ジャズ・フュージョンとの出会い |
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「ジャズCDの個人ページ」by K. Kudo
現在に至るまで、音楽(ジャズやフュージョン)とどういう関わりだったかを軽く書いてみました。
ごく普通の小学生で、特に歌や音楽に強い興味を持っていた時代ではありませんでした。オルガンは家にあったけれどほとんど弾いていません。ピアノをやりたかった時期もあったのだけれど、家ははっきり言って裕福ではなかったため、あきらめました。小学校3年から5年にかけて小学校の鼓笛隊に入っていて、笛 (リコーダー)を吹いたりしていたので、そこが音楽とのはじめての強い接点だったのかもしれません。さすがに笛は、多少うまくなりました。
中学生時代最初にギターを買ったのが、中学1年生のとき。父親にギターが欲しいと言ったら、何を勘違いしたのか、クラシックギターの、しかも思いっきり安いものを買ってきたのでした。6000円ぐらいのもの。ネックは 反るし、まわりはみんなフォーク・ギターだったので、何となく違うな、と思いつつギターを練習していました。その2年後には、ヤマハのフォーク・ギターを購入。5万円のものだったので、中学生にしては贅沢だったと思います。
昔は、フォーク・ソング(まだニュー・ミュージックという言葉はなかったので)が好きな少年?でした。井上陽水、吉田拓郎、かぐや姫、アリスなどの曲を聴いたり弾いたりしていました。この頃から平均して1日3時間ぐらい楽器をガチャガチャ練習するようになります。なぜか当時はグループを組んで演奏するというのは珍しかったので、学校の文化祭などで人前で演奏したりして、何度も恥をかきました。 歌うのは苦手で、楽器の演奏の方に興味がいきます。
中学時代に、フェルナンデスのプレシジョンタイプのベースを購入。当時はエレキベースは今ほどには普及していなくて、雑誌の「BASSマガジン」もなく、ベース譜というものがほとんど見当たらず、ラジカセでベースの音を聴いてコピー(採譜)に明け暮れていたような気もします。とにかくフォークソングに染まっていた中学時代でした。
友人がソウル・ミュージック(中学生ですがけっこうマセた人でした)が好きだったので、その友人からスリー・ディグリーズやコモドアーズなどのレコードを借りたり、ジャズ(クロスオーヴァー)とのはじめての接点となる「ボブ・ジェームス2」(CTI)を聴いて衝撃を受け、何度も聴き返したりしたのもこの頃 です。
ただ、中学3年生の時は高校受験で、3年生の後半では音楽を演奏する方からは遠ざかっていたように思います。
この時期に安かったですが、コンポーネント・ステレオを購入。現在のシステムから比べるとしょぼい音でしたけれど、ラジカセよりずっと良い音には違いなかったので、音楽を聴く時間が増えたような気がします。
高校時代もフォーク・ソングのクラブに入っていましたが、ニュー・ミュージックが流行りはじめ、必然的にフル・バンドの編成になっていき、ベースで参加することが多くなってきました。当時は風やオフコースの曲などをよく演奏していたと思います。ヤマハのギターは高校時代に学校で盗難にあってしまいました。
このあたりから好みがはっきりしはじめ、ニューミュージックやフュージョン(当時はクロスオーバーと言っていた?)が好きになりました。洋楽系では、ボブ・ジェームスはもちろん好きだったかも しれませんが、あまりジャズは聴いていなかったと思います。その他に好きだったミュージシャンを思い出してみると、サイモン&ガーファンクル(それぞれがソロになってからを含む)、マイケル・フランクス、スティーブン・ビショップ、ジャクソン・ブラウンなどです。友人たちの間では、ディープ・パープルやレッド・ツェッペリンなどのハードロックや、イエス、ピンク・フロイドなどのプログレッシヴロックがよく話題にのぼっていました。ジャズ(クロスオーヴァー)も20枚程度はLPを持っていたような気がします。でも、その程度。 そして、大学受験のため、高校3年生の1年間は、再び楽器から遠ざかる事になります。
大学入学直後にマーチンのギター(D-28)(写真上)を購入。昭和55年のことなのでずいぶん昔。シリアルNo.409470。残念ながら、購入後、ベースの方に関心が移ってしまい、昔ほどには弾かなくなりました。ですから今でもキズがほとんどありません。(注)98年暮れにギターケースを明けてみたら、なんとカビだらけ。これで売れなくなってしまった。トホホホホ。
フェンダーのジャズベース(メイド・イン・USA)(写真中)は大学2−3年頃の購入。まだフェンダージャパンがなく、値段も今より高かったと思います。当時はいろいろなところに顔を出していて、自分の通っていた大学だけでなく、よその大学や高校時代の友人達と、3つぐらいバンドの掛け持ちをしていたこともあります。大学ではフュージョン中心のサークルに2年間ぐらい在籍していましたが、
音楽的な指向性が合わないような気がして、退部してしまいました。ジャズ、ロック、ニューミュージックと、なんでもやっていたような気がします。
ジャズベースはなぜかネックのスチール・ロッド(ネックを通っている鉄心)を折ってしまい、その修理の時に指板の張り替えもしなければならなかったのが少々残念でした。またピックアップをEMGのアクティヴ・ピックアップに変更、ブリッジもバダスのものに変更と、大改造してあります。おかげでチョッパー奏法の時の音が良くなりました。(オリジナル指向の方から怒られる?)
