
Title:選手は誰のものか?
学年別で活動している場合に、ある学年の試合で人数が足りないとき、一つ下の学年から選手を「借りる」という言い方をします。あるいは、トレセンの試合などに選手を派遣する時にも選手を「貸す」と言う表現をする場合があります。
選手は、指導者のものなのでしょうか?
あるサイトの掲示板に、子供自身はGKをやりたくて、また、その才能もありそうなのに、サッカー経験者のその子のお父さんが「GKは絶対にダメだ。フィールドプレーヤーでないと。」と大反対していると言う書き込みが載っていました。
選手は、親のものなのでしょうか?
都道府県レベルのトレセンに選ばれている選手が、トレセン練習会を欠席し、自チームの大事な大会に参加したことが問題になったことがあります。これについては、皆さんいろいろご意見はあるかもしれませんが、自チームで活躍することと、トレセンの練習会に出ることとどちらが、その子にとってプラスになるかを考えるべきであろうと思います。
トレセン選手というのは、決してブランドではなく、トレセン活動を通じてレベルアップを図る機会を与えられた選手なのですから、練習会に参加することがその子にとって、一番プラスになるということは本来明らかなはずです。
もし、トレセン練習会より、自チームの指導が勝っていると考えているなら、そもそもトレセン活動に参加させるべきではないでしょう。選手は、選手自身のものであって、誰のものでもないと思いますが、いかがでしょうか。
ケースによっては、たとえばスランプに陥っている場合などは、自チームでのプレーで自信を取り戻すなどの考え方は、あり得ると思いますが、その場合でも、トレセンの指導者と話しあって、その子にとって一番よい選択をすべきでしょう。
プレーヤーとしてのその子供にとって今一番何が必要かという冷静な判断が、指導者や親に求められているのではないでしょうか。チームとしての当面の目標より、ひとりひとりの選手の将来を見据えて、一番よい選択を考えてあげることを忘れないようにしたいです。
2005.5.7
Title:自立
這えば立て、立てば歩めの親心 という言葉がありますが、子供の健やかな成長を願わない親はいないでしょう。ただ、立って歩いていても、少しよろけると思わず手を差し伸べてしまうのも、また親心ですね。
少年サッカーの場合、たとえば1年生でサッカークラブに入部し、6年生で卒部する間には、大きな変化があります。
1年生では、一人では靴のひもなど結べないでしょうし、ユニフォームに着替えるのさえ、思うようにはできないでしょう。明らかに親の手助けを必要としています。
一方で、高学年になって、たとえばスネあてを忘れた子が、「お母さん!スネあて入ってないよう!」などと言おうものなら、すぐさまコーチから叱責の声が飛ぶことでしょう。
一人では何もできなかった子が、卒部する頃には何でも自分一人でできる子になっている必要があるのですね。
個人差がありますから、いつ頃から自立させるべきかは様々でしょうが、どの子供にもそういう時期は訪れなくてはなりません。
ひもの靴を履かせるなら、一人でひもを結べることは最低限必要ですし、中学生になれば、電車バスを乗り継いで、試合会場に現地集合ということも十分に起こりえます。それができない選手には未来はないでしょう。
子供が自立しそうな年頃になれば、親としては心を鬼にして、失敗することを覚悟の上で一人でやらせることが必要ですね。子供は失敗の中から自然に自信をつけ、自立していくような気がします。
一人で靴ひもを結ぼうとしている子、一人でユニフォームを着替えようとしている子がいれば、我慢強く見守ってあげ、できないことをしかるのではなく、できたときにほめて自信をつけさせてあげる気持ちが大事なようです。
つい手を出したくなるのは人情ですが、いったいいつまで手伝いますか? 子供の自立の芽を摘んでいませんか? 是非自問してみてください。
自立しようとしている子供を見ながらも、親として何かしてあげたいと思う気持ちもわかりますが、ただ黙って見守ってあげるということも必要なのではないでしょうか? 過度の干渉や、あるいは試合内容に関して結果を責めることは、スポイルすることはあっても、決してプラスにはならないと思います。
私の手元に、スポーツマンシップに関する書籍があります。
その中で、スポーツマンシップとは何かという問いの答えとして「GOOD LOSER」というものがあります。
勝利を目指して戦うことは大前提ですが、残念ながら敗者となったとき、どのような気持ちでその敗北を受け入れるかということです。決して卑屈になることなく、素直に負けを受け入れ、次への糧とする態度がスポーツの本質であると思います。
