月末に潰れた以外は、どうってことのない月。
昨日はちょっと考え事をしていて遅くなり、零時頃ベッドに入るもののその後味をひきずって中々寝付けず、体を右に向けたり左に向けたり試行錯誤しているうちに、どこからともなくぶううんと、蚊の羽音が聞こえてきた。
昼間もういい加減に冬だと思って油断して窓を開け放っていたのがいけなかった、と思いながら身を起こし、明かりを点けて見回した。蚊はどこにもいなかった。念のためと思い蚊取り線香を5センチくらいに折って、ライターの火を近づけた途端に目の前を黒い影がふわりと横切った。顔を上げると蚊はベッドの上空をさまよっていたので、血が出てシーツを汚さぬよう加減しながらベッドに叩きつけて潰した。蚊は足をぐにゃぐにゃにして絶命した。時計を見ると一時だった。
目の前に女がいた。女は私の方へ近寄ってきた。そして私の脇に来て、私の耳元に口を近づけた。何を囁くのかと思っていたら口を筒にしてふうと耳穴へ息を吹きかけた。そこで私は思わず目覚めた。
すると遠くにまた蚊の羽音が漂っていた。私は先と同じように身を起こし、明かりを点けて見回した。また同じに何も見えなかった。時計は三時半を指していた。私は先に折った線香にライターで火をつけた。また先のように蚊が現れるのを少し待ったが、今度は何もよぎらなかった。ここだけが先と違った。私は観念して横になった。
二時間後、かすかな振動音でまた目覚めた。慌てて頭上で手を振り回し、蚊を追い払おうとした。しかし音は止まなかった。携帯電話の目覚ましだった。
*****
そんなわけで今から仮眠を取ります。
そんなこんなで、月曜日から、バイト以外での外出を慎んでいる。表向きには反省の意を示しているように見えるが、実際はこうしないと卒論が進まないからなのだ。外には誘惑がいっぱいだからね。
図書館で本を借りる。そのときにもらうレシートを、いつも捨ててしまう。だから、いつ返せばいいのかわからない。今日は夕方から学校に行く用があるので、そのときに返すつもりだ。謹慎中の身としては、次にいつ学校に行くかわからないから。あまりにアバウトな俺の生活態度。
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で、自宅謹慎をして何をしているかと言えば、パソコンで麻雀のゲームをやっている。
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母親がそんな俺のおやつに、コーラと、うずらの煮卵を買って来てくれた。コーラも、うずらの煮卵も、どっちも大好きだ。だけど、取り合わせがいくら考えても納得いかない。
これは、もしかしたら母親から課せられた試練なのかもしれない。俺が思索に思索を重ね、コーラとうずらの煮卵の折衝点を見出したとき、俺は悟りの境地に到達できるんじゃないだろうか。いわばカジュアルな禅問答だ。なるほど、ちょっと座禅でも組んでみようか、という気分になる。
早速座禅を組む。
コーラと煮卵……。
コーラと煮卵……。
…………まずそう……。
うむ、勉強したほうがよさそうだな。
さすがに一晩寝ればすっきりするだろうと思っていたが、実際に一晩明けてみると、胃の裏側の上っかわが、うっすら、しかしじくじくと、うずく。いったいどれ程ひどい飲み方をしたのだろう。
そうやってこないだのことを、馬鹿な自分を思い出しながらバイトしてたら、思わず涙が出てきてしまった。どうしてもこらえられなくなって、作業を中断してしまったくらいだ。庖丁をとめ、情けないくらいぼろぼろと、涙を流してしまった。やはり三日酔いとは上手く付き合えない。
あ、庖丁で切ってたのが玉葱だったのはナイショよ。
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詳しい経緯の説明は省くが、今日、俺の部屋にエスプレッソマシーンが来た。三日ほど前に突然我が家に現れた彼は、置く場所がないというありがちな理由で俺の部屋に移送されてきた。もちろんスミルク泡立て用のノズルもある。早速エスプレッソ用の豆を購入してきて、試してみる。
これが完成したカフェラテ。
感想は……、うん、相当おいしい。おごりかもしれないが、簾束で飲むのと大差ないレベルだ。泡もよく立っている。それどころか、エスプレッソショットの追加もいつでも好きなだけ、しかも無料でできる。なんならシナモンを振っても構わない。バニラエッセンスだってあるぞ。豆乳でやりたきゃやればいい。すごいぞエスプレッソマシーン。
と、コーヒーを淹れてばかりで、やはり勉強が進まないのでありました。南無。
当然の如く、二日酔いになった。俺は普通の人より二日酔いになりやすく、また重くなりやすい体質らしいので、二日酔いとの付き合い方は、高校二年生の修学旅行以来、俺の酒飲人生のテーマといっても差し支えないだろう。
さすがに二日酔い歴5年とあって、慣れてきた。胃のムカムカはどうやっても取れないから、ベッドに丸くなって、ラジオ聴いたり本読んだり、アクティブなことは何もしないのが一番。
今日も昼前に目を覚まして、グラタンを食べたり、安部公房の「箱男」を読んだり、ホットウーロン茶を飲んだりしてゆっくりしている。駒場祭だといって勉強をサボっていたので、今からゆっくり部屋を片付けて明日からに備えよう。
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「耳栓」を読んでくれた人のために、作品裏解説。
「クリスマスにチキン・ステュウを」
