養護施設の子どもたち

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※この文章は、1999年1月1日ぶなの木出版発行の季刊誌『ひとびと』第74号に掲載されたものです。(「養護施設」を「児童養護施設」に、漢数字を数字に直してあります)


児童養護施設職員体罰訴訟事件に寄せて

武田 さち子

 ●関心の薄い児童養護施設問題

 児童養護施設は多くの問題を抱えている。にも関わらず、その実態は世間に殆ど知られていない。三多摩「学校・職場のいじめ」ホットラインの「児童養護施設を考える」プロジェクトの勉強会では、児童養護施設とは何かから始めた。その中で、多くの人々が養護学校と混同しており、障がい児(者)施設と思っていたこともわかった。児童養護施設とは昔で言う「孤児院」で、何らかの事情で家庭環境を奪われた子どもたちを養護する為の施設である。

 本年(1998)9月7日、児童養護施設職員による元園生への暴行に対する判決が出た。しかし、これを取り上げたのは朝日新聞と東京新聞の二紙のみ。一般の関心は薄い。

私自身は、この裁判に直接関わってきたわけはない。ただ、児童養護施設についての勉強会を重ねるなか、原告のF青年や彼を支援してきた人々に会って話しを聞いて、この裁判には児童養護施設を巡る多くの問題点が含まれていることを感じた。「藪の中」と呼ぶには、司法の世界は余りに施設側に偏っていると感じる。判断は読む人に委ねるにしても、ここでは原告側に立って、施設や裁判官との主張の違いを述べたい。

●体罰容認の判決文について

 東京都調布市の児童養護施設「二葉学園」の元園生の男性(19)が、「職員に暴行を受け、精神的な損害を被った」として、施設側に損害賠償を求めた訴訟で、東京地裁は施設側に10万円の支払を命じる判決を言い渡した。

 一見、勝訴したように見えるにも関わらず、原告側に喜びはない。児童養護施設の子どもには、「子どもの権利条約」に謳われているような人権はないのかと、絶望と憤りばかりが沸き上がる。

 判決では、「本件暴行が体罰に当たることは明かである」としながらも、「児童福祉施設における監護、教育及び懲戒に関する措置については、学校教育法11条ただし書きのような体罰禁止の規定はない」としている。ただし、「二葉学園は、園の養護方針として体罰禁止を掲げていたことが認められるから、被告はこれに自縛され、これにより本件暴行の違法性が基礎づけられる」として、賠償を命じた。

 関係者をして「この裁判は一体なんだったんだろう」と思わしめる理由がここにある。

つまり、二葉学園がもし「体罰禁止」の方針を掲げていなかったなら原告勝訴はなく、判決文は親権代行権のある施設職員の体罰を容認する内容となっている。そして、実態を知らない人に対しては、この判決文の内容は、二葉学園がいかに子供たちの人権に配慮をし、教育に真摯に取り組んでいるか、アピールする材料にさえなる。

 判決文には、「本件暴行は、被告が原告の規則違反を注意したのに対し、原告が、これに従わず、かえって暴言を吐き、顔を近づけて威圧するなどの反抗的、挑発的な言動をとったことに誘発されてなされた偶発的なものであること」「本件暴行の態様、原告に傷害がなかったこと」「被告は、深く反省し、始末書を提出したこと」「被告園長及び被告二葉保育園も原告に謝罪及び遺憾の意を表明している」とある。

 この内容からは、どう見ても非は少年にあり、対して教育熱心な職員の姿が浮き上がる。一方、F青年と同園の卒園生は、「二葉学園では以前から、複数の職員による園生らへの暴力行為がなされており、本件は氷山の一角」と証言している。

 