選手だけでなく、親としても同じGOOD LOSERたるべく、大きな気持ちで子供達のパフォーマンスを応援したいものですね。
2004.10.26
Title:冷たい雨のなかで
数年前の3月上旬、卒部を控えた6年生の招待試合。2日間の予定で、7チームをご招待しての大会。
ところが、初日からはっきりしない空模様。
案の定1日目の午後から本降りとなってしまいました。
いまさら中断といっても、大会運営が難しくなってしまうこともあり、参加チームには無理をお願いして、雨中の試合となりました。
結局2試合を中止して短縮しましたが、最後の2試合はまさに降りしきる冷たい雨と、ぬかるむグランドと最悪のコンディションとなってしまいました。
参加選手にはほんとに厳しい状況でしたが、皆精一杯プレーしてくれました。
さて、私は。。。 最後の試合の副審を担当。
冷たい雨は体の芯を刺し、めがねは曇る、鼻水はでる・・・・
前にもこんなことがあったなあ。。。
あの時はもっと雨は激しかったし、ましてや公式戦だったなあ。。。と。
"ボランティア"でコーチをやっている方にはきっとこんなご経験があるのではないかと思います。
ふとこんな言葉が浮かんできます。
「俺は何でこんなところで、こんなことやってるんだろう?」
同じ言葉は、別のケースでも浮かびます。
春先のお花見頃、天気は上々、ぽかぽかと暖かく絶好の行楽日日和。
そんな日にサッカーの試合で審判。
「俺は何でこんなところで、こんなことやってるんだろう?」
いったい何故でしょうかねえ。
たぶん、たぶんですが、キラキラした目でボールを追い、ゴールに歓喜し、失点を悔しがり、楽しそうにプレーしている子供たちの顔が見たいからなのでしょう。
だからね、お願いだから、つまらなそうにプレーするのだけはやめてほしいんだよね。悲しくなってしまうんだよ。一生懸命にプレーしてほしいんだよね。うまい下手ではなく、真剣にプレーする君たちが見たいんだよね。
君たちの笑顔がボランティアを支えているんだと思うよ。
2004.8.5
Title:おはようございます
朝早く会場準備のため、眠い目をこすりながら駐車場からグランドに歩いていくと、もっと早く来ている方たちと、「おはようございます(朝早くからお互い大変ですね)」と挨拶を交わします。
第一試合のチームの中には早めに集合することもあり、選手がいることもあります。その後、準備が進み本部で受付が始まると、一気にあわただしくなります。選手たちがいわゆる「本部挨拶」に来るのです。
元気に挨拶してくれるチームもあれば、眠そうなチームもあります。開会式のあるケースですと、本部前に列を作って、しばし本部挨拶が繰り返されます。
そうでない場合でも、随時チームが到着するたびに本部挨拶が繰り返されるというのが大会でよく見られる光景となっています。試合が終わって帰る際にも挨拶に来て頂くことがあり、まあ本部にいると挨拶に忙しいのです。
中にはなかなか全員が並ばなかったり、「声が小さい!」とコーチが注意し、やり直しを命じることもあります。あいさつを受ける側も、一緒に注意されているような気になって、緊張してしまいます。
私が関わっている東京都の大会の予選では、その日のメンバー表と選手証との突き合わせ確認、ユニフォーム、用具チェックなどがあり、また試合中も選手交代、アクシデントやその他目が離せないことが多いので、申し訳ないですが、本部挨拶はご遠慮頂いています。
決して、挨拶が不要と思っているのではないです。ただ、全員が並んでというスタイルだけが挨拶ではなく、朝会えば、すっと「おはようございます」、帰るときに顔が合えば「ありがとうございました」と自然に挨拶できることが本来なのではないかと思っています。
ジュニア年代でも高学年になれば、コーチに促されなくても挨拶ができるようになってほしいなあと思います。挨拶はコミュニケーションの第一歩です。社会性を身につけ、誰とでも話ができるようになっていくことはすばらしいことです。
まずは、恥ずかしがらずに、「おはようございます」と言える選手になってほしいですね。
2004.8.5
Title:サッカー大好き
「トシ サッカー好きか?」
「久保さん.... オレ....」
〜 伝説が生まれた瞬間僕らは確かにそこにいた 〜
私が少年サッカーに関わり始めた頃、休日の朝放送されていたのが、「蒼き伝説 シュート」というサッカーアニメでした。サッカーどころの静岡の高校を舞台に、わくわくするような物語が展開されていたように記憶しています。
サッカーが好きで好きでたまらなくて、いつでもボールを蹴っていたい!
