■学校図書館の古くて新しい使命〜野口氏の講演を聴いて
水越規容子
さわやかな秋日和の十月二日(土)日本子どもの本研究会・親子読書地域文庫全国連絡会共催による「第十五回学校図書館のつどい」が専修大学神田校舎で開かれ、「すべての子どもを支える学校図書館?その歩みといま」と題して野口武悟氏が講演された。参加者は九九名。氏は専修大学准教授で、読書や図書館利用に障害がある人へのサービスの研究が専門。今日はその研究の一端を、これからの展望も含めてわかりやすくお話しくださった。
まず文部科学省の特別支援教育概念図から子どもたちの実態を説明。特別支援学校(従来の盲・聾・養護学校等を改組したもの)に約六万人、小中学校の特別支援学級に約十二万人、ほかに通級指導を受けている子どもが約四・五万人。加えて近年増加しているのが、通常のクラスの中の特別な支援が必要な子で、約六五万人にのぼるといわれる。これらのうちLD(学習障害。「読み」に困難を抱えているディスレクシアと呼ばれる子どもたちが多い)を中心に、読みの面での支援が強く求められる状況にある。そうした子どもたちの多くが実は心に深い傷を負い、劣等感に悩まされているケースもあり、日常的にさまざまな子どもたちの憩いの場ともなっている学校図書館であればこそ、十分に留意し適切な対応を心がけねばならない。さらに必要な資料を積極的に揃え、提供の工夫をすることも求められる。
驚くべきことに歴史的に振り返れば、これはすでに一九五〇年代に追求されてきた課題で、当時の教育運動の高まりのなかで学校図書館法が制定された頃は、同時に読書問題児(当時の言葉)への対応と指導に真剣に取り組んだ時代であった。通常学級に受け入れられていた軽度の障害のある子どもたちの多くが、実は読みに困難があることから学習面でも困難を抱えていた。こうした読書問題児の分析や対応の仕方に多くの教員が涙ぐましい努力を払っていた。野口氏は丹念に全国学校図書館研究大会の記録を読み解き、いくつかの実例を紹介した。
たとえば読書問題児へのマンガの有効性が議論され、内容を検討して大いに読ませるべきだという結論に達しているのに、今日でも学校図書館にマンガを置くことをためらう学校や教員が少なからずあるのはどうしたことだろう。この時代既に、マンガは図書館資料の一つとしてけして軽視できない、与え方や内容によって非常に有効な読書素材になると真剣に議論されていた事実に驚かされる。ほかに学級文庫の必要性なども挙げられているという。
さらに回を重ねると、児童心理学・カウンセリングの必要性、クラス担任と連携して読書の苦手な子の早期発見、その子にとって適切な本、たとえば当該学年よりも下の子が読むような本を揃えて提供していくことも提案されている。図書館専任の人の必要性はむろん、生活指導と読書指導の関連や家庭の協力の重要性も議論される。難しい漢字にルビを付けるなどの出版物に対する注文や、教育課程のなかに読書指導の時間を入れる(今で言う図書の時間か)という要望も出される。しかしその後こうした研究と議論は下火になる。六十年代に全国の小中学校に特殊学級が急増し、支援を必要とする子の指導が特殊学級お任せとなり、通常学級にいた軽度の障害児への対応が教育実践の主要な課題とはなりにくい状況を生んだといえる。そればかりか同時期、学校図書館は活気をなくし、以後長い停滞時期に入っていくこととなる。五十年代の熱気はどこへ行ってしまったのか。
野口氏の水先案内で五十年以上前を振り返り、幾つもの実践(ガリ版刷りの細かな報告もある)を目にして感じることは、戦後の復興期に如何に多くの教育者たちが新しい教育に理想を燃やし、困難を抱えた子どもたちを目の前に奮戦し、努力していたかということだ。しかし問題は今だ。野口氏の示す解決策は、特別支援教育の位置づけ、特別な支援を必要とする子どもにも対応できる学校図書館の体制・環境づくり(易しめな本だけでなくマルチメディアデイジーなど資料面での充実も)、日本語を母語としない子どもへの配慮(多様な言語の蔵書)などがある。一点幸いなことに、今年著作権法が一部改正となり、学校図書館でも障害のある子どもたちのためであれば著作権者に無許諾で蔵書を彼らが必要とする方式によって複製することができるようになったという。ご尽力された関係者の方々に感謝したい嬉しい報告であった。
しかし最も重要な問題はやはり「人」に尽きる。これらの体制と環境を作り維持していくためには、どうしても専任・専門の職員が必要だ。研修であれ、司書教諭などとの緊密な連携であれ、それを主体的に担う人を抜きには考えられない。野口氏とその仲間たちの、これからの研究の成果に多いに期待するとともに、一クラス二〜三人に上るといわれる読みの困難な子どもたちにも等しく楽しい読書体験を提供できるよう、学校図書館に関わる人たちの研鑽と実践と試行錯誤の共有が、より一層重要になると感じる講演だった。
<著作権法改正について>
2009年6月に「著作権法」が一部改正され、2010年1月より施行された。今回の改正では、障害者の著作物利用に係る権利制限の範囲拡大が実現された(法第37条第3項、法第37条の2)。改正の要点は以下の3点である。(1)視覚障害、聴覚障害の人だけでなく、視覚や聴覚による表現の認識に障害のある人(具体的には、学習障害などの軽度発達障害の人や、知的障害の人など)を対象とすることになった。(2)障害者が必要とする幅広い方式(例えば、DAISY(デジタル音訳図書)の作成、拡大写本の作成、ビデオやDVDなどの映画の著作物への字幕の付与など)での複製が著作権者に無許諾で行えるようになった。(3)視聴覚障害者情報提供施設(点字図書館など)だけでなく、学校図書館、公共図書館などでも、前述の複製が行えるようになった。ここでいう学校図書館とは、「学校図書館法」第2条に規定するすべての学校図書館(小学校、中学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校に設けられた図書館)を指す。