断章をどう並び替えても物語になる、という構造を思いついたその日に構想を考えた。全ての章の最初と最後の状況をそろえなきゃいけない。全ての章の最初はオープニングっぽく、終わりはエンディングっぽくしなきゃいけない。読む順番によって結末や後味にできるだけ差をつけたい。いろんな制約がないまぜになって書くのは面白かった。本当はSFっぽくしたかったけど、肉付けするうちにいい話っぽくなってしまった。映像作品でやっても面白いかもしれない。
「うすのろモモチと黒蛇団」
夏前くらいに書いたのだが、これは今読み返すとけっこう面白い。文章も(序盤は)意外に整っている。「クリスマス…」より面白いかもしれない。ギャグは実はどうでもよくて、作者としては実はけっこうエグい話だってところを強調したい。最後のところがジャンプの打ち切り漫画っぽいって言われた。
駒場祭は結果的に四年間、毎年三日とも参加することになった。思い返せば、二年生だったときは、俺が文藝創作集団に所属して冊子を売る、なんて未来はまったく考えもしなかった。せいぜい茶会に一日顔を出すくらいなものだろう、と思っていた。
俺みたいに慎ましやかに生活していても、どこでどういう縁があるかはわかったものじゃないなあ。
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そのあとの飲み会では気が抜けてしまって、翌日に予定が何もないのをいいことに、飲みすぎてだいぶ情けない姿をさらした。
ごめんなさい。特に彼女さんです。
ただただ自分が情けない限りです。
どんな顔して会えばいいんだろう……
帰って財布を開けてみると、行きがけに入っていた24,000円は綺麗に消し飛んでいた。そしてベルトのボタンが一つ分痩せていた。
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なぜか毎年、この時期の酒には苦い思い出が付きまとう。この日はこの日で俺にできるおそらく一番情けない姿を遠慮なく晒した。去年はむしろファンタスティックなまでに衝撃的な「荻窪事件」があった(2005年11月30日の言いたい放題参照)。一昨年は酔った勢いで好きだった子に想いを告げ、ふられた。
晩秋のこの時期以外はそんなに派手にやらかさないんだけどな……月や太陽の動きと関係しているのかもしれない。ミステリアスな俺の酒癖。
二日目が終わったが、冊子の売り上げは、冊子作成数の四分の一に満たない。どうしたものか。明日学校にいらっしゃる人は是非来てください。買ってください。お願いします。俺は日曜日は午前中からだいたい詰めっぱなしだと思います。
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こないだ、卒論の合間にこんなものを作った。
これは何かと言うと……
こういった感じで、指輪と腕時計をかけることができるのだ。大変便利。
材料は、なぜか親からもらった紙筒に、ハンズで黒い画用紙とL字の金具と土台を買ってきただけなので、380円くらいである。
やっぱりいいよね、手作り。
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>運営委員(パシリ)の合間に読了
筒井康隆「ロートレック荘事件」
こういうことをやりやがるからおれは筒井康隆がけっこう好きなんだな、と自覚。これに騙されない人はまず、いないでしょう。
駒場キャンパスで、駒場祭が始まった。ここでは告知をするのを忘れていたが、五号館三階で、例によって小説を売ってます。今回は二篇、作品を寄稿しています。
買ってくれよな!
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今日の抽象画
駒裏のブロック塀。
……。
あ、今日はこれだけです。失礼しました。
来年から社会人ということで、腕時計の一つも持っていないと恰好がつかないと思い、給料日前なのに金をおろして買いに行った。
こんな時計だ。
と言ってもわからないか。なんだかうれしくて、うかれて、勢いあまって思わずキュビスト的な習作にしてしまった。
「腕時計」のための習作
紙に鉛筆
25.7×17.3cm
2006年
やはり職業病なのだろうか。
気を取り直して、これが写真。すごく薄くできている。文字盤の紫がかった黒に、ビビッドなオレンジの配色がかっこよくて購入。
なかなかいいでしょ。
暫く続いた寒さがひと時温んで、不図、小春が訪れた。私は薄着をして、公園のこげ茶色の腰掛にぽつんと座り、そこいらで買った弁当をぱくつきながら、時折はらりと落ちるまだ枯れ切らない気の早い葉を眺めていた。
踏み固められた土の広がった空き地では幼稚園ほどの子供が七八人、男女をとりまぜて遊んでいた。持ってきたゴムボールを蹴ったり、犬をかたどった遊具に一斉に飛び乗ったり飛び降りたり、また植木をとりかこむ柵代わりの綱をひょこひょこ飛び越えたり、やたらと駆けたりして落ち着かなかった。そして時折子供特有の甲高い声がぬるい秋の空に飛び立った。
弁当を食べ終わってゴミを袋に仕舞い、それを鞄の裏へ押しやって目の前の樹を眺めると、肉厚で濃緑の葉のあいだに何やら薄緑色の実がひとつ、成っているのに眼がとまった。一つ見つかると、次々に何十と見つかった。特に陽の当たりやすい方向の実は殆ど黄色く染まって葉と空と好対照をつくっていた。