というサッカー大好き少年が最近減ってきているように感じます。
ゴールデンエイジと呼ばれるこのころの子供たちの指導に関しては、最近はとみに充実し、トレセン制度などによって才能ある子供たちに、様々なチャンスを与えるという仕組みはすばらしいものがあります。十代にして世界レベルに挑戦する若い選手もたくさん出てきています。
一方で、ジュニア時代に様々なチャンスに巡り会い、数多くのすばらしい経験を重ねた選手が、ジュニアユース年代以降その輝きを失い、サッカーからも離れていってしまうという現実もあります。厳しさやつらさに耐え、本当にスキルアップしていくためには、自ら取り組む自主性と、自らを律する強い意志がなくてはならないもののようです。どんな環境においても自分の力を発揮できるための社会性も必要なようです。
ジュニア年代で本当に大切なことは、心の底から「サッカー大好き」といえるように、ボールを蹴るということの楽しさをどう伝えていくかということではないかと思います。同時に、誰とでも、たとえば言葉の通じない外国人とでも、ボールを蹴ることを通じて仲良くなれることのすばらしさを伝えることではないでしょうか。
「サッカー好きか?」 と聞かれて 目をキラキラさせて 「うん!」と答える子供。
こんな子供たちを少しでも多くしていきたいですね。
2004.7.1
Title:最後に 勝つ
今年の全日本東京都予選は強風ながら好天に恵まれ、多摩の競技場のすばらしい芝のグラウンドで好試合が展開されました。全国区のJクラブがサッカーの町を掲げる町田のクラブチームを延長で破り全国行きを決めました。10ブロック(町田市)は昨年も決勝まで駒を進め、昨今レベルアップが顕著になっています。今回も強豪ひしめくブロックを勝ち進みました。
最終日の多摩陸上競技場には、クラブ所属の3年生以上が応援に駆けつけ、コーチを応援団長に、ジュニアユースの選手がリーダーとなり、200名ほどの大応援団となりました。昨年も優勝チームに大勢の応援団が来て、声を合わせた応援をしていましたが、これほどの人数が声を合わせて応援する風景は少年サッカーでは珍しいことだと思います。
決勝戦は、強風の中、風上のチームが優勢となる展開で、緑のチームの早くてうまいボール回しに、赤いジャージが必死の寄せでしのぐという構図でした。劣勢にもかかわらず、集中を切らさず好ゲームを展開したのは、選手各自のがんばりはもちろんですが、この応援団の存在が大きかった気がします。クラブとしての一体感と元気の良さを象徴する光景だと感じましたし、少年サッカーのクラブが学年を超えたこの一体感を醸成していくことの難しさを改めて痛感した次第です。
試合は、最後の最後にJクラブが底力を見せ、押し切りました。恵まれた環境で練習している彼らに対し、芝のグランドで勝つことは簡単ではないという印象を持ちました。雨上がりの土のグランドで苦戦した1週間前の3回戦を切り抜けたことがJクラブの勝因だったかもしれません。
閉会式前に 敗者チームの応援団はこんな歌を悔し涙するチームに送っていました。
♪〜 どんなに困難で くじけそうでも 信じることさ
必ず最後に ○○(チーム名) 勝つ 〜♪
日本一の激戦地、東京代表の全国大会での活躍を期待したいですね。
同時に、惜しくも敗れ去った 600チームを超える東京都の各クラブには次はきっと勝つ という気持ちを忘れないでほしいと思いました。
2004.7.1
Title:熱烈サポーター
Jリーグや日本代表の試合では、サポーターの大声援が飛び交います。雨に濡れながらも必死に声援をおくる姿は、熱烈サポーターにふさわしいと思います。
一方で、いつも試合内容がよく、見せ場もあり、満足あるいは納得できるとは限りません。日本代表も最近少し持ち直してきましたが、ひところは、試合内容も寂しく、ストレスのたまる内容でした。監督である神様ジーコに対してさえ、批判の声が上がるくらいでした。ましてや選手に対しては、かなり厳しい声が飛ぶのも致し方のないことです。
点が取れず、決定力不足と批判されるFWの選手には特に厳しい批判が集中します。以前は選手に卵が投げられたり、空港で水をかけられたりと、世間の目はとかく厳しいものがあります。プロサッカー選手というのはストレスのたまる職業だと思います。
