最終的には地図を入れようと思っていたのだが、
Kadoさんがすでに詳細なコース図を作成されている。
こちらもご参照ください。
本文のみ表示グラフ付表示
下記グラフの補足説明
 このグラフは、私が持って走ったGPSのデータをプロットしたもの。
 記入している時刻は私の到着時刻。
 スタート時刻が抜けていた。ウェーブスタートで、私のスタートは18:10。
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第16回山口100萩往還マラニック
2004.05.02-03

目  次
スタート前
えい、えい、おぉー!
走行中の食事
豊田湖からの登り
砂利ヶ峠から大坊ダムへ
大坊ダムから海湧食堂へ
海湧食堂から俵島CP
俵島CPから川尻岬CP
川尻岬CPからシーブリーズ
立石観音、そして・・・
収容車にて
宗頭文化センターにて
萩城址から・・・
車中より
ゴール地点にて
残念会
サロマ湖
雑感





「くまぼうさんだよね? どうしてここにいるの?」
「なんで250にしたの?」

 私を知る人なら誰しも思うだろうことを、実際に現地で会った人から言われた。そう言われた私もその場にいるのが不思議だった。250キロなんてまさか縁のあることとは思ってもなかったから。
 エントリーするに至る経緯はあったにせよ、エントリーしちゃったからには、完踏は100%無理でも関係者に迷惑かけないように走りたい。ということで、かなり熱心に地図を見てコースのイメージをつかんで行った。
 でも、実際に走ってみて、最初は全然イメージに合わなくて焦った。でも、焦っても仕方ない、とすぐに開き直れたけど。
 合わなかった理由は大きく2つ。ひとつは、スタートが夜(18時)だったので、暗くて周りの風景が見えなかったこと。もうひとつは、ペースが今まで走ったことのないゆっくりしたペースだったので、距離と時間の感覚が合わなかったこと。
 ペースについては、どのくらいが良いのかわからなかったので、無理のないゆっくりペース、ということで、キロ7分半とした。そうすると、最初のエイド(13.4km地点)が遠いこと! いつまでたってもたどり着かない。3時間走ってようやく20km。フルの距離を走るのに約6時間。 んー、先は長い、、、

 そんなペースでも、周りには多くのランナーがいた。中には有名なベテランランナーの姿もあり、むしろペースが速すぎるのかな、という感じもあった。
 上郷エイドの先の暗い道で、先行ランナーを抜いたらうしろから声をかけられた。振り返ると、京都のKYさん。この萩やさくら道、他あちこちを走られている実力者。この先もしばらく抜いたり抜かれたりしたが、知った人が近くにいると安心することを実感した。
 もうひとつ、気持ちの支えにさせてもらったのはスパルタスロンにも参加経験がある滋賀のSHさん。スタート前に会った時、「制限目一杯を使って、なるべくイーブンペースで後ろから行くからね」と言っていたので、SHさんに抜かれないうちはまだ大丈夫かな、っと。

 大丈夫かな、と思うということは、完踏する気になってたようだ。100%無理とわかっていても、走り出して、それなりのペースで走れていると気持ちはゴールに行っちゃってるのが不思議だった。
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スタート前

 スタートは5月2日の夕方、18時から。50人くらいずつが10分間隔のウェーブスタート。
 荷物置き場でもたもたしていたらスタート地点に並ぶのが遅くなってしまった。瑠璃光寺に着くと、もう、人がいっぱい。とりあえず後ろの方に並ぶ。
 スタートはウェーブで、制限時間は48時間だが、途中の関門は時刻で切られる。つまり、18時30分にスタートした人は、ゴール制限が2日後の18時30分である。しかし途中関門時刻が例えば22時30分だった場合、18時にスタートした人も18時30分にスタートした人も同じ22時30分。すなわち、関門が気になる人は先にスタートしないとますます余裕がなくなる。
 もちろん、私は関門が気になるので(と言いながらも時刻のチェックはしてなかったけど)前の方に割り込ませてもらう。

 18時、第1ウェーブスタート。その後ろに並んでいた人たちがスタートエリアに入る。どのウェーブでスタートしたかでゴール制限時刻が違うので、スタートエリアにはゼッケンのチェックを受けて入ることになる。第2ウェーブは、私の少し前の人までとなった。
 ということで、私は第3ウェーブの先頭に並ぶことになった。右隣りに今回私がエントリーする羽目にさせられた北海道のNさん。大会委員長の小野さんに、「遠来賞いただきました」と挨拶している。すると左から「私もいただきました」との声。沖縄のMさん。さらに「私も」とその後ろから。Nさんの近所の網走から参加のS保さん。NさんとS保さんとはご近所で、サロマでも一緒に走っているはずだが初対面だとか。
 偶然にもこんなところで、という感じがするが、面白いものだ。
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えい、えい、おぉー!

 スタートはこの掛け声が合図。走り出したは良いけど、最初は歩道も狭い。2列以下で、との指示。前に並んでいたので必然的に先頭になる。おぃおぃ、道知らねぇぞぉ・・・
 アンダーパスでさっそく出口を間違える。10mほどのロス。まぁ、ロスと言うほどではないが、先頭が交代できてホッとした。

 山口駅の先、宮島町歩道橋手前にはS田さんがいて誘導していた。

 上郷エイドの先、新町交差点を右折してすぐにコンビニがある。ここでトイレに寄ろうと店内で並んでいたら、私の2人前の人が長い。気づいたら私の後ろに4人くらい並んでいる。女性優先。私はあきらめて、その先の暗がりで失礼させてもらうことにする。

