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2002年5月の日記

05/05/2002

 

[漫画]少女少年V-MINORI-/やぶうち優(05/05/2002)

[漫画]スカート/榎本ナリコ(05/04/2002)

[漫画]「センチメントの季節」が完結(05/03/2002)

[映画]ビューティフルマインド(05/02/2002)

[映画]ハリー・ポッターと賢者の石(05/01/2002)

 

で、マジでスカート履いてるんですが……。

05/05/2002

 [漫画]少女少年V-MINORI-/やぶうち優

「水色時代」、オレメチャクチャ好きだったんですよ。

はじめてブラジャーをつける話とか、はじめて生理になる話とか、はじめてキスする話とか、はじめてセックスする話とか、はじめて中出しされちゃう話とか、はじめて妊娠しちゃう話とかあったりして、ロリ好きにはもうたまらない少女漫画で毎回すごい勢いでティッシュを消費していたものです。

もう、10年も前の出来事なんで、本当はどんな話だったか覚えていないので、なんだかやぶうち先生自ら執筆された同人誌の内容とごっちゃになっちゃいましたが、気にしないでください。

あの優子のことです、ヒロシくんに中出しさせて一生責任取らせるくらいのことは平気でしてそうですしね(笑)

それはおいといて、当時まだ純朴な工房だったオレは、少女漫画なんかロクに読んだことのなかったんですよ。今でもオナニー好きで純朴なサラリーマンですが(^_^; なんとなく、制服姿の女子中学生とか、ブルマ姿の女子中学生とか、スクール水着姿の女子中学生とかに騙されて、買っちゃうわけですよ。

で、描かれている内容が、ブラジャーだの生理だの、中出しだの(笑)、そりゃー、カルチャーショックですよ。絵柄も適度にデフォルメされたラインがロリだし。もう、むさぼり読みましたね。

ハマッてたゆえに、やぶうち優に対する客観的な評価ってわからなかったんですよ。なんてったって、内容はどちらかというとエッセイっぽいし、ストーリーが進めば進むほど、物語は「ヒロイン優子の視点」でのみ描かれていくようになりましたから。

で、この「少女少年」シリーズに5年前、出会ったわけです。

結論が出ました。やぶうち優、サイコーと自信を持って言えるようになりました。

なんてったって、

女顔の美少年が、女装してアイドル歌手になってしまう。

いや、これはサイコーですよ。なみいる美少女軍団を向こうに回して、女装した美少年が一気にスターダムにのし上がってしまうわけですから。「少年」というまがい物が美少女スターになってしまうという意味では、アイドルなんて所詮偶像というメタファーにも取れたりしますが、なんといっても、

少年が大人へと羽化する前に見せる、ほんの一瞬の輝き

(べつにチンコの皮が剥けるという意味ではございませんよ!)

を見せつけてるわけですからね。女装、うん、素晴らしい。所詮女の子は産まれたときから「女」なのです。ある意味、他人から「かわいらしく」見られて当然ですし、またそうするために生きているわけです。その点、少年は未分化であればこそ、清純で素朴であるがゆえの天然の美しさを備えているわけですよ。

ええ、私はショタです。しかも、かわいい男の子を女装させて悦になるような正真正銘のヘンタイですよ。

でまぁ、やぶうち優は、男の子版「水色時代」をこの作品でやろうとしているわけです。即ち、この作品に登場する男の子たちは、声変わりもしていなければ、スネ毛も生えていない。美少女アイドルと水着で共演してもチンコ立てたりしないわけですよ。

それが、そのうち、自分が女装しているもんだから、いやでも「女の子」というものを意識させられるわけです。そのとき、自分が「男の子」だったという意味を悟るわけですね。

「男の子」であることを自覚した少年は、芸能界を引退せざるを得なくなるわけです。

今回の主人公、蒔田稔(まきた・みのる=MINORI=少年)は、トップアイドルの姉をコンプレックスに思っている植原茜(少女)のために、二人組アイドルとしてデビューします。

