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『アントン 命の重さ

エリザベート・ツェラー著
中村 智子訳
主婦の友社
2007年12月
20cm / 285p
本体1600円

命の重さとは何か
藤崎千代子



 アドルフ・ヒトラーが政権をにぎっていた第二次世界大戦下のドイツで、「帝国重度遺伝病科学調査委員会」の名のもとに、障害児の登録機関が設立され、「生きるに値しない生命」と呼ばれた子どもたちが、次々に施設に入れられ、そこで計画的に殺害されていったという歴史上の出来事をもとに書いたこの本を読んで強い衝撃を覚えた。
 これは、ナチス政権に屈することなく、闘いつづけた障害児アントンと家族の物語である。
 ドイツのミュンスターという町のハンマー通りに住むブロッケ一家の四人きょうだいの末っ子として生まれたアントンは、ナチスが勢力を得て、台頭していた時期であったが、家族の愛情を受け、すくすくと育っていた。
 しかし、ある日、家の前で、路面電車にはねられてしまったアントンは、後遺症によって言葉がうまく話せなくなり、右手が動かなくなってしまった。けれど、数と絵にすぐれた才能をみせた。
 小学校入学式の日、アントンは家族からお祝いの贈り物をもらい、新品のシャツとズボンを着て、父さん、母さんと一緒に学校へ向った。
 アントンの父さんは、この学校の四年生を担当する先生であり、アントンの担任のフランツおじさんは、父さんの友人でもあった。
 クラスでの自己紹介の時、うまく名前を言えないアントンに対し、ゲボゲボと咳をしたり、くすくす笑う子もいた。
 翌日から、クラスの少年によるいじめが始まり、軍の将校を父に持つヘルマンは、“レットウ”という言葉を吐きかける。
 母さんにその意味を問うアントンに、
「人間は、だれでも同じ価値があるわ。」
 母さんは言った。
 アントンの家の近くに住むカッペルナーゲル一家のいちばん下の男の子は、ダウン症で生まれてきて知的障害があったが、三才になろうとしていた時、保健所の職員に執拗にすすめられ、夫妻は施設に入所させたが、しばらくして男の子は病気で亡くなったという通知が届いた。施設にいた障害児たちはみんな移送され、ガス室に送られているらしかった。
 一九三九年九月、ドイツ軍がポーランドを攻撃し、戦争が始まったが、このころ、ユダヤ人は追放されたり、強制的に連行され殺害されていた。
 時代がきびしくなるにつれ、ひどいいじめを受けるようになったアントンは学校へ行かなくなった。両親はアントンを疎開させ、そこで医者にアントンの死亡証明書を書いてもらった。ナチスの障害児殺害の手からのがれるため、生きのびるためだった……。
 西欧のキリスト教世界における異教の民はすべて敵であると考え始められた時から、ユダヤ人は迫害にさらされるようになるが、ナチスは、ユダヤ人の追放や大量虐殺ばかりでなく、「優秀で健全」なドイツ民族の「血統を守る」ため精神や身体に障害のあるドイツの人々も排除しようとして殺害していった。
 自分たちと違ったものを区別したり、差別したり、排他する社会構造や、暴力と残虐性などの心理的な問題など、私たちはきちんと見る必要があるのではなかろうかと、この本を読んであらためて思った。
 豊かで平和であるはずの日本で、親が子に対する虐待や学校でのいじめはどこからくるものなのか。
 アントンが異常な国家の中で、希望を失わないで生き抜くことができたのは、家族の愛や人々の協力があったからであろう。
 アントンは、私の叔父であると、著者エリザベート・ツェラーはあとがきで書いている。
 本書『アントン』で、二〇〇五年グスタフ・ハイネマン児童文学平和賞を受賞した。
 命の重さとは何か、アントンの母さんが答えた言葉?人間は、だれでも同じ価値がある、ということだと思う。

(『子どもの本棚』2008年6月号掲載)

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