おい!そんなら最初から300円しか渡さんでいいがな(><)かなり決心固いな。。。熱いじゃん。
時間は流れているのに。。。
2004年11月 9日 火曜日
まだ完治しない中耳炎。ものすごーくゆっくりではあるけど、自覚症状からみても回復にむかっていることは確かだと思うのです。耳痛も頭痛もないし、日常生活で「聞こえない」ってこともなくなってきたし、左耳を触ったときのゴソゴソという音がちゃんときこえるようになったし。でも通気をしても通るときと通らないときとがあるし、どうもまだ何か中にあるような感じがあと少しっていうところで残っています。なんか中でクチュクチュって音するし。ひょっとしてまだ水が残ってるってことなのかなぁ。今日は一週間ぶりの通院日。先生も「確実に鼓膜の色も良くなってはいるんだけど、微妙なんだよね。どうするかなー。このまま薬で様子みるか、それかもっかい切っとく?」あー、聞きたくなかったその言葉(T_T)予想はしてたけど言葉が出ない「・・・(T_T)」耳聞こえるって怖いことも聞こえちゃうのね。。。結局もう一週間様子をみることになりました。あぁ、神様。。。なんとか。。。
それにしても、「完治」と言えば夕方に再放送してる「東京ラブストーリー」。あまりにも若い織田裕二くんと鈴木保奈美と江口洋介ほか多勢。この脚本で本当に史上最高の視聴率をとっていたのか?と、わき腹や背中がむずがゆくなるようなありえない展開。ま、こんな時代もあったよなぁって思えばそこまでなんだけど。。。
でも、織田裕二。。。何十年もたってんのに、おきゃんな女に振り回されながらも不器用な優しい男ってキャラを今も月9でやってんのは、自分的にOKなん?もうええんちゃうん?(^^;
雲だらけ(*^^*)
2004年11月 8日 月曜日
このサイトを開いて来月で1年。。。なんとか作ったものの気に入っていないところがちょこちょこあるのだけど、まぁいいかぁーなんてほったらかし。だってHP作るのってすごいエネルギー使って一大イベントなんだけど、始まってしまえば日々の更新って、「結婚式が終わったあとの刺激のない日常」みたいなんだもん(chocolanちゃん、同意してくれてありがとう♪)。
今日、無性に背景が気に入ってないことが気になりだして、雲だらけにリニューアル。ちょっと気分もすっきり。これは結婚後初めて迎えた年末の大掃除みたいなもんかしら?
現実に結婚以来15年、年末の大掃除は私ひとりでやってるし(~_~;) あぁまた孤独で忙しい年末が近づいてるわ。今年は特にひろきちの願書を出したり書いたり、ぬかりなくやらねばならない大仕事もあるし、掃除は手抜きさせてもらおう。。。
まーにん帰る
2004年11月 6日 土曜日
開口一番「ボク、また行くから。マジで。春休みとか夏休みとか」。しかも行き先は今回お世話になったステイ先なんだそうな。聞けば本当に打ち解けて楽しい4日間あったらしくて、話すこと話すことステイ先でのことばかり。なんでも向こうのお譲ちゃんも、お父さんに「まーにんを養子にできないのか?」と尋ねたほどらしいです(^^;まーにんのことだから、まぁどこに行っても馴染んでくるかなとは思っていたけど、こりゃまたずいぶんいい出会いやったんやなぁ。
なにしろ、「最初のホームステイがめっちゃ良かったから、残りの日程はちょっと寂しいっていうか。帰りの映画観てても、なんとなく思い出したら悲しくなった」ほどだったそうです。
そして、「アメリカめっちゃいい(^^)」「ボク、アメリカの大学行こかな(^^)」「しかし、白ごはんおいしいなぁ。(^^)向こうは米はまずいな、うん(^^)」「あ、でも、○○家(ステイ先)には”ひとめぼれ”あったけど(^^)」「納豆も食べたで。ボクが納豆好きって言うたら、Keiji(ステイ先のパパさん)が思わず日本語で『大阪なのにぃ?』って聞いた(^^)」「ひろきち、アメリカはな、デカいねん(^^)」まーにんの笑顔つき弾丸ひとりトークは続く。。。。。
これを「アメリカかぶれ」と笑っちゃおうか、もうちょっと浸らしておこうか。。。
節目
2004年11月 5日 金曜日
ホテルのチェックイン予定は17時。近いのでそんなに早く出る必要もない。といっていつまでも家にいたらいつまでも片付かない。昼ごはんを食べれば食べたで洗い物は出るわけだし。結局昼をそのへんで食べてから、箕面経由で向かうことに。
ところが最近、私とダンナくんはちょっとすれ違いムード。お互い忙しいのもあって、なんか会話がギスギス。相手の言うことが妙にひっかかったり、話すほうもしょっとぞんざいだったり。道中車内でもしばしば険悪な雰囲気に。家にいたら決裂したり、違う部屋に散らばって終わりそうなところ、一緒に車に乗っているのでそういうわけにもいかず、ギャーギャー言いながら結局たいして寄り道をするわけでなく、とっとと宿に。ホテルについても別行動で食事をとるわけにもいかず、そんな密室状態がいつもとは違う根気良さ?を余儀なくし、なんとなくお互いが自分の良いように動いてくれたらいいのにと思っていたことを再確認。結果としてはまぁ良かったんだけど、いい年していまさらって感じの夫婦のバトルでございました(^^;
子育てにエネルギーをとられる時期を終えようとしている私が今考えるこれからの人生の使い方を、直接的にそういった家の中のことに関わってこなかったダンナが、その変化に気持ちがついていけないのは仕方のないことだと思います。そういう意味で、このたびの旅行は私たちにとって節目の区切りになったでしょう。
そして私はダンナと別に、独立して仕事を考える決心をいたしました。これ重要。
千載一遇の!
2004年11月 3日 水曜日
先月ふと手帳を見ていて大発見!「11月6日まーにん帰国」「11月4〜5日ひろきち修学旅行」思わず手帳に目を近づけてしまいました。なんと、こどもふたりが同時にいないなんて!こんなこと出産以来始めてのことです。宿泊のセミナーで出かけるときも、その受講の理由や内容やメリットを理解してもらい許しをもらって、大量のカレーを作り、パンを買い込み、後ろ髪ひかれながら出かけているのです。一応。母としては(^^;
それが、この4日の晩は誰に何の気兼ねもなく、遠慮もなく、段取りもせず、自由に家をあけられる!わお!(って死語?(^^;)これはきっと神様がくれたご褒美?「(まるで母子家庭のごとく)育児頑張ったで賞」?とにかくこれは降ってわいたようなチャンス!なにしろまーにんを産んで以来15年めにしてはじめてのことですがな。
誰と何しようー!どこ出かけようー!プランはいろいろ、一緒に遊んでくれそうな友達の顔もいろいろ思い浮かべながら、とりあえず身近にいるところのダンナくんには声かけなあかんやろー。でも忙しいからなー。行かないやろうなー。でも、ま、まずは仁義たてとかな(^^;
。。。想像に反してダンナくん、行くというので明日、近場の大阪は伏尾温泉「不死王閣」へ行ってまいります。
E-mail from USA
2004年10月31日 日曜日
Vickiからメール(日本語訳:雲)

件名:まーにん着たわよ
こんにちは。あなたの息子さん無事にうちについたわよ。たくさん英語話してるわ。かなり疲れてるみたいでサクラメントへのバスでも寝てたしきのうはうたた寝してたわ。アメリカの時間に慣れるまで4〜5日はかかるでしょうね。KeijiとLianaとまーにんは今Lianaのサッカーの試合に行ってます。45分くらいドライブして行くのよ。私とDeneiは、2試合めの1時までに行くわ。まーにんはアメリカでのこの最初の数日間、すごく学習してると思うわ。私たち彼にたくさん質問したのよ。Keijiもまーにんに英語で話してるわ。時々短い日本語で助けたりしてるけどね。でもまーにんのためだと思うから私たちも英語ばかりよ。まーにんはうちでくつろいでくれてるみたいだわ。今晩また手紙書くように言うわね。Vickiより。

まーにんからのメール(関西弁訳:雲)
件名:まーにんへ(←いきなり間違ってるがな!)
めっちゃ楽しんでるでー。LianaとDeneiとボクな、ハロウィンのかぼちゃ作ったねん。めっちゃ面白かったわ。家帰ったらいろいろ話すなー。じゃ。
心配。。。
2004年10月30日 土曜日
ひろきちは商売人だ。と思うことがよくあります。それは本能というかひろきちの血の中に流れているというか、誰が教えるわけでもない感性のようなものです。たとえば、義母が店番を頼みにきたとき、私が行けないとひろきちが「ぼく行こか」とすっと動きます。これがまーにんなら、お客さんの来たときのチャイムが鳴ったら店に出て行くとこなのですが、ひろきちはせっかくきて下さったお客さんを待たせない、待たせることでチャンスを失わない、どうやらそんな感じなのです。意表をつく独創的な発想も、今から自分の持っているお札を使わないでとっておいたりする準備の良さ、しかも「新札があったら交換して」という緻密さなんて、いつの間に(本当に今なんて受験の追い上げなのに)そんなこと考えるんだろう?と思います。
そんなひろきちから聞いた驚愕の計画。来月小学校でPTA主催のフリーマーケットがあり、お友達のご家族が出店するそうなのですが、そのときに自分の要らなくなったカード類を委託販売してもらう段取りにしてあるそうなんです。しかも中間マージンは売り上げの一割と決めてあるというのです。これにはびっくり。そのお友達もひろきちと似た商売人タイプで幼稚園からのつきあいなので、どちらが先導したというわけでなくビジネス感覚でそうなったようなのですが、親としてはちょっとうーーーん。
悪いことではない(と思う)けど、子ども同士でお金のやりとり、しかもモノを買う→お金を払うという単純なお金の流れではないところにひっかかります。とりあえず、お友達のおかあさんに確認の電話をすると知らなかったそうなのですが、話し合って、PTAのフリマなので決して高額にはならないだろうということと、親がお互いに承知しておいたうえで何か問題が発生したら速やかに相談するということで様子を見ることに。
お友達はひろきちのカードをただ単純に売るのではなく、ひろきちのカードと自分のカードを組み合わせて「売れる」ようにセッティングして値段をつけているとか。誰のであろうと売れることで、お互いが潤うという考えらしい。ひぇー、彼も相当商売人。
将来この子たち、ライブドアとか楽天みたいになるんじゃないかしら。ちょっと複雑。親としては頼もしいとかいうよりなんとなく心配。これだけ飽和したビジネス社会で、付加価値つけていくなんてかなり隙間的だったりある部分違法だったりするんじゃないのかしら。男の子って子どもでも見る目がマクロ的で、母親の狭い視野を越えるときが来るねんなぁと、まーにんを育てていて思ったけど、ついに来たわ、ひろきちも。あぁ、もう本当に心健やかに成長することを願うばかりです。
そう思っていたら今日、生き埋めになってひとり助かった2歳のボクが暗闇を恐がったというニュースを話していたら、「この子将来閉所恐怖症とか、暗所恐怖症になるかもしれへんでなぁ」という答えが返ってきました。あぁ、もう完全に対等に、時に必死に息子と話している自分を認めざるをえないわ。息子よ、くれぐれも社会の役にたつ人になりなさいよ。と半ば捨てゼリフ的に思うことでかろうじて母親です。。。
はまっています
2004年10月29日 金曜日
ステイマム、Vickiさんとのメールにすっかりはまってしまいました。これまでの長い人生、英語は大の苦手。翻訳サイトと辞書を使いながらすっごく苦労してるんだけど、話す相手がいるとこんなに楽しいなんて!自分の気持ちを伝える楽しみを味わうと同時に、日本語を英語に変えるときに自分の気持ちに対する少し角度の違う見方ができることもとても楽しいのです。まーにんたちの「語学研修旅行」という名も修学旅行も、いかにも私学っぽくて「ちょっと大層(^^;」って思っていたけど、こういうワクワクするような知的好奇心を十二分に刺激するためのプログラムなんですね。おこぼれで充分楽しみながら、そういう機会を得ているまーにんがうらやましくも思ったりします。そんなふうに若いうちにいろいろな体験ができたらいいよねぇ。
今朝、まーにんからメールが届いていました。Vickiとのやりとりのなかで「彼が来たら、毎日あなたに書くように言うと思うけど、英語がいい?日本語がいい?」「そりゃ、英語でしょ!」なんて話をしていたので予想はしていたのですが、やっぱりとっても嬉しいことでした。
内容はまーにんらしく(英語だから?)とってもあっさり。「今、ステイ先の家に着きました。みんな親切です。Vickiがおかーさんの英語をgoodと言うてました。アメリカは日本と違うと思いました」これ、全文です(^^; どんなとこがどんなふうに違うねんってツッコミたいとこだけど、きっとまだ「違うねんなぁ」くらいなんでしょうね。少しずつその感じを味わいながら深めてきてくれればこれ幸い(^^)
兄弟
2004年10月28日 木曜日
まーにんは早朝に出かけて行った。といっても伊丹空港集合で羽田へ、そこからバスで成田へ。夕方までは日本にいるので、なかなか「あぁ行ったなぁ」と思えないでいました(^^;今日はダンナも出張でひろきちとふたりで夕食、しかも塾なし。「焼肉が食べたい」と言うひろきちのリクエストに義父母を誘って焼肉を食べに行くことに。「まーにんはもう向こうに着いたんか?」と義父が訊いたのが18時。「えっ?!あっ!5分前に成田出発した!(^^)」はぁ、やっと行ったかぁー。
向こうの時間が表示されるサイトをみつけてお気に入りにいれていたら、それを見てひろきちが自分の腕時計をアメリカタイムに合わせていました。
ひろきちはひろきちで、また親とは違う関心を持って兄のアメリカ旅行を受け止めているんだなぁ。なんだかとても微笑ましく、「きょうだいっていいなぁ」とほぉーっと思いました。
わかっちゃいるけど(^^;
2004年10月26日 火曜日
あさって出発のまーにん。今日は学校も半日で帰ってきて明日は代休。あさっての出発を待つばかりになりました。。。と、言いたいところだけど、まーにんったらなかなか荷物の準備を始めません。スーツケースの近くに、買い物してきたおみやげやら持って行くように私が出した冬のジャケットなんかが積んであるばかり。「明日やるよ」と言いながら相変わらずメールチェックやゲームやまんがを読んでりら〜っくすしています。
反対に、りら〜っくすできずに落ち着かないのは、まーにんと違って早めに早めの用意して安心しておきたいタイプの私(^^; 押し迫ってバタバタするのは目に見えているのに!(と、私は思うわけです)
見渡してみると、我が家は義父母もダンナもまーにんも、私とは反対のタイプ。ひろきちはどうかなぁ。新しいお札が発行され、現札に価値がつくころのために今から全種類とっておくのだと準備はしている彼。そういう金目のものには抜け目がないけど(^^;それ以外はそうでもないかなぁ。
と、なるとこれもひとつのキャラであり、私のように先に先にやっておかないと気がすまないというのも一種の強迫神経症、そこまでいかなくてもやっぱり心配性ということになるかなぁ。
それぞれ自分のペースがあって、結果的に何が起ころうとそれを受け止めるのはやはりそれぞれのキャラだし、自己責任。そう思って目をつぶろうとするのだけど。旅の安全を祈願しに住吉大社にも行ってきました。そこまでしたら、もう本当に私がすることはないのです。そうわかっているのに、落ち着かないわぁ(><)
「日常」のありがたみ、あらためて
2004年10月25日 月曜日
頭痛、耳痛がおさまったとたん、なんだか身体が軽くなったかのように、たまっていた家の用事やら仕事がパタパタ、テキパキ。重石がとれた反動のように、お尻が軽い軽い。「痛いところがない」っていうことが、こんなに自分の行動に追い風になるのねぇ。日常通りに生活できるありがたみをあらためて実感しました。それを思えば、ちょっとくらい聞こえにくいくらいたいしたことないかぁっても思えます。
新潟で被災された方は4日めです。とても不自由な生活のうえに、雨も降り出して本当に大変なことです。充分な量にはほど遠い、おにぎりやパンを配給されているニュースを見ながら、テレビのこちらで食事をしていることにとっても違和感を感じます。粉ミルク、紙おむつ、その他いろいろ届けられるものなら届けてさしあげられればいいのに。こちらの日常と被災地の非日常が、同じ時間軸で動いているとは思えません。そこへ持ってきて義援金詐欺も発生しているとか。絶対許せません。
すごく日本的(^^;
2004年10月24日 日曜日
まーにんのアメリカ行きまであと4日となりました。今日は散髪にも行き、なぜかメガネも新しくしていくのだそうです(^^;着々と準備が進む気持ちを後押ししてくれているのは、あちらのステイ先のホストマム、ビッキーさんがまーにんにちょこちょこメールを送ってくれているのです。もちろんまーにんも送り返し、なかなか楽しいコミュニケーションをしていただいています。そのビッキーさんから「あなたのお父さんやお母さんから私に質問はない?」と訊いてくださって、なんだか背中がむずむずしてきた私。質問はないのです。とても親切なメールをいただいているのを拝見して嬉しく思っているし、まーにんもそれはそれでうまくやってくるんじゃないかと思うので。でも、なんかそんな気持ちを私も直接話したくなり、翻訳サイトを行ったりきたり確認しながら拙い英語でビッキーさんにメールを送りました。ダンナには、なんか親がよろしくって言うの、すごい日本的だと言われつつ。でも、いいよね、ビッキーさんだって、まーにんと話す背景に私たち親を感じてくれているわけだし。だいたい私は日本人じゃん。一緒に行くわけでなし、日本にいるんだし。郷に入ってないのに郷に従わずとも。そんなことをへろへろ考えてるほうがよっぽど日本人っぽかったりして(^^;
内緒の話
2004年10月23日 土曜日
新潟の地震はえらいことですね。被害があまり大きくならないといいのですが。

さて、ここだけの話。実はひそかに我が家の「ベジタリアン化計画」を静かに遂行中です。ベジタリアンといっても、完全に肉抜きではなく、鶏肉はオッケーということにしていますが。ついでにダイエットもしようと、いつもとちょっと違った調理方法、違ったおかずに挑戦しています。
今日は三日目ですが、家族はまだ気付いていない様子。。。さて、誰がいつ気付くのでしょう。誰のからだに変化があらわれるでしょう。ちょっと楽しみながら、我が家のおかずは私が握っていることにいまさらながらにふっふっふと優越感をおぼえています(^^)
初売り上げ
2004年10月22日 金曜日
本棚からあふれる本をながめてどうしたものか、と思いながらかれこれ一年近くたつ。今日ふと思い立ってAmazonのマーケットプレイスに出品してみました。Amazonのサイトをあけるたびに、あなたが購入した本はこれだけになりますよ〜っていわれ続けてたのが、少なからず深層心理に働いていたのかもしれません。とにかくまずは、手元になくてもいいかってものから。どうしても本をゴミには捨てられない性分なので、スペースが空くなら原価を割ろうが、手数料かかろうが、ありがたいことでございます。
と、決心したものの、いざ本をながめてみると、もう一度読みたくなったり、心理の勉強をしている今こそ読むのにちょうどいいものだったり(^^;
結局選んだ15冊は、数年前にベストセラーになった小説の新書版やビジネス書。参考までに他の方の出品金額を見たら、30円とかそんな世界!ひゃー、そうだよねー、世の中にあふれてた本だし、そのあと単行本も出てるし、映画化だってされちゃってたり。もうこの時点で売れることはあきらめて、「もらってください」の気持ちで出品。
本の傷み具合は明記した程度に維持しなくちゃなぁと気をつけて片付けて、例によって耳鼻科に出かけ、初の聴力検査はまるでダメで、大ベテランのおじいさん先生に「こんな重症の中耳炎は久し振りやぁ」と珍重がられ(?)て帰ってきたら、なんと!早速!Amazonからメールが届いてるじゃないですかっ!件名は「出品商品が売れました」
むむむーっ!どれが、どれがどの本がぁっ?!うーむ、微妙に納得。初売り上げは「ウォーターボーイズ・メイキングブック」。去年のドラマ「ウォーターボーイズ」にはまり、森山未来くんの情報欲しさに買ったものでした(^^;
ま、出品した中では高値をつけてたほうだから、まあまあ市場のニーズをキャッチしてた?
