養護施設の子どもたち・・・・・・児童と福祉に関連するできごと

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児童と福祉に関連するできごと
1873 明治6年

日本の代表的な救貧院、東京養育院設立

 混合救貧院として、その後約80年間続く

1874 明治7年 全国視野の窮民救済として「恤球(じゅっきゅう)規則」制定。親族・共同体による相互扶助を重視し、それが期待できない場合、国家が救済する
1879 明治12年

東京養育院の一室に収容されていた精神障害者の施設が「東京瘋狂院」(のちの松沢病院)として独立。

精神障害者は背中に「狂」の字の入った着物を着せられ、手を鎖でつながれ、男女の区別なく一室に閉じこめられていた

1887 明治20年 石川十次氏が「岡山孤児院」を設立
1919 大正8年 大阪市立児童相談所開設
1920 大正9年 大阪市立少年職業相談所開設。少年少女への職業相談や職業についた後の健康相談、労働条件の改善等を行う
1923 大正12年 東京市立の児童相談所開設(江東橋児童相談所、富川町児童相談所、玉姫児童相談所)
1923 大正12年 9月1日 関東大震災。罹災児保護のため都内6カ所の託児所内に臨時児童相談所を設置
1929 昭和4年 「救護法」制定
1937 昭和12年 「厚生省」成立
1941 昭和16年 12月8日 宣戦の詔書公布(太平洋戦争始まる)
1945 昭和20年 8月15日 天皇、戦争終結の詔書を放送
1947 昭和22年 出生267万人8792人、出生率3.43で、昭和最高のベビーブーム
1947 昭和22年 1月15日 寿産院が、もらい子の養育費、配給品を着服して、103人の乳児を餓死させる
1947 昭和22年 3月 厚生省のなかに児童局開設
1947 昭和22年 12月 「児童福祉法」公布 名称が「孤児院」から「養護施設」へ
1948 昭和23年 上野地下道の浮浪児が栃木県の農家に売られていたことが発見され、社会問題となる
1948 昭和23年 2月1日 沢田美喜さん、大磯に混血児の施設、「エリザベス・サンダース・ホーム」が開設
1949 昭和24年 北関東、東北地方で、少年少女の人身売買事件続出
1950 昭和25年 母子家庭190万世帯
1951 昭和26年 1月 厚生省家庭局「児童福祉マニュアル」を編纂
1951 昭和26年 8月

生活難から「人身売買」などの児童福祉法違反事件が激増(東京、山形、福岡、奈良などで5000人)

(女子は男子の4倍、少年は農家の作男に売られ、少女は特飲街の接客婦、機織物女工として売られた)

1952 昭和27年 「母子福祉資金の貸与等に関する法律」制定
1952 昭和27年 松沢病院(旧・東京瘋狂院)に収容されていた精神障害の子どもたちを「梅ヶ丘病院」に分院
1953 昭和28年 初めての就労児施設神奈川県立「霞台青年寮」発足(1979年閉鎖)
1956 昭和31年 北海道冷害、5万余戸が収穫ゼロ、出稼ぎを装った娘身売り1200件
1956 昭和31年 戦災孤児、引き上げ孤児、生活苦で捨てられた子どもが5000人、都道府県が一体になって「この子たちの親を探そう」運動はじまる
1957 昭和32年 「大阪児童収容施設連盟」結成
1964 昭和39年 「母子福祉法」制定
1969 昭和44年 コインロッカーベビー事件
1971 昭和46年 戦後2回目のベビーブーム
1971 昭和46年 国連「精神薄弱者の権利宣言」
1973 昭和48年 東京・渋谷駅のコインロッカーで嬰児の遺体発見。以後各駅で続発。(この年だけで43件)
1973 昭和48年 11月 養護学校の義務制実施の制令公布
1975 昭和50年 3月21日 ねむの木学園長の宮城まり子さん、テレビ初の25時間番組で福祉を訴える
1977 昭和52年

養護施設の子どもたちの作文を集めた「泣くものか」

(全国社会福祉協議会養護施設協議会編/亜紀書房)発刊

1979 昭和54年 4月

「養護学校」を初めて設置

(学校教育法で都道府県に設置が義務づけられていたが、30年余り放置されていた)