すると、樹から斜め下に伸びた一本の枝の先に、真黄色とは行かぬまでも、八割がた薄黄になった実がゆるい陽光を纏っているのを見つけた。柵代わりの縄をかけている杭に乗って手を延ばせばなんとか届きそうだった。私はその薄色の実の、少しでこぼこして歪な饅頭のような実の重さと、その匂いを想像した。そしてそれはいずれも小春にふさわしい、しっくりとした重さと匂いだった。
私は鞄と袋を腰掛にほっぽり出してゆっくりと樹に近づき、杭の上に片足で危なげに立った。始め実には指先しか届かなかったが、枝を上下に揺らすと右手の中にすっぽりと実は収まった。案の定よい手触りだった。杭に危なげにたち、枝から危なげにぶらさがる実を私は指の腹で弄んだ……文旦だな、と私は思った。元から実をもぐ積もりは無かった。
不図、子供らの黄色い声が已んだ。脇を見遣ると、あっちで遊んでいたはずの子供たちが四人ほど私の足元に集って、好奇と疑惑の入り混じった大きな瞳で私を見ていた。私は片足でふらつきながら、空中から四人と相対した。そのうち子供のひとりが口を開いて、「とっちゃいけないんだよ」と言った。
私は、実をもぐつもりは無いんだよ、と言い掛けたが、子供たちの視線に気圧されて、やめた。そのまま文旦から手を離し、杭から飛び降りて彼らを見た。私の半分ほどしか身の丈のない彼らは依然として整列し、疑惑の眼を私に向け続けていた。私はがむしゃらに笑顔を作って、腰掛に歩いて帰った。それを見届けてようやく、子供たちはひとり、またひとりと、私に背を向けて遊具の方へと走り去っていった。そしてまた鋭い笛のような叫びが高い空に放たれ始めた。
腰掛に座り私は右手のひらを鼻に当て、大きく息を吸った。遠くに仄かに酸い匂いがした。そして、私は晴れて文旦泥棒となった。
*****
今日のキュビスム
バドミントン部の新歓の看板。
例えば左の写真。図書館で「防犯カメラ設置してます」というポスターの隅っこに挿入されていたイラストなのだが、どうしてもキュビスム、この絵の感じだとオルフィスムとの関連を見出してしまいそうになるのです。
他にも、CDジャケット、街灯のシェードなど、世の中にはキュビスムがあふれていると思います。職業病だね。
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そんな俺を現実世界に引き戻すべく、本を五六冊買った。夏目漱石の「文鳥」も買った。読みたかったのでさっそく読んだ。大変、よかった。
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ミクシーに見慣れない足跡がついていたから、誰かと思って踏み込んでいった。そしたら。
妹だった。
ばびゅおらほきゅるれーん!(←極度の衝撃を表す擬音)
昨日は朝6時過ぎに目覚めたのに二度寝してしまった。起きたのは9時過ぎ。なんだかすごく損した気分になったので、今日は6時半にしっかり起床。モーニングコーヒーを淹れて部屋でくつろいでいる。
しっかし。コーヒーがなぜかうまく淹れられなくて、思いっきり不味い。これ店で出てきたらクレームだ。うむ、中途半端に気分の悪い朝になってしまった。
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気分悪いついでに、昨日二度寝をした際に見た夢を書こうと思う。これまた気分悪い夢なんだ。
朝起きたら、部屋に友人(♀)がいる。俺はびっくりする。どこから入ってきたのか。友人はなんの弁解もしない。それどころか俺に迫ってくるではないか。まあ待て、落ち着け、と言ったらすねやがる。そしてなおも迫ってくるので「まず待て俺には彼女がいる」と言う。そして友人を放置して階下へ降りてゆく。
リビングでは親が無茶苦茶に怒っている。なんであんな子がいるのよ。知らん。勝手に入ってきたんだろう。と俺は言う。親はなおも俺を責める。いい加減にしなさいよ。そんなこと言われても、俺は関係ない。世の中の不条理を身にしみて実感する。という夢だ。無論、個人名は伏せる。
それにしても、勝手に入ってきたんだろう、とは、蚊かゴキブリのような扱いだ。もう少し物言いを考えろよ俺。友達だろう。
*****
大学一年生のときだからもう3年以上前に、基礎演習という授業で、「論文の書き方」という、引用や構成のしかたを纏めたプリントをもらった。プリント類をいれておく引き出しに入れておいた。
引き出しを一掃整理する際に、何度と無く捨てそうになったが、「これはいずれ役に立つ」と思い直して三年間ずっととっておいた。そして今、卒論を書く段階になって、大いに役立っている。物持ちが悪い俺にしては珍しく、賢明な判断だったと思う。
*****
東京60WATTSの「外は寒いから」を聴いている。WATTSはよく聴き込むと隙のある曲が多いが(まあ新しいバンドだし)、この曲は隙のない、いい仕上がりをしている。これからの時期、特に聞きたい曲だ。
あと、ユニコーンの「雪の降る街」もそろそろオンシーズンだ。一ヶ月ちょっと、存分に聴き倒そう。
案外、難しい。
ウソを書いちゃいけない。でまかせを書いちゃいけない。ヴォリュームに注意しなくちゃいけない。普段ここで乱取りみたいな文章を書いてる俺としては、それだけで執筆力が何分の一にも低下する。
序文の、シャガールを褒め称える部分ですら、一時間かかった。おそるおそる文字数をカウントしたら200文字だった。このままじゃ完成するのは160時間かかる。丸一週間もかかってしまう。困った困った。
だが。丸一週間なら年末になんとか捻出できないだろうか。できるだろう。そんなことを考えて今も駄文の執筆に情念を注いでいる。なんとまあダメな子だ。
