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                                   2012(平成24)年4月29日 更新 (月 1 回予定)                                                
    
古代遊学会


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畝傍山   *藤原京跡から見た畝傍山
天香久山・耳成山とともに「大和三山」と呼ばれ、標高は198.8m。畝傍とは「火がうねる」の意味。西麓には曹洞宗慈明寺があるが、以前は多くの寺院があったと云われている。
       
(奈良県橿原市山本町)
   
   
 
 畝傍山 (宇泥備夜麻)    昼は雲とゐ (比流波久毛登韋) 

           夕されば
(由布佐礼婆)
        
   
風吹かむとそ (如是布加牟登曽)  木の葉騒やける (許能波佐夜牙流)


       
        『古事記』 ー          
 「溝咋って、どういうとこからの名でしょう?」。
確かに、不思議な感じがする。以前、羽咋という地名が気になって、「咋って」。咋は
、くらう、、かむ、だった気がする。
『日本書紀』の「溝樴
(くい)」の樴は棒、尖ったもの。神が丹塗り矢となって流れて来て
、女性の陰部に刺さって胎児をはらむ、神武天皇の妃が神の子として顕
(あ)り坐(い)
ますの説話から、なんとなく納得していた。

 「咋は奇しくもで、溝は川と同じで神様のものが流れ来る、そういうことだと思ってる
んだけど…」。
口からは別の思いの言葉にしていた。『古事記』は古い文化をわりと留め、漢字を音
で用いている書、「咋」は「奇」にかけているのでは、と思っている。

 この歌。雲は畝傍山の背景をなしている、「登韋」、付いていると詠う。万葉歌では「
跡位
(とゐ)」、「とゐ」は、ゆらぐものと解があるとされる。が、登韋には付くの意味あり
と強調するのは西宮一民。同じ「とゐ」、昼は静かに山に「とゐ」している。夜になれ
ば、風吹き、木の葉ゆれ…。畝傍に居する当芸津耳尊が、と。反乱気配の予知であ
る。

 それを天皇の妃が詠う。妃と記すも、古い時期ほど祭祀や予知の巫女が配置され
ていた。そういう古相を押さえた書の『古事記』だから。
 溝咋神社への散策での言葉を回顧しつつ……。



3/25(日)バス旅行で訪ねた史跡


「青龍三年」銘の方格規矩四神鏡



安満宮山古墳
                青龍三年の丘 【安満宮山古墳】
  この三島地域は大小約500基の古墳(三島古墳群)がある。墓地公園造成中、`97年に発見。「青龍三年」(魏の年号<235年>)銘の鏡で知られる古墳。宮山古墳は3世紀後半の築造当時の姿に復元されている。この「青龍三年」銘の四神鏡の外4面の鏡やガラス玉、刀・斧などの鉄製品も出土している。ハニワの出土はなし。
                  
 (大阪府高槻市安満御所の町)


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