そんなとき、身も心も疲れ果てた彼らを支え、心と体を癒し、リラックスさせてくれるのは、家族あるいは身内と呼ばれるような気心の知れた仲間なのではないかと思います。いくらバッシングされても、そんな人たちがいることで、選手はまたリフレッシュして次の戦いに挑んでいけるのではないでしょうか。
少年サッカーの世界でも、熱烈サポーターは存在します。試合の日は朝早くから起きて、お弁当を作り、子供を送って試合会場まで、試合では大声援を送る、そう、皆さんが熱烈サポーターというわけです。
サッカーは怖いスポーツで、その魅力に捕まると、大の大人でも見境がつかなくなってしまいます。我が子のチームを応援しているのですが、その応援する気持ちは、我がチームということで、Jリーグや代表を応援するのととても似てきます。心根はほぼ同じです。
ついつい、応援が批判や文句になってしまいます。
「だめだ、だめだ、もっと動かないと!」「何やってんだよ!」「あーっ、そうじゃないだろ!」とか。
完全にサポーターになってしまいます。
少年サッカーでは、熱烈サポーターは一方で、選手の家族でもあるわけです。精神的に鍛えられたプロでも、家族には癒されたいのです。ましてや、未熟な子供たちですから、すべてを受け入れ温かく迎えてくれる家族があってこそ、試合でがんばろうという気持ちになるのではないでしょうか。
少年サッカーでは、熱烈サポーターである前に、家族であってほしいと思うのです。コーチから難しいテーマを与えられ、厳しい相手と対戦し、ミスをして思うようなプレーができず、ストレスのたまっている選手を、暖かく支えることが少年サッカーのサポーターが目指す姿ではないかと思います。
もし、これを読んで少しでも思い当たる熱烈サポーターの方は、「何やってんだ!」と大声を上げる前に、小さな声で結構ですので、「ガンバレ ガンバレ」と唱えてみてください。少年サッカーの新しい魅力が見つかるかもしれません。
2003. 6. 20
Title: 世界に一つだけの花
花屋の店先に並んだ〜♪
SMAPがさわやかに歌う曲がランキング上位にいます。
試合会場で相手チームを見て、「なんてみんな体が大きいんだ? ウチの選手は小さいなあ」とか、自チームの選手に対して、「どうして○○クンは他の子みたいに積極的にボールにいかないのかなあ?」とか、人は何かにつけて、比べたがるものですね。
ジュニア年代でも低学年のうちは、みんなでワイワイ楽しいサッカーみたいなノリでなんとなくやってこれるのですが、高学年になって、セレクションなどというものが入り込んでくると、話はかなりややこしくなります。
Jクラブの下部組織のチームやトレセン等でセレクションと呼ばれるものが行われていますが、性格は一様ではありません。目的によって見る視点が違いますし、基準も違います。選ぶ側の価値観や好みが入り込むこともあります。複数の指導者で選ぶような場合、意見が分かれることもしばしば起こります。誰もが認める数名の選手は別として、いわゆるボーダーライン上の選手については、選ぶ側も大いに悩むわけですが、いろいろな見方で意見を交え、なんとか落ち着かせるというのが実態のようです。選ばれた選手たちがある水準でることはある意味で事実ではありますが、落ちた選手がその水準に達していないということはないと思うのです。
指導者にとっては、選ばれる選手を指導していることは、誇りに思えることですし、喜ばしいことですが、それは単にその選手が新たなチャンスをもらったということであって、セレクションに受かることが目標ではないことはいうまでもありません。ある程度のスキルを持った中で、練習なりゲームをすることで、新たな経験を積み、更なるレベルアップにつながる可能性があると期待できる選手であることが重要なポイントだと思います。
セレクションに落ちたことのない選手はいないのです。そのことをバネにさらに真剣に練習し、次のチャンスを待つという態度が求められるのですね。
受かった選手と比べるのではなく、落ちたときの自分と今の自分がどのくらい進歩しているかという視点が大事ではないかと。
比較すべきは過去の自分自身であって、他の選手ではないと思うのです。
〜♪ NO.1にならなくてもいい もともと特別なOnly one 〜♪
2003.2.21
Title:くじ運が悪い
くじ運がいい、あるいはくじ運が悪いという言葉は勝負の世界ではよく使われる言葉です。運も実力のうちとも。
