絵画の中に物語を読み・解く
千葉まゆみ
絵画の見方は様々だが、絵の中から物語を読み取るのもそのひとつ。ベラスケスの絵「侍女たち」に描かれた人物の記録は残されているが、唯一あいまいなのがネルバルで、本書の中でも、ミステリアスな人物として扱われている。絵の謎はそれだけではない。ベラスケスの前にある大きなカンヴァスに描かれているのは何か。この場面を描いた時、画家はどこに立っていたのか。国王夫妻を鏡の中に描いた理由と立っていた位置はどこか。画家の服に赤い十字章を描いたのはいつ、誰なのか。最大の疑問は何のために画家はこの絵の主題を難解なものにしたのか。現在これらの疑問解明には多くの分野から挑戦がなされている。
そこで本書の著者カンシーノは絵の右にいるニコラスを主人公に、疑問を解く物語を読み取った。ニコラスは17世紀中頃、身長が伸びない体でイタリアに生まれた。当時スペインの宮廷にはこのような身体的特徴を持った者達が道化として集められる。ニコラスも7歳でスペインにやってきた。宮廷に仕えることになった子どもは、読み書き計算といった勉強を受ける。ニコラスもここで利発さを認められ、ベラスケスの工房で下働きを始める。この時ベラスケスは「侍女たち」の絵を完成させるため、ネルバルという奇妙な人物の手を借りていた。画家が絵に込めたかったものを表現するにはある種の取引が必要だったのだ。ダンテの「神曲 地獄編」をネルバルの前で暗誦したニコラスは「最後に来て全てを見、全てを語る者」としてこの絵に加わることになる。数年後、ベラスケスの臨終に立ち会ったニコラスは、絵の中に赤い十字章を描くよう依頼され、画家の弟子パレハと共にその願いを叶える。
本書における絵の謎解きは言及しないことにして、人間関係からニコラスの生き方を見ていくことにする。まず父親、彼は息子をありのままの姿で認められない人物として描かれる。その対極にいるのはニコラスが義父と呼び尊敬するアセド。彼自身も身長が伸びない体に生まれ、宮廷の道化から自立していった人物。スペインへの船上で、行く手に待ち受ける現実を語り聞かせ、人としての尊厳を持って生きろと伝える。これがニコラスの精神的基盤となる。同じ境遇の女性マリバルボラの態度からは、宮廷での人間関係や処世術を学ぶ。ベラスケスからは、天から授かった才能と努力で身に付けた能力の違いを知る。また、遠慮も気兼ねもいらない友人的な存在のパレハの明るさにも救われる。このようにニコラスは出会った人々によって育てられるのだが、決して受身だったわけではない。相手の言動から人間性を見定め、自ら獲得して成長したといえる。ダンテの「神曲」に象徴される悪魔の捉え方や、サンチャゴ騎士団を含めた十字軍の歴史的意味などを深く考えずとも、絵の謎解きとニコラスの生き方を読み取れる作品になっている。
同じようにこの絵から読み取られた物語『宮廷のバルトロメ』【注1】の主人公は、絵の中で犬として描かれた少年。バルトロメも身体の奇形があり、王女マルゲリータの玩具(人間犬)として宮廷に連れてこられる。ベラスケスの工房に出入りするうちに、人間としての尊厳を取り戻していく物語で、ニコラスは敵役として登場する。
『赤い十字章 画家ベラスケスとその弟子パレハ』【注2】の主人公は元奴隷であったパレハ。この物語ではベラスケスの死後、国王の依頼で彼が王の手を取り十字章を描き入れたとしている。ベラスケスと国王の親交、ベラスケスとパレハの交流から人間性を描いた作品。
これらを読むことで、時代背景や画家が目指していたものが立体的になり、一冊では読み取りにくかった部分を理解する手がかりになる。関連した複数の本を意識してまとめて読むのも、読書を楽しむ方法といえよう。
注1:ラヘル・ファン・コーイ作 松沢あさか訳 さ・え・ら書房
注2:デ・トレビノ作 定松正訳 さ・え・ら書房