CSだより12月号の記事の中から抜粋

<ひとことコーナー>                         林 恵美子

 今年もクリスマスシーズンを迎えました。教会では、降誕の賛美歌が歌われるようになりますが、やはりクリスマスキャロルはすばらしいですね。心に希望が広がるようです。そんな中でよくこの時期に賛美されるものとして、讃美歌121番がありますね。

「まぶねのなかにうぶごえあげ たくみの家にひととなりて 貧しきうれい生くるなやみ つぶさになめし この人を見よ」

 4番までありますが、この讃美歌を歌う時、私は胸がジーンとしてきます。この地上を歩まれたイエス様の姿が目に浮かぶようだからです。私の中でこの121番とオーバーラップするみことばとして
ピリピ2:6・7があります。

「キリストは、神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、ご自分で無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられたのです。」

 自分のプライドが傷つくとか、この自分の心を変えたくないなどと心がかたくなになっている時、上のみことばは、ちっぽけな、つまらないことにこだわっている自分の姿に気づかせてくれます。私たちが聞いて信じたグッドニュースをこの時期、声を大にして語っていきたいですね。


<クリスマスアラカルト>

クリスマス(Christmas)は文字通り、キリスト(Christ)の誕生をお祝い(mas)する日です。

クリスマスは、X’masと略すことがありますが、これは新約聖書が書かれたギリシャ語では、キリストのことをクリストス(Xristos)と表記するからです。また、メリー(Merry)には、「うきうきした」とか「楽しい」という意味があり、メリークリスマスは 「楽しいクリスマスを!」ということになります。イエス様の誕生日は聖書に出てきませんし、歴史書にも書かれていません。羊飼いたちが野宿していたとことから3月か4月頃だという説もあります。では、12月25日は 何の日なのでしょう。古代ローマでは、1年で最も昼間が短い日(冬至)を「太陽が再び力を取り戻す日」としてお祭りをする習慣があったそうです。クリスマスはこれに結びつけてお祝いされるようになったと考えられています。


クリスマスツリーの由来は色々あります。

まず8世紀のドイツでは、オーク(木)を崇拝する人たち が子どもを生け贄に捧げていました。ドイツの使徒と呼ばれたボニファチウスがそれを止めようとしてオークを切り倒し、イエスキリストこそ真の神であること を説きました。その時一本のモミの若木に関わる奇跡が起こり、それを記念してモミの 木を飾るようになったということです。次に、16世紀のことです。マルチン・ルターがイブ礼拝の帰り道、森の中で木の枝の合間から見た輝く無数の星の美しさに心打たれ たました。ルターは、その光景を子供たちのために再現しようと、家の中に木を持ち込み、火を灯したろうそくを枝にくくりつけたそうです。


クリスマスツリーの飾りには意味があります。

 トップスター(クリスマスツリーの一番上に飾る星)は、東方の博士たちをイエス様もとへ導いた大きな星をあらわしています。

 クリスマスライトは、夜空にきらめく星をあらわしたものです。もともとはロウソクでしたが、 19世紀に電話の交換機の電球をヒントとして安全なイルミネーションが発明されたそうです。

 キャンドルは、イエス様を「世界を照らす光のような存在」としてカラフルな色や形であらわしたものです。ベルは、救い主イエスの誕生を告げる、幸せの音色を奏でるための鐘です。

 ヒイラギは、緑の葉が枯れることのない永遠の生命をあらわし、赤い実が民衆を救うためにキリストが流した血をあらわしています。

 キャンディ・ケーン(杖の形をしたキャンディ)については、11月30日のCS礼拝メッセージを思い出してください。忘れた方は、絵本を買ってください。なんて・・・

 クリスマスは、異教徒の祭りを置き換えたものだと否定する人たちもいます。調べれば、難しいことがいろいろあります。でも、大切なことはただ一つ。イエス様は真の神、真の救い主。私たちは、心からイエス様の誕生を喜んでいることです。