ちなみに出品者名は【kurau堂】です。ご縁がありましたら是非お声をかけてくださいませm(__)m
治療三日め
2004年10月21日 木曜日
今朝まで耳漏あり。耳痛あり。頭痛あり。ちょっと凹み気味。「え?なんて?」って聞き返すのがうっとうしくて、だんだん人と話すのが億劫になりつつあります。でも、口数激減な私なのに用件はすべて事足りてるのよね。これって、いかに無駄に喋ってるってことなんでしょうか?これを機会に口数少ないキャラに生まれ変わるというのもいいかも?あぁ、でもこの痛みがなくなったら、怒涛のように喋り始めてしまいそうだわ(^^;
それはそうとこの3日間、薬のせいかやたらと眠い。点耳薬をさして横になったらもうZZZ。一日中寝てばっかし。家事だけなんとかこなすのが精一杯で、机の上には仕事の資料やら郵便物やらがどんどん山積みになっています。これ、早くなんとかしなくては(^^;来週はちょっと忙しいから凹んでる場合じゃないゾ。
凹んでる場合じゃないってと、思わせてくれたのがヤンキースに勝ったレッドソックス。3敗から4勝。延長サヨナラホームラン2回で、今日はもう最期のとどめとばかり有無をも言わさぬ得点差で、大逆転のリーグ優勝。ちょっと元気をもらいました。さぁさ、ライオンズも続けーっ!
器の小さい私。。。
2004年10月19日 火曜日
きのうは夕方ズキズキ痛くて痛くて(><)それなのにひろきちは熱を出すから病院へ。うどんやらスポドリやらを買い込もうと、運転手のダンナにスーパーに寄ってもらったら、普段スーパーなんて足を踏み込まないダンナ、入り口がわからず「ん?ここ?こっち?」と訊いてくる。私はなかばもうろうとしていて、「もうちょっと先・・・」とか答えるんだけど、うまくコミュニケーションがとれずにイライラしてしまい「ちがうってば!」
耳が痛いだけで人に優しくできない私。。。世の中には癌に侵されてても教壇に立つ先生やら、最期まで苦しそうな姿を家族に見せない人とかいっぱいいるのにねぇ。反省。

そして今朝も朝から耳鼻科へ。きのうの治療後の経過を訊いてくれた若先生にきちんと伝え、内科でもらった薬と一緒に飲んでもいいかを尋ね、洗浄からネブライザーまでのフルコースを終え耳鼻科をあとに。はぁ、やれやれ。あとは薬をもらって帰ろうと隣の薬局へ。
ここは最近できた薬局でやたらとサービスが良いのです。入ると女性が4人一斉に立ち上がって「おはようございます(^^)」と丁寧に挨拶され、「おかけになってお待ちください」と促されて様子を見ていると、私の処方箋を見てデータ打ち込む人、何かに書き込む人、それを覗き込む人、薬を出しに行く人。なんていうか、ひとつのエサにありさんがたくさんたかってる感じといいましょうか(^^;

やがて、薬が揃って名前を呼ばれ受け取ろうとすると「中耳炎なんですねー。どうですかー?(^^)」え?なに?「どうですか?」って?さっき耳鼻科でしてきた説明、またすんの?片方の耳に綿詰まってるから人の声聞こえにくいし、説明するのめんどくさいよー。「はぁ」と言うと「だいぶよくなりましたかー?(^^)」そらそうでしょ。処置してもらってんだから。「はぁ。」「えっと、今日はですねー、痛み止めと胃薬と抗生剤出てますのでねー。(^^)」知ってるよー。内科でもらった薬と一緒に飲んでいいやつを頼んだんだからさー。「はぁ。」「それとですねー、点耳薬出てますね。入れ方おわかりになりますかー?(^^)」「はい、知ってます。。。」「そうですかー、入れたらしばらく傾いたまま10分くらい耳浴してくださいねー(^^)」知ってるってば!「お大事にー(^^)」
はぁ。また私、善意で言うてくれてる人にムカついてるわー。なさけないなー、小さいヤツ。。。
と、反省しながら家に帰ると、ダンナ「どうやった?」私、カチン。どうってなにがー?処置してもうたわっ!雨の中出かけて行くときに「送ってもらえる?」って訊いたときは、快い返事をくれず送ってくれなかったキミがどうやった?ってなんやねん!
って、また腹をたててる自分に気付き、また反省。。。私は寝たきり老人にだけはなったらあかんな。
鼓膜、突いとこか。
2004年10月18日 月曜日
思い切り鼻をかんだとき、左耳がポコって言ってイタタタタ(><)
なんか違和感を感じつつも、喉の痛み用にもらった消炎剤が効いているあいだは平気なので、週明けに耳鼻科に行こうと思っていた週末。
昨日出先で激しく痛くなり、友人のNOBURINが市内で唯一日曜に耳鼻科の先生がいる急病診療所に連れて行ってくれました。感謝感謝。いつも彼女は家族も助けてくれないピンチに私を救ってくれるのです。
「あー、中耳炎ですね。鼻水が耳に行っちゃって、鼻水汚いからそこで炎症起したんですね。それから耳掃除しすぎです」空気が鼓膜を反対向きにしちゃったかななんて想像してたのに、私の耳はそんなババチイことになっていたのね(^^;しかも耳掃除しすぎってちょっと恥ずかしいかも(^^;

今朝さっそく近所の耳鼻科へ。かくしゃくとしたおじいさん先生に「お譲ちゃん」と呼ばれてまんざらでもない気分に浸っていたときに飛び込んできた言葉が「鼓膜、突いとこか。」ああ、ついに。まーにんが小さい頃よく耳鼻科に通い、そんなことしたなぁ。あれこんなに痛かったんやなぁ。もっと優しくしてやればよかったなぁ。なんて思いながら、麻酔が効くのを待ちました。
再び呼ばれて処置。え?痛い!麻酔効いてないんちゃうん?
先生「痛い?」
私  「はい・・・」
先生「ものすごく?」
私  「はい、ちょっと・・・」
先生「かわいそうに。あんた酒強いんか?」
なんでも、お酒の強い人は麻酔が効きにくいんだとか。ほんとにー?麻酔って歯医者さんくらいでしかしたことないんだけど。その麻酔とは違うんでしょうか?効きにくい体質なら今後麻酔を要する手術とかするたびに「私効きにくいんです」とか言わなあかんの?
知ってよかったのか、恐いことを知っちゃったのか。微妙。。。
なんとか、ここを。
2004年10月15日 金曜日
あれ?って思ったときにはもう、鼻水エンドレス、くしゃみ連発、喉の痛さは強烈(><) 受験生ひろきちが風邪をひかないように、まーにんにもひろきちにもうがい手洗いを口うるさく言っていたのに。。。寝不足というか、睡眠時間が同じでも朝早いのは大丈夫なのに夜寝るのが遅くなると私はすぐこうなってしまいます(><) でも、今私の就寝時間を遅らせているのは、ひろきちの塾のお迎え。あと3ヶ月はこんな生活(^^; 先にお風呂に入っておくと湯冷めして寒そうだし、帰ってきたひろきちを少しでも早く寝かせてやりたいし。そういえば、3年前のまーにんのときもこの頃がいちばんしんどかったかなぁ。受験生の母に向いてないかも。。。ちょっと弱音。
よしよし(^^)
2004年10月12日 火曜日
まーにんとふたりでアメリカ行きのための買い物に。ふたりでショッピングなんて、もうないかと思ってました。主にステイ先や向こうでお世話になる方へのお土産と、トートバッグ。トートバッグはひそかに吉田カバンのポーターがいいなぁ、ちょっと中学生には生意気かぁ?なんて思いながら行ったのですが、本人も大気に入りでちょっと奮発してしまいました。まーにんはわりと物持ちが良くて、同じようなものがあったら新しいのを欲しがらないので、ま、いっか。でも思い切り「恩を売りながら」買う私に、素直に「ありがとう、おかーさん。ほんまにありがとう(^^)」と喜ぶまーにん。なんだかんだ言っても可愛いやつ(*^^*)
なかなかいい買い物ができたし、息子とふたりでショッピング&ランチも楽しかったし、大満足でした。もうないかな。そのうち友達や彼女と買い物に行くとか言うんだろうなぁ。これが最後かなぁ。ま、いっか。楽しかったから(^^)
親が教えられないこと
2004年10月11日 月曜日
昨日、今日と二晩続きで町内でお通夜がありました。おふたりとも、子ども達のお友達のおじいちゃんで小さい頃から関わりのある方。今日はまーにんと同級生のお友達のおじいちゃん。小さい頃からよく遊びに行かせてもらい、スイミングに通っていた頃は一緒にバスを待っていてくれたり、中学が離れても祭りのとき誘いに行くといろいろ話をしてくれた、とても近い存在の方でした。まーにんも一緒にお通夜に出向き最期のお別れをさせていただくことにし、最近特に危なっかしい義父の運転に胆を冷やしながら会場に出向きました。
最近の子どもが簡単に人を傷つけたり、命を奪ったりすることの要因のひとつとして、現代社会で’死’がタブーになったことがあげられています。キレイで平和な世の中は、老いること、死することなどをどこか現実とは違う世界のもののように錯覚を起させているのです。
自分たちが食べている鶏肉は、生きていたにわとりをしめて殺してさばいたものだということ、切り身で食べている鮭とイクラは別々のものじゃなくて、その腹に入っていたということ、そういう少しグロテスクな真実から、多くの子ども達は隔離されてはいないでしょうか。
「死」は忌み嫌うもの、子ども達の目に触れさせてはかわいそうといった考えが、子ども達が現実と死とを結びつけて考えられなくして、結果的に現実味のないまま安易に他人の命を奪うといった犯罪に結びついているのではと思います。

この古い街に嫁いできて、いろいろしがらみも多く面倒だなと思うことのほうが多いように感じていましたが、親だけでは絶対に教えることのできないこともこの街からもらっているんだなと思いました。
親の背を抜かすのと同じようにごく自然に、自分を慈しみ守ってくれていた祖父母世代をいたわざるをえないようになり、以前できていたことができなくなるという現実をリアルタイムで見て行くこと、そして別れがくることを頭でなく体感していることは、まさに思春期まっただなかのまーにんやひろきちの人間としての根っこになっていくのだと思います。
ステイ先決定
2004年10月 9日 土曜日
まーにんのホームステイの受け入れ先が決まりました。ちょっと予想してなかった展開。向こうのご家族のお父さんが日本名だったのです。お母さんの名前はビッキーさんだから、国際結婚?日本人?日本にいたことがあるのか否か?日本のことをどれだけ知ってるかでお土産も変わってくるし。。。あちらにメールを送るというまーにんの聞き込みに頼るしかない。ちゃんと訊けるのかなぁ、なんて思っていたら、やたらと心配になってきました。相手に失礼じゃないようにちゃんと書けるのかなぁ。
家族構成は、ご両親と13歳と11歳のお譲ちゃん。ありゃー!こりゃまたまーにん大丈夫かな(><)
13歳と11歳の女の子なんて結構手厳しそうじゃないですか?女きょうだいのいないまーにん、いろんな意味でヌケてます。洗面所から出てきてドアを閉めたあと、2歳のMINORIに「グッジョブ!」て褒められるような、そんなおっとりオクテ系平均的日本人男子。いろんな意味で期待を裏切るような、はぁーなんてため息つかれちゃうんじゃないかしら。あぁ心配だわぁ。。。
ごめんなさい
2004年10月 8日 金曜日
ひろきちのこの夏の背の伸び具合はハンパじゃない。夏休みの少し前、私を完全に抜かしたなぁなんて思っていたらいまや167センチを越える巨大小6生。27.5センチの上履きを探して翻弄した夏休みも終わり、始業式に制服の半そでシャツを着るとまるでバラエティの世界。あわてて制服屋さんに買いに行ったけど、「170サイズは特注です。3週間かかります」と言われ待ちに待っているのに連絡がこないのです。しびれを切らして、電話をかけたら留守電。メッセージを残して連絡を待つも来ないままにまた日が過ぎて、今日はいよいよ乗り込んで行きました。
「9月3日にお願いして、まだご連絡をいただいてないんですが、まだでしょうか?」
「えーっと、あ、できてますよ」
なぬーっ?!「連絡いただいてたんでしょうか?」
(メモをみながら)「電話かけさせていただいてますねー」
「えっ、いつですか?誰か出たんでしょうか?」
「さー、そこまでは。。。」
カチン。「毎日着て行くものなので本当に待ってたんですよ。家族もみんな知ってますし。かけていただいたけど留守だったとかじゃないんでしょうか?!」
「さー?すみませぇ〜ん」と申し訳なさそうじゃなく口だけで謝るおばちゃんにまたカチン。
「卒業までまだ半年あるんですけど、冬のズボンとかもまたお願いしても一ヶ月以上待つんですよね?」
「そーですねぇー。あるときはあるんですけど、ないときはないんですよー。」
「あるときっていうのはどんなときに、どこにあるんですか?他の支店に行ったらあるんですか?」
「いえ、中央小学校のを扱ってるのはウチだけなんです〜。あるときっていうのは、お客さんのように大きいサイズを特注する方がいたときに、余分に作ったりしたときにあるんですよ〜」
「で、今はあるんですか?」
「あーちょっと待ってください。。。。ないですねー」
ないんかいっ!仮にも制服屋。子どもが毎日着て行くんだから、昔と違って体格のいい子が増えたんだから50年も前のまんまの品揃え(デザインも当時のまま)にしとかないで作っておくとか、一店舗独占で販売してるからこういうことになるのよねって、腹がたつのをおさめながら家に戻り、かくかくしかじか。。。。
「電話、誰ももらってないよねぇ!」鼻息の荒い私。
「あ。。。ごめん。。ボクや。言うの忘れた。」えぇーっ!君かいっ、まーにん。
そしたら、ちょっと制服屋さんに言いすぎたかも。ごめんなさいm(__)m
恐るべし、DNA
2004年10月 7日 木曜日
それはそれは16年も昔の話。ゴキブリ出現で助けを求めた新妻が見たものは、輪ゴムを指にかけゴキちゃんに狙いをさだめる夫の姿でした。これがなかなかうまい。でも致命傷にいたらなかった場合、手負いのゴキちゃんに逃げられることも。やがて母となり、たくましく強くなったかつての新妻は、さっさとゴキジェットを片手に一撃でしとめるようになったのでした。
さて、我が家にはゴキはなぜか出現しないのです。母屋にはたっくさんいます(^^;
きっと食べ物が豊富で出張する必要がないのでしょう。
それはさておき、ダンナとまーにんと3人でテレビを見ていたら、ふと天井に黒い小さいものを発見。「あれ、蚊じゃない?あんなとこにいる」と私が言った次の瞬間、さっと立ち上がって冷蔵庫に貼ってある百均で買った輪ゴムかけから輪ゴムをとり、天井の蚊に狙いをさだめるのはまーにん。
腰痛持ちで出遅れたダンナが、寝転がったまま「おとーさんにも輪ゴム」とか言って、ふたりでその親指のずっと先に焦点をあわせています。。。まさにDNAに組み込まれた狩猟本能(^^;
結局、まーにんの打った輪ゴムにあたって床に落ちた瀕死の蚊をティッシュでひろってとどめをさしたのは私でした。あんたら打つのが楽しいだけで、肝心なとこは私かいっ(-_-;)
成長過程
2004年10月 5日 火曜日
まーにんのアメリカ語学研修旅行が今月末に近づいている。修学旅行みたいなものともいえるので、さすが私学、やることがデカイ、親は懐がイタイ(^^; 本人はたぶん「タダ」で行くような感覚なんだろうかと思うとちょっと複雑な思いがしなくもないけど、それでも今の大人になりきってない年頃で異文化に触れ、その国の人と同じ釜の飯を食うというのはきっと貴重な体験になるんだと思う。
旅行中に含まれる3日間のホームステイは、一家に一人ずつだからだいたいまとまったエリアに230軒も外国の子どもを受け入れる家庭があるというのもさすがアメリカだなぁと思う。クラスメートは受け入れ先が決まった子もいるらしく、「Yくんはお父さんがミュージシャンでお母さんがドクターっていう家なんやて」とか、「Kくんとこは、0歳の子どもがいるんやて」とか、楽しそうに話してくれる。プロフィールや写真などを見て、受け入れ先の人が「この子」って選んでくださるんだそうで、これからどんどん友達が決まってくると、親としてはなんだか「なんでウチの子が売れ残るんやろ」みたいなこれまた複雑な思いがしそうな予感(^^;
TVで、日韓の高校生が一緒にビジネスゲームをする一週間のプログラムが紹介されていた。言葉が通じないながらも一生懸命にお互いを理解しようと努力し、ひとつの目的に向かって団結する姿は、ある意味「若さ」があるからできるといえるかもしれない。
自分の子供もそういうことができる年令になってきたんだなぁ、と思うと、母親である私はもう彼にとって魂の存在で、私の見えるもの聞こえるもので関与する時期は終わるんだなぁと改めて思います。
イチロー
2004年10月 3日 日曜日
イチロー。すごいっていう言葉で片付けられない感じ。なんていうんでしょう。これを「感動した!」っていうのかな。あれだけ選手がいて、84年も敗られなかった記録を更新するってもうどちらかというと想像がつかないって感じ。どれだけの努力をしてあんな偉業が成し遂げられるんだろう。
「自分自身の可能性をつぶさないでほしい。自分自身の持っている能力を生かせれば、可能性はすごく広がると思う」その精神力の強さはどこからくるんだろう。
97年の正月、震災から2年、将来を悲観して自殺者が相次いでいた神戸市内の仮設住宅に毛筆で書かれたイチローのメッセージが配られたそうです。「人は必ず障害に出会う。誰もが負けそうになる。そこで頑張れる人間になりたい。前向きな姿勢で夢を持って歩いていきたい」
弱さを知り、それを認めるところから始まる強さ、そういうところなのでしょうか。
財産