総当りのリーグ戦が少なく、一発勝負のトーナメントが多い少年サッカーの世界では、組み合わせが決まると、「いいくじ引いたな。」とか「いきなり○○と?勘弁してよ。」とかの反応が飛び交います。抽選でくじを引くことが多い者としては、神頼みの世界になってしまいます。
ドラフト会議の朝、冷水で体を清め、無事希望選手を引き当てた某プロ野球監督の話がテレビで紹介されていましたが、毎回緒戦で強豪チームとの対戦を引き当てると、普段の行いが悪いからかなあとか思ってしまいます。
たとえ、実力に自信があっても、できれば楽に勝っていきたいと思うのは人情ですし、ましてや実力に自信がない場合は、なんとか強い相手を避け、入賞してトロフィーをゲットしたいなどと思ってしまいます。
でも実際には、順位や結果を気にしているのは私自身を含め大人ばかりで、試合する子供たちは結構あんまり気にしてなくて、強いチームとの対戦を楽しんでたりしますので、レベルの高いチームとの対戦は、長い目で見たら結構「いいくじ」なのかもしれません。
今回はなんか言い訳じみてましたね。俺ってくじ運悪いからなあ。。。
2002.11.22
Title:少年サッカーの目指すもの
6年生も卒業まで半年をきり、ジュニア年代も総仕上げの時を迎えます。各クラブの中心選手には○○選抜という活動も活発化し、また各チームでは6年間の集大成としてそれぞれのクラブの目指すサッカーの完成を目指してチーム作りが行われ、同時に招待大会が増えて来る時期でもあります。いずれにしても、ジュニア年代としての「仕上げ」の時期になるわけです。多くのジュニアのクラブでは、そういう活動が行われているのではないかと思います。
一方で、ジュニアユースやユースまで一貫した指導を行っているJクラブや一部のクラブチームでは、そういった意味でのチームとしての完成は目指さず、一人一人の選手が、ジュニアユースに対応して行けるように、早々に取り組んでいるケースもあります。
それぞれの事情ですし、要は子供達自信がこの時期をどのような気持ちで、どのように過ごし、ジュニアユース年代への準備を行うかですから、どちらがどうという事はないと思います。普通のクラブの多くの子供達にとっては、ジュニア時代が楽しい思い出となるよう、それぞれのクラブの立場で、彼らにしてあげられることを工夫すればいいのではないかと思います。
ただ、最近ちょっと気になっているのは、素晴らしい成績を収めるクラブのメンバーでいることが必ずしも、子供にとって望ましいことではないのかもしれないということです。チームが強いあるいは素晴らしいサッカーをすることと、ある個人の素晴らしいプレーに感嘆するということを両立することの難しさです。(現実に両立はできると思いますが)
自チームでプレーするときはのびのびと素晴らしいプレーをするのだけれど、選抜チームに行くとあまり目立たない、あるいは逆にトレセンでは光るプレーをするのに、自分のチームの戻るとあまりパッとしないというようなケースです。
本当に素晴らしい選手は、どんなチームでもぴかりと光っているという事ではないかと思います。
レッジーナのナカムラはやはり輝いています。代表でプレーしているときのように。日本代表の栄光を持って海外移籍した選手の中でも、まだあまり光を放てていない選手もいるようです。
たとえが極端で、少年サッカーとレベルが違う話になってしまいましたが、人に光らされているのではなく、自ら光る選手をたくさん育てていくということが、そのレベルはともかくとして、少年サッカーが目指すものではないかと考えています。
2002.10.22
Title:継続は力なり
ジュニア時代に素晴らしい素質を開花させ、○○選抜、△△トレセンに選ばれ、輝かしい希望に満ちた未来を夢見た多くの子供達の中で、道半ばにして夢を果たせず、サッカーからも離れていってしまう子供達がすくなからずいます。とても残念なことですが、それがジュニアユースからユース年代へと成長していく子供達にとって避けて通れない厳しい現実のようです。
ジュニア時代はほとんどの選手が自チーム内ではおそらくエースとして活躍し、試合に出ることは当たり前、ゲームに主体的に参加し、とても充実した気分を経験します。トレセンに行っても、その地域のレベルが高ければ、遠征でも勝利を収め、場合によっては優秀選手にも選ばれて、とてもいい気分を味わうことができます。まさに、向かうところ敵なしという気持ちになってしまいます。