言いたい放題でいいなら何万字でも書けるぞ。というか書いてきたぞ。過去ログを卒論として受け付けてくれないだろうか。
*****
で、先日、学校で学科の友達(かわいいんだ)と一緒に歩いているとき。「明日から卒論書くよ〜でも今日は日本沈没を読むんだ〜」なんてうそぶいていたら、「なんでそんな余裕なのこの子!」って言われた。
「なんでそんな余裕なのお前!」というのは受験期くらいから幾度と無く耳にしてきた。今回も何とかなるんじゃないかな。あはははは。余裕だぜベイビー。今度飲もうぜ。メールくれよな。
*****
ちなみに、その子に「今何単位ある?」と訊いてみた所、「マジで少ないよ、すごい少ないよ」って言ってなかなか教えてくれなかった。「少なくたっていいよ、教えてよ」と訳わからなく迫ったところ、「……60単位」ってポツリと言った。
うん、僕は58単位なんだ。
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手がかじかんできたので、今日はこの辺で。
徹夜して、まっすぐバイトに行って、飯食って帰って全力睡眠して、起きて飯食って「日本沈没」の残りを読みきった。正直いろんな意味でおなか一杯の一日だった。特に「日本沈没」の終わり方が問題だ。あれのせいでコテンパンになってぼんやりとキイを叩いている。
全身がゆるい虚脱感でいっぱいだ。
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しかしもう(たぶん)あのサークルの茶室で一晩過ごすことはないんだろうな。初釜は卒論の提出直前だろうし。無茶苦茶に寒い空気の中を一人シヴヤまで歩きながら、俺は最初の夜稽古の事を考えていた。一回くらい稽古をしたかもしれないがあとは黙々と茶券を作っていた。寒いのになぜかTシャツ一枚でコンビニに行ったのはあれは二回目だったかな。
それから紆余曲折を経て今回が最後の夜稽古になったわけだけど、割とよかったんじゃいかな。素敵な後輩たちに見取られ、幸せ。それにしても三年前の俺は三年後の俺がこんな先輩になって、こんなことしてるなんて予想できなかっただろうな。今の俺が三年後の俺を予想できないように。
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一昨日の記事に関して、駒場祭の夜間居残りはまだあるよ、という指摘を頂いた。夜間居残りがなくなったのは五月祭でしたね。失礼いたしました。
>読み終わった
小松左京「日本沈没」
たったの二日で読み終わった。同じくらいのボリュームのある「首都消失」の1000倍くらい面白かった。日本は沈没したが、俺も沈没した。読み手の立場によって、この隙の無い小説は七色に変化して見える。サイエンス、ポリティクス、ヒューマン。いずれにせよ「全国民必読」だよね。小松左京は本当に偉い。
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あと、デザート的に「日本以外全部沈没」も読んだけど、これはパロディだから面白いだけで、単体の短編小説としては取るに足りないとい結論に達しました。
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いずれにせよ、日本が沈没しないことを祈るだけです。この国でこの島で遣り残したことがまだたくさんあるんだ。
まずは昨日の話。昼ころに、晴れていたので、気分転換にと自転車で学校まで行った。ご存知の通り、東京地方では晴れという予報がはずれて冷たい雨が降ったので、自転車は仕方なく乗り捨ててきた。
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今日は朝から乗り捨てた自転車を回収し、ついでにアクティブに「ダリ展」を見に行った。さすがにそれ程有名な作品は来ていなかったけれども、それなりに楽しむことが出来た。ただ、平日の朝一番だというのに、かなりの人出があった。これから行こうと思っている人には、12月上旬の雨の日の朝一番、これを勧めておく。混んでても責任は取れないけどね。
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天気が良かったので、そのあと自転車で駒場に行って、私情により大福を絶っているという後輩の前で大福を喰らうというパフォーマンスをしたりと、小学生の如きに振舞った。ごめんね。
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駒場では、駒場祭のパンフレットが配られていた。
先日、なぜか30年近く前の駒場祭のパンフレットを読む機会があった。それと今年のを照らし合わせて思ったことを少々。
1978年(だったと思う)のパンフレットによると、駒場祭は「学生による社会問題の提起の場」だ、といった意味合いが感じられた。1960年代から続く学生運動を引きずって、駒場祭でも様々なテーマで講演会や研究展示が開かれていた。雇用問題、婦人問題、外交問題などなど。
それに対して今年のパンフレットは、端的に言えば、「駒場祭を楽しもう」ということがまず、感じられた。盛り上げよう、楽しもう、遊ぼう。派手ならそれでいいじゃないか。大体こんな趣旨だ。完全に、「祭のための祭」になっている。どこにも行き着かない。そりゃあ協賛企業も減るわ、研究展示は減って意味も無く屋台が増えるわ。
