ルヴァンの看板 depuis 1984
そう、今年『ルヴァン』は15周年を迎えました。
調布の工場がスタートして15年。富ヶ谷のお店が生まれて10年。
そして、オーナーの甲田さんは今年50歳。

『ルヴァン』にとって、1999年は正に”節目の年”です。


久しぶりに訪れた富ヶ谷のお店は、この地にしっかりと根づき、『ル シァレ』という枝葉ものばして確実に大きく成長してきたという風格が感じられます。
スタッフも、調布とあわせると20人近く。甲田さんも昔に比べると、ずいぶん落ち着いたように見えます。
とは言っても、身の軽さは相変わらず。
毎朝、自転車を飛ばしてのお店通い。調布の工場と富ヶ谷のお店を行ったり来たりの毎日です。
そして、お話を聞かせてもらっている間も、長い時間はジッと座っていられない。これは忙しさのせいでしょうか?それとも甲田さんの性格かな?


『ルヴァン』を創ったのは、現在、埼玉の『ノヴァ』のオーナーであるピエール・ブッシュさんだということをご存知の方は意外と少ないかも知れません。
ある製パン機械屋さんがアンテナショップとしてオープンしたのが『ルヴァン』の始まり。
パンづくりは初めて、という甲田さんがそこへ入ったのが33歳の時です。

甲田さんはブッシュさんから直々に、フランスの伝統的な製法によるパンづくりの技術、そして”精神”を学び受けてきました。
「ルヴァンはね、ブッシュさんが生みの親だとすると、僕が育ての親なんだ。」

余談ですが、あの『木のひげ』の牟田口さんも当時『ルヴァン』で働いていました。牟田口さんは独立して『木のひげ』を創り、甲田さんはブッシュさんの後を受けて『ルヴァン』を育ててきたと言う訳です。
富ヶ谷のお店


ドア越しにのぞいた富ヶ谷店 それまで全くパンと関係のない世界にいた甲田さんが、この仕事に惹かれ、ここまで継続してくることができたのは何故でしょうか。
「矛盾がなかったからかな?」
”ものをつくる”という単純な喜びに加えて、それを食べてくれる人達に「喜ばれる」ということ。1日1日がストンと完結するということ。
それがパン屋の魅力だと言います。

今ではスタッフも増え、甲田さんの”あんまりやりたくない仕事”である「社長業」や「お金勘定」もしなくてはいけない立場ですが、若いスタッフ達に『師匠』と呼ばれながら動き回る姿は、やっぱりすご〜く楽し気に見えます。(昔は『師匠』と言うより、『兄貴』的存在だったんですけどネ。)



甲田さんが、卸し中心である調布工場の次のステップとしてお店を考えた時、「富ヶ谷」という地を選んだのには訳があります。
いわゆる”自然食”という流れから生まれたこの仕事。とかく自然志向、田舎へとベクトルが向いていくのが常ですが、あえて都心を選ぶことにより、それまで極一部の意識を持った人に限られていた客層を大きく広げ、マスコミなどメディアの力も上手に活用して知名度を上げることに成功しました。

富ヶ谷店開店後すぐから、販売スタッフとして関わり続けている中島さんは語ります。
「10年前と今では、ほんとうに変りました。右と左くらいちがいますね。」
10年の移り変わりをつぶさに見てきただけに、そう話す言葉には力がこもっています。

お店を訪れるお客様の数も増え、そのスタイルも多様になり、それに従って売り上げも随分とのびました。
テレビや雑誌の影響もあって若い女性客が増えたのも事実ですが、外国の方や、男性客が多いのも『ルヴァン』の特徴ではないでしょうか。
この日も本当にいろんな人がお店に来て、パンを買ってはスタッフや甲田さんと一時おしゃべりを交わして行きます。
”ファッション”としてよりは”ライフスタイル”として、単に「パンを買う」ということに留まらないお付き合いができるのが『ルヴァン』というお店なのだと思います。


私がこの仕事を始めた当初は、天然酵母のパン屋は両手の指で数えられるくらいしかありませんでした。
時代とともにその数は増え、今尚新しいパン屋さんが次々と誕生しています。
でも、その一方ではまた、残念ながら姿を消していくパン屋さんもたくさんあります。

『ルヴァン』が15年間、継続、発展して来られたことを、甲田さんは「独占欲がないから」と分析しています。
何事にも執着しない、(時として無頓着にすら見えることもあるくらい)おおらかな性格の甲田さんらしい言葉です。
「できるようになったら、まかせる。大きく外れない限りは、現場のスタッフがやりたいようにやってもらってるんだ。」
スタッフ自身が自由に、気持ち良く仕事をしていることが『ルヴァン』のあの居心地の良い雰囲気をつくり出しているのでしょう。

「ハコを維持してゆくことが自分の仕事」と言う甲田さん。
「年とともに、自分が中心になって全体を動かすことよりも、若い人たちがやることを見守ることの方が楽しくなってきた。」なんて、甲田さんにもちょっぴり年寄りじみた台詞が似合うようになってきましたね。
ルヴァンのパンたち


甲田 幹夫さん 『ルヴァン』の次のステップとして、甲田さんの中にあるのは”ルヴァン・ファーム”。

二次産業(加工業)としてのパン屋から、三次産業(サービス業)としてのカフェを実現したその次は、大本の第一次産業として、自分たちの農場を持ち、小麦やその他の素材たちを作り育てるというのが夢だそうです。

自分たちの手で育てた小麦を、自分たちの手でパンにすること。それをまた、自分たちの畑の恵みと一緒にお皿に盛って提供すること。そんな風にトータルな”ものづくり”ができたら本当に素敵。
一塊のパンを通して、土や雨や風やお日様の話ができるなんて、とっても豊かなことだと思いませんか?

「たかがパン。されどパン。」
パン屋ならきっと誰もが一度は描く夢を、着々と実現してみせてくれる甲田さん。
やっぱり甲田さんは”パイオニア”なのだと思います。
お店はさっさと若い衆にまかせちゃって、甲田さんは農場作りにGO!GO!


いつの日か、『ルヴァン』のパンは”土のかおりのするパン”なんていう風に紹介されるのではないでしょうか。
でっかいカンパーニュを抱えて小麦畑に立ち、ニカッと笑っている甲田さんの姿が雑誌のグラビアになっているのを、すご〜くリアルに想像することができちゃいます。
はっきりとしたビジョンが見えたら、それを実現するのは難しくない、というのが私の持論。
”ルヴァン・ファーム”も夢じゃない。
あ、これは私に見えててもダメなのか・・・?




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