隠されたエイズ
伊藤睦子
国連合同エイズ計画の発表によると、世界のエイズ感染者の数は四千万人以上で、そのうち約七割が、サハラ以南のアフリカに集中しているという。
この地域に住む十六才の少女チャンダが、周りの人たちを次々に亡くし、「地面が私をぱっくり飲みこんでくれればいい。」というほどの、不安と孤独に耐え、希望を見出すまでの物語だ。
一才の妹のサラが亡くなり、酔いつぶれている義父と幼い弟妹を抱えた母に代わって、チャンダが葬儀社で棺の交渉をするところから、物語は始まる。感情を抑え、目前のことをやり遂げていく彼女に、読む者は引き込まれていく。
チャンダの父や兄は、鉱山で事故死し、暮らしに困った母は、鉱山で働くアイザックと結婚しアイリスが生まれた。しかし、この義父は、チャンダをレイプする。チャンダは、家族が路頭に迷うことを恐れて、母に言えないでいたが、母は現場を見つけ、夫に「水をぶっかけ、バケツで頭をぶんなぐり」娘を連れて堂々と出て行くのだ。悲惨な状況だが、この母子の関係は小気味よい。
次に母が一緒に暮らすのは、床屋のラ・デューベだ。彼は優しく、ソリーと呼ぶ弟も生まれしばらくは幸せだったが、この義父も脳卒中で亡くなってしまう。その後、母に近寄って来るのが、サラの父である酒飲みのジョナだ。チャンダの母は賢明だが、このような生活から抜け出せないのは、貧しさゆえだろう。
チャンダには親友がいる。エスターだ。だが、親を亡くし、ばらばらになった弟妹を取り戻すために、彼女は売春をしてエイズに感染してしまう。
その上、母も「小さな夢が一つあれば、それだけ悲しみも減って幸せになれるもの。」
と言い残し、去ってしまう。エイズを隠し出て行ったのだ。
チャンダも母のエイズが義父からうつったなら、レイプされた自分もと不安になる。
これでもかというほどの苛酷さの中で、作品がさわやかな印象さえあるのは、結末の明るさだけでなくいくつか理由がある。
まず、偽医者を見抜くほどのチャンダの賢さ。次に、チャンダの理解者とも言えるセララメ先生や、ヴァイザー看護師などの存在。特にセララメ先生は、「勉強を続けたら、外国の奨学金をもらって世界に出て行ける。」と、最後までチャンダを励ます理想的な教師だ。また、巨大なオレンジの太陽が地平線に沈み、夜には星が空を不思議な天蓋に変えるというアフリカの自然、不思議で象徴的なコウノトリの出現など情景描写も巧みで美しい。
作品の最後で、チャンダは母のエイズ死を公表する。隣人で息子のエイズ死を隠していたマ・タファーをはじめ周りの人に理解される。
自身のエイズ検査の結果は陰性であったが、エイズ感染防止と感染者のためのセンターの人の助けもあり、自分の地区でセンターを作ろうとするチャンダ。「夢はどんどんふくらんでいく。」という文末は、希望を感じるが、大人である私はあっけない気もする。
作者のアラン・ストラットンは、カナダの人であるが、この作品は、優れたヤングアダルト部門に与えられる米国図書館協会のマイケル・L・プリンツ賞の銀賞を得ている。
けれども、私はこの作品を多くの好きなアフリカの作品の訳者でもある、さくまゆみこに惹きつけられて手にしたのだ。原題の直訳は「チャンダの秘密」であるが、「沈黙のはてに」としたのは、タブーを破り運命を切り開く結末にぴったりだと思う。訳者もテーマも同じで、後に出版された『ヘブンショップ』(鈴木出版)も中学生以下の子どもたちに勧めたい。
今、日本は、先進国では唯一エイズ感染者が増えている国だ。「アフリカの現在」を知る物語を読み、考えねばならないのは「日本の現在」でもある。