と、意地悪なことを書いたが、俺自身、実はそれほど問題だとは思っていない。学生の問題意識が減った、と嘆くのは容易だが、祭に問題意識があるという状態の方が奇妙で、むしろ問題ですらあると思う。
祭というのは本来的に、自己目的なものだと思う。どんな時代にしろ、社会のなかにあるいろいろなしがらみや抑圧を、暫しの間合法的に忘れさせて(無礼講という概念)、不条理を不条理と思わせない工夫なのだ。その本質は、そうやってガス抜きをすることで、逆に社会構造を維持しよう、という点にある。
言ってみれば、祭というのは、普段の日常を忘れて楽しくパーッとやる、というのが本来的な意味なのだ。そこに社会的・政治的意味が介入するのはむしろ、ガス抜き設備としての祭、そしてそれを含む社会体制の破綻であるとすら、考えられるのではないか。リオのカーニヴァルに、牛追い祭に、盆踊りに、どんな社会的メッセージが現出しているだろう。
つまり、駒場祭は祭の本質に近づきつつあり、学校・社会という統治体制は順調だ、ということだ。単位取得も厳しくなり、駒場寮は廃止され、夜間居残りは姿を消した。ほら、まったく矛盾しないじゃないか。
なんかちょっと寂しいけどな。
机の上。上に乗った箱のようなものは箱ではなく文献だ。5000円したこいつは800ページもあるペーパーバック無論英語。枕にするには硬すぎる。部屋に飾るには地味すぎる。漬物石がいいところか。
下敷きになっているのはTASCHENの図版集。図版がいっぱい載っているから買った。たったの1900円だった。TASCHENは素晴らしい。文献としての意味は皆無。だがこれは部屋の装飾としても趣味がいい感じだ。
とにかく、こいつらを前にひるんでいることが伝われば幸いです。
*****
>前から聴きたかったのを借りた
サニーデイ・サービス「Love album」
最後のアルバムとあって感慨深い。いうまでもなく「夜のメロディ」「魔法」最高。しかしR&Bに寄ってしまった時点でサニーデイは終わった。
岡村靖幸「家庭教師」
岡村靖幸、究極の名盤。「ロングシュート」「カルアミルク」「どおなっちゃってんだよ」の最強のシングル曲にくわえ「家庭教師」「ビスケットLOVE」「ペンション」など無敵の布陣。メッセージ性の強い曲もあり、おもしろい。
学校に這入り、幾つかの校舎を抜けて目当ての教室を目指した。目標の教室に辿り着くつい手前で、予てより気にかかっていた左耳のできものがぽんと破裂した。左手の人差指を宛がうと、中から少し膿の様なものが飛び出ていて、なおも触れていると続いて真赤の血が出てきた。これはいかにと思い肩の荷を降ろしてポケットティッシュを探したが、どれも使い切った後の空のビニールの袋や丸まったちり紙ばかりで、それ以上は仕方が無い上に開講の時刻も迫っていたのでそのままにして教室に入った。
教室には知った顔が二三あったがその中に、はっつぁんの姿があった。彼女の整った横顔を見るのは夏以来だったから直ぐにはそうとわからなかった。私はそうと知らず彼女の一つ前の席をとり、ペンの尖ってない先で彼女に背を突かれて初めて自分の不注意を認めた。
私達は常の如く気のない幾つかの言葉を交わし、然る後に私は本題を持ち出した。私は「耳から血が出ているから一寸ティッシュを貸して欲しい」と何の気無しに言った。彼女は「えっ」と小声で叫んで大きな眼を満月の様に円に見ひらいた。その眼の真中に投影できるよう私は左の耳を彼女に向け、右手の人差指でそれを示して見せた。彼女は慌てて小さな鞄からポケットティッシュを一袋出して私に手渡した。私はそれから数枚抜き取って、彼女に返した。用はそれで全てだった。
私と彼女の会話は、それきりになった。やがて授業が始まった。
授業中、私は幾度か彼女を振り返った。彼女は講義を聴かず、ハードカバーの本を読んでいた。おそらく彼女は卒論の資料を読んでいるのだと私は諒解した。しかし斯く思う自分は夏目漱石の「門」を読んでいた。私は心の中で肥え太る罪悪感の存在に気づいた。それは真黒な眼と真黒な口を以って私を嘲笑した。だが私は全力の集中力を「門」に傾けることでそれを無視した。既に講義のことは遠くへ霞んで見えなくなっていた。やがて卒論がそれを追いかけて霞んでいった。
講義が終わったしばらく後も、私は「門」を読んでいた。ようやく切がついて読書を切り上げ、ブックカバーの皮紐をページに挟んで立ち上がった。すると後ろからはっつぁんの低く透いた声がかかった。
彼女は振り返った私を見るなり「卒論進んでる?」と訊いた。私は「進んでないと云えば嘘になる。だが進んでいると云えば傲慢になる」と答えておいた。彼女は「私も進まないわ。今し方読んでいたのも関係のない本」と云って気恥ずかしそうに手元の白表紙の本に視線を落とした。表紙には同じくらい白い両の指がそっと置かれていた。私は暫く沈黙して彼女の指を眺めたが、やがて「しかし関係の無い本とはどうしてこんなに面白いんだろうな」と答えた。そうして私たちはひとしきり笑って、教室を後にした。
表へ出ると、少しも陽が傾いた感は無いにも関わらず大分気温が寒くなっていたので、パーカの前ジッパーを胸まで締めた。そして私は再び気のない言葉を遣り取りして物の数十秒で彼女と別れた。
これが私とはっつぁんの、無間地獄にも等しい苦難と葛藤の始まりとなった。私がこの秋の一風景を心の底から忘れ去ることはこの遺書に臨むまで遂に無かったのである。(続かない)
