第7日目.2月 5日(水) ハワイ

憧れの『L.A.ギアのスニーカー』



午前11時00分 起床。
 ワイキキ・ビーチで終日、日焼けする予定が、疲れからか、この時間まで寝過ごす。午前中は、レンタル・バイクで島めぐり、午後からは、ビーチで日焼けという予定もつぶれる、この旅行2回目のロス・タイム。良くも悪くも、今日で最後なのだ。楽しい一日にしたいものだ。

午後12時30分 昼食。
 有名そうな、シーフーズレストラン
『モントレイ・ベイ・キャナーズ』へ行く。ビール〜郷に行っては、郷に従えで、バドワイザーばかり飲んでいる。サラダ 〜野菜の味は、どこも特別変わらない。エビ・フライ〜舌のこえた私には、特別に旨い訳でもない。ピラフ〜久々のカリフォルニア米、あまり旨くはない。朝食を食べてないせいなのか、目の前に見える海のせいなのか、相対的にはそんなにマズくはなかった。

午後2時00分 ワイキキ浜で日光浴をするため、ロイヤル・ハワイアン・ショッピング・センターで日光浴用品セットを購入。私は、なんとここで、N氏憧れの
『L.A.ギアのスニーカー』を見付け、彼には申し訳ないが、思わず買って仕舞う。続いてトラベラーズ・チェックも使い果たし、キャッシュも$75程・・・銀行へ行き、日本円を両替する。

午後2時30分 憧れの
ワイキキ浜へ、日光浴へ向かう。期待が大きすぎたのか、部屋を出た瞬間に、二人ともルーム・キーを部屋へ置き忘れたことに気ずく。この旅、初めての失態であった。ちょうどその時、フロアにルーム・メイドが掃除に来てたので、マスター・キーで開けて貰う。気前のイイ私は、1$チップを払う。気を取り直し、「さぁ、眩しい常夏の太陽とハイレグ水着ギャルがワンサカ、ワンサカだぜー!」と意気揚々と突撃する。

 ワイキキ浜へ行くと、いきなり、この旅で5指に入るアメリカン・ギャルをみつける。この旅で、トレーシーちゃんの次に印象的だったギャル。スタイルも、フェィスも超一流。モデルさんかしら・・・。
 そこへ、「すいません、写真撮って下さい!」と同胞の気安さか、ジャパニーズ・ギャル5人組がやってくる。
 OLだろうか、(学生には見えないなー)スタイルも全然、ヒケをとらない。「戦後、やっと日本人ギャルの体格も、遂にここまで来たか」と、訳の判らない感動を覚える。
 「どーも、スイマセン!」「ありがとうございました!」と口々にお礼を言うが、中に一人だけ、" Thank you "と中途半端な、米国かぶれをしたギャルがいたので、N氏、指差し、軽く「ジャッピー」とたしなめると彼女、「ジャッピー!?キャー、ジャッピーだってぇー」とキャッ、キャッと笑い去っていく。ああぁっ、いったい日本の将来は・・・!?




 「日焼けするんだもーん」と意気揚々とビーチに寝そべることにする。が、5分もしないうちに、雨が降ってくるではないか!雨に濡れ、鼻水を垂らし、「ハイレグ・・・ハイレグ」とうわ言を云いながら、ホテルに戻る。

午後3時00分 再び気を取り直し、日焼けしようと晴れ間をぬって、ホテルのプールへ向かう。昨日は、何人かいた、ハイレグ水着ギャルも、今は誰一人いない。2〜3回泳ぐも、やはり寒さには勝てず、退散する。

午後15時30分 今日こそ、バスに乗って、市内観光やカウアイ・ショピング・センターへ、行こうと、通りを歩いていたら、またもや、あの昨日のデューティ・フリー・ショップのそばを通る!

 昨日応募した例の『毎日10人様に10万円!』が、当たっているか見に行こうなどと、フラフラ騙されたのが、ウンのツキ!

 再び、レミングスになってしまい、おみやげ品の数々を買い漁る羽目になって仕舞まう。N氏は、再び目を血走らせ、貴金属を買い漁り、すっかりバイヤーと化していた。私は、私で、ダンヒルの男性用香水。ニナ・リッチのネックレス。クリスチャン・ディオールのポーチ。ジッポーのライターなどを買い漁っていたのだった。

午後6時30分 見も心も、ボロボロになるほど、疲れていた。どーして、あんな所に3時間もいたんだろう、それも2日間も・・・これでは、蟻地獄にはまったウスバカゲロウではないか。
 どーして、ダイアモンド・ヘッド(Diamond Head)へ行けなかったんだろう・・・。どーして、イオラニ宮殿(Iolani Palace)へ行けなかったんだろう・・・。どーして、ホノルル美術館(Honolulu Academy Arts)へ行けなかったんだろう・・・。せめて、ポリネシア文化センターでも、良かったのに・・・。