1982 昭和57年 岡山の養護施設で、入所児のリンチにより少女(6歳)が死亡
1982 昭和57年 6月13日

愛知県警、戸塚ヨットスクール校長戸塚宏を傷害致死容疑で逮捕。

54年以来、情緒障害児らのしごき教育で中学生ら3人死亡、行方不明2人

1983 昭和58年 4月27日 乳児院・養護施設で育った少年(19)が、私立大学2年生(19)の女性を暴行し殺害。             84年12.18.高裁で無期懲役判決
1986 昭和61年 大阪の養護施設・博愛社で、小1女児が上級生の男子6人からリンチを受け死亡、この事件をきっかけに職員の体罰も発覚
1987 昭和62年 民法改正により、特別養子縁組制度(家庭裁判所の審査が必要、原則6歳未満を対象)が立法化
1987 昭和62年 鹿児島の教護院で、職員の体罰により入所児が死亡
1988 昭和63年 厚生省「自立援助相談事業け策定
1988 昭和63年 鳥取にて、第一回全国養護施設高校生交流会開催
1990 平成2年 社会福祉関係八法改正
1990 平成2年 「続 泣くものか」(全国社会福祉協議会養護施設協議会編/亜紀書房)発刊
1991 平成3年 奈良県の教護院で、職員と女児の性関係が暴露され、2名の職員が懲戒免職処分
1991 平成3年 7月29日 広島県三原市の少年更正施設「風の子学園」で、懲罰としてコンテナに2日間閉じこめられていた男女2名の生徒が、熱射病死
1994 平成6年 児童福祉法改正
1994 平成6年 日本が「子どもの権利条約」を批准
1994 平成6年 5月 北海道養護施設協議会が「北海道養護施設ケア基準」を承認
1995 平成7年 全国養護施設高校生交流集会で、福岡育児院の日常的な体罰が発覚
1995 平成7年 全国社会福祉協議会養護施設協議会(全養協)が、「いかなる理由があれ、体罰は絶対に行ってはならない」旨、全国の各施設長に通知
1996 平成8年 東京都調布市の養護施設「二葉学園」の元園生が在籍中に受けた職員の体罰を受けたとして提訴1998年勝訴
1996 平成8年 神奈川県の養護施設「エリザベスサンダースホーム」の職員が少女(14歳)にみだらな行為をした疑いで逮捕
1996 平成8年 千葉恩寵園から、小中学生13人が施設長の体罰に耐えかねて集団脱走
1998 平成10年 児童福祉法改正
1998 平成10年 大阪で里親による児童虐待事件発覚
1998 平成10年 「児童福祉施設最低基準」改正されたものが施行
1999 平成11年 神奈川県鎌倉市の養護施設「鎌倉保育園」で日常的に体罰が行われていたことが発覚。県の指導で園長解職
2000 平成12年 3月8日 千葉恩寵園の元園長次男で元指導員の大浜晶容疑者を、入所していた少女への強制わいせつの容疑で逮捕
2000 平成12年 3月18日 京都市西京区の児童養護施設「積慶園」で、元主任指導員の男性が10ヶ月にわたり入所女児の体にさわるなどのわいせつ行為を繰り返し、園長が事実を知りながら何も処分していなかったことが発覚した
2000 平成12年 4月4日

北九州市八幡西区の児童養護施設「聖小崎ホーム」の関係者が、児童虐待を証言した問題で、施設の調査をした北九州市は、「虐待の事実はなかった」と結論づけた。

告発のあった51件のうち39件を事実無根、8件がしつけの範囲内、残る4件は園児が卒園したりして事実が確認できなかったとした。ホームに対しては、「しつけが虐待と受けとめられないよう配慮すること」などの行政指導を行った

2000 平成12年 7月3日

仙台市青葉区の宮城中央児童相談所内で、同相談所主任主査太田徳之容疑者が、一時保護していた中学3年生の女子生徒(当時15)にわいせつ行為をした疑いで逮捕された。

調べでは、大田容疑者は昨年10月頃から2月下旬まで、当直室に少女を呼び出しみだらな行為をしていた疑いがある。そのため少女は「帰りたくなかった」ので無断外泊を繰り返していたという

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