上皿天秤
理科おじさんの部屋の第22回(10月5日(水))では、上皿天秤の勉強をしました。上皿天秤という装置は、小中学校あたりでよく使い、そのあとはあまり使わなくなってしまうので、イメージとして「初歩的な道具」という感じをもたれがちです。ですが、実はかなり奥の深い道具なのです。その辺を、いくつかの点について簡単に紹介してみましょう。
1:天秤の棹(さお)が傾くのに、天秤の皿が傾かないのはなぜ?
そうですよね。上皿天秤が下図の左のようなものだとしたら、左右の皿の釣り合いが取れずに傾いた場合、下右のようになるはずですね。皿が傾いてしまうはずです。

実は、上皿天秤は、棹が一本ではなく、下図の左のように平行四辺形に組んであるのです。皿のついた縦棒2本と、針を固定してある棹ともう一本の棹、これを滑らかに動くピンで留めてあるのです。ですから、下右のように、釣り合いが取れずに傾いた場合、針は棹と一緒に傾いて、「傾いたよ。釣り合いが取れていないよ」ということを表示しますが、皿のついた縦棒は、傾かずに上下するだけなのです。平行四辺形の性質がうまく生かされていますね。

この仕組みは、工学の方で「平行リンク」と呼ばれるものです。
機械というものは、動く部品が集まって、全体としての働きができます。動きを伝達する各部品の組み合わせを「機構」と呼びます。「平行リンク」というのは「リンク機構」と呼ばれる一連の機構のひとつです。(Uおじさんは「理学部系」なので、さすがに「工学部系」の機械工学や機構学には詳しくありません。リンク機構のモデルの動きなどを眺めていると、あきれるほどものすごい工夫が凝縮していて嬉しくなりますが、自分ではきちっと説明しきれないのです。)
http://www.mes.musashi-tech.ac.jp/edu/kikogaku/index.html
試しに上のHPの下のほうにある動画を眺めてみてください。感動しますよ。
2:ものや分銅は皿の中心に載せなくてもいいの?
下図左が釣りあうことは確かなことです。では、下右のように、同じ分銅なのですが皿の中央から外れたところに置いたらどうなるのでしょう?釣りあいますか?それとも、支点からの距離が遠くなったので右の皿のほうが下がりますか?

ロバーバルの機構
この問題を解くのが「ロバーバルの機構」というものなのです。(平行リンクに新たな何かを付け加えたものではありません。平行リンクが持つ、別の側面です。)
ロバーバル(Gilles Personne de Roberval. 1602〜1675)という人は、フランスの数学者で、コレージュ・ド・フランスの数学教授でした。ロバーバルは1669年に、下の図のような機構を考えました。
(http://www.murakuchaihana.com/ama3.html に写真があります。)

長さの等しい棒AFBとA'F'B'を中心で柱にピン留めし、両端をT字型の棒AA'とBB'でピン留めしたのです。
両側の腕に等しい重さの分銅を、等しい距離にかけたら釣りあいました。これは、明白なことです。
では、上右図のように、BB'の腕にかける分銅の位置を変えたらどうなるでしょう?
彼自身の予想は「右が下がる」というものだったようですが、実際には釣りあったままだったのですね。この結果を、彼自身説明できませんでした。また当時の人たちも説明できず「ロバーバルの静止の謎(Roberval's static enigma)」と呼ばれました。
70年後、フランスの数学者ポアンソー(Louis Poinsot. 1777〜1859)が解明しました。
上左の図で、二つの分銅がつりあっていますが、この状態は単純に「一本の棒の中心に支点があり、支点から等距離に等しい重さの分銅がかかっている」という状況ではありません。
腕のある棒は「回転」しようとしています。回転の「モーメント」が生じているといいます。AA'は反時計回りに回ろうとしますが、それがAFBを回そうとする力と、A'F'B'を回そうとする力は打ち消しあってしまうのです。BB'についても同じで、棹を傾ける力は打ち消しあいます。
上右でも同じことで、分銅の位置が遠くなったのでBB'が時計回りに回ろうとするモーメントは大きくなっていますが、互いに打ち消しあって、正味の釣り合いには影響しない状態なのです。
上皿天秤型の図にして同じことを説明すると

AF = A'F' = a, FB = F'B' = b とします。
Bには荷重Pが働くほかに、BB'には偏心したために生じる力fがかかるとします。
@PのFにおけるモーメント=Pbcosθ
ABに働く力fのFにおけるモーメント=−fbsinθ
BB'に働く力fのF'におけるモーメント=fbsinθ
@+A+Bをとると、和=Pbcosθ
で、fを含む項は消えますね。偏心荷重による影響はないということです。
左の皿でのモーメントはPacosθです。
釣りあいの式は
Pacosθ=Pbcosθ
で、a=bですから、Pが等しければ、触れの角度にも、荷重の偏心にも関係なく釣り合うということですね。
●メインの棹を支点で支え、皿を棹の下にぶら下げるタイプのはかりでは、皿上の分銅や物体の力は皿をぶら下げる自由に動ける点に集中しますので、皿上の位置の問題は発生しません。ところが、棹の上に皿を付ける場合、どうしても「固定」されるので、皿上の位置による回転力が問題となってしまうのです。
http://www.ishida.co.jp/rekishikan/gijyutu/rov.html
ここには、上皿天秤ではなく、「上皿棹ばかり」の写真があります。ここにもロバーバルの機構が応用されています。上皿式の天秤には、ほとんどロバーバルの機構が応用されているといってよいでしょう。
●最近「ロードセル」というものを使った、電子式のはかりが増えています。これは、ロバーバルの機構の片側を固定してしまって、皿は一枚にします。こうしておいて、荷重を皿にかけると、ロバーバルの機構の平行四辺形が歪みます。この歪みを電気的に検出して質量を測ろうというものです。
http://www.ishida.co.jp/hakari/syakai/rekishi2.html ここを参照してください。
●電子天秤というものが最近は便利ですので多用されます。電磁補償型とか、ロードセルを使ったものとかあるようですが、基本的には「バネばかり」なのではないかと考えられます。バネばかりは、物体にかかる力そのものを測りますので、重力加速度が変わると値が変わるはずです。その点を注意深く較正しないと、学術的には信頼度の低い質量測定になってしまうのではないでしょうか。多分、較正するためのメカニズムがついているとは思いますが、使う側が意識していないといけませんね。
3:「天秤で測るのは質量だ」っていうのはどういうこと?

重力加速度を「g」として
質量m1にかかる重力はm1gです。質量m2にかかる重力はm2gです。(これは高校物理で習います)。
天秤はこの二つの力を比べているのです。で、天秤が釣り合ったとき、
m1g=m2g
ですから、両辺から「g」が消えて、
m1=m2
となるのです。
「g」は重力加速度といい、地球上でも極地方と赤道近くでは違います。地球以外の星へ行くと重力加速度も変わります。
例えば、地球での重力加速度を「1」とした場合、
月では 0.17
太陽 28
火星 0.38
金星 0.91
です。
それぞれの星で、重力加速度は違います。バネばかりでは「mg」を測りますので、月では地上での約6分の1に軽くなり、太陽表面では、同じものが28倍も重くなるのです。
バネばかりは物体にかかる一つの力を測定します
ところが、天秤では、二つの力のつりあいの式の両側に同じ「g」が現れて、消去されますので、どこで測っても同じ値になるのです。(二つの力の「比をとる」といってもよい)。
これが、質量です。