酸化剤、還元剤


 酸化還元反応を議論する際、酸化される側、還元される側に注目ポイントがあるときは本文にある酸化還元の定義で特に問題はないのですが、何かを酸化したい、還元したいというときは少し、注意が必要です。

 何かを酸化したいときに使うのが「酸化剤」、何かを還元したいときに使うのが「還元剤」です。

 


Aを酸化してA’にしたいときに使うBが酸化剤、Bを還元してB’にしたいときに使うAが還元剤です。

 

酸化剤とは:相手を酸化する物質です。相手に酸素原子を押し付けたり、水素原子を奪い取ったり、電子を奪い取ったりする力が強い物質です。ということは、自分自身はとても還元されやすい物質であるということです。ハロゲン族と呼ばれる、フッ素(F)、塩素(Cl)、臭素(Br)、ヨウ素(I)などはいずれも電子を取り込むことによって原子内の電子の状態が安定化します。ですから、電子を欲しがっており、還元されたがっており、従って相手に対しては強力な酸化剤となるわけです。生物にとって酸化剤は有毒です。ですからフッ素ガスなどほとんど誰も見たことのないような毒ガス、塩素ガスは毒ガス兵器第1号、臭素は消毒剤として使われますし、ヨウ素はアルコール溶液の「ヨードチンキ」が消毒剤になるわけです。空気中の酸素も酸化力の強いガスです。酸素を利用して生きる生物にとって酸素は欠かすことのできない物質ですが、他方で酸素の強い酸化力は危険で、それに対処する工夫をして生きているのです。

 フッ素は強力な酸化剤で、液体の水にフッ素ガスを吹き付けると水分子の水素を奪い取り、残った酸素ガスが薄青い「炎」のように立ち上がる、という話を聞いたことがあります。ナマのフッ素ガスなど扱うことは普通の化学者には無理です、私は見たことがありません。コワッ。

 2F + 2HO → 2HF + O(炎)

 

 塩素系の漂白剤は、次亜塩素酸ナトリウムが主成分です。NaClOです。NaClO→NaCl+(O)という形で相手に酸素原子を押し付けます。あるいは

NaClO+ 2e + 2H → NaCl + H

とうい形で電子を奪います。これが強力な酸化作用となるわけです。

 

一方、次亜塩素酸ナトリウム溶液を酸性にすると、塩素ガスを発生します。

NaClO + 2HCl → Cl + NaCl + H

酸性洗剤と塩素系カビ取り剤を併用して塩素が発生し、死亡者が出たことは有名です。あの事故以来、塩素系カビ取り剤や漂白剤殺菌剤などには「混ぜるな危険」という表示がなされるようになったのです。

参考:1987年(昭和62年)12月9日、徳島県の主婦が次亜塩素酸ナトリウム入りのカビ取り剤と酸性の洗浄剤をいっしょに使って浴室の掃除をしているうち、発生した塩素を吸入して中毒死しました。この主婦は浴室を掃除後10分後に「しんどい」とせき込み、町立病院へ運ばれ、2〜3分後に呼吸停止、約20分後に死亡しました。換気十分ではなかったので、かなりの量を吸入してしまったのでしょう。

 

 プールの消毒の多くは次亜塩素酸ナトリウムです。水道水で「塩素濃度を測る」というときの「塩素」は、次亜塩素酸濃度です。

参考:http://www.eic.or.jp/qa/ から。

(遊離残留塩素):塩素が水と反応して生じる次亜塩素酸と次亜塩素酸イオンの形で残留する有効塩素。

(結合残留塩素):遊離残留塩素が水中のアンモニアなどと反応して生じるクロラミンの形で残留する有効塩素。

 

次亜塩素酸のプール消毒では肌が荒れたりアトピーが悪化するので、オゾン殺菌がよいといわれたりで、どうも嫌われがちな塩素消毒ですが、最近はやりの、「強酸性水」とか「電解水」とかいうのは、食塩水を電気分解したときに生成する次亜塩素酸イオンの働きを使っています。流行り廃りで、次亜塩素酸も忙しいことです。

 酸素系漂白剤というのもあります。過炭酸ナトリウム(2Na2CO3・3H22)(sodium percarbonateという物質が主成分です。白色の粉末で、炭酸ナトリウム水溶液に過酸化水素を反応させて得られます。 水に溶けて炭酸ナトリウムと過酸化水素に解離します。弱アルカリ性での過酸化水素の酸化力が利用されますが、動物性の繊維はアルカリ性に弱いので要注意。塩素系の漂白剤より穏やかな漂白力ですが、酸化には違いありません。殺菌力もありますし、注意して使ってください。

 電気分解における陽極(電子を奪い取る極)は、陽極に触れたイオンや分子から電子を奪い取りますので、酸化が行われます。「陽極酸化」といって、工業的に利用されます。 http://www1.ttn.ne.jp/~tame/ 「めっきの広場」の陽極酸化の項目を見てください。とても美しい写真が載っています。アルミニウムの表面を陽極酸化したのがアルマイトです。チタンの表面を陽極酸化すると酸化チタンの薄膜が表面に形成され、シャボン玉と同じ干渉による発色をします。

