理科おじさんの部屋:第59回


●第59回は8月30日(水)でした。

 今日は夏休み特集の最後で、都立広尾高校の理科室へ遊びに行ってきました。

 都立広尾高校はUおじさんの最後の勤務校で、その時の同僚の先生方もいらっしゃいますので、頼みごとがしやすいものですから。

 Uおじさんの家から広尾高校への道の途中にU君の家があるので、9時半にU君を乗せて10時広尾高校着。

 


今日の最初の実験は「シャープペンシルの芯で白熱電球」です。

 

電流が流れると必ず発熱します。発熱によって高温になると、物体は光ります。

現在の白熱電球や豆電球などは、タングステンの細いフィラメント(細い線)に電流を流して高温(2千数百度)にして光らせています。

有名なエジソンの白熱電球は1879年の発明です。エジソンがフィラメント素材を何千種も試して、日本の京都石清水八幡宮の竹を炭化してつくったフィラメントで長時間の点灯に成功したという話は有名ですね。部屋にあった扇子の竹の骨だった、というエピソードでしたでしょうか。

 

小学校で電気の勉強をすると、金属は電気を通す、金属じゃないけど「鉛筆の芯は電気を通す」、ということを勉強するはずです。

鉛筆の芯は、炭素が物質としてとる姿の一つである「黒鉛(グラファイト)」が主原料です。黒鉛はやわらかくて、電気を通します。

 (ダイヤモンドは、炭素が黒鉛とは別の姿をとった物質だということも有名でしょう。ダイヤモンドはかたいし、電気を通しません。)

普通の鉛筆の芯は黒鉛と粘土を焼き固めて作られ、黒鉛が多いとB(Black)の数値が大きく、粘土が多いとH(Hard)の数値が大きくなります。

 HBでは黒鉛7に対して、粘土3くらいの割合だそうです。

シャープペンシルの芯は、細いのに強くなければならないので、黒鉛とプラスチックを練り合わせて作ります。シャープペンシルの芯ももちろん電気を通します。

 

●そこで、シャープペンシルの芯に電気を流して発熱させ、光らせてみよう!というのが、今日の第1の実験。

 

実はおじさんは自分の家で、温度調節のできる(流す電流の大きさを変えられる)アイロンと、シャープペンシルの芯を直列にして、100Vの電源につないでみたことがあるのです。でもアイロンの温度調節つまみをOFFから最低の温度レベルに入れたとたんに、シャープペンシルの芯は「バシッ」と音を立てて吹っ飛びました。「こりゃイカン。いい電源装置が欲しい」となったのでした。高校の実験室にある電源装置は流せる電流がとても大きいということを知っているものですから、広尾高校へ実験しに行こう、となったのです。(あるいは、スライド抵抗器とか、スライダックとか、いろいろ強引な実験を可能にする道具立てが高校の理科室にはあるのです。)

 

↓下の写真が今回の実験装置全体です。

左上に写っているのが直流電源装置。電圧は15Vまで、電流は4Aまで出せます。これは電気の実験としてはかなり大きな値です。

電源装置の前にスタンドを置き、ワニ口コードをシャープペンシルの芯の長さくらいの間隔でセロハンテープを使って固定します。

電源装置にコードをつなぎ、電圧調整つまみ、電流調整つまみが、両方とも最小に絞ってあることを確認します。(これはとても大事な確認。つまみが最大側になっている状態でスイッチを入れたら、どういう事故が起きるか分かりません、とても危険です。)

 

電圧を徐々に上げてゆきます。↓

↑上の写真はワニ口クリップにはさまれた芯の写真ですが、なんだか白っぽいものに包まれているようですね。

 この時の電圧は2.0V、電流は1.2Aくらいでした。

このあたりで温度上昇が大きくなり、芯に練りこまれているプラスチックが煙になって出はじめたものと思われます。

電圧を上げ3V近くまで上げていく間、大量の煙が出ます。

 