茜は、姉の忍のことが好きな稔を振り向かせるためにアイドルになったようなものです。しかし、仕事のことや忍のことで、ふたりは以前には考えられなかったようなすれ違いをはじめてしまうわけです。

まぁ、友達関係だったふたりが、意識しはじめてしまうからなのですが。

そのころ、稔は両親の離婚問題に直面してナーバスになってしまうわけです。稔は、札幌に旅立つことになってしまいました。

ふたりの別れを阻止したのは、茜からのキスなわけです。

茜の一途な恋心が、二人を救ったわけですな。

また一悶着あって、稔は少年として再デビューします。二人は、キスから恋人関係になったわけですが、これはつまり稔が「男の子」から「男」になった瞬間であり、だから女装もできなくなったってことなわけです。

やはり、少年は「期間限定」だから、輝いているものなのですなぁ。(私は、まだデビュー間もないころの滝沢秀明クンの写真を持っています・笑)

それはともかく、モーニング娘。の活躍、アパレルのナルミヤインターナショナルの躍進等々、ここ5年でアイドルや小学生のファッションに関する動向もかなり変化して、なんだかグッとリアルにはなりましたが、「少女少年」っていうテーマが存在し続けるかぎり、やぶうち優は永遠にファンタジー世界の作家であるわけです。

あぁ、みなさんも、

女装少年のパンチラとか

女装少年の水着とか

女装少年のハダカとか

で抜いたりしてみませんか(笑)?

関連記事:スカート/榎本ナリコ (05/04/2001)

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僕は、スカートを、はきたい…。

05/04/2002

 [漫画]スカート/榎本ナリコ

(↑帯のキャッチコピーもすごいが……)

榎本ナリコ、やっぱりすげぇよ!

と思ったのが「センチメントの季節」第8巻と同時に発売されたこの「スカート」という短編です。

なんて言うのか、彼女の作品はどうも「女であることの不自由」を扱うことが多く、とりわけ彼女のセックス描写が快楽主義的なところとは正反対にあるのは、この辺に理由があるんじゃないかと思います。

まぁ、性同一性障害なんてい症例もありますけど、大半の大人は「女であることの不自由」「男出ることの不自由」を心の底で抑えこんだ経験があるはずです(あるいは現在進行形で)。その部分にビシッと楔を打ち込んでくるのが、榎本ナリコの上手いところです。

現実としては、いくら女性上位が叫ばれる世の中ではあっても、まだまだ日本は男性優位社会です。蝶よ花よとチヤホヤされるのも女子大生くらいまで。その後、一般企業に就職しようものなら、いくら男女雇用機会均等法があっても、体力や体格の差によって、まだまだ女性に十分な機会が与えられているとは思いません。

まぁ、某多摩センターにある教育系出版社とか、某大阪八尾にある子供服メーカーとか、女性優位とはいいつつもある意味女性差別じゃねーのか?っていう雇用形態をとっている企業もありますが……。

あとは、結婚制度、育児出産制度なんかも日本はまだまだ未整備ですしね。

そんな社会的要因に加え、まだまだ日本には「男女7才にして席を同じうせず」というか、教育や躾の制度も、ジェンダー的に大いに問題があるとは思うわけです。

「女の子らしくおしとやかにしなさい」

なんてのは、没個性化教育の最たるもんだし、本人からしてみれば大きなお世話なんでしょうけれども。

ま、オレ自身は世の中を変える気もないし、そんな世の中の風潮に抗ってまで生きていこうという気もないので、男性として生を受けたことを最大限に利用して楽しく人生を謳歌しています(笑) オナニーとかオナニーとかオナニーとか(笑)

ですので、「本当は男性と同等に扱われたい」と思っている女性を目の当たりにしてしまうと、失礼ながら、そのコンプレックスの根の深さに同情してしまったりしています。

榎本ナリコは、どうも、「男の子になりたかった」という欲望をかかえながら大人になってしまった女性のひとりだと思います。だから、彼女のセックスに対する描写はいつも後ろ向きな上に、必要以上にセンシティブなのです。だから、オレははまるわけですね。

