関東学院女子短期大学同窓会 香葉会事務局
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香葉 NO.31 最終号
平成14年(2002年)発行

ここではホームカミングデイの記事を読むことができます。
ホームカミングデーの報告

 飯田 冴子(英3)

 香葉30号の扉を開いた途端、ぱっと目に飛びこんで来た「ホームカミングデー」開催のお知らせは私にとって、青春の思い出の一巻の終りの様な重々しく淋しい集まりに思われた。
 然し、その思いは、私の新学部に関する情報不足の狭い視点からの考えだった事が「ホームカミングデー」にさせて頂いて、よく解ったのでした。
 「ホームカミングデー」に、さかのぼる事、一ヶ月前の10月29日、我が短大英文科Bクラスのクラス会が、と云っても有志会の様な十名余りの集まりが、浦賀の「高知や」ドック(船舶用)で催され、潮風吹きつけるキャビンのような会場からはガラス張りの向こうの海が、きらきら輝き、遥か対岸の房総半島が蒼く霞み、小舟が舫って、とても穏やかな景観で、しばし景色に見とれてイタリアンのお皿も持て余すほど、やがて50年前の短大生に、いつの間にか戻ってガヤガヤ楽しいおしゃべりに時の経つのも忘れて夢中……。

英文科集合…!! 〜年までの卒業生かな

若者…英文科 先生を囲んで…
矢張り、そこでの話題は「ホームカミングデー」のこと、「短大がなくなってしまい、これが最後の同窓会だから何はともあれ参加しましょ」と、10数年御無沙汰の関東学院へ私も行く気になり数人と当日の約束をしました。
 平成13年11月23日、「勤労感謝の日」で「ホームカミングデー」…… 女専や短大の卒業生がぞくぞくとチャペルに集結し入り切れない程で余りの人数にびっくり、振り向けば上段に恩師の懐かしいお顔がずらり…… やがて厳かな礼拝、続いて吉田 博学長の御挨拶、初めてお目にかかる学長の御人柄から滲み出る教育に向き合う熱意と短大を生まれ変わらせ「人間環境学部」を誕生させたご尽力の成果の自身の様なものを感じ思わず、お話に引きずり込まれ「人間環境学部」とは素晴らしい未来に輝く時代のニーズにそった希望の星であると、確信し、その母体の女子短大の卒業生の一員である事に誇りを持ちました。
 引き続きパイルオルガンのズーンと胸と突き抜ける様な心に滲みる演奏会。手際よく運ぶ総会。その後、軽食を和やかに語り合いながら戴き、次に記念撮影と盛り沢山な企画でした。
 一階では短大時代のセピア色の懐かしい写真などが並び、中庭では学生達のバザールが催され色々楽しいお土産を買って出ると竣工間近い学舎ビルが聳え建ち「四年制」「男女共学」の「人間環境学部」の存在感をアピールしている様に感じとれました。
 とりとめのない事を書かせて頂きましたが「ホームカミングデー」の一日が、私の人生にとって大変充実した思い出の日だった事を皆様にお知らせしたかったのです。

 渡辺 真紀(幼19)

 パイプオルガンの荘厳な音に包まれたコンサートのあと各科に分かれて懇談の時となった。どのくらいの人が来るのだろう。知っている人はいるのだろうか。ひとりで参加した私はドキドキしながら会場へ向かった。
 幼児教育科演習室を訪れるのは約10年ぶり。ここで空き時間に本を読んだり、お弁当を食べたりした学生の頃を思い出す。室内の雰囲気は変わっても演習室のみなさんが変わらない優しい笑顔で温かく迎えて下さり、ホッと安心緊張がほどける。「ただいま」と我が家に帰ってきたようでうれしかった。

久しぶりの讃美歌…!!
様々な年代の人の話を聞き、先生方とお話しすることができ、また久しぶりに中田先生のアコーディオンを聞き、楽しかった授業を思い出した。結局、同期の人は、たったふたりで淋しかったが、懐かしく楽しいひとときであった。
 「短大」の名は失ってもきっとそこには、“心”が残り引き継がれていくと、この会に参加して感じた。また何年か後、集まる時があるといいなと思いながら海沿いの道を駅に向かった。

 沖野 啓子(国1)

 五年ぶりの八景駅。海沿いの道をゆっくりと歩く。学生時代に通いなれた道ではないけれど、やはり懐かしい風景。こうして母校を訪れる機会を作って下さった委員の方々に感謝します。チャペルの会後、岡松先生を囲んでの国文科一期生の同期会。国文研究室での思い出や、厳しかった先生方や授業の事等、気分は学生時代のまま。でも、いつのまにかに細かい文字には、老眼鏡を取り出す世代になっていて……。寂しさはあるけれど、これも年月の流れ。短大での二年間で得たもの、友情は、これからも続くと確信した一日でした。

チャペルは集まった卒業生でいっぱいに

 古澤 愛子(国1)

 昨年十一月二十三日の短大としての最後のホームカミングデーに仙台より参加しました。
 当日記念式典の後にはそれぞれの思いを込めた多くの集まりが行われました。私達国文科一期生も有志の方が同期会を開いて下さいました。久しぶりに訪れた学校では美しいパイプオルガンの響きに触れ、懐かしい先生方のお顔を拝見し、心は一気に学生時代に戻りました。岡松先生を囲んでの同期生との再会は時を忘れる程楽しいものでした。素晴らしい会を開いて下さった役員の皆様に感謝します。これで短大としての歴史が終わると思うと残念ですが、大学としての新しい歴史の始まりと捉えて関東学院の益々の発展を祈ります。