この改正によって、学校図書館は、特別な支援を必要とする児童生徒の障害に応じて、所蔵する図書館資料を著作権者に無許諾で彼らが必要とする幅広い方式によって複製することができるようになった。なお、日本図書館協会、全国学校図書館協議会などの図書館関係5団体は、2010年2月に「図書館の障害者サービスにおける著作権法第37条第3項に基づく著作物の複製等に関するガイドライン」(http://www.jla.or.jp/20100218.html)をとりまとめているので、参照してもらいたい。
(野口武悟)
■子どもにも教師にも活用される学校図書館
−東京都狛江市立緑野小学校の実践報告から
午後は「学校図書館でのびる子どもたち?緑野小学校の実践」と題して、司書教諭の田揚江里さんと学校司書の松原礼子さんに楽しくお話しいただいた。
平成10年に学校司書が配置され、その後配送サービス、司書教諭発令と学校図書館の整備がすすめられた狛江市。平成16年からの文科省の推進事業を契機に学校司書と司書教諭合同の研究組織が発足し、読書・情報活用指導の計画作成や調べ学習・アニマシオンなどに関するワークショップ、学校図書館の役割についての講演会の開催により、市内の教師の学校図書館への関心が高まった。平成17年に開校した緑野小学校は、初年度から学校図書館運営委員会を設置、翌年に文科省の研究指定校となったことが、蔵書の充実・教師の意識向上につながった。
<読書指導>読書意欲を高め、読書の習慣化を図る指導をしてきた。日常的な活動として、教室での10分間読書、空き時間を利用した隙間読書を定着させた。読書意欲を高めるための子ども同士の活動(おすすめカードや読み聞かせ)のほか、発達に応じた読書ができるように工夫をしている?絵本から幼年文学への過渡期にある児童の本選びに配慮した配架、緑野小独自のブックリスト「緑野文庫」の教室への配架、「チャレンジ読書」(読んでほしい本を手渡し、読んでもらう時間。例:「伝記を読もう」「ノンフィクションを読もう」)など。児童文学作家を招いて交流の場を提供することもあり、急逝された後藤竜二さんをお招きしたときのようすなどさまざまな活動が画像によって紹介された。
読書指導は担任が行うものとして、司書は読み聞かせやブックトークに関する相談や資料提供に応じるほか、アニマシオンの試演や読書週間の取り組みのヒントなど読書指導の可能性を広げるための支援を行っている。また、司書と司書教諭のはたらきかけにより子どもの本に興味をもつ教師が増え、それが子どもたちの読書の幅を広げている。
<情報活用指導>学校図書館や電子メディアなどを活用し、自らの課題や疑問を追求・解決していく力を育てるための調べ学習では、題材の工夫・体験の重視を心がけている。実際の取り組みについては、体験や活動、学習の中で溜めていった疑問を調べ・追求する段階から、得た知識を自分なりに活用しまとめていくまでを、学年に応じたカードの活用法やまとめ方など画像を提示しながら解説。学ぶ手順を身につけた子どもたちが自力で課題に迫り解決していく姿が紹介された。また昨年度からは段階的な情報活用指導の工夫?特に初期の段階でとりたてて指導をする必要性を感じ実践している(例:図鑑の活用指導で、目次と索引の活用法だけでなくデータの読み取り方までを全体指導に加えた)。
学校図書館を使える時間が限られているので、必要な資料をブックトラックに積んで該当学年の廊下に配架し、連続した学習ができるようにしたり、学校図書館での調べ学習への支援や全児童の読書力を考慮した資料収集などは、司書が担当。
<特別支援学級と学校図書館>固定式と通級式の特別支援学級がある緑野小学校。固定式の学級では、彼らのためにアレンジした読み聞かせのほか、本選びの幅を広げるための工夫や公立図書館を利用できるようになるための支援を、司書が担任・保護者・公立図書館と連携して行っている。
<子どもたちの成長と今後の課題>開校から6年目を迎え、進んで本を読む子どもたちの姿や読書の質の向上がみられ、中学年以降の図書館離れも少なくなっている。
授業や学級での読書活動に先立って来館する教師が増えているのは、2週間に一度担任に向けて発行してきた「としょかん通信」の成果。「子どもにとって学び方を学ぶ場である学校図書館は、教師にとっては教え方の転換を意味する場であり、見通しをもった指導の大切さを認識させてくれる。読書も調べ学習も、教師の側の働きかけが留まれば子どもの読書・学習活動は楽な方へと流れてしまうだろう」という田揚さんの言葉は印象的だった。
狛江市の今後の課題として挙げられたのは、司書教諭・学校司書の研修システムの整備と学校図書館に対する市のビジョンの明確化。学校図書館活用が継続していくために、行政へのはたらきかけと、子どもたちの状況を見ながら先進地域や学校の取り組みを学んでいくこと、と締めくくられた。
開校以来5年半にわたるおふたりの協働実践の報告からは、可能性を求めて広がっていく図書館活動の姿がみえ、学校図書館は有機体であるという言葉が改めて思い起こされた。
−この後、質疑応答から交流会へと移り、講演者や報告者への質問や各地からの現状報告など、活発な意見交換が行われた?
(文責/編集委員会)