差別の問題についての歴史的な解明も自らの作業の一つであるが、その成果を公開する前提条件が整っていないので、2000年に作成した「部落史の見直し」に関する資料を紹介するにとどめる。現在でも見直しの状況はそれほど変化してはいない。
 高校までは地域における差別の具体的問題をほとんど知る事はなかった。普通なら「親から聞く」とうことなのだろうが、野球のチームが組めるほとの兄弟数ということもあり、親から聞くという事はすべてについてほとんどなかった。そのため、「世間のしきたり」にも疎かった(今もだが)。
 大学では、専門とした中世史で中世の被差別民の問題が「非人」を核に議論されていた。学内で部落研の人々のアジ演説を耳にすることもあった。当時は部落研と民青の人の仲がなぜ悪いのかも知らなかった。近世史のゼミでも「江戸の非人」をテーマに卒論を書いた人がいた(後で知ったのだが、東京都教育センターと協力して弾左右衛門関係資料集が作成中だった)。また、近代の部落問題を研究している人もいた。前者の人は現在も近世史で活躍し、「大坂の非人」なども研究された。後者の方は、「従軍慰安婦問題」など戦争の問題で、その名を聞く事が多い。
 『部落史に関する総合的研究』(部落問題研究所)の史料を読む会(院生の人と法学部の助手の人が主催)に参加したこともあった。また、国史学科への進学が決まって、2年の秋に本郷の中世史研究会に出た際、永原慶二氏が『部落史の研究 前近代編』で述べられた論文の元となる報告を聞いた。その時、史料の真偽についても意識した。戦国期の関係史料に「親方」などとあるが、基本的には信頼できるというのが永原氏の見解であった。
 県内の同和問題に関する資料を集め分析し、発行された書物の前提をなす作業も行ったが、なおそれをまとめて公開する前提条件が整ってはいない。県内では、近世史の専門家によりなされた成果がある。これがまとめられ公開されていることが最大の成果であるが、その分析は、それまでの通説に基づき県内の関係史料を解釈したもの(とくに「大坂の非人」の研究者の考えに近く、アウトロー的な観点が強い)。今後の研究の基礎となる成果ではあるが、本ブログの「史料に語らせる」との観点からすると、その論文で示された評価と自分の評価の間には大きな懸隔がある。中世史家黒田日出男氏が『身分的周縁』シリーズの研究者に対して「折り目正しい近世史家」と述べられたのと同じ感想を持つ。異なる意見をたたかわせることが可能となれば、研究は飛躍的に深化・進化するのだが。何のことかと思われるであろうが、その報告に対して会の中コメンティターから「被差別民が出産に際して担った役割の評価」への疑問が出されていたが、まさにそこ(アウトロー的評価、その前提は身分外身分論)が問題であると思う。 中世史家の横井清氏もその著書の中で以下と同じ趣旨のことを述べられていたが、一人の人間として(今の個人とは少し違う)普通に生きていたというのがまずあり、その上で差別の問題を考えていかないと、虚像を描いてしまうのである。この観点を大変強調したのが『部落学序説』を公開される吉田向学氏で、その見解に8割程度は同意する。