 山口秋吉自転車道からの二本木峠への道は、暗くてまわりがさっぱりわからなかった。長峠辺りにトンネルがあったらしいが、気付かなかった。

 多分、このガードだと思うが、私設エイドがあって助かりました。

 門村交差点から西寺エイド
 思っていたよりたらたらとした登り。

 西寺エイドはガソリンスタンドを使わせてもらっていた。飲み物を一杯もらう。トイレを借りようと思ってキョロキョロすると、その隣りにコンビニがある。そこで、っと思ったら、「トイレは水神公園に行ってくれ」というような表示が出ている。それで水神公園のトイレに行くことにし、すぐに出発。
 踏み切りを渡り、突き当りを右折。100mくらい進むと道沿いに「水神公園まで○m」の案内はある。しかしトイレは見当たらない。その○mは、コースからそんなに離れるんだったら我慢しよう、と思うような距離だった(何mかは覚えてない)。

 少し進むと登り坂になる。最初は道幅が広いが、すぐに狭くなる。前方にいた女性が、「道はこれでいいんですかね? 前を走る人のライトが見えないものだからよくわからなくなっちゃって。」
 そんなこと聞かれたって、こっちだってわからんですよぉ、、、

 このゴルフ場をグルッと回る峠は、2kmで100m登るだけだった(平均5%)。長さはそんなに感じなかったが、勾配はもっと急に感じた。断面図でも峠の手前200mくらいはぐっと急になっており、そのイメージが強いようだ。

 上田代三叉路手前には高圧線があって目印になるらしいが、気付かなかった。
 その三叉路には自販機があったらしいが、それも気付かなかった。三叉路には私設エイド(スタッフの車?)があった。


 豊田湖手前の鋭角交差点は、過去に間違えた人が多かったせいか、今年はスタッフが大勢いて誘導してくれていた。
 最初の食事ポイント、豊田湖切石亭57km到着が02時15分。スタートから7時間05分。
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走行中の食事

 スタート前日の5月1日までは好天で、日中は非常に暑かった。天気予報では、2日、3日は同様に快晴。4日は雨とのこと。すっかりそのつもりでコース途中に預ける荷物の準備をしておく。
 ところがスタート当日は少々雲行きが怪しくなっていてスタート時点にはポツポツ雨を感じた。その後、走り出した頃には雨はやんだが、湿度が高い。おかげで逆に冷え込まず、走るにはちょうど良い気温。このため、のどの渇きをあまり感じない。20キロくらい走って、あまり給水していなかった事に気付き、以降、意識して飲むようにする。

 最初の食事ポイント、豊田湖切石亭のメニューはうどんとおにぎり。うどんの汁がおいしい。やはり身体は塩分を欲しているようだ。

 話しはそれるが、250キロマラニックの部は、チェックシートを持って走る。毎年少しずつ変わるようだが、今回は10箇所のチェックポイントがあって、チェックシートにチェックをしなければならない。
 このチェックシートには、食券もついている。通りすがりの指定の食堂で、この食券で食事ができるようになっている(エントリーフィーに含まれている)。
 それで、最初の食券ポイントがこの豊田湖(57.4km)。ついでに書くと、次が海湧(うみわく)食堂で、メニューは和朝食(ご飯orおかゆは選択)。3つ目が川尻岬の沖田食堂(107.2km)で、メニューはカレーライス。4つ目はシーブリーズという喫茶店(112.8km)で、アイスコーヒー等。メニューにはなかったが、私はホットコーヒーを頼んだら出してもらえた。
 ここからあとは、たどり着いていないので何が出るのかわからないが、チェックシートには2枚食券が残っている(148kmおよび207km地点の分)。来年はそこで何が出るのか確かめに行かなくては。

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豊田湖からの登り

 豊田湖切石亭で20分ほど食事・休憩して、スタートしようとしたところにSHさんがやってきた。やっぱりペース的にはぎりぎりのところだったか?
 02時43分、ほぼいっしょに切石亭を出る。SHさんは、最初は少し歩くというので、先に行く。ここからだらだらとした登りを砂利ヶ峠(じゃりがたお)へ向けて進むことになる。まだ眠気は感じない。
 よっしゃ、行くかぁ!

 豊田湖エイドから砂利ヶ峠まではだらだらとした登り坂、と思い込んでいたが、前半はそんなにも感じなかった。確かに地図を見ると徐々に登っているが、実際は、平らに近い長い登りと、短いゆるい登りの繰り返し、という感じ。ペースは相変わらずキロ7分半から8分と遅いので、平らに近い登りが、登り坂に感じなかったのかもしれない。
 それでも、登りだな、と感じる坂は、歩きたい、という気にもなる。周りには歩いている人たちも多い。「登りは無理せず歩いた方が良い」という声も聞こえる。そうなのかな、、、?

 俵山温泉の手前の坂は、少し急だった。ペースを落とそうか、どうしようか迷ったとき、2人連れに抜かれる。1人は大阪の有名女性ランナーY子さん。後ろをついていくことにする。
 Y子さんたち、突然、しりとりを始める。なるほど、気を紛らせるのに良さそうだ。さすがはベテラン、と感心。

 坂が終わったら、Y子さんたちは歩き出した。辛くて、という感じは受けない。意識的に歩き出したようだ。どうやら250キロでは、走り続けるよりは適度に歩いたり走ったりを繰り返す方が良いらしい。
 かといって私の方は、どの程度が適度に相当するのかわからない。とりあえず歩かず、先に行く。

 俵山温泉にはエイドがあるように思っていたが、どこがエイドがわからないまま温泉街を抜けてしまった。
 抜けたところで交差点。道案内が見えない。さて、どっちだろう、とキョロキョロしていたらY子さんたちが追いついてきた。また後ろをついて走らせていただく。
 しばらく行くと、工事中の道路になる。「あれ、こっちだっけ?川を挟んであっちの方に行くんじゃなかったっけ?」と不安になるようなことを言う。でも、そう言いながらもそのまま走り続ける。

