88年ぶりの大発見!
カカトアルキ!
石川勝巳
2001年、ドイツの大学院生オリバー・ゾンプロは、大学の収蔵品の琥珀の中にいままで見たことがない昆虫を見つけました。琥珀は木の樹脂の化石です。木から流れ出た樹脂に閉じ込められた昔の昆虫がそのまま化石になっていることがよくあります。それは、ナナフシのようなカマキリのようなバッタのような虫でした。その後、ゾンプロはロンドン自然史博物館でも同じような昆虫を見つけました。それは、ナナフシの未記載種として保存されていましたが、ナナフシの専門家であったゾンプロは「ちょっとちがうな」と感じます。これが「88年ぶりの大発見」カカトアルキの発見につながりました。
2002年4月下旬、世界をかけめぐったニュースは、昆虫の目という分類階級レベルでの発見でした。生物は、界・門・綱・目・科・属・種という階級で分類されます。たとえばヒトという動物は、動物界・脊索動物門・哺乳綱・サル目・ヒト科・ヒトです。カカトアルキは、動物界・節足動物門・昆虫綱・カカトアルキ目となります。ゾンプロたち研究者は、カカトアルキの標本を詳しく調べた結果、それまでに知られていたどの昆虫の目にも当てはまらない昆虫であると判断し、昆虫綱に新しい目「カカトアルキ目」を付け加えました。これは、哺乳類でいうなら、新しくゾウという動物がみつかった、新しくコウモリという動物がみつかったというくらいの大発見なのです。毎年、たくさんの昆虫の新種は見つかっているのですが、新しい目がつくられたのは1914年のガロアムシ目の発見以来、88年目のことでした。
「昆虫に新目誕生」というニュースのあと、アフリカ大陸南部の砂漠で生きているカカトアルキが見つかりました。現在では、15種見つかっています。2002年からは、世界中の昆虫学者が集まって研究プロジェクトもスタートしました。本書は、この研究プロジェクトに参加した研究者による作品です。
さて「カカトアルキ」はなぜカカトアルキなのでしょうか。昆虫の6本の脚は、それぞれ体に近いほうから基節・転節・腿節・脛節・附節・爪・爪間盤(そうかんばん)という部分に分かれています。基節はほとんど動きません。転節は脚をいろいろな向きに動かすことができます。ヒトの脚にたとえるなら転節は脚のつけ根の関節、腿節はつけ根からひざまで、脛節はひざから足首までといったところです。ふつうの昆虫は爪と爪間盤を地面につけて歩きます。ところが、カカトアルキは、先端部分の爪と爪間盤をもちあげて節を地面につけて歩きます。つま先をもちあげてかかとだけで歩くように見えるので「ヒールウォーカー」和名では「カカトアルキ」というなまえがつきました。「なぜそんな歩きかたをするようになったのか」という当然の疑問には残念ながら本書の本文は答えてくれません。あとがきには、肉食であるカカトアルキの「獲物を確実に捕らえるための、キャッチャー・ミットのように大きくなった足先」をまもるためではないかと書いてあります。本書の顕微鏡写真には、爪間盤にとげがあります。これがカカトアルキの武器なのでしょう。
カカトアルキが生活するアフリカ大陸南部大西洋側の砂漠ナマカランドは、南アフリカのなかで最も乾燥がきびしいところです。6月から8月までの3ヶ月をのぞけばほとんど雨はふりません。カカトアルキはこの乾燥の厳しい9ヶ月を卵ですごします。雨季の3ヶ月の間に、孵化し、たくさん食べて急速に大きくなったあと繁殖をすませ一生を終えます。
カカトアルキには羽がありません。表紙の写真のカカトアルキは、羽も「かま」もとられたカマキリに見えます。一見、取柄もなさそうな、不器用にみえるこの虫は、どうして人類よりもはるか以前から地球に存在し、厳しい環境を生き抜くことができたのでしょうか。そんな自然の不思議を感じさせてくれる一冊です。