三人組の未来
宮川健郎
二〇〇五年、<ズッコケ三人組>シリーズの新刊が出ない夏をすごした。やっぱり、<ズッコケ>シリーズは完結してしまったのだ。五〇巻めの最終巻が、二〇〇四年暮れに刊行された『ズッコケ三人組の卒業式』である。 三学期。花山第二小学校でも、卒業式がちかづいてきた。六年一組では、卒業記念のタイムカプセルを埋めることになる。カプセルには、「二十年後のぼくたち、わたしたち」という作文などが入れられる。カプセルは、二十年後のクラス会で掘り出されるのだ。
ハチベエ、ハカセ、モーちゃんの三人は、クラスのタイムカプセルとは別に、自分たちのカプセルをつくる。二十年たったら値上がりしそうなものを入れるのだ。ところが、校庭のすみに埋めた三人組のカプセルは、やがて盗まれる。犯人は、だれか……。三人組の担任である宅和源太郎先生の退職や、卒業式での「国旗国歌」のあつかいといった問題もまきこみながら、物語はすすむ。
……卒業式にむけて、急に時が動き出したようだ。最終巻に描かれたのは、シリーズ第一七巻『ズッコケ文化祭事件』(一九八八年)の直後の時間だ。クラスのタイムカプセルを埋めることは、二十年後のクラス会で、そのタイムカプセルをあける、第二五巻『ズッコケ三人組の未来報告』と対応しているが、第二五巻が書かれた一九九二年に、最終巻の構想は、もうあったのだろうか。ズッコケ三人組は、くりかえし小学六年生を生きてきたわけだけれど、最終巻には、過去から未来へとすすむ時の流れがはじめて生まれた。
くりかえし小学六年生を生きる「循環型」の物語が、過去から未来へとすすむ「進行型」の物語に変換されることによって、三人組は、ようやく卒業式をむかえるが、これは、最終巻の枠組みである。最終巻で語られる話題の中心は、三人組が埋めたタイムカプセルが掘り出された事件の犯人さがしだ。その謎解きは、個人情報の漏洩という、きわめて今日的な問題を引き出していく。『ズッコケ三人組の卒業式』は、推理小説でもあるわけだけれど、これは、<ズッコケ三人組>シリーズ全体の特色ともかかわる。シリーズ五〇巻を見渡して、石井直人は、〈基本形としての推理小説〉という。
〈那須さんが持っている合理精神ということが言いたくて。それから、構成上、常にちゃんとした落としどころがあって、(中略)非常によく作り込まれたプロットということを言うために、基本形としての推理小説と言ってみました。〉(石井直人・宮川健郎編『ズッコケ三人組の大研究ファイナル』ポプラ社、二〇〇五年の石井・宮川対談での発言)
那須正幹は、<ズッコケ>シリーズ完結後、二〇〇五年の春から夏にかけて、新しく二つのシリーズをスタートさせた。<こちら栗原探偵事務所>シリーズ(講談社青い鳥文庫)と、<衣世梨の魔法帳>シリーズ(ポプラ社)だ。どちらも、推理小説である。<栗原探偵事務所>のは、第一巻刊行の直前に予告編的な短編「こちら栗原探偵事務所 幽霊屋敷のなぞ」が発表されたが(『おもしろい話が読みたい!』白虎編、講談社青い鳥文庫所収)、この短編の発端は、<ズッコケ>シリーズ第四八巻『ズッコケ怪奇館 幽霊の正体』(二〇〇三年)のモチーフ(山越えの県道ぞいに幽霊が出て、交通事故がつづく)と重なり、<ズッコケ>を引きつぐ意志が見えてくる。すでに二冊が刊行された<衣世梨の魔法帳>は、推理小説的な枠組みのなかで、<ズッコケ>シリーズでもしばしばあつかわれた、ふしぎな世界への接近が描かれる。
『ズッコケ三人組の卒業式』では、モーちゃんが「二十六年くらい、ずっと六年生やってたみたいな気がする。」といい、ハカセは「ちょっとオーバーじゃないの。きみ自身の人生の合計だって、まだ十二年なんだよ。」とたしなめるけれど、ほんとうに長かったのだ。六年生の三人組を主人公とするシリーズが刊行されはじめたのが一九七八年、彼らは、さまざまな冒険を重ねた。しかし、物語は、とうとう「出口」を見出す。だが、明瞭に「おわり」が描かれたことによって、それは、明瞭な「はじまり」となった。卒業式をむかえたハチベエ、ハカセ、モーちゃんは、いまだ白面の一二歳で、いよいよ人生へと漕ぎ出す。ズッコケ三人組の未来に栄光あれ!