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                                   2012(平成24)年1月30日 更新 (月 1 回予定)                                                
    
古代遊学会


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        筑紫津神社

スサノオノミコトが祀られている。筑紫からやってきたスサノオノミコトがこの地に泊り旅の安全を祈願した。ミコトを敬った住民が「津」を頂き、道祖神に筑紫津神社としたのが始まり。これが周辺一帯を「津之江」と呼ぶもととなった。
           (大阪府高槻市津之江町)
   
 難波の海 [名无波乃宇美]     難波の海 [名无波乃宇美] 

     漕ぎもて上る
[己支毛天乃保留]  小船大船 [乎不禰於保不禰]

                筑紫津までに
[川久之川万天爾]   
 
    今少い上れ
[以末須己伊乃保礼]     山崎までに [也万左支天爾]
  
             『催馬楽』 61  
 筑紫津。現在の高槻市津之江町水戸に筑紫津神社があって、痕跡を留める。今城塚古墳の1㌔ほど南、うねって流れる淀川の河口にあたった所。阿蘇のピンク石。ほんのりと桃色がかった凝灰岩で石棺が作られ、遠い火の国から運ばれて来た、そういう大きな出来事が口々に伝えられ、いつしか地名になったのだろうか。

 それとも内海として大阪平野に入り込んでいた河内潟が埋まった後、難波の湊の役を担って瀬戸内海や対九州への主要な湊だった…か。

 この歌は、山崎まで、京の湊まで「あと少し さぁ~」。小船大船で賑わいの中、船旅よろしく伴奏楽器の調べの中で歌われたものらしい。そういう貴族の遊行の歌より港の代名詞に筑紫がなり、今にまで残ったことに興味がそそられている。

「川久之」、これで筑紫と音するのか、ず~と気になっている。未だよく分からないが、ただ、『催馬楽』は妻を「川末」、今に残る「真土山」を「万川知也末」。「川久之川」は「川久之川」と、確かになる。

 平安朝で゜は、川は「ツ」音の表記だった、のか。字音に、筑紫津に魅せられての歌である。


3/25に訪ねる 「今城塚古墳」

「今城塚古墳」内濠堤の埴輪群

「今城塚古代歴史館」(部分) 
昨年3月にオープンした古代歴史史料館。
全体が史跡公園として整備された。
(大阪府高槻市郡家新町)


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