2004年10月 1日 金曜日
「近くに来たから顔だけ出したの。じゃね」と突然訪ねて突然帰ろうとする私を引き止めてお茶してくれる友人。ランチをしながら一緒に受けたセミナーの話、それぞれ学んできたことをシェアしながらお互いの理解を深め合える友人。自分らしさを作品という形のあるものにし、shopやwebsiteで実のあるものにし、レッスンでその素敵な「らしさ」を求める人に惜しみなくシェアする友人。私とはまったく別のものを持った友人の存在を心からありがたいと思う、’友達まみれな’一日でした。自分のことは客観的に見にくいけど、素敵だなと思える友人を持っている自分というのは正当に高く評価できます。誰かに自慢したいような友人をたくさん持っているというのは何よりの財産。子ども達に私が残せるものといったら、そんなあたたかい交流を伝えられることかなぁ。そんな気持ちで30台に別れを告げようとしている、これってすごい幸せなことなんだろうなぁ。
歯止めをかけろ
2004年 9月30日 木曜日
なにげなーくチャンネルを回していたら、「うん?今のなんだ?!」何か強烈な何かを感じて、チャンネルを戻すと世にも恐ろしい光景が(><) それは一般の視聴者のおばちゃんよりはるかにTVに出ることに緊張感をなくした天池真理ちゃん。彼女があの白雪姫のイメージを打ち破って、私たちの年代に衝撃を与えたのはもう何年も前のことだけど、そのときよりさらにパワーアップしてる!いや、私とて柴門ふみのエッセイに同感して「流れ行く時間に抵抗するより、自然のままに」的なスタンスで、おばちゃん化する自分をありのままに受け入れているほうですが、あれはちょっと考えさせるものがありました。たぶん声帯にもお肉がおつきなのでしょう、声は口から外に出る前にどこかで反響しているようなこもった感じだし、メイクはどうした?授業参観に行くときだってもう少しきちんとメイクするわよ。椅子の下で片方のかかとにもう片方の足を乗せるからひざはばっくり開いてみっともない座り方(+_+)それでいいのか?!同じ出演者に「それにしても太りましたよね」と言われて「女の人は少しくらいふくよかなほうがいいのよ」と抵抗しても「少しじゃない!」と同時に何人もから突っ込まれるほど。無遠慮にそんなツッコミを入れられるほど、無遠慮な年のとりかた、と言っても決して言い過ぎではない、そんな感じなのです。あれを見ると「自然なままに」の意味をじっくり考える必要があるなぁ。少なくともまわりに不快感を与えるような醜い年のとりかたには歯止めをかけなければいけません。
待ってました、秋
2004年 9月29日 水曜日
我が家の夏の終わりは、麦茶の消費量激減で実感する。運動会が終わるまで、ひろきちは毎日1.5リットルの水筒にたっぷり入れていくし、塾には0.5リットルの水筒を持って行く。「お年頃」のまーにんは学校指定のリュックタイプの「大カバン」がダサイと小さいバックひとつで行きたがるので水筒は持たないが、家に帰ると見ているこっちがおぼれそうな錯覚をおこすほどの飲みっぷりであっというまに麦茶はなくなっていく。麦茶を沸かす→さます→冷やす、この工程を毎日4リットルと2リットルの二つのやかんを使ってこなしている。一日家を空けようものなら、すぐに「麦茶ないん?」という言葉がとんでくる。麦茶が追いつかないと、代わりに牛乳がすごい速さでなくなっていく。結局、毎日麦茶と牛乳の在庫と補充のことばかり考えているような、そんな私の夏の日々。祭りが終わり、運動会が終わり、史上最多上陸8個めのこの台風が去れば正真正銘秋が訪れるのでしょう。ゆうべ沸かした麦茶がまだたっぷり残っています。あぁ、今年の夏もよく頑張ったなー、自分(^^)
ひろきち親離れ宣言
2004年 9月28日 火曜日
祭りのあとすぐ、バタバタバタと入れたい放題にセミナーを入れて動き回った一週間、どっと疲れが出てしまいました。動いているときはさほど疲れは感じてないんだけど、なんとなく疲れが取れず、寝ても寝ても眠い、しんどい。いや、さほど寝れてもない。常に寝不足状態。とにかく、初めて味わうこの疲労感はなんなんだ?と思ったとき、やはり頭をかすめたのは「年?」はぁー、来月は40だもんね、体力も落ちるはずだわ、無理がきかなくなるってこういうことかーと悲しい納得をしていました。そんなとき堂本兄弟にゲスト出演していた所ジョージの発言にギクリ。「調子悪いとき、風邪ひいたかなーとか思わずに『あー、年かなー』って思うってところが年だなー」いやーん、ほんとまさにその通り。年のせいにしたからとて、なんの解決になるわけでなし。それはそれでそのままをありのままに受け止めることにしましょう。

さて、今日の塾の帰り道。ひろきち突然の親離れ宣言。彼曰く「ボクが中学になったら、おかーさんを甘えさせてあげられへん。」つまり、私が公衆の面前で「ひ・ろ・き・ち〜!」などと呼ぼうものなら『にいちゃんのように』目をそむけるんだそうな。
「そんなん言うけど、ひろきちが甘えたそうにしてるから、そこを計算して、あたかもおかーさんが甘えてるように触れ合ってるねんで。」と言うやいなや、「それ、おかーさんの計算間違い。掛け算と割り算間違えてるくらいすごい間違い」とぴしゃり。
あれれ、なんなの?突然の縁切り宣言。なんか私いつもと違うことしたっけかなー?
でも、ま、末っ子(ふたりだけど)のひろきちがいつまでも可愛く幼く感じていたのは確か。ニキビも出てきた12歳。そろそろそんなこと言い出すのも不思議じゃない、というかむしろ正常。ここはおおいに喜びましょう。
「ふーん、じゃ、おかーさんはひとり娘のMINORIをこれからは可愛がろう♪」と言った途端、「娘じゃないから。MINORIは姪やから。今ツッコんでもらいたかったんやろ」と、さらにビシッ(^^;
ちぇ〜、なんか予告なく急に大人になっちゃってさー。そりゃ、私も年とるわなー。
祭りとの両立その2
2004年 9月15日 水曜日
昨日に引き続き、学校から帰って夜の曳行だけ参加しているまーにん。走りたいまーにんとしてはものすごい我慢です。前頭葉鍛えまくってるーっという感じです。
帰ってきたまーにん、私の横で「はぁ〜」とため息。
ま「なー、おかーさん、どうやったら祭りのときだんじり曳けると思う?」
私「さぁーどうやろ。少なくともクラブと勉強両立できてないようじゃ無理ちがう〜?」
ま「成績良かったら休ませてくれるかな?」
私「さぁー?」
ま「何番以内やったら休ませてくれるかな?」
私「さぁー?」
ま「でも、勉強頑張ったら休ませてくれるんやったら、ボク頑張るで。そういうきっかけ大事っていうやん。学校のS先生はな、エロい外国の雑誌読みたいから英語勉強したんやて(^^)」
ま「(^^;でも、そういうのって先に保証を求めるのはあかんちゃうん?やらせてくれるんやったらやるけど、そうじゃないならやらんっていうのは、違うようにおかーさん思うけど」
ま「うーん。。。」
またまたまーにん。
ま「H君もな、おっちゃんにうちのおとーさんとおんなじこと言われて学校行かなあかんかってんて」
私「あー、やっぱりー。そうやろなーHさんやったら」
ま「でな、ボク今年夜しか無理やったやろ。で、おとーさん出張行ってて明日帰ってくるって言うたねんな。そしたらH君な、『明日おっちゃんと話するん?』って聞くんやんかー」
私「へー、どういう意味?(っていうか、あんた13日の試験曳きときのうの曳きだし曳いたやん。なんで『夜しか』なん?(^^;と思いつつ)
ま「ボクも聞いたらな、H君『すねへんの?』って聞くねんな。そんでボクが『すねても無駄やん』って言うたら『大人やなー』って言うねん」
私「(笑)それ、面白いなー」
ま「ほんでな、『たまにはすねることも大事やで』って言われた(^^)」
私「(爆笑)」
悩める若者、まーにん。悩みなさい、悩みなさい。父親の仕打ちは理不尽やと憤慨するならそうしなさい(^^)。
そんなあなたを見て、私はダンナの通した筋が間違ってなかったと確信を持てました。快楽に逃げずおぼれず、現実を直視し、そのときできる最善の努力をすることが大事であること。欲望をおさえ我慢することは絶対にあなたの「社会力」を育てるでしょう。
どこか心の中で「かわいそうだな。一日くらい休ませても」なんて甘いことを考えていた私はへなちょこな母親ですが、ダンナはえらいなー。それこそ、大人やなー。
祭りとの両立
2004年 9月14日 火曜日
昨日代休だったまーにんも今日はもちろん普通に学校があります。岸和田の学校は祭り期間中は休みになりますが、他県の私学には関係ありません。今は「少年団」ですが、来年からは「青年団」に属することになるまーにんは、ダンナに「青年団には入るかどうかわからへん。寄り合いにもそんなに出られへんし。そしたら今年だけなんとかだんじりを曳きたい。学校を休ませてください」と交渉していましたが、却下。珍しく何度も粘っていたようですが、なにせダンナは私が惚れた筋の通った男(*^^*)ですから、ダメなものはダメ。「曳き出しだけ曳いて遅刻しないように行く」ことにしたまーにん、朝5時に集合して6時前から7時半まで走り、朝ごはんに出されたホットドッグももらわずに飛んで帰ってきて制服に着替えて学校へ行きました。祭りのあいだ、学校を休む子もたくさんいます。堂々という子もいれば「お腹が痛くなる」子もいます。岸和田はこのことに肯定的です。大人もだからです。「祭りに休ませてくれない会社には行かない」そんなふうに考えている人も少なくありません。もちろん、伝統を受け継ぐことや地元での就職を否定しません。生粋の岸和田人でない私たちには、どこか「何よりも祭り中心」の考え方があるように感じてしまい、それでいいんやろうか?と疑問が残るのです。
岸和田の良いところも学びつつ、岸和田のルールや価値観だけにとらわれず、もう少しグローバルな目を持ってほしいと願う、私たちは岸和田移民。
受験生のひろきちは観念して、大好きな夜の曳行(正しくは夜店が好きなんだけど(^^;)を我慢して、塾に行きました。
2004年祭り初日。きのうの試験曳きに続き、2町にあてられ我が家のテントは折れ曲がっています。けが人がなくて何よりです。
やっと私も。
2004年 9月13日 月曜日
今日の試験曳きは無事終わりました。去年、転んでひきずられたひろきちも、文化祭の代休で今日だけは祭りを思い切り堪能できるまーにんも、たくましく完走したようです。子ども達の成長と共に、祭りのときの私の生活も変化してきました。まーにんやひろきちが小さい頃には、綱を持つ彼らの横を走ったり、だんじりの後ろからついて走ったり、纏の前を走ったり。とにかくだんじりと一緒に移動する子ども達に何かあったら対応できるように、一緒に走り続けていないといけませんでした。そんな時代を経て、今は休憩時の給水を手伝う子供会のおばちゃんです。ひろきちから「おかーさん、一緒に走らへんやろ。よかった。邪魔やから(^^)」と念をおされましたが、そんなこと言われなくても腰やらひざやらにガタが来て、走れませんって(^^;
頭にはちまき、地下足袋をはいて法被を翻して「行ってきます」と出て行くふたりの後姿に「気をつけてね」と声をかけながら、私も岸和田の女になりつつあるかなぁなんてしみじみしたりしています。
祭り前夜
2004年 9月12日 日曜日
あさって、しあさってが祭り本番、明日は試験曳きです。毎晩青年団は走りこみをし、だんじりの梃子を入れる前梃子係や後ろ梃子を操作する十五人組もカーブのチェックをしています。実はここだけの話、青年団が「ソーリャー、ソーリャー」と綱だけを持って走りこむその真剣な姿を見て「電車ごっこ?」を想像してしまう、不埒な私です(^^; ま、そんな街中が熱気に包まれており、だんじりを曳かない私たち主婦も買出しやら家の片付けやらで大忙しの日々でした。いよいよ、明日から岸和田中が待ちに待っただんじり祭りです。こころなしか、今晩はなんとなく静かです。みんな熱い想いを胸に明日への鋭気を養っているのでしょう。
言葉に学ぶ
2004年 9月11日 土曜日
今日、耳にした「輝く言葉」思い出したのも含めて。
「親の介護もオムツ替えも、これまでやってきたことで無駄になったことは何ひとつない」(セミナーでであった素敵な女性)
「夢という爆弾を破裂させて死ぬか、夢という不発弾を抱えたまま死ぬか」(脚本家内館牧子さん)
「いつかやろうは、いつまでもやらない」(今日のセミナーの先生)
「目標は、方向性を具体的にかたちにしたもの」(かんちゃんと私の共同作)
大きなビジョンは持っていて、将来こうありたい自分は描けているのに、現実を知っていきながらがむしゃらに進んできた時期を経て、少しもやっとした感じが最近ありました。今日はそんな気分に良い意味で「喝」のはいった気持ちの良い日でした。
「急がず、あせらず、諦めず」(アテネ五輪女子競泳選手の誰だったか)
うん、そんな感じで行こう(^^)
中3男子と母
2004年 9月10日 金曜日
今朝、きのう買ったバッグの話を興奮状態でまーにんに話してたら「どんなん?」って尋ねられた。え?見てくれるの?そんなにまともに話聴いてもらってると思ってなかったのでちょっと意外でした(^^;
「これよ、これ。いいでしょー(^^)」と見せびらかしていたら、「おかーさん、女の子みたいやな」とひと言。「何言うてんの、女の子やん」と言い返すと「『の子』じゃないでしょ」(><)いや、まぁ、それはいいとして、まーにんの中の「女の子像ってこういうのなんやー」と小さな情報をゲットしてひとり心の中でへぇボタンを押してました。中3男子の心の中って、母親からは本当に未知の世界。ひとつ知るたびにへぇ〜、違う面をみつけてへぇ〜です。
そのあと、「おかーさん、なんか面白い本ある?」と訊いて、本箱からあふれて(っていうか、私の本棚がない(^^;)階段に積んである中から「リトルトリー」を持っていきました。
まーにんの中の私って、どんなイメージなんでしょう?言葉で、絵で、ジェスチャーで、隅から隅まで伝えて欲しい母心。
出会ってしまった(^^)
2004年 9月 9日 木曜日
教育分析のあと、なんとなーく天王寺で降りてふらふらとHoopへ。なんとなーく、shopをのぞきながら歩いていたら、出会ってしまいました!目があってしまいました!夏が終わったら欲しいなぁと思っていた【柔らかい革の、茶系の、A4ファイルが入るサイズの、それでいてカッチリしていなくて、大きくみえなくて、スーツでもカジュアルでもいけそうな、ちょっとひと工夫ありのデザインの】バッグ\(^o^)/ Just my type!めちゃ、ストライク! きゃぁー、どうしよう〜。来月なら「誕生日だもん」とか理由づけできるのに。こんな「買うぞ!」って気合いの入ってないときに出会ってしまった「私の」バッグ(^^; さんざん迷ってやっぱり買いました。買わなかったら絶対後悔するもん。
それにしても、どうして「出会いの喜び」を「出会って『しまった』」って思うんでしょう(^^; 「あぁ〜、こんなんでこんなんでこんなん、ないかなぁ〜」なんて、夢を見ているときがいちばん楽しいんでしょうか。「買おうか買うまいか」っていう悩みや、お財布と相談する現実感が夢をリアルな世界に引き戻してしまうからでしょうか。とにかく、今日の私はきっと日本でいちばん興奮状態(^^)
教えてgoo
2004年 9月 8日 水曜日
まーにんが「ボク、最近教えてgooにはまってる(^^)」と言い出しました。へぇ〜。教えてgooは、私もほとんど毎日チェックしています。「バーコード状にはげている人の頭をバーコードリーダーで読むとどうなるんでしょう?」「TVでやってましたよ。そのときはじゃがいもって表示されました」という質問が私がはまったきっかけでした(^O^) 素朴な疑問、くだらない質問、緊急の質問、あらゆる質問が書き込まれ、それに対してまったく善意で(そうでない方もいますが)答えるという、善意のやりとりです。まーにんは「最新の質問」をチェックして、答えられそうなものは片っ端から答えているそうです。どれどれ?どんな答え方をしてるんだろうと、まーにんが答えたという質問をチェックしてみました。質問者からの感謝の気持ちの10ポイントをもらったというので、すぐにハンドルネームもわかりました。まーにんが答えを見ていると、ただ、ぶっきらぼうに答えるだけでなく、とっても好意的な印象を受けました。へぇ〜。まーにんって見ず知らずの人とはこういう感じで話すんだぁ〜。へぇ〜(^^)へぇ〜(^^)なんだか少し嬉しくなりました。
地震
2004年 9月 6日 月曜日
ゆうべの地震は怖かったです〜。長いこと揺れてましたからねー。震災のときのドンっていうのとはちがって、自分が揺れる洗面器の中に入れられちゃったような小さな虫みたいな感じ。南海大地震の前兆なのかなーってやっぱり考えてしまいますが、今日どこぞの偉い先生が、にっこり笑いながら「いやいや、南海地震とは無関係ですよ。場所も規模も全然違いますからね。もっともっと大きいのですから」っておっしゃってました。いや、昨日のでも充分怖かったのに、もっともっと大きいってそれどうするの。我が家は津波がどのくらいの大きさで来た場合どのくらいの影響を受けるのでしょう?地震が来て数分後、家を出て高台にむかって地面を走っているほうが安全なのか、それとも二階や物干し場にあがってるほうが安全なのか、誰か教えてー(><)
どんなキャラ?
