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『夜中に犬に起こった奇妙な事件』

原書名:THE CURIOUS INCIDENT OF THE DOG IN THE NIGHT-TIME
マーク・ハッドン 作
小尾芙佐 訳
早川書房
2003年6月刊
373p 19cm(B6)
1700円

障害者の視点でみつめる家族の切ない関係
勝谷志保子

 子どもの成長とは、なんとすばらしいものであろう。子育てという言葉のおこがましさを突きつけられ、親は子どもを信じて見守るしかないのだろうと観念させられた日をこの本は思いおこさせる。子どもを授かり、親になった日から子どもが一人立ちするまで、どんな親子の間にも多かれ少なかれ、葛藤の日々が待ち受けている。生まれながらの障害をもって生まれてきた子と親の葛藤の深さはいかばかりであろう。
 主人公は、生まれながらの障害、自閉症にふくまれるアスペルガー症候群という障害をもっている、十五歳のクリストファー・ジョン・フランシス・ブーン。先生に勧められて本を書こうと思いたった彼は、自分の身に起こった奇妙な事件の犯人捜しの謎解きを事細かに記録していく。その奇妙な事件は夜中に起こった。友だちのミセス・シアーズの飼っている犬のウエリントンが、フォークで突き刺されて殺されていたのだ。
 読み進むにつれ、犯人捜しの謎解きだけでなく、なかなか理解されにくいクリストファーの独特の世界が、彼の言葉で語られて行く。「ほかのひとたちは、ぼくの頭を混乱させることばを使わないでたくさんのことをしゃべる」と彼は書く。アスペルガー症候群の障害をもつクリストファーは、人の表情、しぐさ態度などを読みとることが困難のようだ。ものごとはきちんと秩序だっているのが好き。体にふれられるのが嫌で、むりやりさわられたらその人をなぐってしまう。外から情報がいっぱい入ってくると、頭がごちゃごちゃになって、悲鳴をあげたり、うなり声をあげたりする。このようなハンディキャップをもつ一方で、数学や物理学ではとても優れた能力をもっている。数学の上級試験に合格し、大学で学ぶことをめざしている。数々の場面でおり込まれる数式、物理学の知識、理論的推論などからは、彼の世界のはかりしれない広さや深さを感じとれる。
 犯人捜しの謎解きは、意外な秘密を解き明かす。その結果クリストファーは、父の懐から飛び出し、遠く離れた母のもとへ行く冒険の旅に出ることになる。新しい場所が嫌いで、知らない人とコミュニケーションをとることが苦手な彼には、この旅は並大抵のことでない。多くの困難が立ち塞がる。彼は一つ一つ論理的に考え困難をのり越え、母を探し出す。その勇気に感動する。
 謎ときの糸に手操られ浮かび上がってくる、父、母の人生模様はせつなさやいとおしさを感じさせる。お父さんは、クリストファーのありのままを受け入れ、とても辛抱強く彼を愛している。ときたまはかんしゃくをおこして手をあげることもあるが、クリストファーが困ったことにまきこまれた時には、駆けつけて面倒をみてくれるし、料理などもしてくれる。そしてなにより、いつでも本当のことを話すので、「お父さんはぼくを愛している」とクリストファーは感じていた。しかし解き明かされた秘密によって、それまでの信頼関係は一気に崩れてしまう。「おれたち、だれでもまちがいはするもんだよ、クリストファー。おまえ、おれ、おまえのかあちゃん、みんながだ。そしてときどきそれはどでかいまちがいなんだ。おれたちはただの人間だからな」とクリストファーに語りかけるお父さんは、せつない。
 数学の上級試験を受け、見事合格したクリストファーは物語の最後をこう結ぶ。「ぼくは優等学位をとって科学者になる。ぼくはこれができることを知っている。なぜかというとぼくはひとりでロンドンに行った、だれがウエリントンを殺したか?という謎を解いた、母親をさがし出した、ぼくには勇気がある、そしてぼくは本を書いた、そしてそれはぼくがなんでもできるという一つの証拠です。」と。困難を乗りこえ、成長していくクリストファーに、大きな拍手を贈りたい。

(『子どもの本棚』2004年6月号掲載)

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