下の一連の写真を見てください。

一番上の、うっすらと赤くなり始めた写真のときは、電圧3.0V、電流2.9Aくらいでした。

 ここを過ぎてから、芯の光はどんどん明るくなり、光りの色はだんだん黄色から白っぽくなっていきます。

3.5Vのあたりで、もうどんどん輝きが増して、最後はプチっと焼き切れてしまいます。

↑これが、焼き切れた芯の写真です。鋭くとがっています。

 

ここまでの経過を記録したメモをエクセルの表にしてお目にかけます。

電圧が変わらないのに電流が勝手に増えることがあります。芯の状態が変化していくからでしょう。

 

普通、Uおじさんは必ず予備実験をしてからU君と実験をしています。実験のポイント、コツ、見るべきポイント、危険はないか、あるならどこか、そういったことを必ずチェックします。でも、今回は、予備実験なしで臨みましたので、1回目の実験はおじさんがほとんどやりました。4,5回実験したのですが、2回目以降はU君に電圧コントロールなどもやってもらって、Uおじさんは写真の撮影などしていました。

焼き切れた芯をワニ口からはずすとき、クリップを包んでいるビニールの被覆を通して、かなりの熱さが伝わってきます。手で持ってやれる実験ではないですね。

電源装置もかなり発熱していました。

Uおじさんが鉛筆を割って取り出した太い芯も持っていったので、これでも同じように実験してみましたが、光が出る前に、発熱によってワニ口のビニール被覆から焦げ臭い匂いが漂い始めましたので、これは中止。

 

以上、シャープペンシルの芯を使った発熱・発光実験でした。ガラス瓶の中ででもやれば「芯電球」とかいうことになるのでしょうが、そこまではしませんでした。

 


[ちょっぴり物理]

上のデータをグラフ化してみました。

 

 

Aのあたりが、煙が出はじめたところ。Bのあたりから光り始めました。

傾きのゆるい直線は1.8V、1.0Aあたりを通っていますので、抵抗を計算してみると

 R=V/I=1.8/1.0=1.8Ω

 テスターで芯の抵抗を測ってみると1.6Ω程度でしたから、この大ざっぱな実験にしてはまあいい値でしょう。

ABの直線から抵抗を計算してみると、約0.64Ωとなりました。温度が上がって抵抗が増すのではなくて、プラスチックなどが抜けていって抵抗が小さくなったのでしょうか。

芯が焼ききれる直前には、電圧一定のままで、電流がどんどん小さくなって焼ききれます。ここでは、温度上昇によって抵抗が大きくなることと、芯が焼けて細くなって抵抗が増していくこと、これらの効果が重なっているのではないでしょうか。


 

次の実験は「アーク放電」です。

 

後のほうの「ちょっぴり歴史」のところでも説明しますが、炭素電極の間で大電流の放電を行うと、白色光のものすごく明るい放電になります。これが「アーク灯」といって「照明」にも用いられました。

せっかく大電流の出る電源装置を使わせてもらえるのですから、ぜひやってみようと思って準備していきました。

原理は簡単。下の図のように炭素の電極間で放電を行えばいいのです。初め軽く接触させておいて、それからわずかに引き離すといい、とUおじさんは覚えていました。(化学科の学生時代の記憶です。)

上の電極には鉛筆の芯を使います。

下の電極の材料として用意していったのは、竹を蒸し焼きにして作った「竹炭」。(あまり高温で炭化したものではありません。普通のたき火程度です。)

 それと、教師時代にデモンストレーション用に買った「備長炭」2種類。「土佐備長炭」というのと「木工民芸備長炭」というものです。

 

まず、竹炭は全然ダメでした。電圧をかけても電流が全然流れません。これも後で簡単に説明しますが「グラファイト化率」が低くて電流が流れないのでしょう。

ちょっとがっかりしましたが、次に備長炭に挑戦。

最初は「土佐備長炭

最初はいろいろ安全を期して実験にかかりました。

 炭を目玉クリップではさみ、クリップにワニ口を噛みつかせ、そのクリップをセロテープで机に固定して転がったりしないようにしました。

 他方、鉛筆の芯をワニ口ではさみ、U君にはゴム手袋をしてもらってそのワニ口を持ち、芯の先端を炭に触れさせます。

 ほとんど接触状態のままで、白い光を放って放電します。見つめるとまぶしいくらいに明るい放電です。

↓アーク放電

Quick Time ムービーはこちら。

 