 後ろをついて走っていたつもりだったが、気付いたら離されていた。夜中で、街灯もない道なので当然周りは真っ暗闇。頼りはヘッドランプと、背中につけた点滅ライト(俗称:ほたる)。
 Y子さんたちに数十メートル離された時、「おーい!、こっちだぞぉー!」という声が聞こえた。何でわざわざそんなこと言ってくれるのかな、と思いながらも進むとY字路がある。Y子さんたちは左に進んでいったが、右側の道から5〜6個のヘッドランプ、つまりそれだけの人たちの集団が戻ってくるのが見えた。どうやら、Y子さんたちはこの間違えた人たちに向かって声をかけていたようだ。

 「川を挟んであっちの方に・・・」というのは、ここのことだったのかな。それと、ここで間違えた人たちの中にたまたま今回知り合ってレース後にいっしょに食事した人もいたのだが、あとで情報をつなぎ合わせてみると、どうやら先頭になって道を間違えたのは、今回10回連続完走した萩の主とも言われる川崎のKさんだったらしい。
 道を知り尽くしているはずのKさんでさえ間違えるとは、、、
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砂利ヶ峠から大坊ダムへ

 多くの人が道を間違えたY字路(67kmくらい)を過ぎると、けっこう急な登り坂。誰も走る人はいない。と思いながら歩いていると、やっぱり数名、走って抜いていく人もいる。うーん、いろんな人がいるなぁ、、、
 時々時計を見ていたような気がするが、でも、何分たったとか、今何時だとか、そんなことを思った記憶がない。時間の感覚がないまま、ただ、なんとなく時計をながめては歩いていたような気がする。

 歩いていても前に進んでさえいれば峠の頂上はやってくる。

 峠を越えたら急なくだり坂。みんなすごい勢いで走り始める。くだりが苦手な私はどんどん抜かれる。登りのときはまばらにしか周りにいなかったのに、くだりになったらどうしてこんなに人が増えたのかな、、、

 空がだんだん白んできた。明るくなったなぁ、と思う頃、急なくだりがほぼ終わり、平らになる。大坊ダムのエイドが近いはず。エイドはまだかな、、、

 トロトロとではあるが走っていたら、SHさんが追いついてきた。「眠くて、寝ながら走ってたら同行者においてかれちゃったよ。」と話している時、前方にSHさんのお仲間の姿が見えた。すーっと追いついていった。

 私の方は全く眠くもならなかったが、ペースも上がらない。大坊エイド、大坊エイド、、、 呪文のように繰り返していた。すると、大坊エイドの電気が見えたときの嬉しかったこと。

 大坊エイド(75km)着、朝5時32分。SHさんの姿はすでになかった。ホントに休憩が短いんだな、、、
 温かい汁ものをいただいたが、それがなんだったか思い出せない。でも、すごく元気になったのは覚えている。

 さァて、次は海湧食堂(86km)だ!

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大坊ダムから海湧食堂へ

 海湧(うみわく)食堂は、油谷(ゆや)湾沿い。つまり、あとは下り坂だけだ。と思っていたのは甘かった。

 大坊エイドから3kmほどはそこそこの下り。走り出したときは足が重かったが、下りの勢いのおかげで多少はほぐれてきた。海岸近くの平坦路になっても、足は動く。油谷湾沿いの道に入る交差点の手前で、SHさんの姿が前方に見える。
 SHさんは、超ゆっくりだが完走できるイーブンペースで行く、と言っていたので、そのペースよりは速く走れているようだ。少し追いついてきた。

 油谷湾沿いに入って、すぐに油谷大橋。中央が高くなっている。たいした坂ではないが、気分転換も兼ねて橋の上は歩くことにする。
 湾が一望できる。そういえば、雲はまだ多いが雨はすっかり上がっている。天気が良くなりそうだ。視界が良い。ずっと延びる岬が見える。えっとぉ、そういえば、あの先端まで行くんだなぁ、、、 確か10kmくらいあったっけ。まぁ、見れば遠いけど、たった10kmじゃないか。
 このときは、気分がハイになっていたんだろうか。自然と前向きなことが頭をよぎる。

 視線を湾から行く手を見る。ありっ? 海岸沿いだから平らだろうと思いこんでいたが、アップダウンがけっこうあるじゃないか。うーむ。ちょっとショック。
 それでも、アップダウンとカーブで見え隠れしながらも、SHさんの姿がしだいに近づいてくるのが励みになった。持っていたハンディGPSで現在地が確認できる。海湧食堂は、あとカーブ2つでつくはず。そのあたりでSHさんに追いつく。食堂手前の下り坂ではブレーキが効かなくなって、暴走する。すぐにエイドだ、というのもあったのかもしれない。ゴールに飛び込むような勢い。

 86km、海湧食堂着、6時58分。大坊エイドからはキロ7分くらいで走れたようだ。

 食堂に飛び込むとごった返していたが、ボランティアが甲斐甲斐しく動きまわっている。その中に、大阪の有名女性ランナーS田さんがいる。そのS田さんに給仕してもらって、恐縮するやら、緊張するやら。
 メニューは、和朝食。おかゆとご飯が選択できる。おかゆをもらう人が多かったようだが、私はご飯をもらう。おいしかったが、次々とランナーがやってきて混んでいるので、味わう余裕もなく、すぐに出た。
 100mほどはなれたところにある中学校の体育館で着替えができる。天気は良くなりそうだ。どうしようかな、、、
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海湧食堂〜俵島CP