ジュニアユース年代はその子達が最初にぶつかる壁となります。体がどんどん大きくなり、体のバランスが一時的に崩れたりして、思うように体が動かないこともあります。ボールやゴールも大きくなって、それに戸惑うこともあります。ほとんど学年別に活動していたジュニアと比べると、ジュニアユースでは学年を越えた練習やゲームは日常的に行われ、激しいあたりにけがをしやすくなる頃でもあります。調子を落としたり、けがでしばらく休まなければならないということも、起きるわけです。ジュニアに比べてチーム数が少ないことによって、ポジション争いは熾烈となり、試合に出ることが自体が簡単ではなくなってきます。
一方で、サッカー以外の誘惑の多さは、今の世の中では想像を超えるものがあります。異性に対して興味を持ち始めることは自然なことですし、出歩くことも増え、さまざまな人たちとふれあう機会が出来、ついついサッカーに取り組む気持ちが萎えてしまう事もあります。
一つのことをやり続けることができること、黙々とまじめに練習できることがとても大事です。
このような資質が、この年代の子供達にとって最も重要な才能なのかもしれません。
2002.10.22
Title:日本代表
よくやった! ありがとう! って思います。
希望と期待をもってのぞんだフランス大会で1点しかとれず、今回も直前の遠征でヨレヨレになって、あ〜またか。。。と心配しながらの大会でしたので、確実に1段大きな階段を上ったという実感とともに、よくここまでと思います。
日本中が代表チームの活躍に一喜一憂し、勝利の喜びを分かち合うという図は、本当の意味で「日本代表」という言葉にふさわしいチームになったと感じます。
多くの日本人もなぜ世界中の人たちがサッカーごときに熱中するのか少しは理解できるようになったのではないでしょうか。
マスコミの取り上げ方にはいろいろと違和感はありますが、「ありがとう トルシエ」という感傷的な報道がある一方で、トルコ戦の敗戦には様々な意見が寄せられているようです。 ライバル?の韓国が同じ日にあまりにも感動的な試合をしたので、共催国として悔しい気持ちもありますよね。
4年間のトルシエの取り組みについては、よく日本人の特質や正確を把握し、うまくコントロールしたと評価していいと思います。日本人の監督ならこんな事はできなかったと思うし、技術だけを教えるコーチではなく、トータル戦略を考えることのできるしたたかなフランス人ならではという印象もあります。
でも、まだまだ学ばなければならないことがある。
たとえば、韓国に見られるような「勝負への執念」。必死の形相を浮かべて戦ったアルゼンチンやポルトガルなど、たくさんの試合を見ましたよね。
我々が関わるジュニアレベルの試合でも、相手チームに比べて技術では負けてないんだけど、体力あるいは勝負に対する執念で負けたという声をよく聞きます。
技術で勝っていることである程度納得してしまうことってありますよね。
子供の頃からあまりにも勝負にこだわるということは日本ではどちらかというと戒められてきたことです。
一方で、韓国ではBEST4に残らなければその先サッカーすらできなくなるという選別の仕組みがある。
トレセンで技術のある子を見いだして育てていく日本と勝ったものだけが選別されていく韓国と、どちらがいいというわけではないですが、代表レベルになると、技術で圧倒しないと、勝負に対する執念で後塵を拝するのは仕方ないことかとも思います。
汚く勝利することよりも、美しく負けることを良しとする日本人の価値観を変えなければ、BEST16の壁は破れないのかもしれません。
髪の色が黒い選手がほとんどいなくて、赤いモヒカン頭までいる若いサッカー選手達が新しい価値観で壁を破ってくれるのでしょうか。
髪を染めただけで非難される某プロ野球球団の感覚では、世界標準には太刀打ちできないのかもしれません。
トルシエはそれを知って海外に出ることを奨励したのでしょうかね。
本当の意味で世界レベルで戦わなければならない今の小学生の年代をこれからどのような価値観で指導して行くべきなのでしょうか。
日本人の良さを維持しながら、世界で戦うために何をすべきか って問題がでかすぎますね。。。
うっ、ま、まずいぞ。なんかとてつもないテーマになってきたなあ。
続編はまた別の機会に。
