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2008.7.29
無意識のシェルター
今の若い、それも女性に特有な発音がありますね。たとえば、
「全日空52便にご搭乗の皆様」
というのを、
「でんねっくうごずうねびんぬごとーぞおのみなさま」(ちょっと極端?)
というような、わざわざちょっと馬鹿っぽく(我々の世代の基準からするとですよ)発音するやり方です。
昔、自分が若い頃は、「今の若者のこういう行動はこういう意味があります」などと識者みたいな人が言っていると、「なんか違うけどなあ」と思ったものですが、敢えて言いましょう。
ああいう発音を好んで使うというのは、自分を外から防御しようという姿勢が表れているように思われます。
つまり、その人の知的水準を100としましょう。その人が、身なりや言葉遣いなどにおいて、持っているその100を外に表せば、周りの人は100 の人としてと見、行動、たとえば仕事であったり、人づきあいに、その100らしいものを期待しますね。そして、期待値を下回る行動をとれば、失望や批判の 対象となります。
ところが、言葉遣いにおいて、「私は80の人間なんです」と表現しておけば、あとの20は内部に余裕として残ります。そして、機を見てその20を外に発揮すると、
「抜けたように見えるけど、案外やるね」
ということになるでしょう。私には、そんな利巧なというか、ズルいものを感じます。
たぶん、多くのそういう人たちは、こういう風に言うと、
「それはつがうんざないでそうか」
と言うでしょう。それは無意識だから。そして、それが知らぬうちにその人の成長を邪魔しているんじゃないかと思うのです。
「今の若者は……」
というほどに世代による頭の働きの差はたぶんないです。
最近、「青春のグループサウンズCD全集」というような新聞広告に、当時のタイガースやらスパイダーズなどの写真が出ていますけど、彼らのなまっちょろい顔を見たら、そりゃ当時の大人たちは日本の将来を心配しただろうと、皆さんも納得がいくでしょう。でも、実際には、彼らに心酔したような若者たち が70年代、80年代の日本を牽引してきたわけですからね。
今の世の中に、80で表現することを容認するやさしい周囲があるから蔓延するのでしょうか。それとも、それが多数派になって、みんな気にもならないのでしょうか。
からだは保護しすぎるとその環境に慣れて、そのような保護の中でしか生きられなくなります。無理のない程度にちょっときついことに挑戦していくことが体の成長や維持には必要です。
そして、大切なことは、「自分はここまで」と思っている範囲は、案外実際のレベルを大きく下回っているということ。このことは、今まで何回も、ある時は周りから指導され、あるいは自分で奮い立って乗り越える経験をしてきました。
若い時は、中身以上に外見は突っ張るくらいがいいのでは、と思います。それが成長につながるはずです。私も、今、一点のみですが、人知れず突っ張っているものがあります。それは、それに合わせて成長したいから。
そんなこともあり、あの言葉づかいを聞くたびに、
「狭いシェルターから出て、もうちょっと先に自分を広げてみようよ」
と、届くこともない応援をしているわけです。
2008.7.15
野望
男性はよく経験があると思いますが、街を歩いていて片方の靴ひもだけがゆるんできてしまうと、なんとも歩きにくいものですね。それも、ほどけてし まえば仕方なく、かがんで結び直さなきゃいけないけれど、ほどける寸前でユルユルの結び目がなんとか保たれている時なんかは、そちらの脚を蹴りだすたび に、
「あー、ゆるい……やっぱりゆるい……。もお!」
というようなストレスになりますね。だいたい男の革靴のあの細いひもはいかにもゆるみそうな材質なのですが。
昨日の夕方もそんな状態になって、たまらずそちらの方をきっちり結び直したんですが、そうして歩きだすと、なんと、今度はさっきまで全然気にならなかったもう片方の靴がゆるゆるに感じて、また、
「あーゆるい……もお!」
というのが始まりそうになりました。でも、ずぼらな私は、もう家が近かったので、そのままで通してしまいましたけれど。
しかし、体がバランスを感じる感覚というのは微妙なものですね。
それで、片方の靴ひもを締めると、もう片方は何も変化していないのに、変化した方にとってはストレスになる、というのは面白いなと思ったのです。
たとえば、ですよ、小学生の低学年くらいまでは、
「ねえパパ、パパ」
と言ってなついていた可愛い娘が、ある日を境に、
「お父さん不潔!」
とか、
「くさい!」
とかなんとか言うようになる。
でも、お父さんは昨日、今日、突然不潔で臭くなったわけではなく、娘が小さい時とそんなには変わってはいない。娘が成長して、感受性が変化したということなのですね。
(可哀そうなお父さん……)
ではあります。
片方が変化すれば、もう片方は変化していなくても相対的に変化してしまう。そして、それは、何らかの反応を呼び起こす。また、それが連鎖する。なんだか整体的です。
お父さんに限らず、すべての人間関係においても、
「あの人は変わってしまった」
「最近、どうもおかしい。納得がいかない」
などと心に不平を抱えるより、自分のどこかが成長したのではないか、と思ってみるのも良いように思います。

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