2004年 9月 5日 日曜日
塾主催の進学ガイダンスにて。担任のA先生にハッパをかけられるひろきち。横でうなづきまくる私。
どうも私的には扱いが難しく感じるひろきちくん。まーにんは、やる気まんまんなときと、てれっとしてるときがとってもわかりやすいんですが、ひろきちはどうも見えにくい。私も今声を掛けていいのか、よくないのか、燃えているのか、くすぶっているのか、いまいちつかみにくい感じがしてもやもやすることが多く、最近はそれが結構精神的にこたえてました。A先生はまーにんも見てくださった先生なので、今回のひろきちのほうが私が神経過敏になっていることもお見通しのよう。そうなんです。なんだかひろきちのほうが何かと心配なんです。常にいちばん下の子(といってもふたり兄弟だけど)だからでしょうか。
そんなことを考えている私。ひろきちに先生からとんでもないひと言が。「おまえに下のきょうだいいてほしかったわー」「なんでですか?」「おかーさん(私のこと)、トークが面白いですもん。おまえが卒業してトーク聞けなくなるの残念やー」」いや、先生、勘弁してください。
開・放・感\(^o^)/
2004年 8月31日 火曜日
やぁー、とりあえず試験終わりましたぁ〜。もう今、逆さにふっても何も出ません。完全燃焼といってもいいかな、燃え尽きましたm(__)m 泣いても笑ってもジタバタしても結果待つだけですから(^^; 試験勉強中にむくむくとわきおこってくる欲望を今こそー!って感じです。 明日から新学期。子ども達が学校に行ってるあいだに片っ端から実現していきまっせ。まずは映画でしょー、友達とランチでしょー、chocolanちゃんのレンタルボックス出店祝いに行くでしょー、仕事のHP作るでしょー、パワーポイントで遊んでみるでしょー。さ、忙しくなるわー(^^)
信州にて。二度とできない経験
2004年 8月19日 木曜日
16日から2泊3日で信州蓼科温泉に行ってきました。受験生のひろきちと今月末にキャリアコンサルタントの試験を控えた私は、とりあえず某有名学習塾の夏合宿の気分で(^^; そんなわけで数少ない観光のチャンスもあいにくの悪天候で、八ヶ岳が一望のはずのロープウェイもまっしろでロープしか見えない状態(^^; でも、雲好きな私としては、雲の中にはいったり、手を伸ばせばつかめそうな近さに雲を感じるというのはとても気持ちのよいことで、それなりに満喫してきました。
今回の旅行で、特記しておかなければならないのは。今流行りの「貸切露天風呂」。30分サービスでついているというので、家族4人わくわくしながらいざ風呂場へ。もう期待に胸をふくらませて。そして貸し切りの露天風呂に入ったとき、4人同時に気付いたのです。ダンナと私と中三のまーにんと小6のひろきち。家ではもちろんひとりずつお風呂に入る4人が、一斉に裸になってひとつ湯船にはいることを(*^^*) 「え、おかーさん、はいるん?」と聞かれたってアナタ、もうここまでくればのりかかった船、はいりかかった風呂。何を言うの、親子ぢゃないの。
かくして、不本意ながら「母親と一緒に風呂に入った年令」を大きく更新してしまったた息子たち(^^;ふっふっふー。
これがほんとに最後だろうなぁ。そうでないと私も困る(^^;
祝!ヤワラちゃん2連覇
2004年 8月15日 日曜日
「田村で金、谷でも金」と言っていたヤワラちゃんが金メダルをとりました。世界一になることを有言実行するなんて、すごすぎる〜。「初恋の人に会ったよう」と喜んだ前回の金メダルより何倍も嬉しかったのは、「結婚して弱くなったと言われたら主人に悪い」からだそうです。自分のために喜んだシドニーより、ひとのために喜んだアテネのほうが嬉しいっていうのは、なんだかいい話だなぁ。いい話って意外とこんなふうにものすごくオーソドックスで「いかにも的」なものなのかも。
歴史を受け止めるということ
2004年 8月 7日 金曜日
サッカーアジアカップの中国人サポーターについては、子ども達もなんで?って思うようです。当然だと思います。私の知っている限りではありますが、日本軍が中国人にしたこと、731部隊のことなど話すとひろきちはしばし絶句して「日本人、アホや」とポツリと言いました。それからひろきちといろいろ話しあってみました。日本人に限らず人間と人間が殺しあう「戦争」というシチュエーションがあって出てくる狂気だということ。歴史上何度も何度も、地球上どこででも戦争が行われてきたことから、人間の中にある攻撃性、残虐性は否定できないこと。でも理性でその狂気を抑えなければ平和はこないということ。こんなにも歴史の受け止め方が日本と中国で違うのは、次世代への事実の伝え方の違いだということ。これからひろきちたちがすることは、きちんと事実を受け止めたうえで仲良くすることだということ。小6でも、きちんと受け止めて自分たちが何をすべきか考えられるのですから、大人もしっかりしなくちゃね。
三者面談
2004年 8月 5日 木曜日
まーにんの三者面談に行ってきました。担任の先生とは、春の学級懇談会でお会いしたあと私が保護者の出て行く行事をおサボリしてるので、直接話すのは今回が初めてでした。この先生、実にバランス感覚がいい方で、緩急のつけ具合が絶妙!認めるところを認め、大切なところを少ない言葉できっちりポイントをおさえる。「おぉ〜、このトークテクニックは盗まなければ」と思いました。悪かった成績に関して、終わったことをあーだこーだ言わず「どうした、今回は。悔い残ってんのか。ま、次に活かすんやな」とあっさり流したうえで、「ただ、この悪かったとこの後片付け(見直し)だけはカチっとやっとけよ。そうせんと活かされへん」うまいなー、言い方。脱帽。
中三の夏休み。私立なので受験はないし、遊ぼうと思えばとめどなく遊べる、いや、遊ばざるをえないと言えるくらい緊張感のない夏。親としてはひと言ふたこと言いたくなるのは必至。といって、親からやいやい言われるのは「うざい」年頃。
「先生、こんな余計なもん作ったんや」と言いながら出したのが、夏休みの計画表。学習の計画を書かせるのは小学校の頃からと同じだけど、一応先生に提出だけどこの予定通りやったかとかやらなかったとかのチェックはなし。つまり、モチベーションをあげるきっかけは作るけど、やるかやらないかは本人の範疇ということ。これ以上大人が管理するのは本人のエリアを犯すことになるってことかーと、こちらも気付かされました。
「勉強はなんのためにやるか。社会の役に立つためや。日本一の大学行って、一生懸命勉強しても毒ガス作って地下鉄に撒くようじゃあかん」というセリフは、私たちがよく言うセリフと全く一緒。学校教育において、本人を中心にして教師と親がそれぞれ違う立場で関わっていくわけだけど、この先生とは安心してタッグを組めそう、そんなうれしい思いがしました。
「生活面においては問題ありません。明るくて元気でクラブ一生懸命やって、友達ともええ感じで、ぼくも尊敬するところがあります。お世辞じゃなくて」と言っていただいたことを帰りの電車のなかで「褒められてたやん〜」というと、まーにんは「あれは誰にでも言うてるのかもしれんで(^^)」。えぇー、そしたら真に受けて思わず「私もこの人から学ぶところが多く尊敬してます」と言った私は単なる親ばかってことに〜?「わー、それカッコわるいなー」って君が言うなっ!
課題クリア
2004年 8月 4日 水曜日
話題がまーにん続きですが。私の実家を第二のふるさとにしているまーにんは、今年もテニスの師匠(私の父)のところに修行に行くつもりです。祖父宅までの一人旅、新幹線バージョンも飛行機バージョンも経験済み。乗り物に乗ることそのものが冒険だった年令は卒業したまーにんに私が今年出した「課題」は貧乏旅行。中学3年になって何かと偉そうな主張をするようになったのだから、それなら飛行機だののぞみだの高い運賃親から出してもらってVIP待遇で行くのではなく、決められた予算で工夫して行け〜ってわけです。私が出した予算は片道1万円。回答例は@高速バス(堺〜立川)8400円+立川からの電車賃<1万円AJR東海ツアーズの「ぷらっとこだまエコノミープラン」9900円。Aのぷらっとこだまは9900円だけど乗車券が横浜市内じゃないのでトータルは1万円を超えるんだけどJRの「イコカ」が東京でも使えるようになったので、「おかーさんのイコカ貸して」くらい言ってくるほど応用がきけば合格だと思ってました。
ダンナにちょっぴりヒントをもらいながらも@とAをネットでみつけたうえで、@は「酔う」と消去し、Aについて「どうしてもちょっとだけ出てまうねん〜。ちょっとくらい(オーバーしても)いい〜?」と頼み込んできました。なるほど直球できたか(^^;ま、一応課題はクリアしたってことで許可するー。言うてみるもんですね。私もちょっと安くあがりました(^^)勉強も大事だけどやっぱりそういう応用力が大事。「知力」よりも「生きる力」です!。。。.と、自分に言い聞かせるように明日は恐怖の三者面談(><)
打たれ強い?
2004年 8月 3日 火曜日
私立の中学に通うまーにんは、「へ?あの学校ってそんなにクラブさせてくれるの?」と訊かれるほどクラブに夢中な毎日。その甲斐あって(?)成績はムムムな一路をたどっています。学期末の三者面談をあさってに控えて私が「なんか、気が重いなー。先生に何言われるんかなー」と言うと、「どんまい(^^)」と励ましてくれます。いやいや、その原因はあんたでしょ!でも今回はさすがに反省しているようで、半日ほどして自分からも「あー今回バリやばい。ほんまやばい。あー」とつぶやいています。「じゃ、心を入れ替えて勉強だけの生活にしてもらおうか」とダンナが言うと「あー、待って。ほら、こうしてどん底やばいって思ってこたえたから、次回はあがるんやって」とささやかな反撃。「こたえてるように見えないんだけど」と言うと「ボク、ポーカーフェイスやねん(^^)」
はぁ。君の明るさに母はなぜか救われる思いがするよ。
そうなの?
