第6日目.2月 4日(火)サンフランシスコ〜ハワイ(移動日)
午前 5時00分 結局、お互い(日本と米国)、何年も、何十年も、理解出来ないまま、生きて行くことになるんだ。と云う結論に生き着くしかなくなってしまう。 議論に疲れて一瞬、醒めた空気が流れた。それでも私は云った。「ディビット、それでも
Life Is Wonderful ! 、生きているって、素晴らしい!私は、そう思って生きている」 そうだよ、ディビット!生きているから、いつか信じあえる日も来るんだ!生きているから、こうして君と逢えたんだ! それでも、昼間から酔っぱらった田舎市会議員風のおじさんが、「てーしたことなかったな」などと言いながら、ゾロゾロ出て来たのを見るとこれもしかたがないのかなーと思う。 グッチ、エルメス、ミラ・ショーン、ダンヒル、アルマーニ、モネ、ニナ・リッチ、ジバンシー、テストーニ、カルティエ、ランセル、クリスチャン・ディオール、シャネル、テストーニ、ポロ、バレンチノ、オメガ、ローレックス、ロンジン、ヂュポン、コンテス、テストーニ、ルイ・ビトン、セリーヌ、ウンガロ、バリー、シェーファー、モンブラン、パーカージッポー、そして、あのハンティング・ワールドんー、頭痛がしそうなほどのブランドの山・・・。 午後8時30分 ロケイションがよかったのか、免税店へ行ったのが悪かったのか、半径300mほどをフラフラしただけで、ホテルに帰る事にする。 「えぇ?」 「ほら、その今、ニュースでやってたAIDSって奴ですよ」 「多いですよ、5年前に私がハワイに来た時で、五千人って聞いたから、今なら、五万人はいるんじゃないですか」 「そーですか」 「そーですよ。夜の通りに立っている女の人の80%以上は、
みんなAIDSに汚染されてるらしいですよ」 「そーですか」、「そーです。本当ですよ」 「やっぱり、そーですよね」、「本当ですよ」・・・・。 辛かったハワイの第1日目を想いながら眠りについた。
起床。熱いシャワーと水を交互に浴び、眠気を覚ます。バゲージ・ダウン。枕の下にルーム・メイドへの$1チップを置き、部屋を出る。
午前 6時30分 朝食。
この時間、唯一開いているビュッフェで食べる。開いてて良かった!
午後
6時50分 現地係員待合せ場所で待つ。すると、もう会えないと思っていた、あのディビットが迎えにくる。
" Good Morning ! よく眠れましたか?"と彼が尋ねる。
「ディビット、君こそ何時に起きたんだ?」と切り返すと、「私は、5時に起きました」と器用にウィンクで答える。私も"
Same To You."(君と同じだ。)そう答える。
午前 7時50分 サンフランシスコ空港に到着。
これまでの例では、ここで投げられるのが、通例だったが、ディビットは、我々の重いバゲージを2つ持ち、チェックインの手続きをすますと、待合室までもついて来てくれる。
出発まで、まだ1時間もあるし、食事を済ませてないディビットのために、ファースト・フードの店にはいる。
食事をしながら、ディビットと語る。アメリカの事。そして、日本のこと。でも今までと違って何だかはりつめた雰囲気の話になる。一体どうしたのか。
『ホームレス ( Homeless )
』〜N氏、よせばいいのに、フィッシャーマンズ・ウォーフで出会った、白人のホームレス
Davidの事を話す。
これには、ディビットも顔を赤らめ、「ホームレス
は、日本だっているんじゃないか!僕は、東京で見た」と日本語で猛烈に抗議する。
N氏、「日本の浮浪者とホームレスは違う、そうだよな」と苦しそうに私に相槌を求めたが、素直に違うとは、言い切れない。確かにごみ箱漁りはするが、最近は物乞いはしない・・・と思う。と思うが、するかもしれない。しかし、
David も、" I'm Hungry・・・・"と言っただけで、" Give Me 〜
"とは、言っていないのだ。
『日米経済摩擦』〜いくらアメリカ人の彼が全世界についてよく知っているといったって、日本語での議論となるとタドタドしく、
英語での議論は、我々の語学力が足りず苦戦してしまう。が、我々は果敢にも”NOといえる日本”を代表しているではないか!