 後悔、先に立たず、精神的にも、疲れ果てていたのだろう、今夜もまた、日本食・・・・、昨夜TVのCMで見た、あの映画『その男、凶暴につき』の監督、北野武が経営しているという『北野印度カレー』が、食べたかったのだ。アメリカ青年の自転車、『車引き』に誘われる。

 " Do You Know KITANO INDIA CARRY SHOP ? "と尋ねると、仲間の車引きに聞いて、日本語で「知ってます。知ってます。彼、僕のフレンド、彼に聞きました」と答える。
 それではと、『車引き』に乗る。十五分くらい走ったところで、通りの向こうを指し、「あそこが、キタノ・カリー・ショップです」といい、我々を降ろす。こんな手前で降ろすなんて、変だなと思う間も無く、たったの十五分で$60だと、言い張られ、ボラれた上に、行ってみるとそこは、高級料亭で、すっかり貧乏人と化した、我々が手の出る場所でないように感じた。仕方無く、またホテルまで歩いて戻ることになる。

 足の筋肉が苦痛を漏らすのをなだめながら、とぼとぼと歩いていると、さっきとは違う、『アメリカ青年の自転車車引き』がやって来て、「乗らないか」と声をかけてゆく。

 腹立たしい私は、中指を立て、" No ! Fuck You ! "と怒鳴り散らす。彼は、ジャパニーズ・ヤクザの恐ろしさを知ってか、サッと逃げて行く。(一度、このポーズ、やってみたかった ^_^・・・内心、嬉しかった。)


 帰りの道すがら靴屋をみつけ、N氏、カミさんにL.A.ギアのスニーカーを買う。たった、メイン・ストリートから3丁ほど離れただけで、3割引き、安い!その代わり、日本語が通じない。これも観光地の宿命か!?

 
カラカウア通りに入り、露店のにぎあいを眺めながら歩くのもオツなもの、「ニセモノ!ニセモノいかが」とローレックスを売る中国人。聞くと$150(19,500円)だと云う。「高い」と云うと「中身が、スイス製だ」と云う。なんのこっちゃい。「ポルノ!ポルノいかが」との声を聞くが、真面目なうえに、貧乏人へとと落ちぶれた私たちは、そんな声には耳も貸さない。

午後8時30分 夕食。
 毎日、洋食で泣かされてるのに、懲りずに店の前の呼び込みのおばさんの「バイキングだよ、$12で食べ放題だよ、タバコも吸えるよ!」の呼び込みにすっかり、ダマされ店に入る。日本語の会話を試みたが、結局このおばさん、これしか日本語を知らないようだ。ハワイでは、ほとんど日本語が通じるって話も、この程度の事かも知れない。
 料理の味は、サラダ〜野菜の味は、どこも特別変わらない。カレーライス〜味が薄く、シャバ、シャバ、泣きたい位マズい。ああっ、美味しいカレーが食べたい。スパゲッティ・パスタ〜ひどいゆで方と云うより、ゆでたパスタを、お湯の中で保存している。麺の腰も何も、あったものでない!マズイ。ソース〜相変わらず、ただのケチャップまずい。フライドチキン〜せめて、ケンタッキーくらいの味であれば・・・ロースト・ビーフ〜グランドキャニオンで酷い目にあっているので、最初から、手を出さない。これが、米国最後の夜のディナーとなった。

 何が悲しいか、自分たち自ら、ヒルトン・ホテルにあるJTBハワイ事務所へ明日のバゲージ・ダウンの時間と現地係員待合せ時間を確認に行く。ここでは、観光客で混雑しているせいなのか、客慣れしているせいなのか、出発の前日、自分で確認。それも、ヒルトン・ホテルのJTBハワイ事務所まで、行かせられるのには閉口する。

午後9時30分 ホテルに帰る。
 シャワーを浴び、またこの日も、
ABCストアで買ったバドワイザー(6本セットで$7.50とバカ安!)と昨日の残ったビーフジャーキー、マカダミア・ナッツで、男二人寂しく部屋で飲む。

午前1時30分 イイかげん疲れて、寝る。ボロボロで貧しかったハワイの第2日目を終える。明日の夜は、もう日本。旅の最後の夜は、いつも何故か寂しい思いで眠りにつく。

 『旅』は人生の凝縮であり、『旅』は、出逢いであると思う。今回の旅もまた、様々な人間と出会うことになった。
 言語も文化も違う、異国の人々との意志の疎通が、その国に触れることだ。

 印象的だったのは、『二人のディビット』と『ベガスの老夫婦』。この4人の人々は、いつまでも私の思い出に生きるだろうと思う。

 もう、二度と逢えない人々だから、なおさら。