2004年 8月 2日 月曜日
仲間由紀恵ちゃんが若き日の母親と現在の娘との二役を演じているドラマを見ながらまーにんが「親子でもあんなには似ることないよなー」と言うので、「うーん、でも最近おかーさんは鏡で自分みたときばぁば(私の母です)に似てきたなーって思うときあるよ」と言うと、意外な答えが返ってきました。「おかーさんはおばーちゃん(義母です)に似てきたんちゃう?」えぇーっ?!どこが?どのへんが?確かに、いまやなんの気兼ねもなく楽しそうに暮らしている私を見て、ダンナがお婿さんだと勘違いする人もいるけど(^^;どちらかというと神経質ではない性格とか、どちらかというとぽっちゃり系のからだつきとか、まったく似てないこともそりゃないけど。でも自分としては身内に言われるなんてすごく意外。「えー、そうかなー?」と聞き返すと「一緒に住んでたら似てくるんちゃうん?」とあっさり。そんなあたりさわりのない、どっかからもらってきたような適当なそして無責任なフレーズ、どこで覚えたんだ14歳。
父と息子
2004年 7月31日 土曜日
五合目までで中止になった富士登山からまーにんが帰ってきました。うん?なんかちょっと様子がおかしい。達成感のない疲労感からか、そうは言っても友達と過ごした5日間が夢のような日々で親が「うざい」のか、なんとなく反抗的というか非強調的。家族で夕飯を食べてるときにもう、旅行中に録画しておいた「セカチュー」を見たいまーにんと「録画してたやつなんてひとり暇なときに見ろ」というダンナがもめはじめたのですが、いつになくまーにんも折れません。いや、富士不登山に関係なくこのふたり、最近やたらと臨戦態勢。何かと相手の「言い方」とかが目につき鼻につくようなのです。あぁ、これが思春期の父と息子なのでしょうか。へたに介入するとこちらに火の粉がとんでくるのは必至。とばっちりを受けないように私はそうっとその場を離れるのです。くわばらくわばら(^^;
ぐうたらのススメ
2004年 7月30日 金曜日
「雅子さまは適応障害」と発表されて、「何をいまさら」という感じです。「いまさら」というのは病名がついたことでなくて、こうなることは充分予測できたのになぜ何もしてなかったの?という憤りです。あんなふうに自分を律して、あるべき姿に向かってエネルギーを注げる人は、周囲の期待に添えるべく過剰に頑張りすぎてしまうことなんてわかっていて、雅子さまはもろにそういうタイプだったのにどうして未然に防ぐことができなかったのでしょう。皇室に入られたときから、雅子さまの本当のこころのそばに寄り添う人がひとりでもいれば、そう思うと残念でなりません。
実を言うと私も似たタイプ。プチ鬱経験者です。それはある日突然自分のなかの何かがポキっと折れて暗黒の世界をさまようという感じです。誰に言われるわけじゃなく、自分で自分を駆り立てるようにフルスロットルで動いていたころです。「止まったら死んじゃう回遊魚みたい」ってよく言われてました。そんなふうに生きていると少しずつ少しずつ足元の砂が崩れてきます。そのときにはもうすでに自分では止められないのです。わけもなく涙が出たり、脳の思考回路がプツンプツンと切れていく音が聞こえるような感じがするころには、もう完全にアリ地獄のように埋没する砂の勢いから自力で抜け出すことは難しいです。でも誰か気付いて、埋まる前に引っ張り出すことができれば、それは自分で抜け出すより容易です。早ければ早いほど、できれば足元の砂が崩れていることにまだ本人が気付かないうちに、「こっちへおいで」って地盤の固い方へ引き寄せてあげてほしいのです。
私もそんなお手伝いができればと日々研鑽しておりますが、これを読んでくださっている皆さんが、身近な家族やお友達をちょっと見回して、「いつもがんばってるなぁ〜」っていう人をみつけたら、そのときあなたが思いつく最大の「ぐうたら」をすすめてあげてくださいね。
ちなみに私も、その砂に埋もれた暗闇から、家族に「ぐうたら」で救い上げてもらいました。
雅子さまのご回復を心からお祈りします。
あー残念
2004年 7月29日 木曜日
富士登山に向かっていたまーにん。火曜日に出て浜名湖の花博に寄ってから、今日8合目まで、明朝山頂を目指す予定だったのですが、五合目で中止になったとの連絡がありました。学校で行ってるので無理はしないだろうと思いつつ、毎日台風情報と富士山の気象情報ばかり見て心配していたので、やっぱりなぁと安心半分、残念がってるだろうなぁと哀れみ半分。でもこればっかりは仕方ない。さて、どんな顔をして帰ってくるのやら。。。
「少年A 矯正2500日全記録」を読みました。
2004年 7月27日 火曜日
14歳という年令であんな事件を起こした少年Aには、現在その年令の息子を持つ親としては、親として何が足りなかったのかという関心はありますがそれ以上に、そういうふうにできあがってしまった人間ををどう矯正するのか、矯正なんてできるのか?という疑問がありました。
少年Aを迎えた医療少年院のスタッフの戸惑いと人間的な葛藤があったことを知ると、「人が人として、人と向き合う」という、「原点」の偉大さを感じました。
反抗の動機になったのは哲学的な死への興味ではなく、性的関心が高まる年頃にあって、自分自身の認知の歪み(興奮する対象が友達と違っていた)に気付き、傷つき、親への愛情飢餓から閉じこもり、自己否定から他者否定へと変化していった経過をたどると、同じ年頃の息子を持つ母親として、思春期の性への理解をきちんとしておかなければと思いました。
まーにんのあごにひげが生えたのを見つけたとき、一気に距離感が広がったように思いました。
あのかわいかったまーにんとはもう別人だと思いましたが、それはある意味正解だったのかもしれないと今読み終えて思っています。
お腹を痛めて産んだかわいいかわいいわが息子が、たとえば女の裸を見て興奮したりするなんて母親としては許しがたい認めたくない変化ではあるけれど、それは受け入れるべき成長の証。「元服」ってそういう意味もあったのかもしれません。
まだまだ幼さの残る息子だけど、そういう日がきても動揺したりヒステリックになったりせず、きゅうきゅうに追い詰めず、といってアンテナは張って息子を感じているそんな賢い母親になりたいものです。
「大変なことをしでかしたその日、家に帰ってくるとお母さんが口をあけてテレビを見て笑っていたのがショックだった」
すでに完全にすれ違って親子のあいだにあたたかい愛情は感じられていなかったのにそれでも少年Aは母親に自分の異状を「感じて」ほしかったようです。
母親として子どもを「見て」いるけど「聴いて」いるだろうか。
「考えて」いるけど「感じて」いるだろうか。
思春期の子どもを持つ母親にとっても、いまが乗り越えるべき大きな節目なのだと身が引き締まる思いがしました。
天神祭
2004年 7月25日 日曜日
天満橋でセミナーがあったので天神祭のにぎわいを初めて見ました。人ごみはあまり得意じゃないので、その人の多さは私には脅威でした(^^;地元の祭りは家の前が見どころなので出かけることはないし、花火大会は物干し場から無理やりよその家の屋根と屋根のすき間から見る私です(^^;で、素朴な疑問。天神祭って浴衣で見るのがルール?あんなに浴衣の人がひしめきあって歩いてるのはじめて見ました。しかも男の子も。見慣れた町の風景がすごく違って見えて、ニッポン!チャチャチャ!って感じでした。
いまが青春のとき
2004年 7月23日 金曜日
「おかあさん、明日ぼく1時間目だけ授業出て、それから試合やから(^^)」とまーにん。どうやら県の大会があるらしく、私学の彼らは授業があるので集合時間に合わせてそれぞれ出て行くようです。どちらかというと進学校で、クラブにそんなに力を入れているわけじゃない学校だけにちょっと意外でした。でも、考えてみれば中学時代なんて仲間とかクラブとか、いちばん楽しい年頃ですよね。もうちょっと大きくなったら異性を意識したりっていうのも出てくるんでしょう。私学であれ、公立であれ、それぞれの環境に応じてではあるけど、やっぱりそういうことにエネルギーを注ぐのは精神の発達段階的に言っても必要なことですから、どうぞどうぞ「今」を満喫してくださいな。私も負けずに「今」を生きます(^^)v
地球に優しい
2004年 7月22日 木曜日
本当に暑い毎日。昔は37度を越えても「ひぇー、体温と同じ?!」と驚いていたように思うけど、最近は40度を越えるニュースもしばしば。外は暑い。中は冷房がガンガン効いてて、そのまた外では室外機が熱を発しています。本当にこうやってどんどん地球の温暖化は進んでいるんでしょう。ナントカっていう国はもう水没が始まっているとか。とはいえ、クーラーのない生活に戻るのも難しいし。我が家では27度までに設定し、その部屋にみんなが集まるというささやかな節約を試みています(^^;27度でも扇風機を併用すると充分涼しいですよ。商店街ぐるみで「打ち水」をしようという取り組みをしているところもあるとか。朝の散歩から帰って植木に水をやりながら、我が家の狭い玄関回りに打ち水をすると、やはり少し涼しくなります。「効果を感じられない」と、「打ち水」そのものが日本の夏の風景から消えつつあるようですが、みんなでやればきっと効果も感じられるはず。21世紀を生きる子どもたち、そのまた子ども達への責任として、そんな地球に優しい努力を、私たちはもっとしてもいいのではないでしょうか。
と、鼻息荒く暑苦しく訴える私が今取り組んでいるダイエット法は「毎日体重計に乗るだけダイエット」あなどるなかれ、これは想像以上の効果を発揮しております。地球に優しい、そして何より私に優しい(^^)、これがいちばんだったりして(^^;
いくら暑くても(><)
2004年 7月21日 水曜日
我が家は女性といえば義母と私だけ。子ども達はこの暑いなか帰宅すると、パンツとランニングというあられもない姿になってしまいます。「服着なさいよ!」という私の言葉は右から左へ抜けていき、私もギャーギャー言うのが暑くるしくて、いつの間にかパンツ&ランニング姿がのさばっています。義父は夏は早めにお風呂に入るのですが、しばらくはフンドシ一丁(^^;そんな男どもの光景を見慣れてしまった自分がこわくもあり(;_;)すっかり女扱いされてない自分が悲しくもあり(^^;
義父帰る
2004年 7月20日 火曜日
無事沖縄に到着した義父の復路は飛行機。空港まで義母と迎えに行きました。「持っていった食料は足りたん?」とか「堅い床で寝られたん?」とか、行きと同じように義母の質問攻めを受けたあと義父の告白にびっくり!「Mさんは、ぼくがあんまり経験ないこと知らんかったから、だいぶ気をつかったみたいやな(^^)」「ええぇーっ!(@_@;)そんなん、自分から言うてなかったん?」自分は初心者やから勉強やったと屈託なく言い放つ義父の笑顔を見ながら、心はもう13日間パートナーを務めてくれたMさんのご苦労を思い、ひたすら感謝、感謝m(__)m 本当に無事でよかった。誰よりもMさんのために。
カレーなる食卓
2004年 7月19日 月曜日
私が出かけて、自分が休みのときは「じゃ、ボクカレー作ろうか」と言うまーにん。お友達にカレーのレシピばかり載っている漫画を借りてから、カレーが作りたくて仕方がないようです。今日は二度目ですが昼から友達とテニスに出かけると言っていたので、「あー作られへんかった」という言葉を覚悟しながら、塾から教育分析へとハシゴした私の携帯にまーにんから電話が。
ま「おかーさん、何時頃帰ってくるん?」
私「えー、今天王寺だから7時過ぎくらい」
ま「えっ。もう帰ってる途中なん、やば!」
私「テニス行ってたんでしょ。時間ないんやったらもういいよ」
ま「いや、もう作り始めてるから」
私「そう、なんか買っていくもんある?」
ま「じゃ、サラダ買ってきて」
なんだか若いカップルのような甘い会話をかわしたあと、サラダを買って帰宅するとバタバタと走り回っているまーにん。なにやら不思議なものも作っている様子(^^;
でも、「ただいまー」と帰ってきたときに、ごはんができているってなんて幸せでありがたいことなんでしょう。「華麗(カレー)なる食卓」という漫画を貸してくれて、まーにんの生活自立のきっかけをくれたN君ありがとうm(__)m 幸せをかみしめがら、「炒めずカレー(時間がないので野菜も肉もエビもいためずに水から煮込んだ:本人談)」と「コンビニのサラダ」と、不思議なもの=水で薄めたヨーグルトにまーにんが適当に(本人談)作ったガムシロップとマーマレードの沈んだ「ラッシー」なる飲み物をありがたく頂戴いたしました(^^;
義父沖縄到着\(^o^)/
2004年 7月18日 日曜日
出航から13日目の今日、義父が無事沖縄に到着しました。これを読んで共に無事を祈ってくださった皆さんありがとうございますm(__)m 義父からはいつも「自分の人生を生きる」ということの見本を見せてもらったように思います。75歳の義父に負けないように、私も私自身が楽しくわくわくしながら、私の人生を送れるように頑張っていこうと思います。
オクラのネット
2004年 7月17日 土曜日
夏野菜がおいしい季節。最近すっかりハマっているゴーヤは今私の創作意欲をものすごく刺激しています。ゴーヤチャンプルーでデビューして以来、おひたし、てんぷら、今日は肉詰めと10日に一度くらいは食べています。そろそろ家族から「最近、異常にゴーヤ多くない?」と言われそうです。拒絶反応が出ないようにしばらく様子をみるとしましょう。えっと、たぶん10日くらい(^^;
それはそうと、もうひとつ頻繁に登場するのがオクラ。ネバ食はからだに良いというし、切り口は星型でかわいいしこちらもよく買ってくるのですが、ちょっとうんざりしているのがあのオクラの入ったネットです。何をどうやっても、あのネットに入ったオクラの本当の色合いを確認することは難しくないですか?わりと若めで柔らかい、青々としたオクラと思いきや、ネットから出してみたら茶色かったり硬かったり。傷みやすい野菜だし、きれいに見せたいというのはわかるのですが、なんというかスッピンだと違う人みたいなくらい化粧した人みたいな。旅行先で一緒にお風呂に入った友達の顔がすごく珍しかったり、友達の出産見舞いに二人部屋の病室に入ったら自分の知り合いがどっちのベッドの人か一瞬目が泳いだり、そんな経験を彷彿とさせる、あれはやはり程度を超えたまやかしではないでしょうか。
モバイル依存
2004年 7月15日 木曜日
昨日からサーバーが落ちていてネットワークがつながらず、各PCはそれぞれ孤立状態。うちのはみんなダンナの手づくりなので、訳わかんない(><)そのダンナは出張中で、私はこの日記を書いてもアップできないことを諦めつつ書いています。
さらに今日は夜の講座もあり、ひろきちの塾の帰りに時間を合わせて帰ろうということになっていました。いつもどおり、私の携帯にひろきちから連絡が入ることにしていたのに、別れた直後携帯を忘れたことを発見(><)「やば!塾に電話しとこう」と思ったその「塾の電話番号」が携帯ないからわからない(^^;しかたなく電話帳をくって調べ、ひろきちが来るまでに駅で待っていることを告げました。さて講座の最終回は盛り上がり、ちょっと時間延長。だんだんそわそわする私。終わって駅へダッシュしながら、「遅れるかも」って言っておきたいと思うのだけど、携帯がない(><)やっとの思いで公衆電話を見つけ、とりあえず自宅に伝言を頼みながら、最短ルートを探すためTモード。。。あぁっ!Tモードもないんだったわー!走り続けてきた電車に飛び乗ったら天王寺止まり(;_;)次に新今宮に行くには?いったい何分の南海電車に乗れるの?いつもならTモードでチェックするのにできないから、乗り換えもやみくもにダッシュ!ぐったりしながら待ち合わせの駅にはぎりぎりで到着。。。あらためて気付いた自分のモバイル依存度。義父のようなスローな生活はできそうにないわ(^^;
義父は奄美大島に向かってると思われますが、圏外続き(^^;本人はもちろん気にしてないと思います(^^)
まだまだお子ちゃま(^^;
2004年 7月13日 火曜日
小6のひろきちは身長も私を越え、もともと持っていた独特の観察眼にボキャボラリが増え、大人をうならせるようなことを言うことも多くて、つくづく成長したなぁーと思う今日この頃。そんなひろきちと昔のドラマの再放送を一緒に見ていたときのこと。出産シーンで「きゃー!いたーい!いたーい!」と叫ぶ深キョンに私が思わず「ちょっと。。。そんなキャーキャー言うて力入るかいな。もっと口閉めてうんっ!ってせなー」と言うと、ひろきちは「そんなにきばってウ○コ出ぇへん?」。うぬ、なるほどな疑問よね。「そやからな、時間に余裕あるときは浣腸しとくねん」と私が答えた途端、ひろきち腹を抱えて笑い出す。異常なほど大爆笑。へ?そんなにおかしかった?きょとんとする私が見たのは、おなかをよじりながら「マジで?これ?これ?」と言って手を組んで見せたのは、いたずらに「カンチョー!」ってするときの手の組み方。いやいや、それ正しい方法じゃないから(^^; 。。。やっぱり小学生だったわ(^^;
義父は屋久島観光してるらしい。
アボガドに学ぶ
2004年 7月12日 月曜日
去年、食べたあとのアボガドの種を発芽させて鉢植えににしたアボガドが無事越冬して、今まさに成長のシーズン。蒸し暑い毎日にも夏の激しい夕立にめげず、というよりそのたびごとにぐんっぐんっと伸びてるように思います。生きてるものはそれぞれ「伸びる季節」っていうのがあるんだなぁとあらためて教えてくれているような気がします。人間の子どもにはついつい親の欲目で、一年中すくすくと伸びててってどこか勝手な思いをしているようにも思います。本当に「育つ」ということは、こんなふうに自分自身でじっと冬の時代に耐え、必要なだけの陽射しと水を得て、個体そのものの特性を活かしているということなのかもしれません。
義父は今夜は種子島。
実行するということ
2004年 7月11日 日曜日
候補者の公約を聞いていて、「で、そのためには?」とつっこみたくなることがよくある。「ママフェスト」と呼ばれる子育て中の女性が票を伸ばしそうだけど、「増税阻止します。そして女性が安心して子育てしながら社会に出られるように支援します」。。。「で、どうやって?そのお金はどこから捻出するの?そのへんどうなの?」やみくもに小泉さんを支持するわけじゃないけど、政治の世界じゃなくても目標を具現化するためにはそれが確実に実行できるような具体的で綿密な計画がいるのは同じだと思う。野党は与党の批判とおいしい話ばかりじゃなくて、「はぁ、なるほど。そういうふうにやろうと思ってるんならやってみて」って思わせるようなものを見せてほしいなぁ。。。なんてことを思う私は少数派だったのね。民主大躍進。
連帯感?