現実の一部に収束される。この日は温泉から帰ってきた。行きには電車内にビールを持ち込むのを忘れ、車内販売で高くてぬるいビールを買うという、文字通り苦い思いをしただけに、帰りにはぬかりなく購入。人間は一日二日でもそれなりに成長するものだ。
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草津温泉こぼれ話パート2
温泉街に蕎麦屋があった。昼前くらいからガラス張りの部屋で蕎麦打ちの実演をはじめ、11時30分にオープンし、売り切れたら閉店という潔い店だった。
偶然にも蕎麦を打っている最中に店の前を通りがかってしまった。職人さんが惚れ惚れするほど滑らかな手さばきで蕎麦を打ち、延ばし、切っている。思わず歩を止め、その様子を呆然と眺めてしまった。その美しい動きは惚れ惚れというか、惚れてしまいそうだった。まだ開店までには時間があったから、うろうろして落ちつかなげに待った。
開店ちょっと前に行った。開店のころにはすでに十人ほどの列が出来ていた。そして「舞茸天ざる蕎麦」を注文して、待つことしばし。出てきた蕎麦は心持太めで、薄めのそばつゆにちょっとつけて啜る。
うまい。すげえうまい。打ちたての蕎麦って腰がしっかり入っていて、極めてうまい。舞茸のてんぷらも大きくてしかも揚げたてで、すげえうまい。それなりの量があったのだが、あっという間に完食して、職人さんに挨拶をして店を出た。
草津に行く方には、おすすめします。蕎麦はうまいですが、職人さんに惚れますので、彼氏・彼女とは一緒には行かないほうがいいと思います。
この日なのだが、朝から特急電車に乗って草津温泉に行ってきた。その様子を中途半端にレポートしておいたので暇なときに見て欲しい。
ちなみに中途半端なのは、帰ってくるまでレポートする気がなかったからです。
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草津温泉こぼれ話
泊まった宿は、総客室数が100を超える大きなところだったのだが、割合と丁寧な対応をしてくれた。温泉の質がとにかく良かった。だが白塗りのぼろい外観は、60年代の公営住宅を髣髴とさせるところがあった。あと群馬なのに、カニすきが夕食で出た。おかしいなとは思いつつ旨かったので満足。なにより大浴場を出たところで冷たい麦茶サービスをしていたのに非常に歓心した。麦酒ならなおのこと良いのだがそこまで望むまい。
この日は雪が降っていた。俺的初雪が意外と早く達成されたことに驚いた。露天風呂の脇に真っ赤に染まった楓が一本ぽつんと立っており、雪とあいまって面白い景色を打ち立てていた。だが一人だったからその美しさを誰とも共有できなかった。まさか風呂で写真を撮るわけにも行かないし。いろんな意味で。
浴衣に着替えてくつろいだ。浴衣って本当にくつろげる。ことに温泉に入ったあとなどには。日本人の夏の普段着は浴衣に帰ってもいいころなんじゃないだろうか。とすら思った。着るのも楽だし。普段着用の浴衣が3000円くらいであったら買うね。
11月も半ばにさしかかろうとしている。渋谷や川崎をうろうろすると、街はとっくにクリスマスモードに突入している。宵ともなればそこかしこにイルミネーションが煌き、ツリーが林立している。時には20度を超えようという暖かな秋の中、ふとツリーの脇に薄着で佇んでいればなぜだか笑いがこみあげてくる。
キリスト教圏ではクリスマスは宗教上の一大行事であり日本の正月に匹敵するものだから、マア多少のフライングはしないと年が越せないわけであるが、クリスマスが公然のロマンチック祭りとして位置づけられた日本でこれだけフライングするとはたいしたものだ。日本人は春夏にロマンチック欲を抑圧しすぎなんじゃないだろうか、その反動としてこのクリスマス狂熱があるんじゃないか、と勝手に心配なる。
というわけで、今日新たな見解をここに示す。すなわち、クリスマスとは11月から12月までの二ヶ月間のカーニヴァルをさす言葉で、この期間にはノーリスクで浮かれてよい。そしてそのグランドフィナーレが12月25日というわけだ。
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クリスマスプレゼントの相場。社会人含めた日本人にアンケートをとったところ、彼氏→彼女の平均額は40,000円、彼女→彼氏の平均額は25,000円だ、と、サークルの後輩が言っておった。無論ここは15,000円の格差に憤然とするべきところであるのだろう。
しかし、である。俺は「25,000円のプレゼントが女の子から貰えるなら、40.000円くらいは出してもいいかな」と、弱気路線で内心妥協してしまった。負け犬と呼ぶがいいさ。
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余談ですが、文芸創作の駒場祭販売冊子に掲載する俺の小説は、クリスマスの話になってます。
学校に行こうとしたら、駅まで行ったところで、財布を忘れていたことに気づいた。家に財布をとりに帰ったら、片道15分なので、すでに30分遅刻が確定していた。やる気がなくなったので、もう行かない。
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左耳のなかにできものができてしまった。
俺のイヤホンは耳にねじ込むタイプなんで、今朝、耳にねじ込もうとしたらすごく痛かった。涙が出そうになった。なんで俺はイヤホンをつけるために涙を流さなきゃいけないのか。むなしい。そう考えていたら、馬鹿馬鹿しくて本当に涙が出そうになった。
