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『怪物ガーゴンと、ぼく 』

原書名:THE GAWGON AND THE BOY
ロイド・アリグザンダー
宮下嶺夫・訳
評論社
2004年6月出版
300p 21cm(A5)
1680円(税込)

“ガーゴン”が贈ってくれた未来への“キップ”
飯塚須磨子

 ロイド・アリグザンダーというと『プリデイン物語』『セバスチャンの大失敗』等々のファンタジーや冒険物語で余りにも有名だがこの作品は彼の少年時代の自伝的物語。
 主人公デビットは十一歳、「キケンシ炎」という大病にかかり学校に通えなくなる。無味乾燥な授業から解放されるのでデビットにとっては願ってもないことだったが、その代わりアニーおばさんに家庭教師をしてもらうことになる。アニーおばさんは祖母の遠縁にあたる人で、祖母の下宿に住んでいる。いつも白い髪を後ろで束ね厳しく、デビットにとっては近寄りにくい存在で苦手。密かにガーゴン(ギリシャ神話の中のゴーゴン・メドゥーサから)とあだ名をつけた。しかしガーゴンの授業は学校とは全く異なり、意表をついていた。また、こんがらがりごちゃごちゃになった糸のかたまりを渡されるのだった。この糸のかたまりが彼の心の成長と深くかかわっていく。
 “ガーゴン”の手にかかると、泣きたくなるほどたいくつな歴史の勉強が、ふしぎなことに、わくわくするようなアドベンチャーに変わってしまうのだ。と、デビッドは次第にガーゴンの授業に引きこまれていく。ガーゴンの若い頃の冒険とロマンスに心躍らせ、彼は物語を創造し書いていく。それは、どこへでも自在にタイムスリップする愛と冒険の物語だが、その物語が日常生活と交互に挿入されていて、読者も共に“旅”を楽しむことができる。
 デビッドは、ありのままの姿を見てくれて、真正面から語りかけてくれるガーゴンを敬愛するようになる。ガーゴンもまた可能性を秘めたデビッドのみずみずしい感性に元気づけられる。デビッドはこんがらがった糸をほぐすように人生についても学んでいくのだったが、ある夜、ガーゴンは息をひきとる。彼はショックで寝こんでしまう。けれども、シェイクスピア戯曲集やガーゴンが大切にしていたものを“アニーおばさんの遺言”として受けとり、“どんなものをも超越したすばらしい宝物”と、ひしと感じるのだった。
 その後、経営不振でお父さんが店をしめる。家、下宿屋を売り払って新しい町へ引っ越し、ウサギの巣穴のような家へ住むことになる。デビッドのことが心配なガーゴンは度々現れ、教えるべきことをきっちりいうのだった。そんなデビッドも恋をする。少女とのかかわりの中で、自身を見つめ、自分の進むべき道をしっかり見出していく。その時からガーゴンは現れなくなり、「二度と帰ってこなかった。」でも「決して忘れなかった。」と物語は終わる。未来を予感させて。
 東洋の品物を売っているが、経営不振で次々とおかしな商売をするお父さん、墓石屋のおじさん、「キケンシ炎」等ことばの言い間違い名人のおばさん、下宿の住人始め様々な人間がユーモアを交え生き生きと描かれ、一九二〇年代末の禁酒法等不況下にあるアメリカ社会をも浮きぼりにしている。
 こういう中でデビッド少年は成長していくのだが、アニーおばさんことガーゴンに出会ったからこそ作家、ロイド・アリグザンダーが生まれた。彼は「わたしは、アニーおばさんに出会えて幸せだった。彼女は、わたしの心と感情を動かし、わたしの内側にひそむ何者かをゆさぶり起こしてくれた。だれもが、若い時代に、自分のアニーおばさんを持てるといいと思う」といっているが、優れた児童文学もまた「わたしの内側にひそむ何者かをゆさぶり起こす」のではないだろうか。本書は、まさにその一冊である。
 この作品のもうひとつの魅力は、作中に、ちりばめられている言葉、引用文、ガーゴンをしていわしめる。“人生の真実をついた言葉”そのものにある。そんな“言葉”に出会うとひとしお嬉しいものだ。
 日本のあちらこちらにも“ガーゴン”がいっぱいいて、どの子どももそれぞれの”ガーゴン“に出会いますように、と切に思った。

(『子どもの本棚』2005年2月号掲載)

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