2004年 7月10日 土曜日
父が出かけてから、義母と話をすることが多くなった。義父と連絡がついたときはその話をするし、義母ひとりだとちょっと買い物に行こうにも店番が必要なので、買い物がないか尋ねたり、おかずが行き来したり、いつもよりちょっと密度が濃い感じ。義父を一緒に送った連帯感だったり、ひとりの義母が話し相手を求めているのかもしれないけど、なかなかいい感じ(^^)。あぁ普段は少し思いやる心をベースにしたコミュニケーションに手を抜いてたかなぁとちょっと反省。
義父は瀬戸内海を抜けて現在四国のはしっこにいるそうです。九州に渡ろうと思ったけど、波が高くてやめたとか。そうそう、そんなふうに慎重に行ってくださいよ。
義父情報
2004年 7月9日 金曜日
義父から22時半頃に電話があり、「お風呂に行こうと思ったらこけて怪我をした。出血が止まらないので病院で手当てを受けている。パートナーの人が心配しているといけないので彼の携帯に連絡しておいて」という電話があり、義母大パニック\(゜ロ\)(/ロ゜)/
パートナーの方の番号を聞いていなかったので、義父の部屋をひっくり返してやっと見つけたもののなかなか通じず、義父本人の携帯もつながらず、怪我の程度や今の状況(こんな夜中に病院?!)が把握できず。23時過ぎに、船で寝ていたパートナーの方につながったときには義父の携帯が船に置きっぱなしなことが判明。しかもまだ帰ってない。24時過ぎ、やっと本人に連絡がついて大事がないことがわかって、一安心した次第です。はぁー、陸も心配。。。
義母に学ぶ
2004年 7月6日 火曜日
75歳の義父が二週間かけてヨットで沖縄まで行く航海の計画を聞いたのはひと月ほど前のこと。去年は自分ですべて手づくりでヨットを作り周囲を驚かせた義父。確かその前は西国88ケ所をすべて歩いて走破してきたっけ。とにかく義父のすることは私たち家族が目を丸くするようなことばかり。でも今回はさすがに家族も心配のほうが大きい。耳が遠くて私がお風呂に入ってるのもわからずドアを開けちゃうし、あまりにおおらかな性格で車は傷と凹みだらけ(><)こんなんで安全に行けるんやろか?家族の心配をよそに、さて準備万端整い、最初の予定は台風のために延期していざ出発。早朝の出航にそなえて前日からヨットで寝る義父を港まで義母と一緒に送りに行く。楽しそうな義父と心配な私たち。義母は携帯の電波が届かないときはどうやったら連絡がつくかとか、風呂は入れるのか質問攻め。それに対して義父は「海の上にはアンテナないからな〜(^^)」とか「風呂なんて下手したら沖縄つくまでなしやな〜(^^)」とか。暖簾に腕押し、ぬかに釘の問答を続けながら港へ到着。真っ暗な桟橋を荷物を手分けして運びパートナーの方にご挨拶。「明るいうちに走らせて明るいうちに寄港します」という至極当たり前の言葉に、は〜まともな人だ〜と安心(?)し、「じゃあね、おじいちゃん、気をつけてね」という言葉がやっぱり聞こえない義父に大きな声で繰り返し、義母と帰ってきた。
帰り道、「しばらく心配やね」と言うとさっきまであんなにいろいろ言っていた義母、「もう、行ってしもうたからなぁ。心配してもなんもできひんし(^^)とんでいかれへんし、私泳がれへんし(^^)」と、すっごい切り替えの早さ!そうなのよね、憂いても仕方ないことをくよくよ考えていても何もならない。頭でわかっていてもなかなかみんなそれができないんだけど、この点に関しては義母は実践できる人で尊敬します。住吉大社に参って航海安全祈ってお守りも買ってきて渡したし、港まで送ったし、私が私のために納得できることは全部したんだから、義母にならって「ありのままで」おいておこう。
姪に学ぶ 〜MINORIちゃんへ〜
2004年 7月5日 月曜日
ひさしぶりに姪に会いました。2歳を迎えたばかりの彼女が劇団四季のミュージカルを歌い踊る姿に感嘆し、肉ではなく隣のもやしをかき集めたり、うがいする前と後にきちんとコップをゆすいだりする様子をほほえましく思い、2歳とは思えない言語能力と感受性に目をみはりながら、楽しい時間を過ごさせていただきました。大人たちの優しい温かい目が彼女ひとりに注がれている様子を見て、長女として生まれた自分を重ねて見ることもありました。この温かいたくさんの目をそのうち重たく感じることもあるでしょう。無意識のうちにそんな大人たちの期待に応えようと頑張ってしまうこともあるでしょう。そのことに気付いて悩むこともあるでしょう。それでもやっぱりあなた自身を肯定し注がれた愛は、確実にあなた自身の「他者への肯定感と愛情」を育んでいるのです。そしてそれは神様から与えられたあなたの能力とともに、それを活かすべきときに活かさなければなりません。それがあなたがこの世に生を受けた意味であり役割なのです。持っている能力が高ければ高いほどその役割は大きく、同時に乗り越えるべき壁もたくさんあるかもしれません。でもそんなときあなたを支えるのはやっぱり今あなたがきっと感じている「認められている」という記憶なのです。後の世代に夢を託すみたいな感覚は、自分の子どもにはあまりに自分に近すぎてきっと盲目的すぎて感じられなかったけど、「ママ」って呼んでくれる「叔母ちゃん」だからこそ、あなたの力と未来を客観的に、だけど確実に信じられるのかもしれませんね。とても大切なことをあなたから教わって帰ってきました。ありがとう。また会おうね(^^)
辻元清美2
2004年 6月29日 火曜日
何日か前の日記で『まだ』っていう選択はないのかって書いたことについて、自分の中に問いかけるものがありました。『まだ』というのが私のスタンダードな発想だというのは、カウンセリングの勉強の中で自己内省してきてたどりついたことです。そう、私はいつも『まだまだ未熟者でございます』という姿勢なのです。もちろんそれがちょうど良い場合もあるけど、人生においては『今だ』というとき、『今、ここでの自分で』やってみていいときがあるのだということに最近気付いたのです。となると、今回の立候補は彼女が『今の自分で』立候補することに、中途半端な迷いはなく、その審判を有権者に任せているのだと理解できました。嫁姑のところでも書きましたが、人を理解できると否定的な感情は消えます。明日の朝の散歩のときには、ポスターのあの細かい字の部分をじっくり読んで、彼女の声に耳を傾け、そして一有権者としてどう投票するか客観的理性的に考えてみようと思います。
おぉ〜(・o・)
2004年 6月28日 月曜日
ついに買ってしまいました。「女優肌」のエクスボーテのリキッド&パウダリーファンデーション。ランコム教信者の私もこの時期のファンデーションには満足できずにいたところ、ちらちらと目に入るようになったエクスボーテ。でも「女優肌」って、そんなわけないでしょ(^^;カバー力があるのにナチュラルで、長時間たってもよれない、崩れないって(^^;そんなおいしいことほんとにあるんやろか。マックスファクターの「落ちない口紅」は確かに落ちないけど、唇が皮膚呼吸できない感じですごく気持ち悪かった経験もあり。あまりにうたい文句がおいしすぎて敬遠してたけど、なんだか夜中のテレビショッピングを見ていたときに「ん?試してみる?」なんて思っちゃって(^^;
さて、どきどきわくわくしながらつかってみると。。。おぉ〜!のびがいいぃー!するするする〜。ベタベタしない〜!さらさら〜!使い心地バツグンじゃない!この時期開いてる毛穴に無理やり塗りたくってるような感じがしない!そんなふうに確かにカバー力があるのに重たくない!夕方、もちろん朝と同じではないけど、目尻の中にファンデーションが埋もれてるような無様な崩れ方ではない。全体的に薄くなったって程度の感じ。おぉーいいじゃん!いいじゃん!なんで今まで迷ってたかなー。これはちょっと嬉しい出会いでした\(^o^)/
男のロマン
2004年 6月27日 日曜日
現在75歳の義父は夢見る男です。去年インターネットで設計図を取り寄せ、木材を購入し、オール手づくりのヨットを作った”やりとげる”男です。その前はお遍路さんの旅に出てしばらく帰ってきませんでした。義父を見ていると幸せな老後だなぁと思うと同時に、こうして機が熟すまで自分の夢をおさえてきたのかなぁとも思います。老舗のあととりとして、プレッシャーやかなえられない思いもたくさんあっただろうと思います。今、はじけるような笑顔で新しいプラン『沖縄へヨットで行く』準備を楽しそうにしている姿を見ると、心から応援したいと思います。でもちょっと、いや、だいぶ心配。耳が遠くて話すときには大きな低い声でないと聞こえない義父。気がつくと車のあちこちに傷や凹みを作っている義父。ああ、こんなことを考えると不安と心配が増していきます。どうか安全な航海を。
辻元清美
2004年 6月25日 金曜日
参院選のポスターが貼り出された。一瞬目をひくのが辻元清美さんの「ごめん」っていうやつ。縦に大きく3つに分かれていて、左端がごめんと大きな文字。右端に顔半分。まんなかに細かい字でぐわーていろいろ書いてある。まんなかの部分はまだ読んでないけど、遠目でぱっと見た印象は好感もてなかった。「ごめん」って。「顔半分」って。立候補表明の会見で「大阪の人が『もっかい辻元にやらせてみよう』とおっしゃるか、『いや、もう辻元はあかん』とおっしゃるか」って言ってたけど、『まだあかん』っていうのはないのでしょうか。私は執行猶予期間が終わってから出てくるかなと思ってました。
保坂尚輝
2004年 6月24日 木曜日
保坂尚輝と高岡早紀が離婚した。もうとっくに家庭内離婚状態で、シャンプーのCMの契約が先週切れて晴れて(?)離婚に至ったとか。確かに違約金とか大きいんだろうけど、そういうのっていかがなものなのでしょう?そういう両親を子ども達はどう理解しているんだろう。昔ブレイクする前に料理番組に出ていた保坂尚輝が鮮やかに魚をおろすのを見て驚いた。やはり驚く司会者に、両親がいなくておばあちゃんに育てられたからと言っていたように思う。また別の番組でも、食べることというのは最も本能に近い欲求、自分でできなきゃおかしいって言っていた。自分の身の回りのことを自分でできるという「身辺自立」がきちんとできていて、かっこいいなぁと思った。私にとっては身辺自立ができている人は夫として最高っていう認識があったけど、そればっかりでもないんだなぁ。
こころの旅
2004年 6月23日 水曜日
二ヶ月ほど前に感受性訓練で思い出の場所を描いて以来、その場所−小学校3年生から6年生の夏までを過ごした土地に行ってみたいという気分が高まっていました。絵を描いたときも気付いたことがたくさんあったのですが、その場所の空気を吸ってもっと何か感じることがあるんじゃないかと思ったからです。30年も経って、そのあいだに震災もあったので、その町の変貌ぶりは予想以上でした。さんざん迷ったあげく見覚えのある風景にたどりつきました。見覚えのある風景なのに、建物はほとんどが新しく、時の移ろいと同時に震災の被害がどれほどのものであったかをおしはかることができました。転校を繰り返して4つの小学校に通った私が、いちばん長く小学生生活を送った小学校を見て、忘れていた思い出もたくさんよみがえってきました。あの頃歩いた道のりは大人になって歩くとすごく近くて、たどりついた懐かしい家はそれだけ変化した町並みの中にあって不自然なくらい昔のままでした。記憶の底からいろいろな情景がよみがえってくると同時に、母親になった今の自分だから理解できるあの頃の母の思いを感じたりして熱いものがこみあがってきました。こみあがってくると同時に、私のなかの未消化だった感情がきちんと整理され昇華していきました。「喪の儀式」ともいえるかもしれません。まとわりついていた殻をやっと脱皮できたような気がしています。
あの場所は!
2004年 6月22日 火曜日
さっき「アットホームダッド」を見ていて発見!篠原涼子が出張で行った熱海の別荘(?)は「白い巨塔」で財前教授宅のリビングになっていた部屋ですよね?!ドラマの細かいところ、缶ビールの銘柄からストーリー上の設定の矛盾とか、そういうの結構気になって目を凝らしてしまうタチなのです(^^;
十穀米
2004年 6月21日 月曜日
いつも買っているファンケルの発芽玄米をきらしてしまいました。通販で購入しているのでつなぎにスーパーで買おうと思ったら、その隣に「お豆と雑穀ごはんの素」なる商品を発見。うわ!おいしそう!発芽玄米ごはんにかえてから白米ではなんだか物足りない我が家の穀物好みを見透かしたような。ひとふくろに胚芽押麦、もちきび、黒豆、小豆、アマランサス、黒米、もちあわ、緑豆、黒ゴマ。これをお米を研いだあとに入れるだけ。これで十穀米の完成。発芽玄米といい、ほんとこういうふうに気軽に食べられるの助かります。香ばしくておいしい〜(^^)。しかもカルシウムは白米の25倍、食物繊維は17倍。さらにさらに嬉しいのはお腹が膨れるのよね。しばらくはまりそうです。
丸ちゃん頑張れ!
2004年 6月20日 日曜日
ここのところ、朝起きたらゴルフに釘付けです。えぇーーっ(@_@;)って思うほど難しそうなコース。ラフは草ぼうぼうだし、バンカーは干しあがった湖みたいに大きいし、グリーンに至ってはボールが全然止まらないつるっつるな感じ。おまけに今朝は風も強かった。そんな状態でそんなところであの小さい穴に玉を入れるために神経削って一打差を競い合っているなんて、見ているこちらまで胃が痛くなりそう(^^;しかもそれを4日間もなんて。。。どうやったらそんな集中力を持続できるんだろう。どうやったらそんなキリキリな自分の神経を保ってられるんだろう。もう、驚きを通り越して尊敬、超人的。なにはともあれ明日は最終日。こうなったら丸ちゃんにメジャー初優勝させてあげたいし。まだ3打差だから望みはある。頑張れ、丸ちゃん!
仔犬顔
2004年 6月19日 土曜日
「小西真奈美って可愛いと思う?」とまーにんに聞かれて、うーん、可愛いといえば可愛い(と思う)。きれいっていうよりは可愛い(と思う)。と言って、あややのかわいさとは違う(と思う)。どう可愛いかって「仔犬みたいな可愛さ」(と思う)。どこが仔犬っぽい(と思う)んだろう?頭のなかにずーっと気にかかっていた課題だった。今朝、リキの散歩中にふっとひらめいた!「黒目が多い!」(と思う)。どうでしょう?そうでしょう?(と思う)
友達
2004年 6月17日 木曜日
悲しいニュースが続く。「ゴキブリ」と呼ばれ、たかが指遊びのゲームに負けたくらいの罰ゲームが好きでもない男の子に告白だなんて、思春期の女の子にはどんなにつらく孤独だっただろう。「無視」ほど辛いことはないというけど、たとえ無視されたとしてもその罰ゲームにNOと言えなかったのか、無視のほうがまだましじゃないかという気がしてくる。友達ってなんだろう。あらためて考えると、親きょうだいのように血のつながりはない。「他人」だ。他人なのに良くも悪くも自分にすごい影響力を持つ。良い関係のときは、時には身内より親身になって自分自身を肯定してくれる、ありがたい存在だ。私もこれまで何度となく友達に励まされ、救われてきた。反面、どうしてもうまくいかない友達もいた。今はその原因がわかるし、トラブルを回避する方法もわかる。それは自分という人間がわかっているから。相手から受けるストロ−クに対して自分がどんな反応をするかがわかっているから。すべては「自分」ありき。自分の受け止め方次第で、悩みは喜びにもなり、喜びは悩みにもなる。人生に出会える人は限りがあるけど、生きている限り明日すばらしい友達に出会う可能性は常に持っている。どうか、狭い交友関係だけで自分の未来まで狭くしてしまわないでと願う。
今日、私自身が気付かなかった人間関係のリスクについて、親身になって心配してくれた友人Nに感謝と敬意を表して。
キシリトールガム
2004年 6月16日 水曜日
キシリトールガムにはまってます。個別包装のではなく、最近よくみかけるボトル入りの分。あのなかに入っている「捨て紙」つまりガムを包んで捨てる紙の質で、私は明治のキシリッシュがお気に入りです。キシリッシュは、捨て紙とガムの入っているところが仕切られていてきれいだし、捨て紙も薄くて包みやすい程度に大きいのです。ロッテのは、ガムと捨て紙が一緒に入っているんだけど、その捨て紙が明らかに「付箋」。いつもメモ書いてそこここに貼りつけてるあの付箋です。ガムを包むにはちょっと硬い、そして小さい!ところが、ガムが終わって捨て紙だけが残った場合、その付箋のほうが活躍の場があるのよね、もちろん「付箋」として。。。ちょっと微妙(^^;
手帳依存症(^^;
2004年 6月15日 火曜日
もう何年も前から手帳依存症。なんやかんやと書いておきたいっていうのと、予定を頭に入れられなくなってきたので、もう完全に手帳に頼りっぱなし。手帳で確認しないと明日の予定すら不安なのです。歯医者の予定も入れられません(^^; そんな状態なのに、よりによって午前と午後と勉強会のはしごをする日に手帳を忘れてしまいました。来月の日程を決めるのに、いけそうかなって思ってOK出した日程がことごとく他の予定とダブルブッキングしてしまいました。メンバーが揃ってるところで決めた日程をメールでひとりひとりに確認している状態なので2日たってもいまだ調整中です(+_+) ちょっと依存しすぎかも。
雲的極楽映画生活
2004年 6月14日 月曜日
私は映画が好きです。ひとりでも観に行くし、家族と観にいくのも好きです。だいたいは近所のユナイテッドに行きますが、ひとつ気に入らないのはドリンク。やたら大きいわりにおいしくない。炭酸が苦手な私はコーヒーとか爽健美茶にするのですが、氷を入れるとやがて味が薄くなるし、かといって氷を入れないとぬるくなるし。1階のスタバのを持ち込めたら最高に嬉しいのに、なんで提携しないんだろうと思いつつ、メニューをのぞきこんだのは前に子ども達と「ホーンテッドマンション」を観に行ったとき。そこには「31アイスクリーム」の文字が。えーっ、サーティーワンのアイスクリームおいてるの知らなかったよー、しかも大好物の「チョコミント」もある!それ以来、チョコミントを食べながらの映画鑑賞が私にとって至福の時間になっていました。ところが、今日、ひろきちと「海猿」を観にいったときのこと。いつも肯定的で優しいひろきちが「映画観ながら『チョコミント』って、ボクが回転寿司で肉の『塩カルビ』食べるくらい邪道だよね」とひとこと。えーっ、そうかなぁー。そうでしょうか?
中三生観察記
2004年 6月12日 土曜日
微妙にややこしい年令である。自分の主張はするが、時にその行動は矛盾する。群れをなしているようで孤独も愛している。揺れている。迷っている。それでいて達観しているふうでもある。こちらがびっくりするような大人の発言をする一方で、耳を疑うような幼いことを言う。親の価値観と自分の価値観との分離をはかろうとしている様子は、なかなか親離れできなかった私と比べると格段に健康的で正常だ。親の言うことに反発を感じることもあるようだが、むやみに反抗するわけではない。だが上からの抑圧的な言動には、過剰なまでに反応する。
テストの結果を見て親から学校に出す感想欄に「しなければいけないことは自分でわかっている。あとは本人の実行のみ。親が口出しして動かす年令ではないので、本人を信じます」と書いた。なんとも言えない、どちらかというと嬉しそうな顔をしていた。認めてもらいたいお年頃のまーにんには、「信じる」という言葉が喜びでもあり、プレッシャーでもあるのだろう。自由度が増せば責任は重くなる。親として、ここまで自分たちがやってきたことの真価が問われるのは、こうして子どもが自分の足で歩き出す今からなのかもしれない。今までみたことのない、「14歳」の表情を見てそんなことを考えました。
新しい包丁
2004年 6月11日 金曜日
結婚式の引き出物のカタログの中から、包丁セットをチョイス。やっぱり切れ味が全然違う〜(^^)って喜んでたら、さくっと皮をそぎ、ふっと当たって切り、2箇所もバンドエイドを貼るはめに(><)これってなんだか日常をあらわしているような気がしてちょっと反省。いつの間にか切れない包丁の切れなさに鈍感になって、切れる包丁を使いこなせないことにも気付かないでいたのかも。家庭の中で妻として母として、どっしりと腰を降ろす安定感も必要だけど、日常に埋没して感性が鈍らないように、下腹をひきしめるごとく適度に緊張した毎日を送りたいものです。
どうぞ私をぶっかけて〜♪
2004年 6月10日 木曜日
ヒガシマルのぶっかけそうめんのつゆのCMを見て衝撃!どうぞ私をぶっかけて〜♪とスキップしてくるぶっかけそうめんつゆの格好をした女性が「夏が過ぎたら忘れるんでしょ!」と詰め寄ってくるんだけど、何が衝撃って本当に忘れてたから!去年見たときは、この女の人誰なんだろう、芸人さんなのかな〜とか思いながら、一度聞くとそのメロディが頭から離れなくてすごい印象的だったのよね。それが、本当に夏が過ぎたらものの見事に忘れてました。いやぁ、なんていうの、良心が痛む感じ?どうせ忘れるんでしょって言われて本当に忘れたときのバツの悪さというか。そういう意味では同じCMなのに去年より数倍印象的。これも計算して使ってるとしたら、すごいことだわー。
日記、ためすぎました。。。m(__)m
2004年 6月 8日 火曜日
しばらくバタバタしてたら、更新が滞ってしまいました。塾弁の写真も撮るのが精一杯でたまるばかり。。。まとめての更新は、おかずを見ても何かわからなくて大変でした(><)
HPできるまではわくわくして楽しいけど、始まって更新更新の日々は、まるで結婚式っていうイベントの終わった日常生活のよう(^^;でも、新鮮さを忘れずに頑張ります!
