
当店は高野山の中央、小田原通りにあります。 当地では一木一草、路傍の石にいたるまで悠久の歴史を感じさせてくれます。
地名にある小田原通りと言うのも、近くにある「高室院」(たかむろいん)が豊臣秀吉の小田原攻めで有名な、小田原北条氏の菩提寺(ぼだいじ)であるところからその名が付いたそうです。
千二百年前に弘法大師.空海上人によって開かれたお山で以来、法灯連綿(ほうとうれんめん)と今日に至っています。海抜1000bの山上都市で、外八葉、内八葉の16の外輪山に囲まれて、まるで蓮(はす)の花が開いたような形の山上盆地です。古来より人々が
極楽浄土をイメージして参詣登山されたのもさもありなんといった所です。 もし弘法大師がここを開創なさらなかったとしたら、今日でも人跡未踏の山奥であったに違いないと思います。
その昔は、女人禁制(にょにんきんせい)のお山で、女の人は入山できませんでした。
明治政府の太政官布告によってそれは解かれましたが、女性がこの地に住みついてまだ百年少々ということになります。江戸時代にはもちろん女性は住んでいないわけで、子がいません。寺院は弟子に譲られ、商家は番頭に譲っていました。
当店も「古手屋九兵衛」という屋号で代々番頭が相続して私で十六代目となります。 奥の院にある代々店主の墓石群がその歴史を雄弁に語ってくれます。
私の曾祖父が現在の「中本名玉堂」(なかもとめいぎょくどう)と変名して、以来世襲となりました。昔はその名のとおり古物を扱っていたようですが、名玉堂となったときは
数珠の玉を意識してのネーミングで、もちろん数珠がメイン商品になったようです。
時代の変遷と共にその形態も変化して今日は、仏具、おみやげ品と商品数もボリュームアップされ、| 「【品物と共に満足を買っていただく店】」をモットーとして
『通信販売部』も充実し、お客様にお喜び頂けるよう心がけております。
ご愛顧の程、お願い申し上げます。 店主敬白
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店内の様子 収容450人 写真をクリックすると大きくなります。
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![]() 2F テーブル席 |
![]() 2F お座敷 |
![]() 3F 広間 |
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高野山精進料理(とうふグルメ)
(A) 常 楽
¥1,260
(B) 宝 珠
¥1,575
(C) 伽 藍
¥2,100
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![]() 巡拝そば定食(ごま豆腐付) |
松花堂(ごま豆腐入り) |
幕の内弁当 |