しばらくこの炭で放電を楽しんだ後、今度はもう少し細長い「木工民芸備長炭」でやってみました。

 炭が長いのと、慣れてきたので、少し簡略にして実験。

 炭を机に固定しませんでした。ゴム手袋をした右手に鉛筆の芯をはさんだワニ口クリップを持ち、左手でもう一つのワニ口クリップを持って炭を押さえます。

 こうして、電圧をかけておいて、右手の鉛筆の芯を軽く炭に接触させます。

炭のもとの木の材質のせいでしょうか。今回は激しく火花が飛びます。

 

Quick Time ムービーはこちら。

 

明るく輝き、ハデハデしく火花が飛んで、面白かったですが、あまり「アーク灯」という感じではなかったかなぁ。


「家庭でたのしむ科学の実験」大山光晴 著、角川選書、2005.12.8 初版発行

 この本には、備長炭でのアーク放電や、シャープペンシルの芯で白熱電球、という実験が載っていますが、単一アルカリ乾電池4本を直列にして電源としています。それでもよいのですが、乾電池をショートさせることになりますので、どうも「気持ちよくない」というのがUおじさんの感覚でして、今回、高校の電源装置をお借りしました。このような電源装置が使えない場合は、電池でやるしかありません。ただし、発熱によるやけど、火災には十分注意を払ってください。乾電池をショートさせるという使い方は「通常の使用方法」ではありませんので、事故を起こしても補償されない可能性があります。御注意くださいますよう。


 

実験:竹串の炭化

ここまで実験を進めてきて、少し時間にゆとりがありましたので、Uおじさんが持っていった料理用の「竹串」を試験管の中で蒸し焼きにして炭化してみました。

写真を撮るのは忘れましたが、こんな実験です。

1:竹串2本を半分に切り試験管に入れます。

2:試験管の口が水平より少し下を向くように傾けてスタンドに固定します。

3:試験管の外側から、バーナーの強めの炎で加熱します。

 

初め、試験管の内面に少し水滴がつきます。これは竹串がもっていた水分でしょう。

しばらくすると、試験管の口から煙が出始めます。竹が熱で分解し始めたのです。出てくる煙は可燃性ですが、特に確認実験はしませんでした。バーナーの炎が強い上昇気流をつつくっており、試験管の口から出てきた煙はバーナーの炎に吸い寄せられ、炎に触れて燃えてしまいます。ですから、かなり大量の煙が出続けますが、あたりに煙が漂うということはありません。

煙はなおも出続けますが、それに加えてやがて試験管の口から茶色い液体が滴り落ちるようになります。「竹酢液」というのでしょうか。いろいろな効能を言う人もいますが、私はあまり信じていません。使いたい方はまぁど〜ぞ、ということです。

このころになると、竹串はもうかなり炭化して炭になっています。そろそろおしまいというところで、バーナーの火をさらに強くしてしばらく加熱し、終りにしました。

↓これが竹串炭です。

●ではやってみよう、というわけで、この炭と鉛筆の芯の間で放電を試みましたが、やっぱりダメでした。グラファイト化率が低いのですね。

 ザンネンデシタ。

 


 

実験は終りにして、広尾高校のビオトープを見学。Uおじさんは平らでないところを歩くのはまるっきり苦手。元同僚の若い先生にお願いして見学。

 夏も終りに近いこの時期、猛烈に草が茂っていました。背丈ほどもある草の中を、U君は「上の池」から「下の池」と歩き回って探検していました。

↑池には水草が茂って水面を覆い隠すほどでした。この下には、魚やらヤゴやら複雑な生態系ができているはずです。Uおじさんが退職した年の3月、ヒキガエルが産卵に来ていましたが、今年も産卵に来て、オタマジャクシがかえったそうです。ヒキガエルは変態を終えるともう水は必要ありません。産卵のために池に戻ってくるだけです。でも、この池を中心にして、どこか心地よいところで生活しているのでしょう。

 

 オオシオカラトンボも来ていて写真を撮ったのですが、オートフォーカスが「向こう側」の写真を撮ってしまったのでボケました。

 

外からひょいと生物実験室の中を覗くと水槽があって

ニモがいた!