しかし、我々は実際、日本の代表でもないので、10分と持たないし、なかなか世界共通の認識や、これからは共にどう歩んで行くかという話へは前進していく様子もない。もっと身を持って政治に参加すべきと痛感する。残念ながら僕らの議論はテーマがかみ合わないようだ。これ以上議論してもしかたない気もする。
午前 9時00分 シスコ発デルタ・エアライン1549便。
ディビットは、ゲートへ入って行く私たちに、見えるギリギリまで、手を振って、見送ってくれた。
" Good-bye David !"、" See You Next Time
!"ディビット、イイ男と別れる。
ところで、この旅でやっと私は、N氏より窓側の席を譲られが、ほとんど寝ている。あのジョディ・フォスター初監督の最新映画が、かかっていたが、字幕がないので、やはり寝ることにする。
午後12時19分 ホノルルHonolulu
(オアフ島)着
数えて、十三人目のツアコンが待っていた。それも、待っていた車は、ロールスロイスで、貸し切り状態。
本当の話、ロールスロイスに乗るのは、これが初めてであった。バスに乗り込む、(日本から直通で来た)他の日本人観光客を後目に優越感に浸りながら、ロールスロイスに乗りこむ。
常夏の島ハワイの筈だが、厚い雲が空を覆い、気温はロスの方が高かったように思えた。どーゆー訳か車は、ヒルトン・ワイキキ・ホテル(Hilton
Waikiki Hotel)へ。ここのJTBカウンターへ案内され、ここで暫し待たされる。ホテルは、日本人の観光客でごったがえしている。
「バゲージ・ダウン、集合時間は、出発の前日、午後5時以降に、この掲示板に掲示しますので、必ず見て、確認して下さい。集合場所は、ここです。」とありがたい説明を受ける。客慣れしてるっていうのか、あり余るほどの観光客で、すっかりズレてるっていう感じがした。
小柄で小太りのハワイアン・ギャルにワイキキ・パーク・ホテルまで案内される。我々の宿泊するワイキキ・パーク・ホテルは、すぐ隣であった。
午後2時00分
ワイキキ・パーク・ホテル(Waikiki
Parc Hotel )着。
部屋は白を基調とした、清潔なムード。ベランダから眼下に、屋外プールが見え、ブロンド・ギャルが日光浴をしている光景が目にはいる。しめしめ一応、ハワイのムードだぜ。
N氏のたっての希望で、今夜のウェル・カム・ディナーショウの申し込みに、何が悲しいか、隣のヒルトン・ホテルにあるJTBまで赴く事にする。
JTBハワイ事務所では、日系人が、取り仕切っており、「JTBで、押さえている分は、Sold
Outよ。空席が、あるかも知れないので、自分で行ってみてよ」と親切なのか、商売化がないのか、訳の判らない対応をされる。取敢えずワイキキ大通りへ出てみるが、場所が見つからずホテルに戻るハメになる。
午後2時20分 ホテルのフロントで、待望の実弾射撃上の場所を尋ねる。
いつもの、ほとんど無理槍の英語で、" I Want play
GUN-SHOOTING."と喚き散らすとちゃんと通じ、案内パンフレットを渡してくれる。ここは、米国なのだから、ちゃんと英語を話さなければ、何も楽しめないのだ。「ハワイでは、どこでも日本語が通じる。」と云う話を頼りに来たらしいオバんツアー一行が、「ハワイなのに全然、日本語通じないじゃない!」と憤慨していた。あぁ、何のこっちゃい。
日本語パンフレットを貰った私たちは、そのロイヤル・ハワイアン・シューテング・クラブへ行った。なんと日本人向きのVIPコースで、$65。
事故が起きても無責任のサインをさせられ、最初の一発だけは、厳粛に緊張して撃ったが、たかだか、9ミリ弾では、反動も無く、やはり新婚さん向き。インストラクターのオネーちゃんは、小柄だが、バランスの取れたグッド・ボディのインストラクターだったのが慰め。
しかし銃は、何年か前に遅弾(引き金を弾いても、すぐ弾が発射されない現象)があって、新婚さんが、自分の目を打ち抜いた事故があったらしく、チェーンで固定されていて、自分自身が銃を持った気になれず、不満。
それでも私は元来、好きな方なので、次の日も行きたくなるほど、楽しい時間を過ごしたと思う。
午後3時30分 バスに乗ってホテルのフロントで聴いた、カウアイ・ショピング・センターへ行こうと、通りを歩いていたら、何と!デューティ・フリー・ショップ(免税店)を発見!ツアー会社と結託しているのか、添乗員が「ハイ、皆さん!ここが免税店です」「判りましたか!?ここが免税店です」などとホザき、さもさも、ここが一番安い!などと云う幻想にダマされ、店内の99%を占める日本人客が、日本人好みのブランド商品を買い漁る状態を見せられると、つい我々も、レミングスになってしまい、おみやげ品の数々を買い漁る羽目になって仕舞った。特に旅の初心者には、『免税店中の免税店』という印象を与えるに充分な、施設設備と品物と種類が、豊富。
N氏は、目を血走らせ、貴金属を買い漁り、すっかり、バイヤーと化していた。
午後7時00分 結局、3時間以上も、あれだ、これだと見るはめになり、足も腰もフラフラになる。N氏は、あの憧れの『L.A.ギアのスニーカー』を捜すも、女性用しかなく、泣く泣く、『リーボックのスニーカー』を購入する。
午後7時30分 夕食。毎日、洋食で泣かされてるので、やはり日本食と考えるが、外へ出た瞬間、ラーメン屋の暖簾が目に入り、妙にラーメンが、懐かしく、食べたくなり、店に入る事にする。
店内は、日本のラーメン屋とまったく同じ風景。日本語で書いたメニュー、漫画の本(週刊少年ジャンプ!)コックは、中国人。店員は、米国人ギャル。(アルバイト風)二人とも片言の日本語が話せるので、これであれば、米国人の客にも、中国人の客にも、日本人にも対応出来ると、自分勝手に納得する。味は、Good
!しかし、値段は、$18だから、なんと日本円で2304円であった!
バーへ行く、金も体力も無く、ボロボロ・・・帰り道すがらABCストアへ寄る。ホテルで飲食しようとバドワイザーとビーフジャーキー、マカダミア・ナッツを買う。何故か、週刊少年ジャンプも、日本同時発売で売っているのには驚いた。
午後9時00分 ワイキキ・パーク・ホテル着
バドワイザーとマカダミア・ナッツで、男二人寂しく飲みながら、TVを観ていると、マッサージのCMが流れてくるではないか!疲れた私たちは、すぐさま電話した。
午後22時30分 風呂に入り、ビールを飲んでいるとマッサージ嬢、到着。
日本人の女性であった。未練タラタラの私たちは、ちょうどニュースでAIDSの報道(なんとNHKの日本語放送)をしていたタイミングを捉えて、「やっぱり、多いんですか?」と尋ねる。
午前1時30分 寝る。