今回の「スカート」もそんな話。

ゲイの男の子が憧れる少年と、そのふたりの関係に憧れる、少女の織りなす三角関係がテーマです。例によって、セックスという問題に直面したとき、3人の友情関係は壊れていくのです(笑)

花田(主人公・ゲイ)は、友人の幹のことが好きなのですが、ノーマルな幹に気持ちを受け入れることができません。幹の幼なじみの葉子は、そんな花田に自分の欲望を開放するために女装することを勧めるのです。しかし、そんな姿を偶然、幹に見られてしまいます。取り乱す花田。しかし、葉子は以前、幹とデート中にホテルに行ったにもかかわらず、幹を拒んでしまったことを告白します。花田は、自分を犯さないから安心、だから好きだと……。

女であることを否定し続ける葉子、そしてゲイの花田。いつしかふたりはたがいの満たされぬ心を補完するかのように同棲をはじめます。つきあっている間は、お互いありのままの自分でいようとするため、葉子は男装を、花田は女装をする奇妙な関係。ノーマルな幹はふたりが理解できないわけですから、ふたりはしだいに幹と疎遠になっていくわけです。

しかし、ふたりがお互い自分らしくあろうとすると、大好きな幹とはどんどん離れてしまうわけです。幹といることで、自分が女であることを確信してしまう葉子、そして幹と離れてひたすら不安になる花田。ふたりは、お互いのアイデンティティを取り戻すためにセックスしちゃいます。

もちろん、男装した葉子が、女装した花田を犯すわけですが(笑)

ふたりは、セックスしたことで、おたがいの意志とはまったく正反対の「性」を認識させられました。わかってはいたけれども、確信が結果としてつきつけられたわけです。花田は、自分が物理的に葉子を傷つけたことで、ひどく落ち込みます。葉子は、精神的に花田を傷つけたことでひどく落ち込むわけです。

葉子のことが好きだった幹は、ふたりがセックスしてしまったことに憤るわけですが、お互いがひどく傷ついているのを見て、自分のノーマルさを思い知るのです。

そして、幹は決意します。

ノーマルな自分がアブノーマルな葉子を理解するには、

花田(ゲイ)に犯されるしかないと!!

すげー!!なんなんだこの発想は!! 榎本ナリコのヤオイ魂の真骨頂がここにあるわけですよ!

いや、ゲイとオナベのセックスもすげーなと思ったが(^_^;、ノーマルな人間が引き込まれちゃうあたりがものすごいです。

すごいです。榎本ナリコ!!


しかし、この漫画はあまりにも素直な「ヤオイ漫画」として読むことができますね。

もちろん、葉子は自分の「女性性」を否定したくなる、思春期独特の「心と体の違和感」を抱えているキャラクターではあるんですが、

男性同士で気軽につきあえる花田と幹の関係にある種の嫉妬と羨望を覚えているわけです。

葉子が、花田に女装を勧めるのは、自分の幹に対する思いを具現化することを花田に託したからなんですね。

この漫画のオチは、「性別をこえた友情・愛情」というところでわかりやすく、着地しています。

「女らしく」あればあるほど、大好きな彼との距離は遠くなってしまう。

そんな思春期女性の苦悩を解決するには、「性別をこえた友情や愛情の存在」を肯定するしかありません。しかし、現実の世界では男同士は間違ってもキスしないし、男と女の友情というのも非常にまれですね。

ヤオイ趣味の女性の憧れる、男性同士の「禁断の愛」や「禁断のセックス」が現実的にあり得ないのと同様に、「性別を越えた友情や愛情の存在」というの現実にはあり得ません。

うーん、ヤオイっていうファンタジーは、ある種の「セックスに対するとてつもない絶望から来ているのかなぁと考えさせられる話でしたね。

 