 村岡 愛子(家12)

 昨年十一月二十三日いよいよ短大から四年制大学に移行して行く中で行われた短大祭、これを記念して“ホームカミングデー”という名のもとで卒業生全員に呼びかけた同窓会が開催されました。準備の段階で皆に楽しんでもらえる様にと思いをめぐらせておりました。開場するやなんと七〇〇名近くの卒業生が集まりました。礼拝堂は人人…で埋まり、私達裏方はサンドイッチと飲物の袋詰め配布、受付等、天手古舞で嬉しい悲鳴。会場の中は和やかな雰囲気の礼拝から始まる同窓会総会が開かれました。終わって昼食をする各科毎の場所の校舎に移動しました。香葉会の部屋の前で卒業生らしき方が立っていらしたので声をかけましたら家政科とのことでご一緒にと校庭を歩きはじめお話しした所、なんと在学中授業を受けた山下多恵子先生ではありませんか。当時の事が頭の中に浮かびとても懐かしく思いました。食事をしながら思い出話をしました。四十年近く年月が過ぎているのにあの頃のお声、お話の仕方、すっかりタイムスリップをしました。私共の年代になりますと亡くなられた先生方が多く残念に思います。お元気な山下先生にお会いでき、大変嬉しく思いました。今年は四年制大学に生まれ変わった節目の年、関東学院の『人になれ 奉仕せよ』の言葉を心に留めてこれからも益々発展して行くことを一卒業生として温かな気持ちで応援して行きたいと思います。

人生設計のエスキスのすすめ

 水沼 淑子先生(生活文化専攻主任)

 生活文化専攻に住居コースができて10年になります。今年度のグリーンフェスティバルの際に、香葉会(卒業生の同窓会)が全卒業生に呼びかけてホームカミングデーが開催されました。生活文化の卒業生も少人数ではありましたが懐かしい顔を見せてくれました。プレハブ会社に勤めていたけれどリストラで営業所が閉鎖されると悩んでいたり、大学にUターン編入したり、三児の母をしっかりやっていたりとその人生はさまざまです。女性の人生は、ある意味で選択の幅があり自由であるからこそどう生きるかを決めることが大変なのかもしれません。
 そんな時、思い出してみてください。皆さんが学んだ科目の中には、何もないところからエスキスを重ねて計画を練り、実行し作品として完成させる(更に評価を受けて反省する?)という、人生を設計し実行していく上で大切な「生きる力」を修得できるプロセスが含まれているのです。更に短大の二年間、授業に遅刻せず出席し、試験をクリアして卒業に必要な単位を取得するには「努力と根性」が不可欠で、二年間真剣に学べばおのずとそれらも身に付くはずです。
 卒業生の皆さん、在学生の皆さん、人生の分かれ道に立ったときには、身に付いているはずの生きる力を信じて、もう一度自分の人生設計のエスキスをしてみてください。きっと良い案が見つかるはずです……。
 (「室木」22号より抜粋)

『裏方裏話』

 浦上 恵(経10)

 「七〇〇人分で行きます。」と言われて、つい習慣で「ハイ!」とスグに返事をしたが、時間差でその言葉の意味を理解したワタシは思わず声を上げた。『んぁ!?七〇〇人分!?』

 「二〇〇人前後で。」という、当初の私たちの予想を遙かに上回り、七〇〇人分の軽食を準備する事になった。サンドウィッチを発注していたパン屋さんは、ビックリして店長さんから直々に確認の電話が来るというパニックぶりだったとか……。
 当日、卒業生のみなさんに配られたランチパック(軽食)をセットするというのが、ワタシたちの仕事だった。サンドウィッチとドリンクをバックに詰めるという、極めて単純で簡単な作業に思われるが、いや、思うでしょ?ところが、サンドウィッチは生モノなので前もって準備するという事は出来ないし、入場時に来てくださった方一人一人にお渡ししなければならないということから、サンドウィッチが届いてから、チャペル入口脇の狭いスペースで猛スピードで詰めましたよ。ガツガツ詰めましたよ。もう、冬も目の前だというのに、汗だくになって。(笑)

当日のサンドウィッチパック…
 はじめはムダの多かった作業も五分ほどで要領を得て、スピードUP!そのうちノってきて、更にスピードUP!七〇〇人のランチパックは、何とか無事に来場者の方々に行き渡ったのでした。

 全てが香葉会にとって、はじめての試みだったのでそれはそれはドキドキの連続だった。果たしてみなさんが来てくれるのだろうか?どうしたら学生の頃のキモチに戻ってもらえるだろうか?などなど、様々な不安と葛藤しながら試行錯誤して企画委員会は当日を迎えたのだ。
 でも、そんな心配は無用だったのだ。あんなにも沢山の方が来場してくれて、そして、学内に一歩足を踏み入れた瞬間から、学生の頃の顔に戻っていた。
 久しぶりの先生方との再会、懐かしい仲間との楽しいおしゃべり、なにより心地のよいこの空間。
 少し、様子が変わってしまったけれど、何年経っても、何十年経っても、ココは私たちの母校であり、スタート地点なのだ。それを実感した一日、まさに「ホームカミングデー」だった。