今を生きる若者への珠玉のアンソロジー
石田見子
児童文学で短編集をあまり手にしたことがなかった。しかしアン・ファイン(『ぎょろ目のジェラルド』など)、ジャクリーン・ウィルソン(『ふたごのビリーとガーネット』など)、セリア・リーズ(『魔女の血をひく娘』など)、などの名前を見ただけで読まずにいられなかった。
読んでいるうち不思議な感覚に襲われた。編集者の意図か、書き手の意図によるものかはわからないが、10人の作家ではなく、一人の作家によって書かれたような共通感覚、それは作者たちの現代の青春像、家族像、そして人間を捉える目、読み手に対する目が近いせいなのかもしれない。
ここには、崩壊する家族、性同一性障害、ハンデをもった少女、老人問題、女性の自立などメッセージとしては、重い物語が次々と展開する。しかし、どれも結末は暖かく、肩をポンと押されるような読後感が残る。誰でもこの本の表紙に舞う蝶のように、きらきらと飛べるのだという人間賛歌の一冊とも言える。少し褒めすぎかも知れないが、作家たちが若いがん患者支援のためにつくったチャリティブックと知ると納得できる。しかし、今流行りのお涙狙いの作品はない。
「指先は歌う」(マロリー・ブラックマン)では、全盲の少女に面白半分で近づいた少年が、心と身体で世界の本質を捉えることを知る。少女の言葉一つ一つが説得力を持っている。
「うちへ帰ると」(メルヴィン・バージェス)では、うちに帰ると母親が見知らぬ男と熱い抱擁をかわしているところを目撃してしまう少年の心が描かれる。その後の母親との心の駆け引きは半端ではない。ついに言葉に出してしまって母親が出て行く過程も納得できる展開で父親の存在もさもありなんとおもわれる。
「わかってる?」(アン・ファイン)同性しか愛せない少年。周りは皆知っているのに両親だけには、打ち明けられない。到底理解してもらえないことを知っているからだ。彼が取った行動は、母親と買い物へ行ったとき本屋で『両親に打ち明ける?少年少女のためのカミング・アウトガイド』という一冊を母親の買い物籠にしのばせることだった。それからの二人の攻防戦は読み応えがある。家に帰ったとき母親が、その本をゴミ箱に捨てた後言う言葉。「いいかげんにするのね。こんなチンケな本のいうとおりにしろですって?そんなモノの世話になるほど、母さんはおちぶれちゃいないわよ。」こんな胸のすく台詞を日本の親たちは、言えるだろうか?この本の大人たちは、みんな迷ったりみっともなかったりする。本音をさらしながら自分を生きようとしている。子どもたちは、そんな大人とぶつかりあいながら大人から何かを学び取っていく。
「伝説の人」(スー・リム)祖父をなくして一人暮らしの色褪せた祖母のもとにいやいや遺品の整理に行った少女は、若いころの祖母の格好いい写真を発見し、祖母とともに再生する。祖母の最後の言葉もなかなかなものだ。
今、「普通」に生きていくことを求められている若者たちに、多様な価値観、生き方があり、何が生きる支えになるのかをさりげなく伝える一冊だとおもわれる。
この本の中で、気になったのは、翻訳の部分。「エロかわ」「ゆるカジ」といった言葉は、若者言葉として今は生きているが、いずれ早々に死語となる。この本が、読み継がれていくためには、これで良かったのだろうかと疑問が残る。