酢酸カーミンとコチニール色素
授業の後で、「色素の酢酸カーミン(carmine)にでてくる「酢酸」と、授業に出てきた「酢酸」は同じですか?」という質問がありましたので調べてみました。
酢酸カーミンというのは細胞の核・染色体の染色に使うので有名なのですが、カーミンという色素0.5gを、45%の酢酸100mlに溶かしたものです。
「酢酸ナトリウム」などといった場合は、酢酸という酸と水酸化ナトリウムの中和反応で生成する「CH3COO-Na+」というイオン性の化合物であるわけですが、「酢酸カーミン」というのは、化合物ではなく、酢酸農水溶液を溶媒とするカーミンの溶液、ということです。初めて出会うときには、少々紛らわしい言い方かもしれません。化学系の分野で先に使われていたのなら多分、「カーミン酢酸水溶液」とでも言っていたのだと思います。
ここまでは、生物分野における私の知識です。ここで、広辞苑を引いてみたのですね。ここからが、「発展的学習」とでも言いましょうか、の始まり。
カルミン【karmijnオランダ】
中南米の砂漠地に産するサボテンに寄生するコチニール虫(エンジムシの一種)の雌の体から製した鮮麗な紅色の色素。その成分であるカルミン酸はアントラキノン誘導体である。日本画の絵具、赤インクの製造または飲食物の着色、また、友禅染の染料、化粧料に用いる。また生物学などで組織染色に使用。洋紅。コチニール。カーミン。
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]
カーミンが「サボテンに寄生するエンジムシから採取精製された赤色色素」というのを見て、私の頭の中で「カチッ」と音がしましたね。「これはコチニールじゃないか!」とね。かつて明正高校で生活化学の授業をしたときに、食品添加物の授業も行ったのです。そのとき、コチニールについては結構勉強したのです。コチニール色素というのは天然着色料として食品添加物として使用されています。夏のアイスでピンクのものがあったら多分コチニール。成分表示を読んでみてください。当時のプリントも手元にありますが、今回はネット上のサイトを紹介します。
http://homepage3.nifty.com/KOMBU/nutrient/nutrient_21.html
何カ所か引用します。とても詳しく書かれていますので、ぜひ実際見に行ってください。
中でも「コチニール色素」は、原料が虫であることもあり、嫌がられています。
虫だから嫌だという感情的なことでコチニール色素のものは絶対食べないという意見をよく目にしますし、私の方にもそういった内容のメールが良く届きます。
「えんじ色」って聞いたことがありませんか?コチニール虫とは「えんじ虫」のことです。紅蟲、臙脂蟲、ラックカイガラムシ とも呼ばれます。
他のHPでも書かれていました。”原料が虫だということで、いやがる人がいますが、これは「虫差別」の一種です。”
コチニール色素の歴史は非常に古く、古来インカ帝国の時代よりこの色素を洋服や装飾品の着色に使用されてきました。
また、カンパリという有名なお酒の着色にも古くから使用されてきました。
色素の原料が虫だからとか、アレルギーがあるというのは感情論に過ぎません。
アレルギーが起こったのはコチニールから色素を取り出す作業員たちに起こったもので、「職業病」喘息です。
前述のように現在は問題点は克服されています。
不確かな情報に惑わされないように心がけましょう。
すこしの人でもこのHPを読んで、コチニール色素が入っているといってなんでもかんでも倦厭するする姿勢を改善してもらえたら本望です。
http://www.kiriya-chem.co.jp/tennen/cochineal.html
http://www.eiken.city.yokohama.jp/food_inf/data/Additive_back/iro_21.html
公平なサイトです。↑
http://www.eps4.comlink.ne.jp/~kumagai/gotaku/kotini.htm
コチニール (1998年8月 著)
S氏に頂いた「食品知識」のメールで思い出したことです。「コチニール色素−天然着色料−菓子等」と言うのがありました。
戦国武将が陣羽織、マント等に好んで使用した色に「赤」があります、その赤色は猩々(ショウジョウと読みます)の血液で、矢玉を避ける能力が有ると考えられていました。この猩々と言う動物は、中国の想像上の獣で形が猿に似ていて顔は人にそっくり、酒が大好きと言う雷獣です。(まるでS氏にそっくりな動物です)
長い間、猩々の血液と言われていた赤い色素が何であるのか分からなかったのですが、近年研究の結果コチニール色素だと言うことが判明しました。コチニールと言うのはメキシコ付近(中南米)の砂漠にあるサボテンに付く貝殻虫のことです。今から500年ほど前に、中南米の貝殻虫から取れる色素を使っていたのは驚異ですね。
今ではジュース等の赤色&茶色系の着色の殆どがコチニールになっています。(清涼飲料水の表示ラベルをみて下さいコチニールと書いてあります)コチニール着色の食物を摂ると、車に当たらないと言う新しい信仰が生まれますかね・・!?
