ラグビーまめ知識
その1 ラグビー or サッカー
なぜ ラグビーは手でボールを運ぶのにフットボールなのか?
ラグビースクールでは、ラグビーの技術だけを磨いているのではありません。
スクールですから、当然、学科試験もあったりして・・・なんてことは冗談です。
でも、知っておいても損はない、ラグビーに関する話題を掲載してまいります。
第1回目は、その謎に包まれたそのルーツなど(ちょっと、長いけどおつきあいください)
ラグビーは”Rugby Football”(ラグビーフットボール)と呼ぶのが正しい
「えっ? フットボール? 手でパスしたりトライするスポーツなのに?」という疑問が起こりますよね。
それに「ラグビーにも『ハンド』と呼ばれる『手でボールを扱ってはいけません』という反則まである」と、いうと大半の人が「???」となってしまいます。
でも、「アメリカンフットボールだって、フットボールっていうでしょう」というと、ほとんど人が「そういえば、そうですねえ〜」と半信半疑ながらも納得したりします。
勇気ある反則行為
一般にはラグビーは、1823年にイングランドのパブリック・スクール(イギリスの全寮制中高一貫のエリート私立校)であるラグビー校で、フットボールの試合中に興奮した“エリス”という少年がルールを無視して、相手チームの蹴ったボールを手で抱えて敵陣めがけて走り出したプレー〜勇気ある反則行為〜から生まれたスポーツである、と言われています。
ラグビー校には現在でも、エリス少年の常識を覆した勇気を称える碑があり、世界中のラグビー関係者が聖地と仰いでいるのですが、このとき、エリス少年が犯した反則とは、ボールを手で扱ったことではなく、「ボールを持ったまま相手陣へ走りだした」ことなのです。(当時のフットボールでは後述のようにボールを手で扱うこと自体は許されていた)
でも、この前代未聞の反則は、先輩・後輩の上下関係の厳しいパブリックスクールでは、「おうおう、エリスよ。ちょっと放課後、裏庭に顔出せよ」ということになりかねないものだったと思いますが、このときのエリスのつっぱった行動は、見ていた少年たちを、興奮のルツボに陥れたのです。
「エリス〜、メッチャ、カッコいい〜やん!」と・・・。
確かに、反則行為によって自らの名前と学校の名前を歴史に残すなんて、エリス、君はカッコいい!
当時のフットボールのルール
当時のフットボールは、パブリック・スクール毎にルールが異なっていました。
もともと、交通の便が悪かったため、学校同士の対抗戦という概念はなく、同じ学校の寄宿舎(寮)同士の対抗戦として行われていました。(ハリー・ポッターに出てくる”クィディッチ”みたいなものですね。)
ルールは先輩から後輩に受け継がれており、明文化した統一ルールの必要性はまったくありませんでした。
それでも、どの学校でも最低限共通するルールとおぼしきものがありました。
1.ボールを手で扱っても構わないが、ボールを手で持って走ることは禁止。(ただし、地面にあるボールを手で拾い上げてはいけない)
2.スクラムのような密集の中で、押し合い、へし合いしながらボールを奪い合う行為は許されていた。(福岡市筥崎宮の玉せせりみたいですね。)
3.ゴールポストの中にボールを足で蹴りこむことによって得点が許されていた。(当時は最下級生二人がポスト役で立たされていたとか・・・)
このように黎明期のフットボールは、ラグビーとサッカーの要素を併せ持っていたのですね。
ラグビー校VSイートン校
「手でボールを持って走れること」は、やがて、1843年にラグビー校におけるフットボールの正式なルールとなり、ラグビー校の多くの卒業生たちが進学したケンブリッジ大学やオックスフォード大学などイングランド各地の大学でも採用されるようになりました。また、その大学の卒業生たちが、ロンドンなどでクラブチームを作り、ラグビー校式のフットボールを広めていきました。
しかし、イギリスで、ハーロウ校と並ぶ超名門パブリックスクール イートン校では、1847年に「手でボールを持って走ること」と「ボールを持った相手のすねを蹴り上げて、ひるんだ相手からボールを奪い取ること」を禁止するルールを制定しました。「手でボールを持ち込むのが何でフットボールなんじゃい!」という表向きの理由のほかに、イングランドの片田舎の新興パブリックスクールの卒業生なんぞにデカイ顔されてたまるか!というのが本音だったようです。意地と意地のぶつかりあい、いってみれば開成高校VS灘高校みたいなもんですかね。
後述の統一ルール策定の際にも、台頭するラグビー校式のルールがスタンダードルールとならないように、イートン・フィールド・ゲームとして現在まで脈々と受け継がれているイートン校独自のフットボールのルールに固執することなく、「手を使わない」という一点にのみ絞り、統一ルール作りの多数派工作をしていたことからも、伝統校としてのプライドと危機感が伺えます。
当時のフットボールのゲームは、どのようなルールで行うか、双方のキャプテンが相談して決めていたのです。中には、前半はイートン校式、後半はラグビー校式でなんていう試合もあったそうです。レフェリーの存在もなかったため、細かいルールはキャプテン同士で話し合って決める、試合が始まったらキャプテンがすべてを仕切る〜キャプテンシー〜というラグビー独特の文化が見え隠れしますね。
