2002年12月24日
今月のあれこれ(7)

◆今年の10月に行われた行政書士試験の一般教養試験に漢字の正誤
を問う問題があったのだそうだ.その中の2題「成功を収める」と
「事務を執る」で,出題者は「納める」「取る」を誤りとしていた
のだが,そういう表記を認めた辞書が存在することが判明したため,
試験を実施した (財) 行政書士試験研究センターは12月17日,この
2題は不適切な問題であったとして受験者全員に正解に相当する2
点を配点すると発表した《読売新聞 12/17》.どんな辞書なんだ,
それは.そういう表記をするくらいなら,ひらがなで「おさめる」
「とる」と書いたほうが良いと思うがなあ.

◆同じく12月17日の読売新聞から,嘘のつけない男の話.先月11月
27日午前2時50分頃,岡山県瀬戸町沖のコンビニ「サークルK岡山
瀬戸店」が強盗に襲われた.アルバイトの青木成浩店員は顔を殴ら
れた上,粘着テープで両手足を縛られレジから売上金など65万円を
奪われた.さらに犯人は,犯行時間帯の防犯カメラのビデオテープ
1本を盗んで逃走した.警察の調べに対して青木店員は,口ひげや
体型など犯人の犯人の特徴を証言し,これを基に似顔絵が作成され
た.この似顔絵が実物によく似ていたため,翌日あっけなく岡山市
の会社員,茅原日出夫容疑者が犯人として逮捕されたのだが,実は
青木店員と犯人は共謀していた事が判明した.わざわざ防犯カメラ
からテープを外しておきながら,どういうわけか青木店員は,茅原
容疑者の特徴を包み隠さず証言してしまったのである.久しぶりの
全身脱力系オマヌケ事件だった.

◆企業の犯罪を告発した者を保護する公益通報者保護制度の内閣府
の案の骨子が12月17日,国民生活審議会の消費者政策部会で明らか
にされた.この案は色々と問題含みなのであるが,その一つは内部
告発の通報先として企業内部と主務大臣だけが明示され,報道機関
や消費者団体が挙げられていないことである.つまり社内のことは
社内で始末しなさいということ.これでは,社長など経営トップの
犯罪を告発できるわけがない.報道機関に告発すれば,会社の信用
を失墜させる行為を行ったとして就業規則違反で解雇されても,法
で保護されないことになる.
 和歌山県白浜町の動物園「アドベンチャーワールド」で1999年4
月にタイ人飼育員の調教を受けたアフリカ象(同年12月に死亡)の
調教映像を,同動物園飼育員の川野文明さんがテレビ局に持ち込み,
2001年1月にテレビ朝日系列の報道番組「スクープ21」で放映され
た.その映像には,眉間や脚を鋭利な槍で突かれたり,脚に鎖を巻
かれて転ばされたりする象の姿が写っていた.
 放映後の2月,「守秘義務違反」と「信用失墜行為」で川野さん
は解雇されたが,2001年4月,職員の地位保全を求めて和歌山地裁
田辺支部に仮処分を申請した.しかし田辺支部は,メディアに告発
する前に県や動物園団体などに訴えるべきだとしてこれを却下した.
また大阪高裁も抗告を棄却した.
 ここでは象の調教方法が残虐であったかどうかは触れない.問題
は,川野さんの申請した仮処分が認められなかった理由から推測す
ると,現在の司法判断では内部告発の通報先として報道機関が認め
られていないように思われることだ.前記の公益通報者保護制度に
関する内閣府の案は,これを確立させることになる.県や動物園団
体などに訴えるのも良いとは思うが,報道機関に通報するのがなぜ
悪いのか.
 川野さんは奇しくも上記内閣府案が発表された前日の12月16日,
従業員としての地位確認と解雇後の未払い賃金の支払いを求め大阪
地裁に提訴した.この裁判の結果が注目される.

◆『休日には散歩など』に2002年3月11日に掲載した「山下臨港線
プロムナード」の中で,私は童謡『赤い靴』のことに触れた.この
歌で野口雨情が女の子のモデルとしたとされる「岩崎きみ」という
名の少女の生年についてである.サイト検索すると,明治35年生ま
れとするものと同37年とするものがあって,どちらが正しいのだろ
うと書いた.
 昨日,清水義範の新刊『はじめてわかる国語』を読んでいたら,
その「第七話 あの歌はこんな意味だった」に,岩崎きみちゃんに
ついての詳細が書かれていた.この本は雑誌『小説現代』に連載さ
れた文章をまとめたもので,第七話は今年の六月号に掲載されてい
たのだが,私は見落としていた.
 さて著者は『赤い靴』の背景にある物語を書くにあたって,東京
麻布十番にあるメンズ・ショップ『ローリエ・ヤマモト』のサイト
を参考にしたと書いている.私もこのウェブ・データを読んでみた.
どうもこれが最も信用できそうな資料という印象である.
 これによると,岩崎きみちゃんは明治35年7月15日,静岡県清水
市の生まれで,亡くなったのは明治44年9月15日である.そうする
と,明治37年生まれだとする幾つかのサイトが根拠にしている,清
水市の“「赤い靴」の女の子母子像建設委員会”が母子像に記した
文章の信憑性がどうか,ということになる.これがそもそも誤って
いるのか,あるいはこれを引用したサイト作者が誤記したのかは,
実際に清水市の日本平にある母子像に行って確かめる必要があるだ
ろう.機会をみて出かけて調べてみようと思う.


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