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(↑帯のキャッチコピーもすごいが……)
榎本ナリコ、やっぱりすげぇよ!
と思ったのが「センチメントの季節」第8巻と同時に発売されたこの「スカート」という短編です。
なんて言うのか、彼女の作品はどうも「女であることの不自由」を扱うことが多く、とりわけ彼女のセックス描写が快楽主義的なところとは正反対にあるのは、この辺に理由があるんじゃないかと思います。
まぁ、性同一性障害なんてい症例もありますけど、大半の大人は「女であることの不自由」「男出ることの不自由」を心の底で抑えこんだ経験があるはずです(あるいは現在進行形で)。その部分にビシッと楔を打ち込んでくるのが、榎本ナリコの上手いところです。
現実としては、いくら女性上位が叫ばれる世の中ではあっても、まだまだ日本は男性優位社会です。蝶よ花よとチヤホヤされるのも女子大生くらいまで。その後、一般企業に就職しようものなら、いくら男女雇用機会均等法があっても、体力や体格の差によって、まだまだ女性に十分な機会が与えられているとは思いません。
まぁ、某多摩センターにある教育系出版社とか、某大阪八尾にある子供服メーカーとか、女性優位とはいいつつもある意味女性差別じゃねーのか?っていう雇用形態をとっている企業もありますが……。
あとは、結婚制度、育児出産制度なんかも日本はまだまだ未整備ですしね。
そんな社会的要因に加え、まだまだ日本には「男女7才にして席を同じうせず」というか、教育や躾の制度も、ジェンダー的に大いに問題があるとは思うわけです。
「女の子らしくおしとやかにしなさい」
なんてのは、没個性化教育の最たるもんだし、本人からしてみれば大きなお世話なんでしょうけれども。
ま、オレ自身は世の中を変える気もないし、そんな世の中の風潮に抗ってまで生きていこうという気もないので、男性として生を受けたことを最大限に利用して楽しく人生を謳歌しています(笑) オナニーとかオナニーとかオナニーとか(笑)
ですので、「本当は男性と同等に扱われたい」と思っている女性を目の当たりにしてしまうと、失礼ながら、そのコンプレックスの根の深さに同情してしまったりしています。
榎本ナリコは、どうも、「男の子になりたかった」という欲望をかかえながら大人になってしまった女性のひとりだと思います。だから、彼女のセックスに対する描写はいつも後ろ向きな上に、必要以上にセンシティブなのです。だから、オレははまるわけですね。
今回の「スカート」もそんな話。
ゲイの男の子が憧れる少年と、そのふたりの関係に憧れる、少女の織りなす三角関係がテーマです。例によって、セックスという問題に直面したとき、3人の友情関係は壊れていくのです(笑)
花田(主人公・ゲイ)は、友人の幹のことが好きなのですが、ノーマルな幹に気持ちを受け入れることができません。幹の幼なじみの葉子は、そんな花田に自分の欲望を開放するために女装することを勧めるのです。しかし、そんな姿を偶然、幹に見られてしまいます。取り乱す花田。しかし、葉子は以前、幹とデート中にホテルに行ったにもかかわらず、幹を拒んでしまったことを告白します。花田は、自分を犯さないから安心、だから好きだと……。
女であることを否定し続ける葉子、そしてゲイの花田。いつしかふたりはたがいの満たされぬ心を補完するかのように同棲をはじめます。つきあっている間は、お互いありのままの自分でいようとするため、葉子は男装を、花田は女装をする奇妙な関係。ノーマルな幹はふたりが理解できないわけですから、ふたりはしだいに幹と疎遠になっていくわけです。
しかし、ふたりがお互い自分らしくあろうとすると、大好きな幹とはどんどん離れてしまうわけです。幹といることで、自分が女であることを確信してしまう葉子、そして幹と離れてひたすら不安になる花田。ふたりは、お互いのアイデンティティを取り戻すためにセックスしちゃいます。
もちろん、男装した葉子が、女装した花田を犯すわけですが(笑)
ふたりは、セックスしたことで、おたがいの意志とはまったく正反対の「性」を認識させられました。わかってはいたけれども、確信が結果としてつきつけられたわけです。花田は、自分が物理的に葉子を傷つけたことで、ひどく落ち込みます。葉子は、精神的に花田を傷つけたことでひどく落ち込むわけです。
葉子のことが好きだった幹は、ふたりがセックスしてしまったことに憤るわけですが、お互いがひどく傷ついているのを見て、自分のノーマルさを思い知るのです。
そして、幹は決意します。
ノーマルな自分がアブノーマルな葉子を理解するには、
花田(ゲイ)に犯されるしかないと!!
すげー!!なんなんだこの発想は!! 榎本ナリコのヤオイ魂の真骨頂がここにあるわけですよ!
いや、ゲイとオナベのセックスもすげーなと思ったが(^_^;、ノーマルな人間が引き込まれちゃうあたりがものすごいです。
すごいです。榎本ナリコ!!
しかし、この漫画はあまりにも素直な「ヤオイ漫画」として読むことができますね。
もちろん、葉子は自分の「女性性」を否定したくなる、思春期独特の「心と体の違和感」を抱えているキャラクターではあるんですが、
男性同士で気軽につきあえる花田と幹の関係にある種の嫉妬と羨望を覚えているわけです。
葉子が、花田に女装を勧めるのは、自分の幹に対する思いを具現化することを花田に託したからなんですね。
この漫画のオチは、「性別をこえた友情・愛情」というところでわかりやすく、着地しています。
「女らしく」あればあるほど、大好きな彼との距離は遠くなってしまう。
そんな思春期女性の苦悩を解決するには、「性別をこえた友情や愛情の存在」を肯定するしかありません。しかし、現実の世界では男同士は間違ってもキスしないし、男と女の友情というのも非常にまれですね。
ヤオイ趣味の女性の憧れる、男性同士の「禁断の愛」や「禁断のセックス」が現実的にあり得ないのと同様に、「性別を越えた友情や愛情の存在」というの現実にはあり得ません。
うーん、ヤオイっていうファンタジーは、ある種の「セックスに対するとてつもない絶望から来ているのかなぁと考えさせられる話でしたね。
かくいう私も、実は一度は友枝小学校の制服とか着てみたいとか思ったことあるんですけど(笑)、
ケツの穴はあくまでも出すところであって、入れるところではないと思っているので、ホモ・ヤオイのたぐいはいっさいお断りなのと同様に、女装も丁重にお断りしている次第です(笑)。
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