英語で「〜ant」という語尾は、「〜〜するもの」という意味です。「酸化=Oxidize するもの」というのが「oxidant=オキシダント」です。一般的には「酸化性の物質」という意味ですが、日本では光化学スモッグ関連で有名な用語です。光化学オキシダント(通常これをオキシダントといっています)とは、工場や自動車排出ガスに含まれている窒素酸化物や炭化水素から、紫外線による光化学反応によって生じる酸化性物質(オゾン、パーオキシアセチルナイトレート、ヒドロキシペルオキシドなど)の総称です。光化学オキシダントの高濃度発生は気温や風速、日射量などの気象条件の影響を受け、夏期の風の弱い日差しの強い日に発生しやすいのです。粘膜を刺激する性質を持ち、植物を枯らすなどの被害を及ぼします。光化学オキシダントの高濃度汚染が起こるような状態のことを光化学スモッグと呼ぶのです。日本では1970年7月18日、東京都の高校生がグランドで運動中に胸が苦しいなどの症状を訴え、約40名の生徒が病院に運ばれ、同日に東京都などで数万人が目の刺激などを訴えたのですが、これは光化学オキシダント被害であったと考えられています。

 

http://www.be.asahi.com/20040814/W24/0009.html から引用。


ソフトボールの練習をしていた女生徒など四十数人が光化学スモッグの被害を受けた。

看板には「異状ガス」の文字が=1970年7月18日、東京杉並区の東京立正高校で。

 

 

還元剤とは:酸化剤の裏返しです。自分自身がとても酸化されやすいので、相手を還元する物質です。酸素が欲しい、水素を押し付ける、電子を失いやすい、だから相手に還元が起きるわけです。

還元漂白というのもありますが、あまりポピュラーではないようです。ただ、製紙業では、パルプの漂白でダイオキシン問題が起こったこと、古紙再生問題などで、還元漂白が行われているようです。還元剤としては、二酸化チオ尿素、ハイドロサルファイトなどです。

また、衣服などの漂白でも、鉄分による汚れは酸化するとFe3+となって不溶性で赤褐色になってしまいますが、還元漂白ならFe2+になり、実質的にほとんど無色の可溶性イオンになりますので、還元漂白が有効です。

 金魚を水道水に入れるときに、写真の現像でも使う「ハイポ」を入れるとよいというのは、ハイポ(=チオ硫酸ナトリウムの結晶)の還元力により、水道水中の残留塩素を除去するということなのです。ちなみに、現像でハイポを使うのは、ハロゲン化銀がハイポに溶解するという性質を利用するためです。

 「オキシダント」に対する語として「リダクタント reductant」という語は英語としては存在し、還元性物質という意味ですが、日本語として一般化はしていないようです。

 酸化剤のところでハロゲン族が電子を欲しがって強力な酸化剤となったのに対して、金属は一般的に電子を失いやすく、自らは陽イオンとなって相手に電子を与えやすいので、還元剤として働くものが多いといえます。

 金属の鉄を酸と反応させるとFe2+が生成しますが、空気中の酸素の働きですぐFe3+へと酸化されていってしまいます。ですから、塩化鉄(U)や硫酸鉄(U)の結晶を作ることは普通難しいのですが、金属の鉄が残留する条件下で結晶させると、金属鉄の還元力で酸素による酸化を防いで2価の鉄イオンの状態で結晶を作ることが出来ます。

 冶金の項目で述べていますが、アルミニウムは最初、酸化アルミニウムを金属のカリウムで還元して得ました。カリウムが電子を与えて相手を還元する還元剤として非常に強力だからできることです。その後、金属のナトリウムで還元する方法もできたようですが、還元剤が高価なカリウムやナトリウムでは、作られたアルミニウムも非常に高価なものとなり、アルミニウムは貴金属扱いだったそうです。

 アルカリ金属(Li,Na,Kなど)は液体アンモニアに溶解します。アンモニアの沸点は−33.4℃ですので、ドライアイス温度で液化します。ここへ例えばナトリウムを入れると、ナトリウムは液体アンモニアに溶解して「青い溶液(blue solution)」を生じます。この溶液中では、ナトリウムはイオン化しています。

Na → Na + e

 溶媒のアンモニア分子は、極性分子なのでイオンをよく溶解します。ナトリウムイオンはアンモニア分子による溶媒和をうけるのですが、ここで面白いのは、電子も溶媒和を受けて安定なある種の「イオン種」としてアンモニアに溶解していることです。「アンモニア和電子」あるいは広くいえば「溶媒和電子」が生じていて、このアンモニア和電子の色が「青」なのです。ナトリウムが液体アンモニアに溶解して青い溶液を生じるという事実は、マイケル・ファラデーが最初に観察していたようです。その後、ナトリウムの液体アンモニア溶液が非常に電気伝導率が高いということで注目を浴び、「金属の溶液」「液体状金属」「化学種としての電子」というような方向で研究が進みましたが、現在は、放射線などによって生じる「水和電子」のほうが有名かもしれません。

 さて、「電子の溶液」があるとすれば、それはとても還元力の強い溶液であろうということは想像に難くないことで、実際「バーチ還元」という人名反応として知られています。バーチ還元(Birch reduction)は、A.J.Birchが1940年代に発見した反応です。有機物の還元に使われます。

下のURLにはバーチ還元の実例が載っていますので、参照してください。

http://www.m-kagaku.co.jp/business/library/ekian.htm

 

 

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