かくいう私も、実は一度は友枝小学校の制服とか着てみたいとか思ったことあるんですけど(笑)、

ケツの穴はあくまでも出すところであって、入れるところではないと思っているので、ホモ・ヤオイのたぐいはいっさいお断りなのと同様に、女装も丁重にお断りしている次第です(笑)。

関連記事:センチメントの季節が完結 (05/03/2001)

関連記事:デジモンアドベンチャーと榎本ナリコ先生 (12/29/2001)

関連記事:センチメントの季節〜榎本ナリコ (01/26/2000)

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大人になることはポジティブ

05/03/2002

 [漫画]「センチメントの季節」が完結

榎本ナリコの「センチメントの季節」が第8巻で完結しました。このサイトでもたびたび「成長への不安」や「思春期における精神と肉体に感じる違和感」のようなテーマの象徴として、この作品を引き合いに出してきました。

オレはなんと言っても、「センチメントの季節」は名作だと思っています。もちろん、ヤオイ作家がビックコミックスピリッツのような青年誌で連載してしまったという、物理的社会的な評価もあるんですが、

なんといっても、思春期の焦燥感、そして、成長にともなう違和感や痛みを切なく訴えかけてくる作品だからなんですよ。

具体的に言うと、読んだ瞬間、「心がチクッとする」。読んだ瞬間、思わず思春期にくだらないことで悩んでいたことなんかを思い出させちゃうわけですよ。これほど鋭い痛みを感じるような不思議な感覚になるのです。しかも、それは「性の覚醒」からくる「独特の後ろめたさ」をともなって、よけい増幅されるんです。

最終巻「2度目の冬の章」はインターネットをテーマにした内容です。

そして、「センチメント」の一貫したテーマであった、「心と体」が乖離しているかのように感じる違和感に対する結論が、述べられています。第8巻の内容自体は、非常にシンプルで以前の危うさから考えたら安定していて物足りなさすらありますが、ぜひ全8巻を通して考えてみて欲しいです。

少年が、ネットの世界で主婦に出会います。仮想空間の存在であった主婦が、現実にあらわれ、セックスすることになります。仮想世界では心を通わせていたふたりですが、現実ではただセックスをするだけ。たしかに実体はそこにあるわけですが、現実世界でセックスをしたとたん、心を通わせることはできずにお互いを見失ってしまうのです。

そんな折、少年はクラスメートの女子と出会います。彼女は援助交際をしているわけですが、「心」と「カラダ」は別物と考えている典型的なセンチメント少女です。その少女の言動を観察するうちに、少年は「心が傷つけばカラダも傷つく、それに気づいていないフリをしているだけ」というある種の真理にたどりつくのです。

主婦は不倫がバレてリコンさせられます。別れをつげられ、心がなくなってしまったという主婦に、少年は

心だけにも体だけにもなれないんだ。ここに、いるだろ。

と答えます。

つまり、少年は、心でも体でもない、ただそこに人間として存在しているが重要なのだ、ということにようやく気づくわけです。

ただ、全8巻のなかで、この真理に気づいたのは、彼だけです。

主人公が、自己に対して絶対肯定をすることが、どうやら「センチメントの季節」の終着点だったような気がしますね。

なんだかエヴァンゲリオンのオメデトーエンディングを思い出してしまいますが(^_^;、それでも、目からウロコですね。


それにしても、驚くのは、「センチメント」に登場した少年少女たちが、ことごとく成長できずに袋小路に迷い込んでいったのに対して、8巻の少年は最終的に自分を肯定してしまっています。作者のこの心変わりはいったい何だったんでしょうか?

