| 多田CMはただしいか? |
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多田琢というクリエーターをご存じだろうか。
名前はしらなくても彼の仕事には見覚え聞き覚えがあるだろう。現在若手のホープである
<ビクター>・・・・・・・・・・・・ええ?ビデオなの? と驚くペンギン
<フジフィルム>・・・・・・・・・・写るんです。懐かしの歌謡曲シリーズ。
<JR東日本>・・・・・・・・・・・こまち登場、パイロットの「知らなかったあ」
<JR東日本>・・・・・・・・・・・長野新幹線。艦長、あなたは間違っている!
<JR東日本>・・・・・・・・・・・スノートレイング 「やっぱ、新幹線でしょう」
<サントリーモルツ>・・・・・・・・なんで、なんでモルツは....
<ボスセブン>・・・・・・・・・・・クリントン大統領、ガツン
<ボスセブン>・・・・・・・・・・・高の花、へえそう。
<ボスセブン>・・・・・・・・・・・「調子に乗るな!」でラルク
<亀田製菓>・・・・・・・・・・・・川島なおみ「だめ。手洗ってから..」
<コラボCM>・・・・・・・・・・・おなじみ永瀬にホテイさん
ああ、ああ、と思う方も多いであろう。
多田作品の特徴は「シリーズもの」が多いことではないだろうか。
ビクターの踊るペンギン対ビデオお姉さんの戦い、いくつものバージョンにわたって続いたし、
フジカラー「写るんです」は、「今度はど曲だろう」という期待感を視聴者にもたせるほどの
ロングランCMシリーズだったといえる。サントリー、ボスセブンも同様であるし、JR東日本
の告知シリーズも奥田暎二さん同一パターン「知らなかった」「夢だったんだ」で続いた。
つまり単なる反復・継続ではなく「手口の継続」というメタ技を使う人なのである。
その「メタ技」がいきついた先、それが例のコラボCMなのかもしれない。
実は「多田CM」にはコミュニケーション・パターンに特徴がある(と思う)のである。
日本のマーケティングや行政は「昔」から「こうすべきだ」という感じの「厳しい親」から「いい子」
へのコミュニケーションパターンをとってきている。「わが社はこのような製品を作った。もしも、
こんな生活がしたいなら、この製品を買いなさい」というコミュニケーションである。
あるいはかろうじて「こんな製品もあるのよ、きっと役に立つと思うけど買わない?」というような
「やさしい親」から「いい子」へのコミュニケーションである場合もある。
どちらにしても「親」から「いい子」という関係。これでは広告はアカンよ、と山川先生はおっしゃった
のだが....。
ところが「多田CM」は「な、な、こんな奴っているよな」「いるいる。馬鹿だよなあ」という感じの
「自由な子」から「自由な子」へ、つまり子供同士のコミュニケーション・パターンで作られている。
これは日本の広告としては、とてもメズラシイ。
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