アソシェーションとユニオン〜二つのフットボール協会
いろんなパブリックスクールの卒業生がいろんなフットボールのルールを主張するようになったので、1863年、ルールを統一し明文化して、「どのチームとでも簡単に試合をできるようにしようじゃないか」と、イートン校など11の学校やクラブが集まって、フットボール協会(Football
Association)がつくられました。そして、できあがったのがアソシエーション式フットボール(Association
Football)です。
サッカー(Soccer)というのは、この Associationの”ssoc”から生まれ、ラグビー校式フットボールをする人をラガー”rugger”というように、もともとは”アソシエーション式フットボールをする人”という意味で”er”をつけたものです。 つまり、プレーヤーを表す言葉で、スポーツの名称を表す言葉ではありません。 「サッカー」という名称は、主に日本や中国、韓国などの東アジアとアメリカ、カナダなどの北アメリカ諸国などわずかな国で用いられているに過ぎず、イギリスを始め、世界中の大半の国々では単純に”フットボール”で通用します。
イートン校には現在でも、イートン・フィールド・ゲームと呼ばれる当時からの伝統的なスポーツ(サッカーにラグビーのスクラムを取り入れた独自のフットボール)が脈々と受け継がれているそうです。 もし、イートン校が、ラグビー校式フットボールに、席巻されないよう多数派工作を画策せず、「フットボールとは”イートン・フィールド・ゲーム”なり」と、いうことに固執していたら、サッカーの今日の繁栄もなかった、あるいは、現在では超マイナーなイートン式フットボールがサッカーよりも世界中で愛されていたかも知れない?
いえいえ、今となっては、神のみが知ることですね。
この統一ルールの中で、「手を使わない」項目が設けられたため、これに納得できないラグビー校出身者の多いオックスフォード大学などの20チームが、1871年、ラグビー校式フットボールとしての新統一ルールを設け、協会(Rugby
Football Union)をつくり、翌1872年に、聖地ラグビー校のグラウンドで、新統一ルールでの初めての試合ケンブリッジ大学VSオックスフォード大学戦が行われました。
ラグビー部はサッカー部?
ちなみに、わが国ラグビー最古の歴史を誇る慶応義塾では、ラグビー部は「蹴球部(1899年創部)」、サッカー部は「ソッカー部(1921年創部)」というのが正式名称です。また、早稲田大学では、ラグビー部は「ラグビー蹴球部(1918年創部)」、サッカー部は「ア式蹴球部(1924年創部)」が正式名称です。
どちらの大学でも創部はラグビー部のほうが古いようですが、このネーミングが、当時のフットボール界の混乱というか、様相を表しているようで興味深いものがありますね。当時の大学には、わが国にはじめてラグビーを紹介したクラーク教授をはじめ、ケンブリッジ大学やオックスフォード大学から多くのイギリス人の教授を招いていましたから、彼らが慣れ親しんだフットボールといえば、ラグビー校式しかなかった、ということなのでしょうか。サッカーのほうは、といえば、イギリス海軍のダグラス少佐がラグビーよりも20年以上前に、日本に紹介していましたが、スポーツというより軍事教練の一環として広まったものの、平安貴族の蹴鞠(けまり)を連想させ、「女の子のお遊びで、男子のすべきものではない」とか、評判は散々で、男尊女卑の風潮と軍国主義に突き進む時代の流れの中で、一般にひろがるのは遅れてしまったようです。
それでも、なぜ、ラグビーはフットボールなのか?
ラグビーでは、手でボールをゴールライン内に持ち込むと、サッカーのように”ゴール(Goal)”ではなく、”トライ(Try)”と呼びます。
その後、持ち込んだ地点から、タッチラインに平行に下がったところからゴールキックをします。
かつてのルールでは、トライだけでは、得点をあげることができず、トライの後のゴールキックが成功して、初めて得点になったのです。
そういう意味で、トライは、ゴールキックを狙うための「試み(Try)」に過ぎない、ということです。
ノートライのチームがペナルティキックだけで勝利するなんてこともあるのですから。ボールを蹴らなければ得点にならない、という意味では、ラグビーはやっぱりフットボールだったのです。
ラグビーが先か? サッカーが先か?
ということで、結論。
どちらもルーツは同じだから、この議論は意味をなさないのです。
協会ができたのはサッカーが先ですが、この時点でも行われていたサッカーのルールでも内容的には限りなくラグビーに近いものだったようで、サッカーが完全に手を使わないルールになるのは、1873年になってからだという説もあります。ゴールキーパーが手を使えるようになったのは1871年からですが、なんとボールを持ったままハーフラインまで出てもよい、というようなものだったとか。
確かにラグビーはフットボールと呼ぶに値する歴史をもつスポーツであることはわかりました。
でも、キックだけで試合が決まってしまうラグビーの試合を、勇気ある反則を犯してまで、このスポーツの歴史に名を残したエリス少年は天国からどんな気持ちで見つめているのでしょうか?
(2004.4.4 不乱家記す)