あとがきによれば……

かつて私は少年少女をとくべつなもののように思っていて、それはつねに失われゆくものであるからこそ、それを物語のなかに封入することに必死になっていました。それは成長への抵抗のように見えただろうし、事実そうでした。しかし、今は大人になると言うことを、もう少しポジティブに考えたいと思うようになったのです。

つまり、彼らは少年少女であったとしても、大人と同様に一人の個人である、と作者は語っています。

「心と体」の分断についても、作者は「大人はわかったふりをしているだけ」と基本的に今までのスタンスを崩していません。

しかし、4年間の連載の中で、榎本ナリコ自身が、人生を割り切って生きるようになったのではないか?という気がしてなりませんね。

「センチメント」の完結は、同時に作者の精神的な成長ももたらしたわけです。8巻のある種の物足りなさ、「独特の危うさの喪失」というのは、つまり、物語が終結してしまったのがそもそもの原因です。

「センチメント」は名作ですが、作者の少年少女礼賛が終わってしまった今となっては、もはや同種の作品は二度と出ないのでは? という気もします。そう言う意味で、オレはある種榎本ナリコの絶頂期にこの作品に出会えて、幸せなのかもしれません。

 

……ところで、以前買ったデジモンの同人誌のあとがきに

「大人になったらデジタルワールドに行けなくなるというその理由を、ネガティブなものではなく、ポジティブなものとして、捉えて欲しかったのです」

なんて記事があって少しビックリしました。

榎本先生、ひょっとして幸せになってしまわれたんでしょうか(笑)?

関連記事:デジモンアドベンチャーと榎本ナリコ先生 (12/29/2001)

関連記事:センチメントの季節〜榎本ナリコ (01/26/2000)

関連サイト:凸版印刷:Bitway:センチメントの季節

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心がビョーキな数学者萌え〜

05/02/2002

 [映画]ビューティフルマインド

……というわけで、「ロード・オブ・ザ・リング」(3/25の日記参照)をうち破ってアカデミー賞を獲得した「ビューティフルマインド」です。映画鑑賞キャリアがほとんどないオレでも、こちらがアカデミー賞になった理由がわかりましたよ。

で、この映画、サスペンスチックなので、これから見ようと思っている読者の方がいらっしゃったら、ここから先は読まない方が映画が楽しめるかと思います。


で、心がビョーキな数学者の伝記です。

頭が良すぎて、目に見えないものが見えちゃうビョーキにかかちゃうんですよ。実は、オレ、今回この映画のスジをまったく知らないで見に行ったので、どちらが現実なのかわからずけっこうドキドキしちゃったんですが。

天才数学者の主人公(ラッセル・クロウ)は、そのたぐいまれなる才能を買われて国防総省からソ連の暗号を解読するという極秘任務を命じられるわけですよ。

……妄想なんですけど(笑)

で、当然、そんなことをしてると、精神病院とかに連行されちゃうわけなんですよ。主人公は大学時代からの友人に相談しようとします。

……そんな親友いるわけないです。妄想です。

そーゆー話なんですな。

地位も名誉も、友情も、自分の大切にしていたものがすべて自分の作り出した妄想だったということが判明するわけです。

イケてるオレ=自分の作り出した妄想

ただの独りよがりな思いこみなだけじゃん!!

これは恐ろしいですよ。自分のために真剣になって相談してくれるような友達が、実は自分の妄想が作り出した幻だなんて判明したら……もし、自分がそんな妄想病に侵されてしまっていたとしたら……考えただけでゾッとしますよね。

逆・ハリー・ポッターですな(大笑)

で、そこで登場するのが奥様です。ジェニファー・コネリーです。

ビョーキな主人公を決して見捨てることなく、大学教授の職に戻れるよう尽くして尽くして尽くしまくる、女神のようなお人です。

てゆーか、アタマがおかしくて、心がビョーキでも、最終的には女神のようなオクサマさえいれば人生の勝利者になれるのか……と、またオレを絶望の淵にたたきおとすようなストーリーでした。

ま、なんだかんだ言って、人生の勝者のサクセスストーリーなので、快楽原則には忠実です。しかしまぁ、「凡人のオレにはカンケーねーなぁ」とどこか遠くでおもってしまうような、そんな話でしたね。