あるサッカー解説者がいっていた一言が印象に残りました。
「ワールドカップでは強いものが勝つのではない。勝ったものが強いのだ!」
2002.6.20
Title:子供の夢
「大きくなったらJリーガーになりたい」「日本代表になってW杯にでたい」という夢を持った子供はたくさんいます。
最初はたわいもない夢なのですが、高学年になり、何らかのセレクションに受かったり、大会の優秀選手などに選ばれると、夢が少し現実のものとなって膨らんできます。
周りももり立てますし、本人にとっても、ましてや親にとっても鼻が高くなる出来事です。
「Jリーグの契約金ってどれぐらいかなあ、それでローンを払えるかなあ」なんて捕らぬ狸の何とやらです。
しかし現実はとても厳しい。
たとえばJリーガー。東大生になるより狭き門。
毎年東京U−12トレセン選手として50名ほどが選ばれますが、ここからひとりのJリーガーが出るかどうかというほどの難関。
ましてやレギュラークラスや日本代表となるともうtoto1億円の方が簡単かも。
「いいよなあ。○○クンは△△選抜に選ばれるほどうまくて」と周りから羨望のまなざしを向けられても、そんなことに浮かれている暇はない。
高いレベルを知れば知るほど、また中学や高校と学年が上がるに連れて、現実が見えてきてめげそうになる。
「挫折」という文字が浮かんできます。
現実を知る、限界を悟ると言葉はいろいろですが、めげてしまう。
あの三浦カズでさえ、結局はW杯のピッチには立てなかった(立てていないというべきかな)。
ほとんどすべての選手が「選ばれない」「試合に出られない」など何らかの挫折を経験する事になる。
中田も稲本も川口も例外ではない。
でも彼らはたぶんめげてはいないし、あきらめてもいない。
代表になったり、W杯に出ることだけがサッカーではないということも感じているのかもしれない。
目標ではあるが、目的ではないはず。
目標を追い続けてサッカーをすることが楽しいのではないかと。
Jリーガーのインタビューを聞くとよく彼らはこういっています。
「自分を信じて、夢を追いかけることが大切!」と。
最後まで夢をあきらめずに努力するものに栄光はあるということでしょうか。
サッカーやってて良かったと思えるのは、プレーヤーだけではないですよね。熱烈なサポータとしてでも、次世代の子供達の指導者としてでもそれぞれ感動や喜びはあります。
サッカーにまじめに向かい合う姿勢からこういう喜びが生まれ、生涯スポーツとしてのサッカーとつきあっていけるのではないでしょうか。
夢を追い続ける子供達 がんばれ!
2002.4.9
これを書いた日の朝日新聞夕刊にカズのインタビュー記事が載っていました
彼はまだまだ・・・です。ちょっとうれしくなりました
Title:Jクラブの子供達
町田近辺にはヴェルディやマリノス傘下のジュニアクラブがあります。
今回はこれらクラブに所属している子供達についてのお話です。
厳しいセレクションを経て選ばれた選手達ですし、何せユニフォームがピカピカに輝いていますから(素材が違うのでしょうか???)、大会会場ではどうしても目立ってしまいます。また、練習への参加の時も、遠いせいで電車で通ったりしていて、電車でジャージの胸や背中にチーム名を見ることができます。少しでもサッカーを知っている人なら「おっ!こいつうまいんだろうなあ」って思ってしまいます。目の輝きも違いますし、意識も高いです。
昨年の全日本の東京都予選の準決勝、決勝。J傘下のおなじみのグリーンのチームの登場。
会場に入ってきて、一人一人の選手が大会スタッフとすれ違うたびに「おはようございます」と元気に挨拶。
何か違うなあ。よく躾けられてるなあという印象。ただ、チームメイトとの会話は、お互いよそよそしい感じ、練習の時しか会わないからかな?他のチームの選手は、何か恥ずかしそうにはにかみがち。。。団体行動で、挨拶するときもみんな揃って。。。
私、幸運にも予備審の脇で試合を見る事ができました。グランドでのハアハアという息づかいが感じられるほどの迫力を感じながらの観戦でした。
試合は格の違いを見せつけて、危なげなく優勝を果たし、全国切符を手にしました。
ところがこいつら、見事優勝を飾ったのに、あまり喜ばない。 かわいく無いなあ。気取ってるなあ。って印象。
目指してるところが違うのかなあ。東京都優勝ぐらいは当たり前なのかなあ?