 小さなサンゴがあって、ヨコエビがいて、数mmの小さなヒトデがガラス面にくっついていて、ほかにもいろいろ居りまして、小さいながらに楽しい水槽でした。こんな楽しい水槽のある部屋で授業を受けられる生徒たちは幸せですね。

 

生物室の外の廊下には、棚があって少し生物標本が入っています。ガラス瓶に入ったオオヤモリ(まっすぐにしたら体長30cm近くあるのでしょうか)にはビックリした様子でした。

廊下の展示スペースには、生物の先生の個人的な蝶の標本箱がいくつか展示されています。みごとなコレクションです。U君もしばらく見入っていました。

 

高校の理科室というのは、小学校とはまた違う雰囲気があると思います。U君にとってよい思い出になることを祈っています。

 

★今日はここまで。今年の夏は楽しかったですね。

 


[ちょっぴり歴史]

●アーク灯について。

http://www.ieij.or.jp/fukyubu/akarinotayori/H17special/ginza.html から引用。

 銀座のあかり:日本で初めて私達の前に電灯がついたのは明治15年11月1日である。当時は太陽光線に近い光をもつカーボンアーク灯とよばれるものであった。「日本最初の電気街灯建設の地」と記念して関係者の手によって昭和31年10月1日にこの銀座記念灯が建てられた。現在の記念灯は昭和61年10月15日に建替えられたものである。

 

http://www.denki.or.jp/about/origin.html 日本電気協会のホームページから引用。

 明治11年(1878年)3月25日の夕方、東京虎ノ門の工部大学校の車寄せに、当時の大臣参議をはじめとする高官、各国公使などを乗せた馬車が次々と着いては、玄関から2階の講堂に案内されていきました。これは、工部省電信局が、東京木挽町に電信中央局を開設した開業祝いに工部大学校で行ったものです。

 そして、この日の会場に電気灯を用いるよう、伊藤博文工部卿から命ぜられていた英国人エアトンは、グローブ電池50個を使い、講堂の天井に備えられたアーク灯を点灯するため、助手の学生らを指揮していました。

やがて6時、エアトン教授の合図とともに、目もくらむような青白い光がほとばしり、講堂をくまなく照らしだして、その夜の150余名の来賓たちに“不夜城に遊ぶ思い”と驚嘆の声をあげさせました。これが、わが国の電気の歴史の1ページを飾る、電灯が公の場所ではじめて点灯された一瞬でした。

 工部大学校でアーク灯が点灯された翌年の明治12年10月21日、エジソンが白熱電球を発明し、わが国にも輸入され、同19年には東京に電灯会社が生まれ、電灯に、動力にと、電気の時代が開かれました。

[Uおじさんの註]グローブ電池というのは、現在、注目を集めている燃料電池の原型です。白金電極を用いて希硫酸を電気分解し、発生した水素と酸素によって再び電力を得るという電池です。イギリスのW.Groveが1839年に発明しました。

 

http://www.geocities.jp/hiroyuki0620785/lamp/arclamphistry.htm から引用。

アーク灯の歴史

アーク灯(Arc Lamp)

 電気による照明の最初の実用化は大気中で二つの電極の間に輝く弓状(アーク)の炎でした。

 アーク灯は先端を尖らせた炭素の棒2本を向かい合わせてそれぞれ電池の電極に接続して、電極を最初に接触させてから少しだけ離すと突然火花が発生し空気中を電流が流れ電極の先端は約4000℃に加熱され青白く輝き始めます。

 この輝きのほとんどは炭素棒が高温に加熱され加熱による白熱光ですが、温度が高いので紫外線が多く含まれています。そこで強い紫外線から目を保護するために暗いガラスのカバーで蔽う必要がありました。

 初期のアーク灯は高価なバッテリーを多数使用して点灯されましたので非常に高価なものでした。また、点灯中電極は少しずつ消耗しますので電極の間隔が広くなり、次第に輝きが弱くなってついには消えてしまいます。おおよその寿命が100時間程度でした。