 油谷中学校で着替えている間は、曇り空。まだ肌寒い。天気予報は下り坂のはず。でもこれからは日中だから、下はランパンに変えようか、どうしようか、、、ハーフタイツを置いときゃ良かった、、、 あれっ? 帽子がない。さっき、海湧食堂からあわてて出てきたので、忘れたらしい。
 結局、ロングタイツに長袖シャツ。海湧食堂で帽子を回収し、俵島チェックポイントを目指す。出発7時27分。チェックポイントまで約10キロ、折り返してきて次のチェックポイントの川尻岬までさらに10キロだから、川尻岬に11時頃までに着ければいいな、、、
 休憩したあとだったからか、けっこう計算がパッとできる。なぜかそれが嬉しかった。
 走り出すと、足も重くない。キロ7分半くらいでとことこ走れる。すぐに、前方にスタート地点で知り合った、網走から初参加のS保さんが見える。声をかけて抜く。しばらくは海岸沿いの小刻みなアップダウン。
 5キロほどして農協前分岐。ここから先は、折り返して同じ道を戻ってくるので、荷物を置いていく人が多い。私もチェックシートだけを取り出し、荷物を置いていくことにする。たいしたものを背負っていたわけではないが、やっぱりあるのとないのとではだいぶ違う。背中が軽くなって、気分も軽くなる。折り返してきた人たちと声を交わしながら進む。

 今回、スタート前に特に注意されたのは、「人は右、車は左」の交通原則。基本的に道路の右側を走りなさい、ということだったが、歩道がないこの区間、右の人もいれば左の人もいる。対向して来る人と、車と、交錯する。ちょっと問題ありだな、、、

 いつの間にか、青空が広がっていた。これは、日中、暑くなるかな、、、

 半島のくびれたところ、大浦漁港を過ぎ、油谷島(と言う名称で良いのかな?)に入る。あらかじめもらっていたコース図では、島の中を突っ切るようになっていたが、分岐があって、そこには直進と左折の両方の矢印が路面に書いてある。左折している人が多い。深く考えず、みんなについて左折する。どうやら、アップダウンの少ない海岸沿いルートらしい。しかし、アップダウンは少ないようだが、ぐるっと周るのでだいぶ遠回りしている。

 ゴール後に確認したが、距離で1キロ以上、時間で10分以上は確実に損したようだ。
 この部分、折り返しコースなので、先ほど抜いた網走のS保さんとすれ違うはずなのに、会わなかった。後で聞くと、S保さんはここの情報を知っていて、どうせ登り坂は歩くんだからきつくはない。それだったら距離が短い方がいいじゃない、と、コース図通りに進んだそうだ。それで、S保さんには抜き返されていた。

 さて、俵島のチェックポイント。GPSで確認した現在位置からすると、まもなくのはず、と思っていたが、なかなか着かない。道は海岸を離れ、急な登りが続く。どうなってるんだぁ?
 これもあとで確認したことだが、チェックポイントの手前は1キロで80mの登り。これはきついはずだ。

 チェックポイント(97.3km地点)到着が、ちょうど午前9時。ほぼ予定通り。
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俵島CP〜川尻岬CP

 俵島CPではコップに水一杯と飴玉をもらい、折り返す。CP近くは急な坂。登ってくる人たちと声を掛け合いながら進む。と、あれっ? 見覚えある顔。10回連続完踏がかかっている川崎のKさん。例年のタイムからするとずっと先に行っているはずなのに、なんでうしろからくるんだぁ?

 この坂道は木立の中だが、海岸が近くなってくると日差しをさえぎるものがない。暑い。まぶしい。サングラスを取り出す。
 疲労は感じていなかったが、暑さのためか、ペースが落ちる。でも、足はまだ動く。我慢、我慢。
 自販機が目に入る。しまった! 農協前に荷物を置いたとき、チェックシートは忘れずに取り出したが、財布まで気が回らなかった。ジュースを飲んでいるランナーが恨めしい、、、。農協までの3キロ余りが長く感じる。完全に距離感覚が狂ってるな、、、

 農協ではトイレを借り、炭酸飲料を飲む。気分すっきり。ここまで戻ってきた段階で、スタートからの距離が100キロを超えた。自己最長距離。まるで走りこんでいない状態で、よくもまぁ、無事にここまでこられたもんだ。すっかり満足。後は、どこでやめても悔いはない。いや、まだ完走してないけどせめて富士五湖の117キロ以上行ければ御の字かな。
 などと思いながら農協前に座り込んで荷物を詰め直しているところに、さきほどの川崎のKさんが追いついてきた。なんでも、砂利ヶ峠手前でコースミスをして1時間寄り道してきたとか。こんなベテランでもそんなことがあるなんて、、、

 ほぼ同時に出発し、しばらく並走させてもらう。しかし、登り坂に差し掛かったところで、こちらはほとんど歩き混じり。Kさんは走って行ってしまった。
 あとでKさんの完踏記を読ませていただいたが、コースミスを挽回するのにかなり気合が入っていたところだったようだ。(参照

 それにしても、登り坂がやけに続く。川尻岬って、山の上なのかぁ?
 事前の予習が甘かった。日本海側に出たらほとんど海岸沿いだから、アップダウンといったってたかが知れてるだろう、と勝手に思い込み、平面図(ルート)はしっかり覚えたが、標高差は無視していた。あとから断面図を見ると、ここも約1キロで70mも登っているではないか。
 登りは歩くことにしていたので、それ自体はきつくなかったが、いつまで続くのかわからない不安の方がきつかった。さらに、農協を出発する頃から雲が広がってきていたが、登っている最中に雨が本格的に降り出してきた。川尻岬にある沖田食堂で食事ができる。もう、頭にはそれしかなかった。