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ハリー・ポッターとチンコの石

05/01/2002

 [映画]ハリー・ポッターと賢者の石

5/1はメーデーで会社も休みだし、映画の日だったので、前々から見たかった映画を見てきました。

で、「ハリー・ポッター」です。

前々からこのステキな作品についてこのサイトで取り上げようと思っていたのですが、タイミングを逸してました。

人間の世界では、みなしごで友達もいなくて、成績もよくなく運動音痴でメガネでパッとしない少年が、

魔法の世界では、伝説の魔法使いの両親を持ち、成績優秀、運動神経バツグンでクイディリッチ(サッカーみたいなヤツ)の選手に史上最年少で大抜擢、勇敢で、仲のいい親友がいて、仲間から慕われていて、なおかつ伝説の悪い魔法使いを一人で撃退してしまう……。

そんな都合のいい世界があるもんか〜!

とか、

そんな魔法の世界自体が妄想に過ぎないんじゃ……

とか、

現実世界から魔法の世界に引きこもっているだけでは?

とかツッコミどころ満載なんですよ。

類似するストーリーとしては、「のび太も重力の小さい星ではスーパーマン」とか、「デジモンカイザーはデジタルワールドに引きこもってやりたい放題」とか非常にヤバイ精神構造を持った作品なんです。

現実世界ではイジメられッ子でも、魔法の世界ならば……というのは、本当に妄想にすぎないんです。そんな、自分にだけ都合のいい世界なんて、この世にあり得ません。

しかし、そんなことにはひたすら目をつぶり、「このストーリーには夢がある」とか礼賛し続ける連中どうよ?と思うわけです。

自分に都合のいい世界だからサイコーなだけだろ?

自分たちが「選ばれし子ども」なんだと自称しているあたりも、かなり排他的選民思想が入ってますし、魔法が使えない人間のことを「マグル」と呼び卑下しているあたり、自分たちの価値観に合わない人間を排除しているだけです。

そして、ホグワーツ魔法学校は現実世界から隔離された魔法使いの子どもたちしかいない閉鎖空間です。もはやこうなってしまえば、ただのワガママな引きこもりだということは明らかでしょう。

はい、さんざん文句垂れているような気もしますが、

オレもハリーポッターになりたいんですよ(笑)

伝説の魔法使いを両親に持ち、成績優秀、友達も大勢いて、ひとたび箒にまたがれば即クイデリッチのレギュラー獲得、試合に出れば大活躍、勇敢で、悪の魔法使いなんかも一瞬にしてやっつけちゃうんですよ?

現実世界では、ただのイジメられっ子が?

これほどの快感をもたらしてくれる作品ないですよ。

ホグワーツ魔法学校入学してぇ!!

現実世界の自分にコンプレックスを持っていればいるほど、その快楽はどんどん加速していくわけです。

オレにもキングズ・クロス駅9と3/4番線発、ホグワーツ魔法学校逝きの特急券が欲しいですよ! たとえ、現実世界に戻って来れなくてもいいです!

しかし、オレが手にできる切符は、新木場駅1番線発、国際展示場逝きの乗車券くらいですがね(T^T)


映画の方のデキは……おもしろかったですよ。話自体が快楽を解放する方向にできているんですが、魔法世界を忠実に再現していていい感じです。

ショタ監督のクリス・コロンバスの仕事ぶりはさすがで、ハリー役のダニエル・ラドクリフなんかは素直な感じの少年ですし。「A.I.」「シックス・センス」のハーレー・ジョエル・オスメントなんかは、「エロい」感じの少年なんですが、この子はもっとスレてなくて素朴な感じです。好みは別れるところでしょうか。

映画公開時の11月にはもう声変わりしてましたから、次回「秘密の部屋」に出るときには育っちゃってるんでしょう。残念ですね。同様に、ハーマイオニー役の子も同じで、次回作のときには、けっこうバタ臭くなっちゃうんだろうなぁ……鬱だ。(リスペクトリンク・相田裕先生の描いたハーマイオニーたん

しかし、ハーマイオニーたんは鼻っ柱が強くて見かけ倒しっぽいところが萌えなんですが、原作のエピソードがだいぶ端折られているせいで、ただのハリーの取り巻きに成り下がってしまったあたりが残念です。

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