1808年ハンフリー・デービーは講会堂の地下室の全面に2000個の電池を設置し、それをアーク灯に接続して、アーク灯の公開実験に成功しました。これが、電気を使用した人工の光による照明の始まりでした。

これを長時間使用するには電極の間隔を一定に保つ機構が必要で、時計仕掛けの電極間隔を調整する装置が必要でした。

1836年には英国のウイリアム・ステイトが炭素棒を時計仕掛けで駆動する方式を開発しました。

 


[ちょっぴり思い出]

私が理学部化学科の学生だった時、実習で「発光分光分析」の実験をやりました。強烈なアーク放電を使います。

上・中・下3段に穴のあいた板を使って、1枚の乾板に、3回スペクトルを露光します。

まず、炭素棒だけでアークを点火します。先端の平らな下の炭素棒が陽極、とがった上の炭素棒が陰極です。電極を接触させ通電してから少し離すと、強烈なアークが点灯します。電圧は100V程度ですが、電流は10Aくらいの大電流。アークの温度は4000度とか5000度とかいう温度になるはずです。

この炭素だけの光のスペクトルを一番下の段に撮影します。

炭素棒の先端に小さな穴を掘り、ここに教官から渡された「未知試料」を粉末にして埋めこみアークを点灯します。この光のスペクトルは真中の段に露光して撮影します。

乾板の一番上の段には、鉄の棒同士の放電を分光して、スペクトルを撮影します。鉄のスペクトルはやたらと線が多く、そのスペクトル線の波長も確定しているので、これを頼りに未知試料中のスペクトル線を同定するのです。炭素と試料のスペクトルから、炭素だけのスペクトルをバックグラウンドとして除外しながら、試料に由来するスペクトル線の波長を測定し、試料中の元素を同定するわけです。

1週間も、ミニ暗室テントみたいな中に毎日こもって、スペクトル線の同定をして、結果のレポートを提出すると「お前、こんな元素見つけたのか、すごい新発見だな」とバカにされたものでした。なつかしい。


[とっても化学]

グラファイト化率」が高いとか低いとかいう言葉が出てきました。

 ?それってなんですか?

「炭素原子だけ」が集合して互いに結びついて(結合して)、「目に見える物質」を作ったとき、できる物質は「一種類だけ」でしょうか?

 素材としての原子が一種類なので、そこからできる物質も一種類だけのような気もします。

ところがそれが違うのです。素材としての炭素原子が一種類なのに、物質としては異なる性質を持つ物質ができるのです。

 そのような、単一元素の原子だけでできていて、物質として異なるものを、「同素体allotrope)」といいます。

炭素の場合、今回実験に使った「黒鉛(グラファイト)」と「ダイヤモンド」は同素体の関係にあります。

 

炭素原子は他の原子と結びつくために使える電子を4個持っています。相手の原子が電子を1個出し、自分が電子を1個だし、その電子をペアにして互いに共有すると原子同士が「共有結合」をした、といって強い結びつきができます。

ですから、1つの炭素原子は4つの他の原子と共有結合できます。今は炭素原子同士で考えましょう。

一つの炭素原子が4つの炭素原子と共有結合し、それらの炭素原子もそれぞれ4つの炭素原子と共有結合し、・・・、と炭素原子同士が4つの電子をすべて互いの共有結合に使いながら結びついていってできた物質が「ダイヤモンド」です。

一方、炭素原子同士が4つの電子のうち3つを使って互いに共有結合すると、六角形の網のような平らな面を作ることになります。これが「黒鉛(グラファイト)」です。

↓下の図を見てください。ダイヤモンドとグラファイトの違いが見えると思います。

http://techon.nikkeibp.co.jp/article/HONSHI_LEAF/20050528/105217/ から引用。

 

さて、ダイヤモンドでは使える電子をすべて結合に使っていますから、余分な電子はありません。ですから電圧をかけても動ける電子がないので、電気を通しません。

ところが、グラファイトでは、4つの電子のうち結合に使ったのは3つですから、1つが余っています。この余った電子は、原子が作る層から立ち上がるようにして並んでいます。そこで、原子の作る面に平行な方向で電圧をかけると、電子は次々と隣の原子へと移り動き、電流が流れることになるのです。グラファイトが電気を流す、というのはこういうことです。