 川尻岬手前に三差路がある。そこを過ぎればまもなくのはず、、、
 おやっ? 今度は急な下り坂。まさか海岸まで降りるんじゃないだろうなぁ、、、相当登ってきていたはずだぞ。対向してくるランナーがいる。折り返してこの道を登ってくるなんてぇ、、、
 気持ちが下向きになったところに、KYさんが対向してきた。そして、そのすぐうしろからSHさん。けっこう私とも近いところにいたんだ、と思うと嬉しくなり、気持ちも持ち直す。そして、そのあとカーブを曲がったら沖田食堂が見えた。

 川尻岬チェックポイント(沖田食堂、107.2km)、11時04分。ぴったり予定通り。

 とりあえずチェックを済ませ、食券でカレーライスをもらう。そして自販機でコーラ。これで気分もすっきり、といきたいところだったが、しとしとと雨が降り続いている。もう、自己最長距離を越えてるからやめても良いんだけどなぁ、、、
 しかし、周りにはここでやめる人が見当たらない。まぁ、足も動くし、行くかぁ、、、
 天気のせいもあろうが、惰性で進みだしたような感じ。
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川尻岬CP〜シーブリーズ

 沖田食堂で20分ほど食事、休憩をし、よれよれと出てくると、さっそく約700mの急な登り。雨の中、まだやってくる人たちがいる。まだまだ十分完踏できる時間。別に動けなくなったわけでもない。行けるところまで行こうじゃないか。
 登りなので走る気は起きないが、同じ歩くのでもだんだん気合が入ってきた。

 三差路まで戻ると、坂はほぼ平らになる。もう、徹底的に登り坂は歩くことに決める。並走する人と一緒に、「あの電柱まで走りましょう」「今度はあのカーブまで・・・」と声を出して目標を決めて、平坦に見える限りは走るようにした。一人だったらできたかどうか、、、
 それにしても、勾配は緩いが登りと平坦の繰り返し。どこまで標高が上がるんだろう、、、 と思う頃(と言っても2キロ弱しか進んでいなかった)、舗装路から脇道に入る矢印。大丈夫かな、と思うようなさびれた道。そのうちに簡易舗装の急な下り坂となり、パッと視界が開ける。狭い棚田が広がる斜面のはるか下に海岸が見える。そして、その中間くらいに先行する4〜5人の姿が見える。げっ!、ここを下るのぉ・・・!?
 あとで確認したことだが、1キロちょっとで150mを一気に下る。今回私が走った中で、一番長くて急な坂道だった。

 下りは嫌いだぁ、とぶつぶつ言いながらも降りきる。海岸近くなって道が平らになるのはありがたいが、今度は水たまりだらけ。靴はもう濡れているとはいえ、ビチャビチャにはなりたくないなぁ、、、

 水たまりだらけの道は100mほどで終わった。海岸沿いの道に出ると、すぐに川尻漁港。そして港沿いに広く整備された舗装路。雨も小振りになってきた。登り坂じゃないからまた走るかぁ、、、
 ほんのちょっとした登り坂があると、しめしめと思い歩いたが、まだまだ走れそうだな、、、 と思ったところに、喫茶ポイント「シーブリーズ」があった。

 シーブリーズとは、喫茶店。ここも食券で飲料がもらえる。メニューにはアイスコーヒーなど冷たいものしかなかったが、ホットコーヒーを注文したら出してくれた。

 シーブリーズ(112.8km)、12時22分着。

 コーヒーを飲んで、15分ほど休憩。外に出ると雨はやみかけていた。
 さぁて、しばらくは海岸沿いだぞぉー、、、
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立石観音、そして・・・

> さぁて、しばらくは海岸沿いだぞぉー、、、

 アップダウンなんてたかが知れているはず、という思い込みがあったからこそ気合が入った。ところが、1キロも進まないうちに登り坂になる。海岸沿いには道が見えない。ぎょぇ、、、
 棚田を縫って登り始める。カーブが続いてどこまで登るのか先が見えない。うへぇ、、、

 結局、約1キロで100mの登り。そして、立石観音のある漁港らしきものが眼下に見え出した。またまたいっきに100mの下り坂。はぁ、、、ため息。

 立石観音のチェックポイントでチェックシートにチェックを入れる。117km、13時28分。このときはもう、走るペースのことは頭になかったので、時計も見なかった。帰宅してからGPSのデータを見て知ったのだが、シーブリーズから5キロに1時間もかかっていた。普通に歩くペースだったか。

 漁協の建物(?)らしきところでトイレを借りる。さあて行くかぁ、、、
 なんだか元気が出なかったが、とぼとぼと走りはじめる。すぐにまた登り坂。あとで地図を見ると1.5キロくらいで100m登っていたようだが、道がどんな様子だったかよく覚えていない。そんなに登ったような記憶もない。このときはただ呆然と足を動かしていたのかもしれない。
 気持ちの中で、そろそろやめたい、という思いが強くなっているのを感じていた。なんせ、この冬、月平均走行量は30キロもない。そんな練習量からして、これ以上走るのが、自分自身恐かった。今回の走行距離はそろそろ120キロになる。富士五湖の距離を越えている。

 気付くと道はやや下りになっている。カーブを曲がる。後ろから大型車が来る気配。振り返るとバスがやってくる。道路脇によってやり過ごす。ん?リタイア者の回収バスではないか。
 前方に、延々と登る坂道が見える。
 並走していた北海道のNさんは、足が痛くてそろそろ限界だという。

 私の足はまだ動きそうだった。でも、もう、そんな心境になっていたので、いっしょにリタイアすることにした。14時12分。スタートしてからちょうど20時間。走行距離120キロ。
 大会本部に電話をする。「スタッフの回収車がそちらに向かうからその場にいなさい」との指示を受ける。ぼぉーっとしながら縁石に座り込み、車を待つ。たまたまこのときは雨がやみ、ほのかに暖かかったような気がする。
 10分ほど待ったろうか。その間も何人かが目の前を通り過ぎる。まだ行こうと思えば行けるんだな、がんばってね、と思うばかり。
 やってきたスタッフ車に乗り込む。