特に高校時代からの仲間たちと、ニューミュージック系ですが、4人(時に5−6人)で「ANOHER SIDE」というグループを結成。全曲オリジナルで40曲弱持ち曲ができました。曲はニュー・ミュージックの域をはみ出して、自分で言うのも何ですが、アマチュアながらけっこうレベルが高かったと思います。誰かにその時代のテープを聴かせたい衝動に時々かられます。(’83年から社会人になった’88年あたりまで断続的に7回コンサートを行ないました。)
この頃を思い出すと、フュージョン(まだクロスオーヴァーと呼ばれていた時代かどうかはっきりしません。)のサークルに入っていたこともあって、カシオペア、カラパナ、増尾好秋らの曲もコピーしていた記憶があります。ニューミュージックもいろいろ聴いてあるいは演奏して、とにかく音楽三昧の4年間を過ごしました。この時代ジャズやフュージョンはかなりランダムな聴き方をしたので、あまり印象に残るミュージシャンやアルバムがありません。いちおう大学の授業はけっこうまじめに出ていたので、念のため。
某一部上場の機械メーカーに就職。やはり友人達も忙しくなったり、全国に散らばっていく時期なので、演奏の方もだんだんライヴやスタジオ入りができなくなりました。わたしも就職当初一年間 は、転勤のため自宅を離れて仙台に住んでいました。
この頃にCDプレーヤーを購入して、それまでのLPを全て処分(といっても大した枚数ではありませんでしたが)、本格的にジャズを聴くようになります。もともと何でも集めてしまう性格なので、ビル・エヴァンスからはじまって、マイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーンというように、ちょうとCDが発売されて3年ほどたったあたりからまとまってジャズの有名盤が発売されはじめ、どんどん買うようになります。他には、クリフォード・ブラウン、ハービー・ハンコック、デクスター・ゴードン、エリック・ドルフィーなど。当初はオーセンティックな50−60年代のジャズばかり聴いていました。もっともCDではまだマイナーなものが少なかった時期です。当時はCDは3,800円のものもあり、それが3,500円、3,200円と値下がりしていきました。まだ消費税の無かった昭和時代。けっこう高い買い物でした。本格的なジャズという音楽との関わりは’83年からということになります。今はあえて、当時よく聴いていた’60年代以前を中心に活躍したミュージシャン特集をホームページに掲載するのは避けています。
社会人2年目くらいでチューンのフレットレスベースTB-043(写真下)を購入。36フレット(フレット自体はありませんが)のあたりまで指板があり、通常のピックアップがなく、弦の振動を拾うピエゾ・ピックアップのみなので、アコースティックベースとエレキベースの中間の様な、独特ないい音がします。お気に入りのベースです。実はこれで4ビートジャズをやってみたい気もしたのですが、何せ時間がなくなってしまい、結局できずじまいでした。
25歳ぐらいまでは時々友人とスタジオに入ったり、ライヴをしたりしていましたが、仕事が忙しくなり、その後は楽器にほとんどさわらない生活が10年以上続いています。ときどき友人の結婚式などで演奏しましたが、昔ほどには弾けなくなっているのが残念です。
ジャズ/フュージョンにハマった理由というのは、何なんでしょう。「影響を受けたアルバム」によく聴いたアルバムを1つずつ増やしていっていますが、1.ジャズの洗礼を受けていなかった時代から、こういう音楽をカッコよく思っていたらしい。メロディや和音などに複雑な要素と渋さがあって、そういうものにあこがれを感じていたこと。2.バンドを組んでいて、そう腕の立つほうではなかったですが、練習の合間にアドリブ合戦のようなものをやっていて、アドリブで皆の息が合ったときの爽快感が忘れられなかったこと。オリジナルなども自由奔放に作っていったら、だんだん複雑に個性あふれるものになっていった。(と言っても素人のレベルではありますけれど)ということもあり、十分に土壌はあったような気がします。
ジャズを聴きはじめた当初は’50年代のハードバップから入っていきましたが、何だかイメージしたものと違ってメロディアスであり明るい。ソロもあまりアウトせずに、コード進行もきっちりした感じ。イメージでは、もっと暗くてスリルがあったような気がしていました。聴き込んでいるうちに、ジャズに対するもともとあったイメージというのは、’60年代前半のマイルス・デイヴィス(黄金のクインテット時代)やジョン・コルトレーンのインパルス前期のようなものだったことがわかりました。当然のことながら、その方向にCD収集が走っていくことになります。
CDの発売枚数がLPを追い越して、CDの発売点数も増えていきます。まだ’86年あたりはCDとLPと同時発売のものも多かったように記憶しています。比較的マイナーなものも豊富に出はじめます。