この2週間の間に知ったこと、気付いたこと、いろいろ。。。マガモのひなはどうやら全滅らしいlこと。エンタの神様に出演中ギター侍に家族中はまってること。仙台土産の牛タンはなぜタンなのか、他の部位はどうなっているのかっていうこと。etc・・・。なるべくためないようにします(^^;
ひなの行方
2004年 5月21日 金曜日
春になってマガモのひながいるのを、朝の散歩のときにみつけたのが一週間ほど前でした。すっごく小さくてお堀端を歩く人はみんな目を細めて見ています。私が見たときには2羽だったけど生まれたのは3羽だったとコロのおっちゃん(訳:コロをいう名前の犬を連れているおじさん)が教えてくれました。1羽は水面にいるときに、下からブラックバスにひきずりこまれたそうです。去年はそれで10羽以上被害にあったとか。外来魚のブラックバス、こんなとこにも!生態系を壊すというのはよく聞く話だったけど、こんなかわいいマガモを水中にひきずりこむなんて衝撃でした。
そして今朝はひなが2羽とも見当たりませんでした。心配です。
超!嬉すぃーひと言(^^)
2004年 5月14日 金曜日
月曜日に必死になって作ったおかずも底をつき、今日の夕飯は店屋物。ほぼ予定通りなので、あせりもなければ罪悪感もなし。「腹八分目」というけれど、「エネルギーも腹八分目でこころが安泰」とあらためて実感(^^)
ところで昨日の夕方、義母に「おかずはしてあるん?」と聞かれたまーにん、
「おかーさん、出かけるときはちゃんとやってってるで」と言ってくれたとか。涙がちょちょきれるくらい嬉しかったー\(^o^)/超日常で地味なごはんづくり。主婦になって以来、私と胃袋とどっちが働き者だろうと思いながら自分にムチ打って頑張ってきた甲斐があったと思えた瞬間でした。
ひろきちは「今日のセミナーはどうやったん?」とかしっかり「傾聴」してくれるし、なんか息子たち偉いぞ、立派だぞ。。。大丈夫か。。。私が言わせてる?(^^;
あれ?
2004年 5月10日 月曜日
今週は予定びっしり、超ハード。そこへ持ってきて例の2ちゃんねるへの書き込みのおかげで流れていたPTA総会も晩に開催されることになったりして、あれよあれよと手帳は真っ黒に。こうなると、がぜん燃えてきてしまうのが私の悪いクセ。敬愛する三大料理研究家、栗原はるみさんの緻密さと、小林カツ代さんの豪快さと、平野レミさんの大胆さを見習って気合でもって絶対乗り切ってみせるわっ!と、はりきっておかずを作っちゃー冷凍に、食材を刻んじゃー冷凍にと、ばたばたしていたら今日の塾弁の写真を取り損なっちゃいました。さっそく出鼻をくじかれたようで先行き不安に。。。ま、できないことはできないと諦める勇気を持つことも大事よね、と簡単に方針変更できてしまう最近の自分が結構好きだったりします(^^)
自分の尻は。。。
2004年 5月 8日 金曜日
同居していると、主婦がふたりいることになる。これは便利な面と困った面がある。便利な面はもちろんお互いに家事が全面的に自分の負担にならないので助かるってことだけど、困ったことは我が家の男どもの「自律」がしにくいということ。たとえば、私がごはんの用意をできないままに留守にすることがあったりしても、自分たちでなんとか工夫するという前に自動的にコロッケや豚マンが食卓に登場したりと、救いの手が差し伸べられる。コンビニに傘を忘れてきたといえば、「自分で取りに行ってこーい!」と私に言われながらもだらだらしている息子たちが行く前に、無くならないかと気が気じゃない義母が取りに行ってくれたりする。子供が小さいうちはそれでもいいけど、もうそろそろ自分のことは自分でやらせたい。せめて、自分の不始末は自分で処理できるようにはしたいもの。そんなことを願いつつ、子供たちには「自分の尻は自分で拭け」と言い続けてきた。うん、言うだけは。
そして、ゆうべの話。「おかーさん、弁当箱出すの忘れてた(^^;」とまーにん。えぇーっ!だって連休あったし。その前は確か学食で食べる日だったし。そういえばいつからまーにんの弁当箱を見てなかっただろう(^^;気付かない自分にも非があることは重々承知のうえで、今こそ「自分の尻は自分で拭け」をまっとうしなくては。「じ、自分で洗いなさいよ!」と言ってみた。激しく抵抗するか甘えてくるかと思いきや、意外とこちらの信念が浸透していて、あっさり洗い始めた。悪臭除けのためにティッシュを鼻に詰めて、「ぐわぁぁぁ!だぁーーー!くっそー!」とか絶叫しながら(^^;
なんだ、やるときはやるんじゃん。「ミニトマトのへたがカビってる〜」とかいう実況中継に「はい、はい(^^;;;;;」と息を止めながら相槌を打ちつつ、ちょっと安心したり、彼の成長を感じたりする妙に幸せなひとときでした。
またー?(-_-;)
2004年5月7日 金曜日
もともと今日は家庭訪問の日で、ひろきちたちは4時間で帰ってくる予定だったのですが、昼過ぎに鳴り響いた突然の町内放送にびっくり。「子供たちが帰ってきます。安全確保のため。子供たちの様子に注意してください」って、わからない人にはなんのこっちゃわからないでしょう!町会長さん!みたいな(^^;要は例の書き込みがまたネットにあったらしくて、子供たちの下校時間に、大人たちが玄関前や店先に出ることで監視の目を増やし、犯罪抑止力になろうということなのです。だけど、それは他校でそんな試みをしていると聞いたPTAだけが知ってることで、町の小学生を持たない人たちの頭の上には?マークが乗っかってたことでしょう。そんなことも含めて、思いがけない犯罪に対して後手後手になることに対しての危機感は感じざるを得ない。「無事に元気に帰ってきてくれることが、なによりだよ」と言うと、「じゃ、これで母の日のプレゼントってことでいい?」って返ってきた。。。はぁ。危機感ゼロ。。。
流通してる?
2004年5月5日 木曜日
「お母さん、これ両替できる?(^^)」とまーにんに手渡されたメモ紙。ひろきちの字で「小切手100円分」と書いてある。塾のGWの宿題の量にため息をつきながら算数の問題と格闘していたひろきちが、まーにんに教えてもらったらしい。冗談でまーにんが「10分やから100円やな」と言ったら、ひろきちがメモに小切手と書いたらしい。よく見たら、しっかり者のひろきち、「現金にできません」とも書いてあるのだが、なんだかひろきち楽しそう。問題も解けたらしい。「兄ちゃんに教えてもらってよかった?」「うん!」「もっかいその問題出てもちゃんと答えられるくらい近いできたん?」「うん!」そんなに嬉しそうに言うんなら、まーにんに払うしかないかー。あれ、この小切手活きてるやん(^^;
GW仕様ネイルアート
2004年5月 1日 土曜日
今日明日は私にとって貴重なGolden Holiday。今日はひろきちと映画を観に。明日は家族+T君で和歌山マリーナシティへ。ちょっとうきうき気分なので、ネイルアートに初挑戦。といっても普段のナチュラル系マニキュアに、お花のネイルシールを乗せただけなんだけど。これが、かっわいい!はぁ。。。娘がいたら「おかーしゃん、かあいぃー」とか言ってくれるんかなー。こんなん言ってくれそうなのは、姪のみのりっちだけかなー。。。でも、いいの。家中誰も気付いてくれなくても。たとえ気付いて「なんかついてんで」って言われても。自分でかわいければ。とりあえず明日までは、せっかくのネイルが崩れないように、指の動きがめっちゃ優雅な私です(^^;
飲める硬水
2004年4月26日 月曜日
今日の夕刊に広告が載ってましたが、私が最近はまって飲んでいるミネラルウォーターは「ヴァットヴィレール」。コントレックスは1500以上の硬度で、飲んだときには「硬っ!(><)」って感じで飲むのに苦痛を要するのですが、これは硬度が627で飲みやすいのです。これはかなりおすすめです。
たんこぶ
2004年4月25日 日曜日
玄関のドアにぶつけ、額の真ん中にたんこぶができた(><)いい歳して情けない。。。明日までにひいてればいいけど。ん?「ニキビ」はもはや「吹き出物」としか呼ばせてもらえないが、「たんこぶ」は「たんこぶ」でいいんかいな?
「ただいま!」
2004年4月23日 金曜日
ひろきちのクラスの連絡網がまわってきたのはゆうべのこと。ネット上に「大阪の小学生を殺す」という書き込みがあったので、念のため注意するようにとのこと。今日学校では授業参観のあとクラス懇談、そしてPTA総会が行われる予定だったが、子供だけを先に帰宅させるのを避けるため、参観以後の予定は延期になった。門の前には、PTAの役員さんたちが入校者をチェック。ごくろうさまです。そんな思いで学校から帰ってきたのに、ひろきちは友達と約束したからと遊びに行き、さらにその後週に2回の柔道教室へ。さすがに私より背が高くなった小6男子に、「ずっと家にいなさい」ともいえず、何かあったら大声を出すようにとか、人通りの多いところを通れだとか、どんなにお母さんが君を愛してるかとか、心配なのだとか、懇々と訴えてから送り出した。「ただいまー!」の言葉にほっとしたのもつかの間、「あ!道場に水筒と帯忘れてきたから取りにいってくる」え〜っ(><)やっと安心したのにー。その後、「ただいまー!無事に元気で帰ってきたでー(^^)」というひろきちの声に、「ただいま」が母親にとってどんなに嬉しい、待ち遠しい言葉だったかを思い出した。
イマドキの中三男子?
2004年4月20日 火曜日
連休のうちたった一日だけ家族全員のスケジュールが空いてる日がありました。ひろきちのストレスも発散させようと、その日は和歌山マリーナ、ポルトヨーロッパに行くことが決定。中三のまーにん、学校から帰ってくるや「T君も行きたいって」。え?幼稚園や低学年の頃はそんなこともよくあったけど(^^;「いいけどさ、家族扱いだよ。中学生ふたりだけの別行動は禁止」その条件をT君につたえたところ、「連れて行ってもらえるだけで充分」という返答だったそう。なんか、かわいいなぁー(^^)。中三でも男の子ってこんなもんなのかな?それともまーにん&お友達が「おぼこい」のでしょうか?ま、いいけどね(^^;楽しそうだし(^^) 楽しみだわ(^^)
神戸にて
2004年4月19日 月曜日
いとこ夫婦が神戸にSHOPを開きました。chocolanちゃんたちといざ神戸へ。三宮からぶらぶらしながら、サンダルを物色しながら、あぁ、なんか違うなぁ。神戸だなぁ。なんて、久し振りにわくわく楽しい気分で散策したあと、目的の「SUNCHAGO」へ。若い夫婦がふたりで作った、本当に味わいのある優しい感じの、ふたりらしいお店でした。主婦3人、しばし現実を忘れ、身も心もほぐされて大満足で帰ってきました。まーにんとひろきちと私にはしっかりとTシャツをゲットして(^^)v さっそくひろきちは塾に着て行きました。私も着心地の良さを満喫しています(^^)神戸元町から徒歩五分程度。神戸にお越しの折には是非お立ち寄りください。僭越ながらちょっとした宣伝のページ作りました。よかったらご覧下さい。こちらです。
第二弾(^^)v
2004年4月14日 水曜日
家庭内トレーニングマシン第二弾。サイドステッパー到着。階段を上るようなステップを踏むんだけど、前後でなく左右に足を動かすので、ひざ痛持ちの私にも負担が少ない。さっそく10分間やってみました。しんどーい。息あがります。脈拍はかって確認して、さて10分で消費したカロリーは63kcal。少なっ(><)筋力つけて代謝アップさせなきゃ。バン&サイMAXとの併用はかなり正解だったかも(^^)
家族で(^^;
2004年4月13日 火曜日
医者に痩せなさいと言われた夫と、薄着の季節に危機感を感じている私、縦にも伸びてるけど下手すると横にも伸びそうな長男、柔道を始めて以来すっかり我が家一のプロポーションを誇るようになった次男けど、面白そうなものにめっぽう目がない次男。みんなの視線が集まったのが、千趣会のカタログ「Beauty Cube」創刊号。なんだか勢いで、頼んでしまいました。そして今日、届いたのが「バン&サイMAX」(^^;;; V字にもどろうとする力を利用してふとももやお尻、主に下半身のトレーニングをするものです。これが効くこと効くこと!ひととおりやっただけで、汗ばんできて、ももの筋肉を使った感がすごい(><)今日からTVタイムには取り合いになりそうです。
つっぷリつっぷりつっぷりっ!
2004年4月12日 月曜日
あややはすごい。アイドルの王道を行っている。電車のつり革広告で「プロのアイドルだ!」というのを見かけたけど、本当にそうだ。何がすごいって、あの年で自分の「見せ方」を熟知している。容姿、ものの言い方、言う内容、アイドルという立場にあって、TVというメディアを通して何万人もの視聴者の目にさらされている自分を達観している。そこに中途半端な謙虚さもなければ、あからさまな媚もない。だから何をやらせても、どこを切っても「アイドル」なのだ。かぶりものをして「ぽっぽっぽー」と踊っても、ジャージ姿でお相撲さんを従えて真顔でつっぱっても、プロとして全身全霊魂を込めてやってるんだ!というのが伝わってくる。究極の「I am OK」だと思う。はっきり言って尊敬している。
親の役割
2004年4月10日 土曜日
中学受験の項にも書いたが、子供が大きくなると親の悩みも変わって来る。安全であったり健康であったり、それは当然望むに越したことない悩みだけではなくなってくる。ひとが成長するためには、嬉しい楽しいばかりではいられない。傷ついたり苦しんだり、結末がわからないことにも自分自身で自分の気持ちに折り合いをつけたり、そんな「負の感情」を味わうことによって自我が確立し、精神的に成長していく。親としてこれを目の当たりにするのはつらい。いつまでも我が子を腕の中で守ってやれたらどんなにいいだろう。でもそれでは子ども自身が飛べないのだ。命の手綱さえ握っていたこの手で目で耳で全身で感じていた愛する我が子が苦悩するのを、今度はまったく手を出さず毅然とした態度で時には懇願する瞳をはねつけないといけないのだ。親としてこんなにつらいことはない。でも、これは親にとっても子供にとっても、人間として成長するための試練なんだ。いつの日か我が子の成長を実感し、親の役目を無事終えたと安堵する日がくることを祈りつつ、ドキドキバクバクしながら「親」をやらせてもらっている。
対等なんだ!