 あとから、その後の千畳敷への登りが、この250キロコースの中でも2番目にきつい登り坂であることを知った。いいところでやめたと言うか、もったいないやめかたをしたと言うか、、、
 それと、最後にいっしょにやめた北海道のNさん。あとでわかったのだが、リタイアの原因は意外なことだった。何でも、スタートして20キロも行かないうちに、左足ハムストリングに痛みを感じたという。最後は右足が痛くて走れなくなったのだが、その原因は最初に痛みを感じた左足をかばってフォームがおかしくなっていたことにあったようだ。左足がそんなに痛くなることなんて今までなかったのに、とずっと思っていたそうだが、それは筋肉痛ではなく、虫刺されによるものだった。。。
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収容車にて

 収容にまわって来たスタッフ車は11人乗りのワンボックス車。先客(?)が3名ほどいた。「いやぁ、ここでも会いましたね」などと挨拶される。
 車は、今走ってきたコースを逆走する。立石観音の前のバス停のベンチに座っていた見覚えのある男女も乗ってきた。このT夫妻とは、その後行動を共にすることになる。
 さらに車は逆走する。スタッフの電話が鳴る。「はい、××にいた二人は収容しました(我々のことだった)。今、△△に向かってます。・・・うーん、まだ3人乗れますよ。・・・○○ですか?・・・」回収の相談らしい。そんなふうにして拾われたのかと思うと申し訳ない、と思うと同時に、奔走してくれるスタッフに感謝。

 立石観音チェックポイントでは、そのチェックがぶら下がっていた標識を回収して車に乗せる。この時は何も思わなかったが、考えてみればそれを回収すると言うことは、最終ランナーが過ぎたということである。時間的には、私が通過してから2時間くらいあとかな? やはり、決して余裕があるタイムではなかったようだ。

 車はコースを正確に逆走する。「あっ、さっき走ってきたところだ」とまだ少ししか時間が経っていないのに、やけに懐かしく感じる。今思うと、やはり精神状態が普通ではなかったのかも。
 他の人たちは、当然ながら疲労のためかうつらうつらしている。私も眠くはなったが、自分が走ってきたコースを振り返るのが面白くて、最初は起きていた。「そうだよな。ここにこんな坂道があるとは思ってもいなかったもんな。。。 あれっ、あの狭い激坂も行くのかな、、、」 そう、走るのもいやになりそうな激坂も車は逆走して、ちょっとびっくり。

 いつの間にか土砂降りになっていた。川尻岬の沖田食堂にも寄る。乗る人はいなかったが、やはり看板を回収。私は車の後ろの席に座っていた。看板は私の背もたれ部分に乗せたが、安定しない。手で押えることにした。
 これを書いているのは大会から1ヵ月半経った6月であるが、あちこちのwebサイトで萩の話題が出ているのを見る。完踏できた人、できなかった人のレポートのほか、大会に関する意見・要望・その他いろいろ。そのいろいろの中に来年の大会の募集に関する情報もある。萩往還の公式ホームページにもすでに掲載されているが、これまで参加資格はほとんどないようなものだったのから、来年は初参加の人は250キロにエントリーできないとか。その理由として、警察からクレームが来たというのもあるようだが、それ以上にスタッフに文句を言う参加者が多かったこともあるらしい。
 この大会、本来は自己責任で参加することを基本としており、「スタッフによるサポートが悪い」と文句言うのはお門違いである、ということで、ちゃんとそれを認識できる人にのみ参加資格を与える、ということのようである(これは私の想像)
 確かに、左記のように回収を依頼しておいていなくなる人がいたんじゃ、スタッフはやってられないよな、、、

 さらに車は逆走。「あっ、農協だ。」「もうじき俵島CPだな。」ところどころ目が覚めたが、だんだんうとうとしてくる。俵島CPで看板回収のためにリアドアを開けたところで起きる。そしてもうひとつ増えた看板を押えながらもまたうとうと、、、
 気がつくと車は国道を走っている。長門市内に入る手前の喫茶店(?)の駐車場に入る。リタイア者を回収するためだったらしい。ところが姿が見えない。土砂降りの中、どこ行ったんだろう。スタッフが店の人に行方を聞く。「さっきまでいたんですけどね、、、」

 行方不明者は無視して出発。
 長門市内、横殴りの雨風の中、歩道を大勢が走っている。身体を斜めに傾けながら。傘をさして走ってる人もいる。
 そんな中にKYさんの姿を見つける。前方を必死と見つめ、雨風に打たれながらも進む姿は頼もしくも美しい。頑張ってるんだなぁ、、、 すごいなぁ、、、

 仙崎手前のY字路でランナーたちと別れる。そのとたん、寝てしまい、気付いたら宗頭文化センターだった。
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宗頭文化センターにて

 収容車が宗頭文化センターに着く。夕方4時くらいだったろうか。玄関に入るとS田さんがリタイア受付をしている。
 さっそく入浴して暖まり、おにぎり、味噌汁をいただき、一息つく。おにぎりは地元婦人会の皆様が準備してくださったそうだ。こんなところにも地元がこの大会を応援してくれてるのを感じる。
 リタイア者は隣りの体育館で今晩過ごすことになる。そちらに行こうと玄関に出ると、ずぶ濡れになったランナーがやってくる。寒そう。まだまだがんばっている人たちが大勢いる、、、