ダイヤモンドではすべての原子が共有結合で結びついています。共有結合はとても強い結合なので、物質としてのダイヤモンドも非常に硬い物質となるのです。また、強い結合で結びついていますので、表面の原子を揺さぶると、その振動はものすごい勢いで隣から隣へ伝わっていきます。原子の振動=熱ですから、ダイヤモンドは熱伝導率もものすごく大きいのです。熱の良導体として知られる銀や銅よりもはるかによく熱を伝えます。

グラファイトは原子が作る層が重なった構造をしていますので、層の内部の結合は強いのですが、層と層の間には強いかかわりがなく、層は互いに滑りやすくなります。これが物質としてのグラファイトの「やわらかさ」として表れるのです。潤滑剤に使えるほどやわらかいです。層の面に沿った方向では電子は動きやすいのですが、層と層の間を電子が飛び歩くことは難しいので、層に平行な方向の電気伝導度は大きいのですが、層に垂直な方向の電気伝導度はさして大きくありません。

層と層の間の間隙には、イオンがもぐりこむことができます。リチウムイオン電池を充電すると、マイナス極のグラファイトの層の間にリチウムイオンがもぐりこみ、放電するとリチウムイオンが層の間から出て行きます。

さて、上の図の真ん中に「DLC」というのがありますが、むしろこれは「無定形炭素(アモルファス炭素)」といったほうがよいのではないでしょうか。

 ダイヤモンドの構造でもなく、またグラファイトの構造でもない。きちっとした形「定形(モルフォ)」が「無い(ア)」で「無定形炭素(アモルファス炭素)」というのです。

植物の体は(動物もそうですが)、主として炭素、水素、酸素、窒素、などでできています。ですから、植物を蒸し焼きにすると、炭素が残ります。これが「炭」なのですが、まずは、化合物の中で炭素が並んでいた形で炭化します。この時は「無定形炭素」です。(「黒炭」ともいいます。)

 昔、たき火から、炭化した木を取り出して水につけて火を消し、「消し炭」を作って、火鉢の火おこしなどによく使いました。これは、無定形炭素です。

上の実験で、「竹炭」では電気があまり通らず、また、その場で作った「竹串炭」も電気を通しにくかったのは、これらの炭が「無定形炭素」だったからです。

炭焼きの終わりごろ、窯の温度を千度くらいまで上げると、炭素原子が激しく振動し、炭素原子にとって安定な形である「グラファイト」ができてきます。(ダイヤモンドよりグラファイトの方が、1気圧のもとでは安定な形です。ダイヤモンドを蒸し焼きにするとグラファイトになりますが、逆はできません。)

植物を蒸し焼きにして炭を作った場合、すべての炭素がグラファイト型になれるわけではありませんが、それでも高温で焼成すると、グラファイトの割合が増えます。⇒グラファイト化率が高くなります。こうして作ったのが「備長炭」というわけです。(「白炭」ともいいます。硬くて、叩くとカンカンと高い音がします。)

グラファイト化率の高い備長炭は、電気をよく通しますので、ここでやったような電気関係の実験や、「備長炭電池」とかいってつくる電池の実験などには、必ずグラファイト化率の高い備長炭を使ってください

 

上の実験の説明ではここまででよいのですが

[オマケ]

実は、炭素の同素体にはまだ種類があります。

フラーレン」と「カーボン・ナノチューブ」です。

http://www.necel.com/ja/fow/print/01.htmlhttp://www.necel.com/ja/fow/print/01.html から引用します。

フラーレン:1984年、米国のリチャード・スモーリー教授とスタッフはサッカーボール型の炭素分子を発見し「フラーレン」と名づけました。このフラーレンはその後の研究で超伝導を引き起こすことがわかり超伝導材料の候補として注目されました。

カーボン・ナノチューブ:カーボン・ナノチューブは、1991年にNEC基礎研究所の飯島澄男氏が発見しました。螺旋型、ジグザグ型、アームチェア型などの構造の違いで金属のような特性や半導体のような特性を持ち、これからのコンピュータ素子として大きな可能性を秘めています。