*****
PEPSI GOLDを買って飲んだ。NEXにしてもBLUEにしてもそうなんだが、ペプシコーラ社はちゃんと味見をしてから商品を世に出す責任があると思う。なんなら味見のために俺を使ってくれ、無料でいいから、とまで言いたくなるような味だった。
飲み差しを冷蔵庫に入れた。トラップにするくらいしか用途が思いつかないからだ。
ここのところ卒論の勉強もそこそこに小説を書いてばかりだ。駒場祭で販売する冊子の原稿の〆切が今週の土曜日なのでそれに向けて細部を詰めて詰めている。
掲載予定の物語は全部でニ作(か三作)。そのうち一作はとても変わった構造をしています。ここでの公開は予定しておりませんので、是非お買い求めください。
ちなみにそれを創作の人(女性)に読んでもらおうとしたところ、最初の一文を読んで「疲れる。無理」と言って跳ね除けられました。創作の人(男性)は面白がってくれました。
それにしてもここしばらくで小説を書くことの楽しさに目覚めつつある。夜中までかかってごりごり書き進むとき、自分の中に眠ったイメージが指先からあふれ出るようで、面白い。一度書いたものを手直しするとき、自分の言語能力の限界に挑戦しているようで、面白い。練習してもぜんぜんいい反応が得られないところも、マゾヒスティックに面白い。
将来の予想図に「会社に勤める傍ら執筆活動に従事」を組み込もうか迷ってしまうほどだ。まあ、組み込むだけならリスク無いし、とりあえず風呂敷を広げてみようか。
*****
>最近読んでおもしろかった本
ヘミングウェイ「ヘミングウェイ短編集」
『キリマンジャロの雪』『殺し屋』なんかがとても面白く読めました。それ以外は、あらかじめ作者のバックグラウンドを勉強してから読むといいと思いました。
先日、駒場に行った際に、新しくなった食堂に始めて足を踏み入れた。全面改装、というか新築され、どこぞのカフェか何かのように綺麗になっていた。
「壁とテーブルなど、白を基調とした店内は開放的な雰囲気。木目調の椅子とは別にソファ席も用意されていて、授業のあいだのひと時を優雅に演出」といった感じだろうか。ただ席数はカフェではありえないくらい多いけど。
だが、あの食堂には弱点があって、一階では以前と同じ食器で食事を出している。食堂の食器って、どうしてあんなにどうしようもない花の模様とかパターン柄とか描かれているんだろう。余計なお世話だ。無地ならコストも安いしまだスタイリッシュに見えるし、いいことばかりじゃないか。
……と、さっきまでは思っていたのだが、今、あることに気づいた。つまりこういう話だ。生協では、その食器に乗るものが、食器と並ぶくらいのレヴェルなんじゃないだろうか。
いや、別に食堂の飯を悪く言う気は無いです。あの値段であれだけのパフォーマンスは他にはないですよ。うん。
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本郷には中央食堂という食堂がある。地下で、半円っぽい形をしていて、真ん中に調理場があって、それを取り囲むように放射状に椅子とテーブルがある。汚く、暗く、退廃的な雰囲気だ。
俺は中央食堂が結構好きだ。なんというか、あそこでは何をしても許される気がする。いや、もちろん犯罪はいけないんだけど、うん、一種の聖域なんだな。飲酒にしろ、猥談にしろ、あそこでなら胸を張ってできる雰囲気がある。
そういえば昔あそこのビニールのテーブルクロスについてるチェックの模様をつかって、ボードゲームをしたことがあったっけな。
この日は、ゲイっぽい恰好をして学校に行き、茶道までした。具体的には、上が茶色いぴちぴちしたタートルネックのカットソー、下がベージュっぽいストレッチのタイトなパンツ、それにニット帽とマフラーだ。
家を出るときは、それがゲイっぽい恰好だなんて思いもしなかった。上着も着ていたし。ただ、暖かくなった日中、上着を脱いで代わりに帽子とマフラーで飾り立てると、重心がかなり上に来て、いかんとも言いがたいゲイっぽさがにじみ出ていたようだ。これでピアスなどをしていたら、まさにゲイまっしぐらである。
ゲイまっしぐら。まてよ。「猫まっしぐら」が猫の餌なら、「ゲイまっしぐら」はゲイの餌じゃないか。あれ、どっちにしろ一緒か。あはははは。はい、おあとがよろしいようで。
半身浴に成功した。
なんのことだ、半身浴なんて、半身お湯に浸かってれば誰でもできるじゃないか、成功も失敗もあるものか、と思われるかもしれないが、実際うまく出来たのは昨日が初めてだ。というのも、何度か半身浴にチャレンジしたものの、俺はいつも我慢できなくなって、暖まる前に肩からざぶんと浸かってしまっていた。
しかし昨日、そんな意志薄弱にサヨナラを告げるべく、気合をこめて半身浴にチャレンジした。今回は秘策と称して、iPodをビニール袋に包んで持って入ったのがまさに勝因だろう。全身ぽかぽかになって、調子に乗って30分も垢すりなどをしておったのだが、全然湯冷めしなかった。恐るべし半身浴。
だが毎回iPodをビニール袋に包むのが億劫なので、一度きりの成功になるだろう。そのへんは相変わらず意志薄弱なのである。
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半身浴と関係があるかどうかはわからないが、ここ数日とにかくカレーばかり食べている。この一週間で五食はカレーだった。何故かわからないけどカレーが強く押す時期が、年に一度位の割合で、あるのだ。