 私の方はもう気持ち的にも落ち着いていたはずだが、でも自分のことしか考えられない。体育館に入り、毛布をもらい、寝床を確保する。とりあえずビールでも、と隣りの酒屋に買いに出る。また一人ランナーがやってくる。「お疲れ様!」と声をかけると、「看板くらい出しててよ!ずっとわからなくて向こうまで行っちゃったぁー!」 スタッフだと思われたのか、いきなり文句を言われてしまった。しかし返す言葉もない。「すみません」と言って頭を下げるばかり。
 本来、マラニック大会というのはコース案内などなく、自分で地図を見て進むものらしい。私もこの本来の姿と言うのは知らなくて、聞きかじりなので正しい知識なのかはわからないのだが、オリエンテーリングみたいなものなのかな、と漠然と思っている。
 でも本当は、文句を言うほうがおかしい、というのがこのマラニック大会の主旨になるらしい。

 後で知ったのだが、リタイアしたけど元気のある人(と言うのも変だけど)の中には、ここでボランティアとして選手のサポートにまわった人が幾人もいたそうだ。そもそもスタッフ(これもボランティア?)だけでもてんてこまいらしい。
 私の方は自分のことしか考えていないものだから、さっそくビールを飲んで寝っ転がる。しばらくしたらNさん、収容車でいっしょだったT夫妻もやってくる。私は缶ビール1本ですでに気持ち良くなっていたが、T夫さんがもう1本缶ビールを買ってきてくれたので、それで完全に酔っ払っていた。私よりも先まで走っていたS保さんも途中でリタイアしてやってきたのは覚えているが、いつの間にか寝込んでいた。ただ、眠りはそんなに深くなくて、夜中に何度か目が覚め、そのたびに体育館の屋根に当たるものすごい雨音の響きは聞こえていた。こんな中、走っている人たちがいるんだよなぁ、、、

 朝起きて、トイレに行こうとしたら、入口の近くにSHさんがいるのを見つけた。SHさんは、ここまでは走ってきたけど、すさまじい雨にくじけてしまったとか。ちなみに、ここは175km地点。

 しばらくしたら、S田さんほかスタッフが段ボールを抱えてやってきた。「人数分ないから早い者勝ちだけど、おにぎりとバナナをどうぞ!」
 昨日いただいたものと同じものだが、朝の分を見越して多めに作っていただいていたんだろうか。婦人会の温かみを感じながら食す。
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萩城址にて

 宗頭で一夜を過ごした者は、朝、萩城址までバスで送られる。萩城址は、70キロの部の折り返し地点であり、140キロの部の通過地点であり、また35キロの部のゴールでもある。このため、35キロのゴールした人、その他リタイアした人、応援に来た人等をスタート地点(=ゴール地点:瑠璃光寺)に運ぶため、大会のシャトルバスが用意されている。
 朝、宗頭でゆっくりしていても仕方ないので、一便で萩城址まで行ったが、萩から出るシャトルバスの始発までは1時間半くらい時間があった。ポツポツと雨。「天気が良ければ往還道を歩いてでも行きたいんだけど」、という声があちこちで聞こえる。私も、足は肉刺ができているのがやや痛いが、筋肉痛はほとんどない。少し迷ったが、しかし昨夜来の大雨でぐちゃぐちゃになっているのは間違いない。天気予報では回復するはずだったが、やっぱり歩く気になれなかった。雨宿りと時間つぶしを兼ねて喫茶店でコーヒーを飲むことにする。隣りのテーブルにはビールの人もいた。私もちょっとそそられたが、肌寒かったので注文する気にはなれなかった。
 外を見ると140キロ、70キロの人たちが走ってやってくる。特に70キロの人は、時間的にまだ先頭グループの方なので、軽快に走っている。なんだか不思議なものを見るような気がした。
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車中より

 バスの段取り(融通)ができたのか、当初聞いていたのより早めに始発が出発した。と思っていたのだが、実は喫茶店にいる間に1台先に出たバスがあったそうだ。まぁ、元々きっちりとしたダイヤを組んでいたわけでもないのだろうから、それはそれで良いのだが、なんか損した気分。
 バスに乗るとき、雨は上がっていた。一瞬、歩いてゴールに行く、という誘惑にかられたが、次の瞬間、ドロドロの坂道が頭に浮かび、素直に(?)乗車する。

 バスは、往還道とところどころ平行して走る。平行しているところでは、当然走っている人たちが見える。昨夜の暴風雨の中を走り抜けた250キロランナーの姿も見える。手を振って応援する。向こうもこちらに気付くと手を振って応える。
 あの条件を克服し、また足元の悪い中をゴールに向かっている姿を見ているだけでこちらも熱くなる。バスに乗っているのが悲しくなった。
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ゴール地点にて

 瑠璃光寺に戻ったら、とりあえず荷物置き場に直行。リタイアすることがわかっていたくせに、宗頭には着替えをちゃんと用意しておかなかったものだから、ずっと雨具を着たままだった(それが一番汚れてなかったので)。とりあえず着替えたかった。
 荷物置き場に着いたら、ちょうど完踏してきたA星さんといっしょになった。私の顔を見るなり怪訝な顔をして、「くまぼうさんだよね? どうしてここにいるの?」と言われてしまった。。。

 一旦宿に戻ったあと、再びゴール地点へ。そこでは悲喜こもごも

 上位ゴール者でも、元気な人、痛々しい人、いろいろ。
 特に、Kさんの姿は見るからに痛々しかった。
 みんな苦しんでいるんだよなぁ、、、 私程度の状態だったら、少なくとも萩から往還道を歩いて戻ってこなくちゃ申し訳ないような気になった。

 でも、最後の登り。みんな走ってやってくる。その姿は、見ているだけで胸が熱くなる。
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残念会

 今回収容車でもいっしょになったT夫妻、スタート地点で知り合ったS保さん、そしてNさんとはたまたま宿が一緒だったこともあり、焼肉屋で残念会をやった。残念会というより、来年に向けての決起集会だったかもしれない。

