関東学院女子短期大学同窓会 香葉会事務局
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香葉 NO.30 記念号
平成13年(2001年)発行

ここでは座談会の記事を読むことができます。
短大五〇年を振り返って


*座談会出席者*
佐藤 久子(女専英氈j
元広 弘子(英2)
柳生 二三(英2)
大島 好恵(女高英2)
相吉 典子(家10)
村岡 愛子(家12)
山口 佳子(国1)
岡崎 敬子(国7)
葛城 容子(国7)
井上 啓子(家26)
浦上  恵(経10)
吉田 美佳(国32)
仲良く坂田記念館見学

 短大が進化を遂げようとしている今、改めて『五〇年の歴史を振り返る』というテーマで座談会を開催いたしました。五月二十六日三春台にある「坂田記念館」にて、終始、和やかな雰囲気の中、進められました。
 『「香葉」三〇号を記念して、女専から現在までをそれぞれの時代の思い出と共に語り合って行きましょう。』という編集長の山口さんの言葉で始まり、まずは自己紹介からということでしたが、自己紹介だけでなく、思い出話に花が咲いてきました。
 女専一回生、佐藤さんは、御殿場から三春台校地に通っていたということで、「電車の中が、勉強の場所でした。」と通学の苦労もお話ししてくださいました。また、佐藤さんからの「女専は短大とは違うという意識もあったが、「香葉」に女専のページを掲載されるようになってから関わりが増えていきました。」という言葉を耳にした時、「香葉」が卒業生をつないでいく大切な役割を果たしているのだとういうことを改めて感じました。
 「四大生との交流が何よりも楽しく、学生時代をエンジョイしていました。」と語ってくださったのは、家政十二回生の村岡さんです。「新しい調理室を初めて使い、感動しました。また、短大祭では、喫茶店とおでんの模擬店を出店し、本職の方々から色々なことを教わりながら楽しくやりました。」とおっしゃっていました。また、村岡さんの話の中で家政科と英文科の合同授業も多かったということで、短大全体が学科を隔てることなく、そして四大との交流も盛んだったのだと感じました。
国文七回生の葛城さんは、「ハンソン山の校舎と四大校舎の教室移動が大変でした。」と語ってくれました。短大の校舎が室の木校地へ移転する期間の学生は、苦労されたのだということでした。休み時間中に移動しなくてはならないというのは、大変な事だったと思いました。
 「受験をした教室で、自分が授業を受けている夢をみて入学を決めました。」と、何とも運命的な体験をされたのは、経情十回生の浦上さんです。学生時代は“学友会”で活躍されていました。「卒業してから初めて短大の歴史の深さを知り、素晴らしい先輩方の存在を知りました。」という言葉には、同感しました。“香葉会”に参加し、携わっていくことで今まで知らなかった短大のことに触れられる機会を与えてもらっていると痛感しました。

 女子高二回生の大島さんは、「学生時代は、女専、短大共に在学していて、先輩方によく面倒を見ていただきました。学校全体がファミリーというような感じがしました。友達がとてもたくさんでき、先生方に恵まれていました。また、学生の時に学んだ英語は就職後も役立ちました。」と充実した学生生活を語って下さいました。



 北九州からわざわざおいで下さったのは、英文二回生の元広さんです。前日の二十五日に二回生の同期会である“さつき会”があり、その足でいらして下さいました。「学生時代は本当に楽しくて仕方がなかったです。先生を呼び捨てにするくらい仲が良かったですし、それを受け入れてくださる素晴らしい先生方ばかりでした。また“香葉会”を立ち上げるのに、毎晩会議をして相川先生にお手伝いしていただきながら頑張りました。」と“香葉会”の誕生に関わっている方の貴重な体験を聞くことができました。

 英文二回生の柳生さんは、「終戦後に大連から引き上げてきて、小学校の助手をしていましたが、勉強がしたくて、聴講生として短大に入学しました。高校の卒業証明書は、夏休みの補習でもらいました。」と終戦の大変な時期でのご苦労を語って下さいました。また、「短大に入ったときに、パーマをかけている人が多く、みんなおしゃれで、とてもびっくりしました。」と当時の短大生が流行の最先端であったということをおっしゃっていました。今も昔も若い女性はやはり流行に敏感なのだと共感しました。


 家政二十六回生の井上さんは、学生紛争終り頃、短大へ入学され、「時々、ヘルメットをかぶった人達ががいました。四大と短大の境にある門に先生が立っていました。」ということを教えてくださいました。私の中で、学生紛争というのは歴史上の事柄でしかなかったのですが、実際の話を聞いて初めて肌に感じることができたように思いました。また、井上さんは学生時代、“学友会”で会長としてご活躍なさったということで「短大祭について、名前を決めるのに、とても苦労しました。学校(関東学院)のシンボルであるオリーブの葉から“オリーブ祭り”としたかったのですが、他ですでに使われていたために使用できなくなってしまいました。そこで、オリーブの色から“Green Festival”と決定しました。今の短大祭のパンフレットに“GF○回”と記載されてしまっていますが、その前も短大祭は続いているのだという事を忘れてはいけないと思っています。」という短大祭の名前についての事実を語って下さいました。
 家政十回生の相吉さんは、「リトリートでは、学年・学科関係なく、みんなで楽しく過ごしました。また、先生方も一緒に遊んでくださいました。そして、卒業後は短大に残り、井口先生の助手として働きました。色々と苦労が多かった分勉強させていただいたと思っています。」という貴重なお話をしてくださいました。また、相吉さんの助手時代に調理室を新しくしたため、引っ越しや、お披露目会の準備などとても大変で、夜中まで頑張ったということでした。

 国文一回生の山口さんは。「学生時代をとても楽しく過ごしました。部活で混合合唱団に入り、女性がいなかったので、とても大事にされました。部活での友達が多く、四大の図書館も利用させてもらったり、充実していました。」と部活について語ってくださいました。また、四大生と一緒に休み時間に野島に泳ぎに行ったりと金沢八景の校舎ならではの体験も話してくださいました。


 「二年生になって、ハンソン山の校舎になりました。四大と短大を行ったり、来たりよく歩きました。」とお話してくださったのは国文七回生の岡崎さんです。
 思い出話を織り交ぜながらの自己紹介で、あっという間に二時間半が過ぎてしまいました。楽しい時間は過ぎるのがとても早いと感じました。

座談会を終えて
この座談会を通じて色々な事聞くことができ、みなさんの心に触れることができたと思います。私が一番強く印象に残ってるのは、「同じ学校を卒業していれば、??年の年の差も関係ないわね。みんな同じ学舎の卒業生だものね。」という元広さんのお言葉です。初めて顔を合わせたにもかかわらず、一緒にお話をしているとつい引き込まれてしまう、ずっと前からの友達というのは大げさかもしれませんが、そんな気がしたのは私だけではないと思いました。
 女専から短大、そして四大の学部へと進化していっても『人になれ 奉仕せよ』という精神が引き継がれていって欲しいと思います。そして、四大が、短大、女専を母体として進化していったということを忘れないで欲しいと思いました。また、この学校を選んで卒業して良かったと思えるような学生になって欲しいと思います。
 卒業してからもこのような座談会を開ける、何年経っても集まれる会“香葉会”が、ずっと続いていくことを願うばかりです。

文責 吉田 美佳(国32)