2004年4月4日 日曜日
カウンセラーとしての研鑽に心理系のセミナーに足繁く通う私。一方コンサルのダンナはもっぱらIT系。そんな私たちが今日初めて同じセミナーに参加した。私分野の心理系。やっぱりひとりで受けるほうが気が楽かなぁーという部分と、同じ話題でディスカッション出来るかなぁーと楽しみな部分と。専業主婦を10年やってるあいだに、なんとなく私の保護者のようになったダンナ。もちろんそれは彼の家族に対する愛情であり、責任感であることはわかっている。でも、動物占いが「ペガサス」な私は、できるならかまわないで好きに泳がせておいてほしいという願望が強いようだ。40代になり、仕事人として油がのっているダンナに嫉妬心すら抱くことさえある。同じセミナーに出ることで、結婚前のように私たちは「対等な関係」なんだということを彼に思い出してほしいし、主張しやすくなったような気もする。と、同時に子供たちが成長し、また純粋にふたりだけの関係性を考えられるようになったことを実感し、私たちにとってまた新しい「章」が始まったという気もする。
さくらの季節
2004年4月2日 金曜日
桜の季節にいつも思い出すことがあります。昔、お城まつりの物産展に出店していたとき、一日中模擬店にいる私にお昼ご飯の差し入れや、トイレ休憩のための交代や、時にはお客さんを呼び込む「さくら」にもなってくれたのは家族ではなく、私の友人たちでした。本当に本当に嬉しくて助かりました。毎年桜を見るたびに、自分にはたくさんの友達がいることを思い出して、とても心強く、そして幸せな気持ちになるのです。みんな、ありがとう。
いかなごの釘煮
2004年4月1日 木曜日
塾弁のごはんの上にのせている「いかなごの釘煮」が多いんじゃないかとのご指摘をいただきました。だって、だって、今年は大成功\(^o^)/だったんです。成功を予感してか1.5キロも買い込んで、かきまぜたいのを我慢して我慢して、シャキーン、シャキーンとちゃんと釘状になったいかなごたち(^^)v白いごはんの上にのせると、その「釘っぷり」が映えて嬉しくなっちゃうのです。もちろん味も大成功(^^)
春の味
2004年3月31日 水曜日
春だなぁと実感するのが、旬の野菜。菜の花やそら豆、ふきなど春ならではの野菜がならぶと無性に家庭料理をしっかり作りたくなる。子ども達が「おぉ、ふきの季節かー」なんて、ちょっとオヤジ的な発言がとても嬉しく、この季節感を守りたいと思う。「ボクこれ好き」っていう去年も聞いた言葉を、一年前より確かに成長した子ども達から発せられるのを聞いて、この一年我が家で平和であったことを実感してほっとするのだろう。
データ書き換え(^^;
2004年3月28日 日曜日
私の買い物はまとめ買い方式。スーパーでは、ピピっピピっと「底値センサー」が働いたものを手当たり次第にカートに入れながら進んでいく。そのあいだじゅう、頭脳はフル回転。次々に放り込まれる食材でその先3〜4日分の献立を組み立てている。消費税込価格表示になると、この「底値センサー」の働きがすこぶる悪い(^^;今まで78円でインプットされていた底値は82円、198円でインプットされていたものは208円なので、瞬時に反応できないのだ。そうなると献立を考える思考回路がストップしてしまう(^^;効率の悪い買い物から脱却するためにも早くデータの書き換えを行わなくては。こういう対応にかかる時間が長くなればなるほど、年なんだろうなぁ(><) 
えらい、えらい
2004年3月27日 土曜日
今日で三日連続、試合のため早朝五時半に家を出る。我が家では小学校にあがった時点で親が起こさないきまりになっている。というより、親は当てにならないってことなんだけど。とにかく夫の目覚まし時計を借りて、5時起きする息子はエライ。前夜のうちに用意しておいたおにぎりやパンを食べてとっとと出かけていく。私は「行ってらっしゃい」だけは言いたいので起きようと、5時15分にアラームをセットしているのだが、「お母さん、起きた」という息子の報告で目が覚める(^^; ま、えらいえらい。
未来なんてわからないかも
2004年3月15日 月曜日
夕方の古いドラマの再放送で、「シャランQ」を見た。ひゃー、なつかしいー。のちにモー娘。を生み出すこととなろうとは、つんく♂本人ですら予測しなかったことだろう。いや、それともいつかそんなこともやってみたいって思ってたのかな。人がこころの内に何を秘めているかなんてわからない。自分の未来がどうなるかなんてもっとわからない。そう思うと自分の未来にだってはかりしれない何かが待ってるかもしれないって思える。このとしになってまだ、未来なんて思うの?なんて言われそうだけどそれこそ私のこころの中で何を思ってたって、言ってみればどんな「野心」を持ってたって、心は自由なんだよね。
「親」として思うこと
2004年3月11日 木曜日
長男が小学校の高学年になった頃、もうすぐ私の手の中から飛び立って行くんだなぁと感じたことがある。成長して母親の思うようには動かない「制御不能」になった息子に「親」としてどう関わっていくのかを考えた。私がたどりついたのは、彼が自分で考えて行動していくひとつひとつを信じ、何かあれば責任をとる、腹をくくることしかできない、ということだ。「子の親」ではなく「人の親」として。同じ心情を昨日仮退院した元少年Aの母の言葉に感じた。一方で通告が遅れ被害を大きくした養鶏場の社長の父である会長が自殺した。一代であそこまで築き上げた経営者が受ける喪失感たるや想像を絶するものがあるだろう。容赦ないマスコミの攻撃も彼を追い詰めるのに拍車をかけただろう。でも、あとに残された息子である現社長と共に再生への道を歩いてほしかった。どれだけの真実が報道されているのかわからないが、その一片を見て思う。
二番目に欲しいもの
2004年2月25日 水曜日
「みきちゃん、二番目に欲しいもの、何?」「二番目に欲しいもの買ってあげる」と彼に言われ、困惑する彼女。「普通、いちばんだろ」ってテロップが流れる。賃貸会社のCMだが、私はこの彼がなんともいじらしく思えてしまう。自分には彼女のいちばん欲しいものをプレゼントできる自信がないのか、それともちょっとばかりケチ夫なのか、その両方なのかも。そのなんとも控えめな質問に対して「普通いちばんだろ」って思うなんて、それは女の傲慢ではなかろうか。二番目に欲しいものだってくれるってんだからいいじゃ〜ん!そもそも女だからって欲しいものもらえるって思ってるってとこはどうなの?でも、それがかえって彼のセコさをかわいくみせてしまうのだ(^^)ひとりほのぼのしてしまうのは私だけだろうか(^^;
ほんものだ!
2004年2月23日 月曜日
幕張からの帰途。天候不良で到着機が遅れ1時間も出発遅れ。案の定飛行機は大揺れ(><)友達にもらった旅行安全のお守りを携帯していることを確認しつつ、ふと周りを見渡すと、「十字を切って神に祈る」外人さん発見(◎o◎)わ!ほんまにやってるー!そして肘掛を握り締めて目をつぶり硬直している。名も知らない外人さん、ありがとう。あなたのおかげで私の心は恐怖よりものめずらしさでいっぱいになって、リラックスできました。(合掌)
消費者をなめるな!
2004年2月16日 月曜日
ハンセン病療養所入所者を宿泊拒否したホテルが廃業を決めた。「廃業が最大の謝罪」というが、どうなんだろう。つい先月謝罪行脚して心入れ替えますみたいなこと言ってたのに。それって本当は経営が苦しくなったんじゃないの?って疑ってしまう。「最大の謝罪」なんて、なんだか「あてつけ」みたいに感じるのは私だけだろうか。雪印の事件のあとの企業姿勢に疑問を感じ、しばらく買わないっていうことで消費者としての怒りを示そうと思っていた私は、ある日ユーミンの歌声にのせた新しいブランド、メグミルクが雪印を含む3社によって誕生した日本ミルクコミュニティと知ったときもショックだった。本当に雪印が反省しているなら、もっと堂々と新しく生まれ変わると訴えるべきじゃないのか。消費者をなめてはいけません。私たち消費者も、もっともっと常に企業倫理を問う、冷静な目と情報を持つべきじゃないかと思うのです。
小市民(^^;
2004年2月12日 木曜日
自分への合格祝いのつもりだったシステム手帳の「がわ」、表紙を買おうと文具売り場を見て回った。「えーっ\(◎o◎)/!1万円ー?!1万五千円ー?!」そぉんなには出せません(^^;思いのほか小市民な自分を思い知りました。。。お祝いはじっくり考えようっと(^^;
まずは、ほっ(^^)
2004年2月10日 火曜日
初級産業カウンセラーの合格通知がやっと届きました。だめかなーって思いながらも、次のステップの準備をしていたのでほっと一安心。すごろくの「次へ進む」が出たって気分。まずは、自分へのごほうびとして手帳の「がわ」を買うぞ!
ハマってしまった(^^;
2004年2月7日 土曜日
番宣を見たときから「なぬー!」「見ちゃいかん見ちゃいかん」と思っていた「エースをねらえ!」。実写版で今まで満足できたことがあったでしょうか?「ガラスの仮面」も、うーん、ちょっと違う。「ハイカラさんがとおる」だって「生徒諸君!」だって私たちの少女時代の思い出を何してくれるのーって感じだった。「ベルばら」の宝塚はまったく別物だからまぁよしとして、セーラームーンのぬいぐるみに顔貼り付けたやつには驚いた。とにかくどっかのTV局の何十周年企画とかいって、なんで「エースをねらえ!」やねん!って思ってたのに、ふと見たらあれ?上戸彩の「岡ひろみ」。あの「岡ひろみ」じゃないんだけど「岡ひろみ」として受け入れられちゃう。松本莉緒の「お蝶婦人」も(^^;「○○でなくってよ」とかいうお嬢言葉と縦ロールに違和感を感じない、少女マンガもびっくりな大きな目なんだもん。吉沢悠クンにいまさら高校生役させてるとこに多少ムズっとするものを感じるものの、宗方コーチも「あーこんな感じ」ってあたりをはずしてない。そんなこんなで子供たちとハマっています(^^;
ついに来た(><)
2004年2月1日 日曜日
おととい学校から帰るなり「しんどい」という息子1号(それでもクラブはやってきた(^^;)。「食欲ない」と言う(それでも夕食のメニューが新作の豚丼と聞くと食べていた(^^;)。その後ポーンと38度台まであがっていった。こりゃインフルエンザだなー。ついに来たかー。昨日早々にいつもお世話になっているかかりつけの医院へ行き、点滴を打ってもらいタミフルをもらったらすっかり楽そう。すごいなー、さすがタミフル。本人はもう治ったつもりで「明日の体育は見学するほうが寒いからやっていいかなー」と訊いてくる(それでもまだ37度台なのに(^^;)。その横でなんだかトロンとしている息子2号。やばい!はかってみたらやはり37度8分(><)あー来たー。ふたりめだー。明日また2号を連れていかなくちゃ(;_;)寝込まれて一番手がかかるダンナにだけはいきませんように。。。頼むよ、ホンマ。
母と子
2004年1月29日 木曜日
長男と「ラストサムライ」を観にいった。もう始まろうかという頃に私たちのすぐ前列に若いカップル、と思いきや、赤ちゃんを抱いている。えー!大丈夫なのー?!長男と「途中で泣かないのかなー」と驚いていると、もう一組赤ちゃんを抱いた若い夫婦。結局そんなに大泣きはしなかったけど、やっぱり途中で少しぐずぐず言うのが気になったのは確か。このシネコンには託児施設もついているし、平日だったので満員だったとも考えられない。そんなこと考えるのは自分がおばちゃんになったからかなー。それとも育児まみれの時代には映画なんてとても観られなかったことと比較してやっかんでいるのかなー。確かに子供が小さいときには、特に母親は不自由を強いられる。それがストレスになるのも事実。でもやっぱり、過ぎてみればそれがいちばんの思い出だったりするし、そんな思い出話を聞くときの子供たちはどことなく嬉しそうなのだ。こんななにげない笑顔の交換ができることがどんなに幸せなことか、日々ニュースをにぎわす虐待事件に胸が痛む。
いい感じ(^^)
2004年1月22日 木曜日
以前の職場のお友達とランチ。友達といっても9つも年下なんだけど(^^;結婚前に会ったときは主婦としてやっていけるかなぁって不安がっていた彼女だけど、今日会ったらすごーく自然にありのままの自分で新しい生活を創っていってるようで、聞いている私の気持ちもあたたかくなりました。とってもいい感じでした。なんだかとても懐かしいような、それでいて新鮮で楽しい時間でした。ありがとう(^^)友に感謝。
ふんでしまった(^^;
2004年1月20日 火曜日
おかげさまで、思いがけずたくさんの方がここに訪れてくださって、本当に嬉しく思っています。あれよあれよと思っている間にどんどんアクセスカウンタの数字が増えるので、なんだかたまっていく貯金を見るようなこそばいような感覚に陥り、ひとり不気味にほくそえんでいます(^^;
気をよくして、「200番のキリ番を踏んだ方はメールか掲示板でお知らせしてください」って、メッセージを入れておこうと思ったら…。ひょいとあけたら自分が200のキリ番、踏んでしまいました(><)
実をいうと、100のキリ番を踏んだのも自分です(><)
結構楽しくやっている
2004年1月15日 木曜日
「私は○○です。と20個書く」というゲーム。判定を知る友達はにやにやして待っている。結果、私は結構楽しくやっている、と自覚していることに。そう言われればそう思ってるなぁ。それはそれで幸せなことだ。ちなみに友達は「私は元気です」。幸せな主婦がふたりで飲み屋で幸せなひとときを過ごしている。幸せなことだ。
真の優しさは…
2004年1月13日 火曜日
エンカウンターグループに参加して、素晴らしい先生との出会いがありました。先生の著書にサインとありがたい「おことば」をいただきました。わたしの名前の一字を入れてくださったその一文はもったいなくてここには載せられません。何度も何度も開いては読み返し、かみしめています。私の宝物です。
申年の赤い○○○
2004年1月7日 水曜日
年末にスーパーのチラシをにぎわせていた(?)申年の赤い肌着。申年に赤い肌着を身に着けると無病息災、寝たきりにならないとか。見るもの見るもの微妙に違うし、ただの言い伝えとはわかっていてもできることなら娘としても嫁としても、親が寝たきりになるのは避けたいところ。年末にいそいそと買いに行きました。義母と実家の母は良いとして、実家の父はボクサーパンツ愛用者、さらに義父は最近ではデパートでひそかに売り上げを伸ばしているらしい「クラシックパンツ」つまりは「ふ○どし」愛用者。もちろん高島屋にも特別にコーナーが設けられていて、赤い「それぞれ」をなんなくゲット!年末に贈呈させていただきました。
今日、洗濯物の中に義父の赤い「ふ○どし」をみつけ、使ってくれてるのねーと感激しながらも心なしか干すのが恥ずかしい(^^;でもやっぱり贈ったものを身に着けてくれたら嬉しいかな。おじいちゃん、ありがとう。
感謝感激!
2004年1月5日 月曜日
私個人の名前で出した年賀状にこのURLを書いておいたらたくさんの方が見に来てくれました。多くの方がメールや掲示板に嬉しいメッセージをくださって、自分ではこんなに反響があるなんて思ってもいなかったので、本当に嬉しく思います。そして、すごくたくさん元気をもらっています。みなさん、本当にありがとうございますm(__)m 
A HAPPY NEW YEAR!!
2004年01月01日 木曜日
あけましておめでとうございます。昨年はすばらしい出会いがたくさんあり、一歩踏み出すことでこんなにも自分の世界が拡がるのかと実感し、感謝感謝の一年でした。今年は、この出会いがどんな色に、どんな形に変化していくのか楽しみながら、精進していきたいと思います。
皆々様、よろしくお願いいたします。
年末はちょっとブルー(><)
2003年12月31日 水曜日
婚家のFCの高さを見習いたいと思う私も年末はちょっとブルー。のんびりと通常通りの毎日を過ごす家族を尻目にひとりで大掃除だのおせち料理だのと、ひとりでバタバタしていると、もう少し協力してくれたらいいのになぁってつい思ってしまう。自分がやりたいからやってるんだと自分に言い聞かせながらも、ついつい、「日本の正月はこうでしょう!」とCPを下げきれない。なんだかんだ言いながら、我が家オリジナルの正月スタイルができてきてはいるんだろうけど、まだまだです。
こころを開放\(^o^)/
2003年12月21日 土曜日
1号、2号、1号の友達とポルノグラフィティのライブに行ってきました(^^)  なんだかんだ言って母親と一緒に行ってくれるんだから、まだまだかわいい中学生だわー。 みんなそれぞれ楽しんでいるんだけど、あなどるなかれ、母心。 立ち上がって手を振っているわが息子を見ると、「こいつ大丈夫かー。すぐに洗脳されるタイプじゃなかろうかー。のちのち変な新興宗教に誘われてマインドコントロールされたりやしまいか」とふと心配になったりしてしまいます(^^; そういう私も、歌ったり手をたたいたり心地よいところではまどろんだり、ほんと自由〜に過ごしておりました。 帰りの電車で「おかーさん、途中で寝てたやろ」と突っ込む息子2号に、「いーや、あのときはすごーくいい気持ちやったからうとうとっとしたねん。いいねん。何したって。こころを開放してたのよー」と説明(言い訳?)してたら、息子1号がひとこと「おかーさんはいつも開放してるやん」。うーん、あんたから見れば能天気に見える母にもいろいろあるのだぞ。ま、いっか。今度はヤイコのライブにつきあってよね!
てごわすきる。。。
2003年12月18日 木曜日
我が家の愛犬リキはすごく臆病ものだ。そしてすごく身体を触られるのが苦手だ。彼を洗ったのはかれこれ1年前。大騒ぎして17キロもあるのを抱きかかえてお風呂場に連れていき、「ウーウー」言うのをなだめたり叱ったりしながらお互いに大変な思いをして洗ったのが最後だ。それ以来、私がお風呂場に続くドアを開けたときはもちろん、洗うゾという私の気配を察するやいなや小屋の中へ逃げ込んでしまう。最後の手段と、送迎つきでペットを洗ってくれるペットハウスを教えてもらい電話してみた。「すごーく洗うの大変だと思うんですけど」とおそるおそるお願いする私に、電話の向こうの感じのよい女性は優しく!そして力強く!「柴の入った中型犬ってお風呂嫌いな仔多いですよ〜。大丈夫です」はぁ〜。これがプロね。心強い言葉。感謝感激。リキ、これで獣臭いからだからきれいになるのよー。もういくらでも払いますって感じだ。
そして、リキは激しく抵抗しながら連れられて行った。夕方ウキウキ気分で待つ私に電話が。「あの〜」むむ、いやな予感。。。
つまりはお手上げだったのだ。。。撃沈。。。お風呂嫌いなわんこをどうやってみなさん清潔にしてあげてるのでしょう(涙)
いまどきのおとうさん
2003/12/13(Sat.)
実技試験の前に髪でも切っておこうと美容院へ行くと、12月の土曜日と結構込んでいた。3歳くらいの女の子がちょこんといすに座ってお絵かきをしながら待っている。お絵かきに飽きて、絵本を読み始めたころ彼女に「お待たせ」と声をかけたのは20代後半くらいの若いお父さんだった。てっきりおかあさんに連れられてきたのだと思い込んでいた私はちょっと驚いた。そして、今、まさに絵本を読み始めたところの彼女は、お父さんを無視。お父さんに気付かなかったと言わんばかりに硬直して絵本に顔をうずめている。かわいい〜。もう一度声をかけられて彼女、まっすぐに父親の目を見てきっぱりと「今、読んでるから!」。ここで忙しい母親なら、「さ、行くわよ」とか何とか言って促すだろう。時間もちょうとお昼時。お昼ごはんも作らなくちゃ。ところが、この若いお父さん、彼女の横に座って読み終わるのを待つことにした。若い男の店長も「どうぞ、こちらにお座りになって、気が済むまで」と笑顔で声をかける。数分後、すべてのページをめくり終わった彼女は満足して、パパと帰っていった。なんだかあたたかい光景に懐かしさをおぼえながら、散発しに娘を連れて美容院へ来れるいまどきの若いお父さんを夫に持つ奥さんがちょっとうらやましくも感じられたひとときでした。

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