 T夫妻は、お二人ともフルを3時間前後で走る実力者。数年前に70キロ、そして昨年140キロを完走しており、今年は200キロ以上は行けるつもりで臨んだそうだ。ところが結果は半分まで。だいぶショックだったらしい。
 今年の私とは逆だが、来年は私もリタイアが悔しく思えるようになりたいものだ。
 明らかに私より実力のある人でも、その時の走り方、体調、その他いろんな要因で、私とほぼ同じに終わることがあるのも、ウルトラの奥の深さなのかな、と思ったり。

 そんなことを思いながら話しを聞いているうち、いつの間にかうとうとしてしまった、、、 疲れは取れていたつもりだったが、やはり残っていたのか、それとも単に酒に弱いからなのか。。。

 翌朝、チェックアウトでT夫妻といっしょになったが、来年の宿の予約をしていた。もちろん、私も。
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サロマ湖

 6月27日、サロマ湖100キロマラソンがあった。今年のサロマは予定外(?)の暑さだったらしい。その結果に関して、あちこちからいろんな情報が入ってきたが、やはり中には「どうしてリタイア?」というような人もいた。

 今回、萩で食事等をご一緒した人は北海道の人が多かったのもあるが、ほとんどがサロマに出ていた。その中で、フル3時間のT夫妻の奥さんは11時間の好タイムで見事に完走。しかしご主人は70キロリタイアとか。
 別な一人は、序盤、貧血でペースが落ちて出遅れ、それが響いて60キロ関門にほんの2分、間に合わなかったとか。

 何度も100キロを完走していて、実力も十分なはずの人でもそのときの体調、走り方 (ペース)、気持ちの持ちようなど、いろんな要素を満たさなければ完走できないのがウルトラなんだと感じる。勢いだけで完走できるものじゃぁない。
 「記録だけで言えば大幅自己ワーストでも、ゴールゲートをくぐる時にはぐっとくるものがあった」と言った人がいた。大幅自己ワースト、ということは、やはり途中、それだけ苦しんでいたのだろう。好記録だと素直に嬉しくなるが、そうじゃなくてもゴールにたどり着くと嬉しくなる気持ちもわかるような気がする。その感動が、また次への活力になるのかな。

 60キロで2分及ばなかったその人は、レース直後には「ウルトラを走る自信なくなった」としょげたものの、「しばらくしたら次のレースのことを考えていた」そうだ。
(ちなみに、この人、サロマは9回目のベテランさん)

 次の悦びを求めようと自然に思うようになるこの遊びに足を踏み入れて、やっぱり良かったな、と思った次第である。
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雑 感

行方不明者は無視して出発
 これを書いているのは大会から1ヵ月半経った6月であるが、あちこちのwebサイトで萩の話題が出ているのを見る。完踏できた人、できなかった人のレポートのほか、大会に関する意見・要望・その他いろいろ。そのいろいろの中に来年の大会の募集に関する情報もある。萩往還の公式ホームページにもすでに掲載されているが、これまで参加資格はほとんどないようなものだったのから、来年は初参加の人は250キロにエントリーできないとか。その理由として、警察からクレームが来たというのもあるようだが、それ以上にスタッフに文句を言う参加者が多かったこともあるらしい。
 この大会、本来は自己責任で参加することを基本としており、「スタッフによるサポートが悪い」と文句言うのはお門違いである、ということで、ちゃんとそれを認識できる人にのみ参加資格を与える、ということのようである(これは私の想像)
 確かに、回収を依頼しておいていなくなる人がいたんじゃ、スタッフはやってられないよな、、、

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文句を言うほうがおかしい
 本来、マラニック大会というのはコース案内などなく、自分で地図を見て進むものらしい。私もこの本来の姿と言うのは知らなくて、聞きかじりなので正しい知識なのかはわからないのだが、オリエンテーリングみたいなものなのかな、と漠然と思っている。
 でも、本当にそうなんだろうか?
 また、そうだとして、その考え方って一般ランナーに浸透しているんだろうか? していないから文句を言う人が多いんだろうな。

 私も、初めて萩70キロに参加するまで知らなかった。そもそも、マラニックなんて言葉だけは聞いていたけど、身近にマラニック大会なんてなかったですし。
 上記にも来年の参加資格に関して書いたが、『マラニックとは何ぞや!』というのが萩往還参加に重要な意味を持つらしい。

 ただいずれにしても、基本的に、公式エイド以外には一切頼らず、スタートからゴールまでは自己責任の中で完結する姿勢をとるものであり、コース案内、私設エイド、さらに声援はプラスアルファのもの、あればラッキーということかな。

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 今回、250kmの部に参加して一番感じたのは、100kmレースと違ってがつがつした雰囲気がないこと。100kmだと、「記録を狙おう」という雰囲気を感じるのだが、それがない。むしろ、みんな助け合って一緒にゴールに向かおうじゃないか、という感じがする。
 スタート前も、多少は緊張感は感じるものの、カリカリしたものではない。別な何か、、、
 うまく言い表せない。

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 250キロをスタートするにあたり、実力も練習量もまるで足りないのは承知のうえだったが、自己最長時間・最長距離を走れたことは素直に嬉しい。
 上記にごちゃこちゃといろいろ書いたが、今回、いろんなことを学んだ中でも、完走するためのポイントは、参加者みんなが口にすることだが、『ゴールまで行こうという執念』そして『体力以上に、忍耐・根性』であることを実感した。
 ゴールして見るからに痛々しい姿のKWさんに「みんな足は痛いんだ」と言われて、リタイアの理由は何もかも単なる言い訳に思えた。
 ただ、後遺症が残るほど身体を壊してまで進むわけに行かないし、、、
 趣味でやっている中では、その見極めがまた難しい。

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 来年は、最低でも宗頭を超え、鎖峠を越え、東光寺までは行きたい。
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