http://homepage1.nifty.com/celt/cochinealhistry.htm から
コチニール(Dactylopius coccus Costa )
カイガラムシ属(COCCIDAE)
コチニールはメキシコでスペインによる統治以前からあった伝統的な赤い染料です。この貴重な染料の元は植物ではなく、植物の栄養分を吸収して生活をする昆虫から採取されます。その植物である寄主植物とは「ヒラウチワサボテン」(platyopuntias)と言い、その平らになっている葉の表面で生活しています。 学名はオプンチア属ノパル種(nopales)。その昆虫とは深いえび茶色の染料を生成し、体液や組織の間にこの染料を貯蔵しているカイガラムシです。初期ミステカインディアンは日頃から服装の色に関して社会的地位に特に敏感な文化なので、この赤い染料を特に必要としました。それは色がいつまでも退色しないものを必要としました。また、ミステカ族は赤が日暮れ色に変わるコチニールと共に従来から豆科植物に由来するインジゴも特に使用していました。
カイガラムシは移動しない生き物です。サボテンの葉の上で雌は親のまわりに集団で生活します。 何匹かの新しい雌が産まれることでコロニー化していきます。雌は栄養を摂るため葉に口管を 挿入し、カモフラージュ用として周辺に白い網状のろう様の材料を分泌します。また雄は乾燥を防ぐため体は小さくて一週間の寿命しかありません。受精後雌は体が2倍に膨張します。その主な化学成分はカルミン酸です。それは蟻のような天敵を撃退するのに非常に 有効です。蟻はこの成分のアントラキノンがとてもまずくて口に合わないと分かります。また面白いことにメイ蛾の幼虫(Laetilia coccidivora )はコチニールを捕食したあと、やはり天敵の蟻に対して使用するため腸内にカルミン酸を蓄えておきます。
ミステカおよび南部メキシコの子孫は、たくさんの技術を受け継いでコチニールを生産してきました。既にコチニールが付いたサボテンの葉を接木することにより植物を再生しました。灰と屑の堆肥で栄養を備えたサボテンは良く繁殖しました。またサボテンの周りの雑草を除去しました。壁に囲まれた建造により飼育された昆虫を外から近づけませんでした。それらは霜から昆虫を守るために寒い夜には火を焚きました。大雨から昆虫を保護するために一時的避難所をさらに建造しました。これらの経験によって、さらにカイガラムシの飼育のために努力しました。なぜならそれは最高の染料を生産しますが雨やストレスに極度に弱かったからです。
スペイン人がメキシコに着いた時、彼らはコチニール染料(見たことのない色で何よりも明るかった)のすばらしい深紅色に魅了されました。当時染める行程を観察したときスペイン人は昆虫ではなく灰色のグラナ(種子)から染料がとれると思いました。コチニールで染められた織物はヨーロッパへ送られました。当時の織物は黄金、コチニールの次に中部アメリカからの最も有望の輸入商品でした。その貿易の独占を確立し、メキシコから生きている昆虫の輸出に通商停止を決めました。スペインは友好国との協定でコチニールから巨大な貿易収益を生むけれど、敵国のイギリスは除外されました。その結果イギリスの繊維工業はさらにまして損害を被りました。
スペイン人は、使命を受けた聖ドミニカ修道士の元で、インディオの手によるコチニール生産が続けられるようにしました。思いがけなく小さな土地所有者はコチニールの生産が上がりました。また、これは大きな土地所有者(haciendas)の気を動転させました。 土地所有者は新たなサボテンの生産を制限しようとしましたが、輸出の需要が大きすぎたのでそれらの努力は無駄に終わりました。
250年後の1777年に、フランスの博物学者がハイチにカイガラムシの付いたメキシコのサボテンを密輸入した時、コチニール生産のスペインの独占は崩れていました。その後サボテンは南アメリカ、インド、カナリア諸島およびポルトガルへ輸送されました。それにもかかわらずコチニールの織物は需要が高く、例えば1800年代の南西アメリカではナバホ(Navajo)はオリジナルの織物に赤を使っていませんでした。スペイン兵はコチニール染色のフランネル毛布を売りました。毛布はほどかれて、その糸はナバホ(Navajo)織物として再び使用されました。錫媒染剤と共に使用された時、絹を染めるためにコチニールは鮮明な深紅色の色として染まりました。伝統的なヨーロッパの赤い染料のタマカイガラムシ(地中海カシ(Quercus)の付く赤カイガラムシ(Kermococcus vermilis))に取って代わりました。 。