 

フラーレンは「サッカーボール型分子」として有名です。炭素原子が60個結びついてできたC60という分子です。人間が太古の昔から親しんできた炭素に新たな同素体があったということ、そしてその形があまりにも美しい形であった、ということで化学者たちは大興奮し、大騒ぎになりました。今も研究が続いていて、利用法が開発されている最中です。

ハリー・クロトー、リチャード・スモーリー、ロバート・カールの3人は、フラーレンの発見により1996年度のノーベル化学賞を受賞しましたが、実は、日本人化学者も惜しいところでフラーレンの発見にかかわっていました。

豊橋技術科学大学の大澤映二さんは、1970年頃、炭素原子60個が分子を作りうるという考察を発表していたのですが、広く知られておらず、残念なことでした。

 

カーボン・ナノチューブは上の説明にあるように、日本人の発見です。グラファイトの平面を巻いて管にしたようなものです。

現在、いろいろ利用法が探求されている真っ最中ですが、今回アーク放電の実験からここまで話が広がってきたことを締めくくるのにふさわしい利用法を紹介しましょう。

電界放出ディスプレイ(FED, Field Emission Display)というディスプレイが研究されています。ブラウン管はその根本のところにある「電子銃」から電子を放出して、蛍光面に当て、光らせるものですが、電界放出ディスプレイでは、一つの画素(ピクセル)の中に多数の「ナノサイズ」の電子銃を置いて、そこから放出される電子で画素を光らせようというものです。

 その、「ナノサイズの電子銃」として「カーボン・ナノチューブ」を使おうというわけです。

 

マクロな物質としての炭素棒で「アーク放電」を見ました。

 今は、ナノ世界の炭素原子がつくるナノチューブから放電して画素を光らせようというのです。何と楽しいことでしょう。早く実用化されるといいですね、楽しみにしています。

 


[もう一つ、ちょっぴり思い出]

昔、都立烏山工業高校で機械科の担任をしていた時のことです。生徒の実習で「スコップをつくる」というのをやっていました。いろいろな技術が組み合わさっている実習で、とても面白そうだったので、ずうずうしく担任も実習に参加させてもらいました。

 鉄の板を曲げて、すくう面を作り、鉄の管を叩いたり切込みを入れて柄を作り、最後に「スポット溶接」という電流の発熱と圧力で接合しました。

 この「スポット溶接」というものが実にとんでもなくものすごいものなのです。

 溶接棒は直径5mmくらいでしたでしょうか。それで上下にはさんで、大電流を流して鉄を溶かしながら圧力をかけるのです。

 溶接棒に加える力というのが100kgとか数百kgとかいうものすごい力。これはまだいいとして。

 流す電流が確か、5000Aとかそういう桁の電流なのです。(ものによっては1万アンペアの桁のものもあるのではなかったかな)。

 これには参りました。安全確保のため両手が同時に溶接ポイントから離れていないとスイッチが押せないようになってはいるのですが、理科系の私としては、目の前を千アンペアもの電流が流れて行くということには、さすがに少々ビビりました。

目の前を走る東急多摩川線の電車は、電圧が1500V、流す電流は100Aの桁だったと思います。スポット溶接がいかにものすごいかお分かりいただけるでしょう。

[追記:2006.9.2:今日乗った多摩川線で運転席の後ろからメーターを眺めてみたら、電圧1500V(1.5kV)で、発車加速時の最大電流は約500Aでした。減速時の回生ブレーキはモーターを発電機にして、電車の運動エネルギーを電気エネルギーに変えて減速する仕組みですが、最大約400Aの電流を架線に流し込んでいるようです。]

理科の実験と工業のスケールとは桁が違うということを身に沁みて実感しました。電子科や電気科の実習も覗かせてもらいましたが、スケールの大きさに圧倒されたものです。

物理の実験で何か必要になったとき、学校の中を一周して相談を持ちかけてくると、大体、必要な装置が作れる、という感じもありました。ものづくりって、すごいですね。