五食のうち、二食はインドカレー、二食はジャパニーズカレー、一食はスープカレーだった。なかなかバランスのよい食生活じゃなかろうか。ちがうか。
朝、部屋で今日のタスクを書き出してみた。そしたら八個もあった。
「CDを返却しに行く」「自転車を洗う」「コートのボタンをつける」「小説を書きフォームに収める」「卒論の勉強をする」「エレクトーンを練習する」「部屋を片付ける」「妹の誕生日プレゼントを買う」
このうち「小説を書く」「卒論の勉強をする」「妹のプレゼントを買う」以外はすべて終わった。「妹のプレゼントを買う」は何が欲しいか聞きそびれていておあずけとなった。
で、今夕飯を食べ終わったところだ。「卒論の勉強をする」「小説を書く」どっちが優先されるだろうか。自らへの甘えと厳しさの葛藤が、ここにある。
そして、そんな葛藤を置き去りにして、今から風呂に入ってくる。この先延ばし体質をなんとかしたいものだ。
こないだ、夏くらいにHUBでもらった金のバッジを胸につけて、HUBに行った。カウンターのおねいさんも同じバッジをしていたので、自慢したら、「そのバッジどこでもらいました?」と聴かれたので、「渋谷でもらいました」と言った。
そしたら、「その金のバッジはプレゼントしてなかったんですけれど……従業員の方ですか?」と言われた。
オレの脳裏をよぎるあの夜……
そう、七月の事だ。高校の同窓生で飲んでいて、一次会で飲み足りなかった(自称)のでHUBに行った。そしたらクエルボ(テキーラ)のキャンペーンでバッジを配っていて、もらったんだが。
お店の人がつけてる金のバッジの方がカッコよかったので、「それくださいっ!」って必死に主張したのである。ええ、もちろん酔っていました。
そして奪い取った金のバッジを白シャツの胸につけ、泥酔してHUBをあとにしたのである。
従業員向けだったとは。オレとHUBとの距離が一気に縮まったようだ。何かの縁だ、大切にしよう、と思った。
一昨日あたり、喉が渇いたので、すごく久しぶりに「レモンウォーター」を飲んだ。すーっとしみこむCと水分って書いてある奴だ。そしたら、おいしくなかった。俺の記憶ではさわやかで甘ずっぱくておいしかった、となっているがそれは改ざん後だったんだろう。
「レモンウォーター買って飲んだこんな味だったけな」
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この日は、お美しい先輩方に囲まれてもつ鍋をつついている不届きな四年生何人かを尻目に(名指し)サークルの四年生何人かで駒場祭茶会のリハーサルに行った。
リハーサルにお客として入るようになってはや二年。この「22時開始」までの時間の潰し方にいまだに最適な回答を与えられないでいる。この日は8時に集合して飯を食ってだらだらしたものの、そのあと一時間くらい暇になったので、暗い野外のテーブルに座って近距離通話をして「声が遅れて聞こえてくるよ」状態を楽しんだりした。
22時と言えば、一杯二杯アルコールを摂取しておると丁度いい時間だというのがまた憎い。
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飲食店でアルバイトをしておるため、飯を食い終わったレストランとかで長居をできなくなった。ホールの人たちが裏で「28卓のやつら早く帰れよ」などと言っておるのを知ってしまったためだ。どちらかというと人生損している。
桜木町に行く用事があって、運動がてら自転車で向かっていた。この日の夕方のことだ。
軽快に15号を飛ばしていたのだが、鶴見駅を過ぎたあたりで、何か踏んだらしく、がたん、と前輪から大きな音がして、それから数十メートルすすんで、パンクした。
こんな時に限って修理セットをもっていない。しかたないから路地に乗り捨て、鶴見駅から京浜東北線に乗ろうとした。
そしたら、たった今蒲田で人身事故があったとか言って、電車が止まっている。ちょうど下り電車が到着したところで、鶴見駅は人でごったがえしていた。無論上下線とも不通で復旧にはかなりの時間がかかるという。
さすがについてない。京急で横浜まで行って、横浜線直通の根岸線か、市営地下鉄か、みなとみらい線で行けたにはいけたのかも知れないが、なんかカミサマがオレの南下を拒んでいるような気がしたので、しかたなく帰った。車で自転車を回収し、パンクを直していたら夜になった。
きっとあのままへこたれずに桜木町に行こうとしていたら、命が危なかっただろう。
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むかし文芸創作ゼミにちょっと来てくれた人が訪問してくれたらしい。そういえばこのページは全世界に向かってオープンだった。ちょうどそれを忘れて内輪に傾きかけていた頃なので、いい刺激になった。あぶないあぶない。
しばらく更新が遅れていた。申し訳ないです。
クロスバイクに乗るようになってしばらく経つ。一日平均して10kmくらいは走っているだろうか。そのせいか、なんだか太ももが逞しくなってきた。それも、太く、というよりは、引き締まって、という方が適切だろうか。脂肪が減り、筋肉がついて、硬くなった。
自分でも結構びっくりするくらいの変化だ。知らず知らずのうちに変化はやってくるものだなあ。
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11月になったが、代わり映えのしない天気が続く。
「秋きぬと 目にはさやかに 見えねども 売り場に並ぶ 『冬物語』」