書評一覧へ戻る
自然の観察辞典32『アシナガバチ観察事典』

構成 小田英智
文・写真 小川宏
偕成社
2005年7月出版
39p 28×23cm 
本体2400円

たくましく生きる
アシナガバチの一生
小峰光弘


 今年の夏は異常気象だったせいか各地でスズメバチによる被害が多く報道されていた。スズメバチは怖い昆虫だが同じカリバチの仲間でもスズメバチよりやや小さく家の周りや草むらでよく見かけるアシナガバチの生活を知る人は意外に少ない。本書はそのアシナガバチの生活史を克明に追った観察記録である。
 サクラの花が散り本格的な春を迎えた頃、このハチは活動を始める。はっきりとした黄色と黒の縞模様の体、名の通り長い脚を下に向けて飛ぶこの本の主人公の名はフタモンアシナガバチ、腹部の上面に二つの黄色い紋があるのが特徴で日本に11種類いるアシナガバチの中でも代表格である。春に一匹で飛んでいるこのハチは冬眠から覚めたばかりの母バチで巣作りに適した場所を探し回っている。体力のいる巣作りのためまずは腹ごしらえと花の蜜をたっぷりと吸う。枯れた木材や草の表面を唾液を付けてむしり取り、これをこねてドロドロにしたものが巣の材料となる。この素材は人間が紙を作る時の原料となるパルプによく似ている。この液体を目ぼしを付けておいたスギナの茎に押し付けて巣の土台を作り始める。大あごと長い脚を巧みに使って作り進めて行く巣作り工程がシャープな連続写真で見事に捉えられている。この本のハイライトである。やがて小さなワイングラスのような形の部屋が一つ出来る。母バチはその部屋に初めての卵を産み付ける。母バチは休む間も無く次々に巣室を作って行き産卵を繰り返す。巣作りの材料探しや餌の青虫狩りに出掛けて留守になる巣にはいつ天敵のアリが卵を食べに来るかわからない、巣作りはいつも危険と隣り合わせなのだ。育児・餌獲り・外敵からの保護など母バチは一匹でこれらの仕事をこなさなければならない。彼女にとってこの時期は過酷な労働の連続なのである。このあたりの描写が見事に映し出されていて作者の意図に感服する。梅雨の季節には巣に流れ込む雨水を必死で吸い取り外に吐き出し幼虫を身をもって雨から守る母性愛の姿を映し出したシーンには感動すら覚える。やがて沢山の働きバチが羽化し活動を始める夏、母バチは女王となって卵を産み続ける仕事に専念するようになる。ハチの数が増え大家族になって行き巣もどんどん大きくなる頃、働きバチは協力し合って餌の青虫獲りや巣の増築、外的からの警備などの仕事に精を出す。真夏になる頃、巣の部屋数は500以上になって行く。この時期他の種類のキボシアシナガバチやセグロアシナガバチも同様に大家族になっている。酷暑の日中働きバチはいっせいに羽を震わせたり水を塗り付けたり巣の温度を下げるのに懸命だ。この頃天敵のカマキリやスズメバチの活動も盛んでハチにとって最も危険な季節でもある。しかし8月も末になると女王は最後の卵を産んで死んでいく。夏も過ぎる頃卵から体格の良い娘バチとオスバチが生まれてくる。コスモスの花が咲く頃娘バチはオスバチと交尾し次の年の母バチとなる。晩秋、巣は解散し多くの働きバチとオスバチはしばらくの間、葉の上などに群がっているがやがて死んでいく。娘バチは朽ちた倒木の中や皮の間で6ヶ月にも及ぶ越冬に入り来春に備える。朽木の中で冬ごもりするキボシアシナガバチの写真でこの本は終わっている。本書を読めばアシナガバチの巣を探して観察して見たくなるはずだ。
 読み終えた後に感じた事が二つある。一つはアシナガバチの凄まじいまでの生き様である。すべての行動が命がけで取り組んでいる様に感じる。本書は特にその点を明確に表現している感がある。もう一つは巣作りについてである。まるで製紙工場の様だ。人間がこれを見て紙作りを思いついたのだろうという話もあながちこじつけではなさそうだ。一種類のハチの生活からも色々の事が感じ取られるものだ。

(『子どもの本棚』2006年1月号掲載)

このページの最初に戻る

書評一覧に戻る