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![]() 畝傍山 *藤原京跡から見た畝傍山 |
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| 天香久山・耳成山とともに「大和三山」と呼ばれ、標高は198.8m。畝傍とは「火がうねる」の意味。西麓には曹洞宗慈明寺があるが、以前は多くの寺院があったと云われている。 (奈良県橿原市山本町) |
| 畝傍山 (宇泥備夜麻) 昼は雲とゐ (比流波久毛登韋) 夕されば (由布佐礼婆) 風吹かむとそ (如是布加牟登曽) 木の葉騒やける (許能波佐夜牙流) -『古事記』 ー |
| 確かに、不思議な感じがする。以前、羽咋という地名が気になって、「咋って」。咋は 、くらう、、かむ、だった気がする。 『日本書紀』の「溝樴 、女性の陰部に刺さって胎児をはらむ、神武天皇の妃が神の子として顕 ますの説話から、なんとなく納得していた。 「咋は奇しくもで、溝は川と同じで神様のものが流れ来る、そういうことだと思ってる んだけど…」。 口からは別の思いの言葉にしていた。『古事記』は古い文化をわりと留め、漢字を音 で用いている書、「咋」は「奇」にかけているのでは、と思っている。 この歌。雲は畝傍山の背景をなしている、「登韋」、付いていると詠う。万葉歌では「 跡位 と強調するのは西宮一民。同じ「とゐ」、昼は静かに山に「とゐ」している。夜になれ ば、風吹き、木の葉ゆれ…。畝傍に居する当芸津耳尊が、と。反乱気配の予知であ る。 それを天皇の妃が詠う。妃と記すも、古い時期ほど祭祀や予知の巫女が配置され ていた。そういう古相を押さえた書の『古事記』だから。 溝咋神社への散策での言葉を回顧しつつ……。 |
![]() 「青龍三年」銘の方格規矩四神鏡 |
![]() 安満宮山古墳 |
| 青龍三年の丘 【安満宮山古墳】 この三島地域は大小約500基の古墳(三島古墳群)がある。墓地公園造成中、`97年に発見。「青龍三年」(魏の年号<235年>)銘の鏡で知られる古墳。宮山古墳は3世紀後半の築造当時の姿に復元されている。この「青龍三年」銘の四神鏡の外4面の鏡やガラス玉、刀・斧などの鉄製品も出土している。ハニワの出土はなし。 (大阪府高槻市安満御所の町) |
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