ちょっぴり辛口、かなり、堅実?
輝ける青春
米田久美江
故郷のイギリス北部を舞台に、『かかし』や『海辺の王国』などで、理想的な父親像を求めて自らの成長を探る少年の心を巧みに描写し、読者を魅了したウェストールが、やはり、故郷の町と母校を舞台に、今度は青年期にさしかかってきた年頃の主人公「ぼく」の、心に残った青春の輝きを章立てにして語らせているのが、本書『青春のオフサイド』である。そのエピソードは、大半が戦時中の小学生時代、十歳の頃あこがれた教師に、まためぐりあい、お互いに恋に落ちた、思春期真っ只中の十六、七歳頃の出来事である。
ロバート・アトキンソン・ウェストール晩年の作品である本書の主人公の愛称「ロビー」のフルネームは、ロバート・アトキンソンである。外見上の特徴も自分自身をモデルとしたようでウェストールの思い入れの深さがうかがえる。
さて、そのロビーは入学当時かなりの肥満体で、きわどい野次を浴びせられて、いつもからかわれていた。「成績が一番でなかったら、ぼくはクラスのいじめられっ子か、道化になりかねなかった。」「その傷は今も消えていない」と回想しているグラマースクールの優等生である。だが、巨漢ロビーの脂肪のかたまりが、いつの間にかどっしりとした筋肉に変化し、自分のたくましい力を自覚したときから、「デブ公」と呼ばれていた五年間の屈辱に別れを告げる。自分の欠点を認める勇気を得て、積極的に行動し始めたのである。巨体と力を頼みにした乱暴な活躍で、ラグビーチームを勝利に導き人気者となったロビーは、他の分野でも頭角を現していく。そして周囲に認められ、リーダーシップをとるようになったロビーは、一人の女性教師と、大柄だがとてもおとなしいクラスメイトの二人の女性に注目されるようになった。婚約者を第二次世界大戦で亡くし、その傷が癒えぬままに教師生活を送る「エマ」に、将来性の高い素晴らしい生徒と見込まれたのである。教師冥利をくすぐったロビーと、女性に対する憧れをかき立てたエマ、年齢差があったからこそ、惹かれていくお互いの恋の必然の過程が、ウェストールらしい、力強い筆致で描かれている。一方、女生徒「ジョイス」とは、エマへの満たされぬ思いのはけ口におざなりにつきあっていたのだが……。
ウェストールは、どの作品でも少年の女性観を実に正直に描いている。恋愛感情が主要テーマとなっている作品だけに、異性を見る男の子の眼が興味深い。ロビー自身の答えは保留になっているのだが、エマに『女の子はすきじゃないの?』と聞かれたとき、けおされて、思わず、ヒットラーの言葉を借用して答えている。女の居場所は『…台所、教会、子ども』と。本能的に闘争心の激しい男にとって、男同士の競争だけで手一杯でこの上、異性まで闘争の場に加えるゆとりはないというのが、硬派の男の子の本音なのであろう。
学校内のトップグループに仲間入りし、監督生としても、幅を利かせることになったロビーだが、仲間内での地位を保つのも容易ではない。校長やラグビー部の顧問教師との駆け引き、生徒間の対抗意識のせめぎあい。恋と夢、希望と理想、趣味と勉学。思い通りにならない現実に、あるときは、自信満々で突っ走り、あるときは、落ち込み悩み自暴自棄となる。そして、身勝手な計算高さ、青春のお決まりのパターンではあるが、ウェストールの手にかかるとなんと実際的で、堅実なのであろうか。
登場する仲間の中で残酷ないじめの対象になった憐れな、しかし、しぶとい少年の成功した将来像が唯一語られているところをみても、自立への道を模索する若者へのウェストール流の辛口の応援歌なのである。