ところが、表彰式を終え、ロッカールームに戻ったら。。。「わぁー! おっー!」(いや「ギャー! ウォー!」という感じ)という大歓声が漏れてきました。人前では決して大喜びしないが、ホントはかわいい小学生なんですよね。
ちょっと安心したのと、注目され、勝って当たり前というものすごいプレッシャーのなかでプレーしているJクラブの子供達を見直した次第でした。
2002.3.5
Title:本部席に座っていると・・・
町田協会や東京都の大会のお手伝いで、本部と称するグランドのハーフライン付近に位置する席に座る事が多くなっています。この席は、両チームのベンチの声がよく聞こえ、なかなかおもしろいのです。
自チームの選手への罵詈雑言、、おっと違った「叱咤激励」の言葉を大声で叫ぶチーム。審判のジャッジに思わず「そりゃないよ…」など、ベンチが熱くなっているのが良くわかります。そうなんだよなあ、どうしても腹が立って来ちゃうんだよなあ。って自分がかつてそうだったので、とっても良くわかります。
一方で、このチームはコーチがいいこというなあ、普段からいい指導してるんだろうなあ、って思う事もあります。
この前、4年生のろうきんカップの中央大会の本部に座っていたときの事。
「そうじゃなくてさあ、足許ばっかりじゃなくて、スペースに出せよっ!」という声が一方のチームから。。。 子供はそんなこと急にいわれてもできないよって顔してたようにみえました。
別の場面。バックがボールをクリアしてピンチを脱出。「バックスあげろ!」という声がベンチから。ディフェンス陣が一目散に前方に走る。 思わずベンチから指示してしまう気持ちは痛いほど分かります(デジャブのようでした)が、キーパーやスィーパーがいうならいいんですが、試合中の場面場面でベンチが思わず指示しなければいけない状況というのは、どうなんでしょうか。 普段から状況を見てどうするかという指導なり、練習が足りないんじゃないですか。。。(深く反省)
もう一方のチーム。ベンチから「○○(子供のニックネーム)! 今のプレー。その位置でいいのかなあ? (しばらく間をおいて) そこにいるより、もう少し後ろでプレーした方がいいんじゃないかなあ。」 別の場面。「そこは1対1の勝負して見ようよ」と簡単にパスしてしまった子を呼び止めて。 これがBESTとは思わないですが、自分の過去を振り返っても、少なくともベターかなあと。 子供に考えさせる。普段から試合の場面を想定した練習をしておく。 こういう指導しとけば良かったなあと反省。
叱ってばかりじゃ。。。ほめてるだけでも。。。 もっともっと自分で考えさせなければ。。。かなあ。
2002.2.23
Title:3周年
早いもので、HP開設以来3年が経過してしまいました。
当初は、息子やそのチームを応援したい、光り輝いている子供達の活躍を記録にとどめておきたいという思いで始めたのですが、そのチームはすでに卒業し、新しいチームや環境に活躍の場を移しています。
現在は、息子達が歩いたその道を同じように夢と希望を抱いた子供達が歩んでいます。
多くの子供達が、サッカーを通じて貴重な経験を積み、また日々の練習やゲームの中で光を放ちながら一つずつ成長していく様を見ることが私にとっては喜びになっています。
ただ、HPに残る記録は主に試合結果となり、勝った負けたという事だけに関心が向いてしまうことが心配の種でもあります。
今はグランドで子供達の練習を見る機会が減り、試合会場でしか子供達と接する事ができなくなっています。多くのご父兄と同じ状況です。
子供達と一緒に練習を見ていた頃は、子供達が練習中のほんの一瞬に見せる素晴らしいプレーに感動してましたが、そういう部分をHPでは伝えられないことが残念です。
試合で見せる子供達のプレーは、わずかな一部分を切り取ったに過ぎないのです。是非、グランドで子供達のプレーをたくさん見てあげてください。
「おっ!すごいなァ今のプレー!うまくなったなァ・・・」ってほめると、目がキラキラして、どんどん動きが良くなっていくのがわかるっていうのが少年サッカーの醍醐味なんですよね。
勝敗に一喜一憂せず子供達の成長を見守ってくださいと、自戒を込めてお願いしたいと思います。
息子の学年では「オイオイ、何やってんだァ!こらっ!」て毒づいてましたし、今でも試合中のベンチでは「おいおい、さえねーぞ! もっとピリッとせーよ!」ってほとんど観客になってぼやいているオヤジですんで。なかなか成長せんナア。。。
2002.2.1