2008年6月の「整体生活のヒント」 of Seitai-Kumpusha

2008.6.23

見えない重圧

 整体の勉強を始めるためにそれまで勤めていた会社を辞めたその日のことを思い出しました。
 今までの仲間たちや上司に挨拶をして会社のビルを出た途端、

 「むっひっひっ」

 という笑いがこみ上げてきて、そのまま山手線でふた駅位早足で歩いてしまいました。その間、ずっと「むふふ」顔だったはずなので、かなり周りか ら見たらおかしかったはずですね。客観的状況としては、収入が無くなったうえに整体の勉強についても確実なことは何もなく、とても笑っていられるものでは なかったのですが、ともかく心も体もとても軽くなった感じでした(そういえば退職金の額も予想以上に軽かったけど)。
 なにしろ、人がいなかったら「ああああ!!うぃー!」などと意味不明な叫びを挙げそうな開放感。

 確かにあまり会社の仕事が好きじゃなかったことは認めますけれども、それが、それほどまでに自分にとって重圧になっていたとは気がつきませんでした。
  はずしてみないとその存在に気がつかない重圧は他にもあるのかも知れません。
 その時笑っていた私自身も、いつの間にやらまたもや見えない何かに絡め取られて動きが鈍くなっているような気がして、今日は反省してみたわけです。

2008.6.2

好き嫌いについて

 朝のNHKニュースで、

「幼稚園児のお弁当に異変!」

 などと言っているので、何ごとかと思ったら、そういうことを研究している人が出てきて、

「今のお母さんは子供の言うなりになって、好きなものしかお弁当に入れない」

 なんて言っていました。大げさなことだなあ。

 皆さんも思い出して欲しいんですけれども、私の母が作ってくれる弁当の中身は、たいがい大好きな甘い卵焼きとケチャップをからめたソーセージみた いなのが多くて、ちょっと気合を入れたときは自家製の肉団子の甘酢煮みたいなものとか、油揚げに卵を入れて甘辛く煮たやつとか、ともかく私の好きなものば かりでした。

 嫌いなもの入っていました?皆さんのお弁当。

 確かに、母親におかずは何がいいとかリクエストした記憶はあまり無いけど、黙っていたって好きなものをいれてくれていましたよ。

 考えてみてください。皆さんが自分で昼ごはんを食べようとするとき、あえて嫌いなものに挑戦しようと思いますか?イヤでしょう?弁当を開けて、嫌いなものばかり入っていたんじゃ愛情を疑いますよ、私は。

 食事は、苦行ではなく楽しみたるべし。

 確かに、子供の頃はシイタケとか、厚いこんにゃくが嫌い(糸こんにゃくは好き)で、この二つは口に入れるとオエッとなりました。魚の煮物なんかも好きじゃなかったけれども、今は、シイタケ、こんにゃくは、まあ食べろと言われたら食べられるし、魚の煮物なんか大好物です。

 つまり、子供の味覚の幅などというものは、嫌いなものを無理やり食べさせたらどうかなるというのではなく、たとえば、大人たちが「旨い、旨い」と 言って食べているのを見て、ふと「食べてみようかな」と興味を持った時に、自分で手にとって食べてみることで広がるのではないでしょうか。

 好き嫌いをなくす訓練と言ったって、結果としてふきのとう味噌を旨がる子供の方が偉いのかってことですね。ちなみに私は今とても旨いと思いますけど。ああいうものは大人がこっそり楽しむものなのです。子供になんか食べさせてやるものか(力みすぎ)。

 確かに、同じ番組で言っていた、

「冷凍食品を凍ったまま入れて保冷剤の代わりにする」

 というのは、さすがにそれじゃ旨くなかろうと思います(でもよく考えたもんだ)が、巷で流行っているらしい食材を色々細工して、ご飯の上に絵を描いたりした遊園地みたいな弁当の方に違和感を感じますがね。

 やっぱり、旧世代なのかな。

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