●司法は誰の味方か

 F青年の陳述書には次のように書かれている(要約)。

「当時中学二年の終わり頃、僕ら五〜六人の子どもが庭でサッカーをやっていて、全員事務所の中に立たされて説教を受けた。その後、僕だけが残された為、『なんでオレだけ残すんだよ』と反発したところ、少林寺拳法をやっているM職員から関節技をかけられ、倉庫の中に引きずり込まれた。中から鍵をかけ、腹だけでなく顔も蹴られた。倒れると起きあがらせて、また殴ったり蹴ったりした。暴行後は『このことは誰にも言うな』と口止めされた。また当時、園長に事情を聞かれて説明したが、傷の具合は聞かれもせず、手当もされず、『医者にはいかなくていい』と言われた」とある。

 謝罪と反省については、園長は後日少年に「M職員は謝ったからもういい」と言ったが、職員から今だ一言の謝りもないこと。そして何より彼が傷ついたのは、少年の親を誹謗する職員の言葉だったことを、私たちはF青年の口から直接聞いた。

 また始末書については、その記載日が実際の事件の前日の日付となっており、後日、ねつ造された疑いが濃いが、その指摘を裁判官は取り上げなかった。児童養護施設内での書類のすべては学園側が握っている。対して、少年側の主張を裏付けるものは、同じ境遇にある園生と、心ある少数の職員の証言しかない。施設側は、事件の証拠を隠蔽・工作しようと思えばいくらでもできる環境にある。

 司法は、果たしてどれだけ原告の少年側に寄り添って判決を下したのだろうか。

裁判を傍聴した人の話しでは、裁判官は彼の発言中、肘をつき、鼻をほじり、暑いというふうに手で扇ぎながら聴いていたという。たった一回の発言の機会のなかで、F青年は自分の主張したいことをあまりうまく表現できなかったらしい。私たちが会ったF青年は、逞しい体格をしているが、とてもシャイな印象だった。施設では、多様な人たちとの交流に乏しいこともあって、他人とのコミュニケーションを苦手とする子どもが多いという。まして、そのような場では、大人でさえ緊張する。

 

●裁判の後に

 「厚生省家庭福祉課は『児童養護施設の体罰をめぐる民事訴訟で判決が出たのは、把握している限り初めて』としている」(朝日新聞)。

 それだけ、児童養護施設の少年が毎日の生活の場である施設を訴えることは難しい。14歳未満の子どもが裁判を起こす場合、親権者の同意が必要となるが、彼らの親権代行者は施設長である。かといって、実の親を説得することも並大抵のことではない。親は、自らが養育責任を果たせず施設に子どもを預けていることに対して、強い負い目を持っている。そのことを指摘されると何も言えない。そして、弁護士など法律の知識を持つ大人たちの支援は欠かせない。それらをクリアしてなお、課題は余りに多い。

 F青年は、彼を支援した人々の強い憤りと勧めにかかわらず、上告しないことを決めた。彼には彼の新しい生活がある。その中で裁判闘争を続けることは、かなりの負担を強いられることになるだろう。また覚悟していたこととはいえ、彼は裁判で、自身の、そして家族の、他人には知られたくないことの多くを暴かれ晒された。裁判で傷ついたのはむしろ原告である彼のほうだった。

 彼はこの裁判を始めるに当たって「(他の児童養護施設での体罰報道を聞いて)僕と同じように悔しい思いをしているんだなあと思いました。この裁判は僕の事件ですが、そういう仲間たちの為にも勝って、児童養護施設を変えたいと思います。だからそのために、たくさんの人に児童養護施設の事を考えて欲しいと思っています」と書いている。

彼の裁判は終わった。しかし今だに、閉鎖された児童養護施設のなかで、他に逃げ場のない子どもたちの人権が踏みにじられ続けている。

彼のこの想い、実りのなかったこの裁判を無駄にしない為にも、児童養護施設の抱える問題について、一人でも多くの人に知ってもらいたい。関心をもってもらいたい。


※上記の文章について、どんなことをお感じになりましたか?皆様のご感想、ご意見をお寄せください。お待ちしています。

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