徐々にですが新譜に目が行きはじめ、その時にジョン・スコフィールドやECMレーベルなどを購入するようになりました。ECMについては’88年頃から国内盤CDは全て買ってみようと良からぬ?事を考えましたが、すでに廃盤になっていて手に入らなかったものもあります。’88年頃にスティーヴ・コールマンのアルバムを聴いてショックを受け、それからM-BASE関係のミュージシャンも聴きはじめました。何たって変拍子ファンクあるいは変拍子ジャズです。しかも「テイク・ファイヴ/デイヴ・ブルーベック」のような単純なリズムではありません。友人にもこの手の音楽が好きなのがいて、数人で聴いてノリまくっていた光景も。当時は行き当たりばったりの購入だったので、スティーヴ・ウィリアムソン、ケヴィン・ブルース・ハリス、ロニー・プラキシコなどのアルバムを買い逃しています。
気にいったミュージシャンのリーダーアルバムは評価など気にせずに出たものを購入してしまう性格が幸い(災い)してか、現在ホームページでミュージシャン別のCD特集が組めるに至ったわけです。最近は追いきれないのでやめてしまいましたが、ビル・エヴァンス、ジョン・コルトレーン、エリック・ドルフィーについては、 サイドメンとしての参加アルバムまで手を出していました。
’89年頃から某資格試験の勉強をはじめて、プライベートで音楽を聴く時間がほとんどなくなってしまいました。それでも多少控え目ながらも一定のペースでCDを購入していたので、その当時のCDは1回しか聴いていないものも多いかもしれません。受験生活をはじめたときによく聴いていたのが、ECMの「ザ・ポール・ブレイ・カルテット」(メンバーはポール・ブレイ(P)、ジョン・サーマン(Ss、Bcl)、ビル・フリゼール(G)、ポール・モチアン(Ds))でした。静謐な中に鋭く研ぎ澄まされた感性のぶつかり合いが脳に染み込んで行くといった感じの フリーなサウンドで、とっつきにくいこのアルバムをどうして繰り返し聴いていたのかよく分かりませんが、その時の先行き不安な気持ちが音楽の嗜好に投影されていたのかもしれません。今でも、このアルバムあるいは同じメンバーで録音された「フラグメンツ」をどう皆さんが感じるかで、私とある面で好みが似ているかどうか 、分かるのではないかな、と思っています。
’90年に会計事務所に再就職しました。受験勉強をしながらの生活は、夜間や休日を含め、時間がない。しかし独身だったので、安月給(ホントに安月給でした)にもかかわらず自分である程度お金を使えたため、この時期かなりCDやLDを買い込んでいます。また、オーディオ装置のうち大部分を買い換えたのもこの頃です。といってもそれほど高級な装置ではありませんけれど。結局この時期は、本を読みながら、また勉強の題材の暗記をしながらジャズやフュージョンをBGMとして聴いていることが多くなります。
少しずつではありますが、購入するCDは新譜の比重が高くなりました。この時期、ちょっと50年代白人女性ヴォーカルにもちょっとハマりました。しかし、やっぱりあまり良く分からず、好みが変わって聴かなくなったCDをほとんど処分しています。
この時期に結婚をして、子供ができて、某資格試験に合格して、ジャズ熱はおさまり...ませんでした。さすがにオーディオ装置は一部を除いて今でも結婚前のままです。そこまで余裕はありません。小遣いも当然少なくなったので、 他を節約してできる限りCD購入にまわす努力もしました。結婚直後の家の建て替え(2世帯住宅です)の時に、念願の、防音がある程度できる部屋(リスニングルームというほどのものではありません)というのを作り、夜中でもあまり音を絞ることなく音楽が聴けます。
だいたいどこの家でもそうでしょうが、ジャズを聴くのは私だけ、しかもフリー系やM-BASE系など、わけの分からなそうなものも多いため、まあ、文句を言われないということだけでも配偶者を良き理解者だと思います。子供達が大きくなって、私の聴いてきた音楽を好きになってくれるといいのですが、今の状態では可能性は低そうです(笑)。 でも、スウィングガールズのビッグ・バンド・サウンドは好きみたいなので、まだ脈はあるかな?
ホームページを立ち上げてからは、ホームページを意識した収集になってきました。リストを作っていて、抜けているところがあるとそれを購入することもあります。また、輸入盤比率も高まってきます。ただし、 廃盤などで手に入らないものもあり、全部集まるわけがありませんので、そのままにしておくところも多いです。あせってコンプリートをめざさなくてもいいでしょう。
CDの正確な枚数は数えていませんが、’98年の末あたりで2,500−600枚ぐらいでしょうか。今は手持ちのCDを全部掲載することはあきらめ、ひたすら新譜CDを追いかけています。「ジャズCDの個人ページ」というホームページ名は今でも時々ダサいな、と思うのですが、読んで字の如しなので、このままやっていこうと思っています。いつの間にかホームページとしては古株の方になってしまいましたが、これからもよろしくお願いします。
このホームページに記載されている内容の無断引用・無断転載・編集等を禁じます。©1997 Kazuyuki Kudo
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