コチニールの生産はカナリア諸島(1875年に粉末3トンが製作)では重要な輸出商品になりました。しかしながら合成の赤色アニリン染料(コールタール系)がコチニールの代わりに使用され始めていた時、1870年代の中ごろから陰りが始まりました。アニリン染料は本質的に1900年代の初めにコチニールと取って代わりました。幸運にもポークソーセージ、パイ、干物および小エビ、キャンディー、錠剤、ジャム、口紅および頬紅および明るい色のマラスキノチェリーのように、その母国の中で継承されて染まるコチニールおよびこの染料はまず食品着色料としてアメリカの商業製品に使われました。ここでコチニールは赤色系染料2および40(発癌性物質)に取って代わりました。再びコチニールは安全な食品着色料として再考されています。
南部メキシコでのコチニールは、自国の人々によって民間芸術として愛されてきました。雌の昆虫は手摘みで、日陰の中で限界まで太陽光で乾かされます。最も素晴らしいものはコチニールシルバー(plateada)と呼ばれます。さらにテワンテペク地峡の近くの低地森林の中で成長するオアハカの特別の木の葉(tejut)(Miconia argentea属Melastomataceae)が掻き集められ、羊毛のかせ糸が冷たい澄んだ水の入った桶につけられている一方、水は大きなアルミニウムポットの中で熱されます。湯が沸騰し始めたら染物師は乾燥したtejutを砕いた葉(シュウ酸)と、コチニールパウダー(15ガロンの水へ1/2ポンド)を熱湯の中に入れます。そして石灰(15ガロン当たり80ポンド)を抽出液に加えられます。その後、羊毛はなべにの中で1時間以上沸騰させられます。この時、辛い芳香はなべの中の熱い酸から出て来ます。染料に浸したあと、かせ糸は冷やすために近くの枝に掛けて一晩かけて乾燥させます。翌日、かせ糸は泡立った水の中で洗われて、最高の赤い色を出すために緩やかな流水の中で徹底的にすすがれます。そのあと、かせ糸は2〜3日の間乾燥させます。 結果的に発生する色は、浸した時間、使用される染料の量、および媒染剤の過程で熱湯に加えられた化学薬品に依存します。
文献 The Milded E. Mathias BOTANICAL GARDEN
http://homepage1.nifty.com/celt/cochineal.htm から
インカ帝国の時代から高貴な人の衣装の色としてコチニールカルミン酸色素が使われてきました
ぼくのことコチニールを知っている人はあんまりいないけどエンジ色って結構知ってるよね、そのエンジ色のもとがコチニールなんだ。みんなの生活にはなくてはならないものばかりだよ。でも意外と知られていないのが現実だね。ここでちょっと頭に入れといてね。
コチニールの使い道はこんなにあるよ
テキスタイル染色: 和服 布地 繊維 織物 紙 染め物 草木染め
食品添加物: ハム ソーセージ 精飲料水 お菓子 ゼリー
化粧品: 口紅 頬紅 マニュキア ヘアーダイ アイシャドー
薬: 錠剤 粉末剤 飲み薬
医療分野: マーカー
病理検査: 細胞染色 蛋白質染色
赤インク: 退色しない高級赤インク(つけペン)
顔料: 絵の具
昆虫の色素ということで嫌われがちですが、まあ昆虫由来だからどうのこうのということはありません。由来の問題ではなく、その物質としての性質を議論すべきです。「植物由来は優しい」なんて思わないでくださいよ。植物毒はシビアですよ。日本のカイガラムシもつぶすと指先が赤くなったりしますから、赤い色素は持っているのでしょうね。
コチニールとカーミンとそれぞれ別に知っていたのですが、それが頭の中で「ああそうだったのか」と一体化しました。この「ああそうだったのか」という知的快感が好奇心人間の特権的喜びとでもいましょうかね、「ああそうだったのか」に出会ったときは何ともいえない喜びです。